ローカル線を地方再生のカギに! いすみ鉄道・鳥塚亮の挑戦

房総半島南部にある千葉県いすみ市。JR外房線大原駅で下車すると、すぐ隣に小さな駅舎と小さなホームがある。第三セクターのローカル鉄道「いすみ鉄道」だ。大原駅から終点の上総中野駅まで約26.8kmという短い路線である。利用客減少に伴い赤字経営が続いていた同社は2007年、経営再建のため社長を一般公募で選んだものの1年に満たず退任。2009年に再び公募を行い、そこで選ばれたのが現在の代表取締役社長である鳥塚亮氏だ。

大学卒業後、外資系の航空会社に長く勤めていた鳥塚氏。安定したキャリアと生活を捨てて、いすみ鉄道再建を志したのはなぜだったのか? 社長就任からまもなく8年目となる今、地方再生のヒントである、何もないところに「需要を創生」する手法について、話を伺った。

何もない場所に観光列車を走らせよう

――2009年6月、社長に就任されてから、もうすぐで8年になりますが、手応えはいかがですか。

鳥塚 だいぶ経営も立ち直り、おかげさまでいすみ鉄道の知名度も上がり、そろそろ社長職も終えていいのではなんて思ってます(笑)。地方の人たちは「ローカル線なんていらないよ」と言いますが、都会の人たちには必要とされる存在になれたかなと思います。

――地方の人たちが「ローカル線はいらない」と言うのは、車社会でそもそも列車に乗らないということもあると思いますが、ほかに理由はあるのでしょうか?

鳥塚 まず、いすみ鉄道はもともと国鉄木原線でした。国鉄民営化でJRになり、木原線は廃止路線となりました。当時は「それなら自分たちでやる」と、第三セクターとして路線を残した。当時の国の方針は、鉄道を廃止してバスへの転換だったため、その方針に反したことで厳しい問題に直面したんです。

――第三セクターでの運営が、よくない方向に向かったんでしょうか?

鳥塚 国は、赤字補填を含めた補助金を、バスには出すが鉄道には出しません。基本的に、県と沿線の市町村が資金を出す必要があります。そのため、地域にとって鉄道の存在は重荷になったんです。でも、鉄道を廃止した地域が今どうなっているかというと、惨憺たるものです。駅がなくなったことで人々のコミュニティーも消え、廃れてしまった町がいっぱいあります。

鳥塚さん

――2009年の公募で鳥塚さんが選ばれたわけですが、どのような再建案を考えて応募したのでしょうか?

鳥塚 「観光列車をつくろう」とだけ考えていました。私が就任した2009年当時は、現在のような観光列車というコンセプトが社会に浸透しておらず、JRの廃線跡を利用したトロッコ列車の嵯峨野観光鉄道くらいでした。ほかにもシーズンだけ運行する観光列車はありましたが、年間を通じた観光列車というコンセプトは、基本的に存在していませんでした。

――観光地でもない所に観光列車を走らせるという考えは、理解を得られましたか?

鳥塚 理解されませんでした。「観光なんて遊びだろう」と言われました。ですが、観光に来てくれるお客さまのお金をどうやって地域で使ってもらうか考える立派な商売、産業のはずが、観光を産業にしようという考えは、8年前は全くなかった。理解してもらうのは大変でした。

鳥塚さん

特徴を作り出し、需要を創造する

――鳥塚さんは東京のご出身で、航空業界に長くいらっしゃったそうですが、なぜローカル鉄道の社長になろうと考えたのでしょうか?

鳥塚 私は学生時代から鉄道好きで、もともとは国鉄への入社を望んでいました。ただ、当時は国鉄改革の時期で、私たちの年代は新卒募集がなかった。そこで、鉄道がダメなら飛行機だという単純な理由で、航空会社に入社しました。

しかし、近年全国の鉄道が次々と廃止されていくのを見ていました。先ほどお話ししましたが、鉄道をバスに転換した地域は廃れていきます。だったら今あるものを使うべきだと思っていた。私はいすみ鉄道の前身である国鉄木原線には何度も乗っていたんです。そのいすみ鉄道が危機と知り、廃止すべきではないと思いました。同時に、当時諦めていた鉄道会社に入れるのならという軽い気持ちで履歴書を書き、応募をして、50歳を前に航空会社を退職しました。会社のみんなには「バカ」だと言われました(笑)。

――就任当時のいすみ鉄道は、どのような財政状況でしたか?

鳥塚 毎年1億円の赤字を出しながら、20年も経営していたという状況です。普通に考えれば、累積損失赤字が20億円あるはずですが、実際にはそれがなかった。毎年行政によって補てんされていたんです。累損がないためゼロベース。脱サラして鉄道会社に就職なんて普通は経験できないことなので、単純に面白そうだなと思ったんです。人生、こういうのもありかなと思いました(笑)。

――自分が立て直さないといけないという、プレッシャーや気負いはなかったのでしょうか?

鳥塚 ありませんでした。自分でダイヤを組めるのが面白そうだと考えていたくらいです。実際に、現在は国吉という駅で数分間列車を停車させていますが、それも私のアイデアです。ホームに出て、乗っている列車の写真を撮ったりして楽しんでほしいと思いました。

液のホームから

また、この路線には本当に何もありませんでした。観光地もない、風光明媚な場所もない。だからこそ、挑戦しがいがあると考えていました。社会にとって、なくてもいいと思われるものは商売がしやすいんです。逆に社会に必要とされる食材やインフラには、必ず価格競争がある。例えば、車だと、みんなが乗る大衆車には価格競争がある。でも、フェラーリは値引きしないですよね。

――他にない特徴があれば、高いお金を出してでも買いたい人が現れるということでしょうか?

鳥塚 そうです。つまり、売りやすい。私は、そこに需要があると考えました。特徴をつくり出し、需要を創造する。ローカル線は、座席が商品なんです。いすみ鉄道は、満席になっても約50名です。1時間1本の運行なので、1時間の商品供給力は50個しかない。しかし、商品数が限られるから、値引きをする必要もありません。しかも、わざわざ乗りに来なければいけない。ブランド化の条件が揃っているんです。見どころはないけれど、商売しやすいと思いました。

いすみ鉄道のポスターにある、「ここには、何もないがあります」というキャッチコピーも、そういうことです。「何もないのがいいところですね」と思ってくれる人にだけ来ていただいて、ファンになってほしい。ここに来れば、非日常体験ができて、地元の人たちと触れ合うことができる。

――物ではなく体験を買うというのは、今の世の中のキーワードだと思います。

鳥塚 「物」ではなく、「事」なんです。夷隅(いすみ)で非日常体験をして東京に戻り、夷隅産の食材を見て反応するようになったら、ファンになったということです。いすみ鉄道が、そういうツールになればいいなと思っています。

鳥塚さん

――現在に至るまで、乗降客数は増えているんでしょうか?

鳥塚 そこまでの変化はありません。観光客自体は増えていますが、定期利用する学生が減っているので、年間40万人程度の乗降客数が続いています。でも、私はドライブの途中に駅に寄ってもらうだけでも、ローカル線の意味があると思っているんです。

――確かに、風情ある駅を見るために、車で寄る人もいます。

鳥塚 地域支援で成り立っている第三セクターですので、観光客が地域に来ることも重要です。SNSに駅や列車の写真をアップしてくれれば、別の誰かが「ここはどこ?」と興味を持つかもしれません。さらに、地元でお昼ごはんでも食べてくれたらありがたいと考えています。

――人気キャラクター・ムーミンのイラストをラッピングした「ムーミン列車」も、鳥塚社長が導入したものです。使用料はかかると思うのですが、それでもやる意味があるということでしょうか?

鳥塚 例えば、新たに「ゆるキャラ」をつくるとしてもお金がかかり、浸透にも時間がかかります。それなら、すでに浸透しているキャラクターを使うほうが効果的だと考えました。ムーミンはお花畑にみんなで仲良く暮らしているキャラクターで、お花畑の中を走る黄色い車両のいすみ鉄道の雰囲気に合っていました。乗車時に窓から風景を撮影すると、ガラスに貼られたムーミンがお花畑に浮き立っているように見えるんです。

ローカル線は、走っていること自体がイベントです。我々は、安全・正確・ローコストで走っているだけですが、乗ってくれたお客さんたちが、「味がありますね」「かわいいですね」と自由に楽しんでくれている。そのためのムーミン列車なんです。

ムーミン列車

――観光客向けの取り組み以外には、訓練費700万円を自己負担してもらい、運転士候補を募集し、自社で養成したことも話題となりました。どういった発想からだったのですか?

鳥塚 いすみ鉄道は元国鉄だったため、運転士は全員JRからの出向社員でした。私たちの保有車両はすべてディーゼル列車ですが、国鉄時代に運転士になった人でなければ、その免許を持っていません。例えば、今から40年前、当時20歳だったとして今は60歳。だから今いすみ鉄道でディーゼル列車の免許を持っている人たちは、全員が60代です。第三セクターとなる時に、「いずれ運転士を出せなくなるよ」と言われていたそうです。

――減る一方ということですね。

鳥塚 若い運転士を育てたくても、経営再建中のローカル線なので、新卒採用して一から養成なんてことはできません。仕方なく、自己負担で免許を取ってでも運転したい人を募集してみたんです。また、私のように、鉄道会社に入りたくても入れなかった人がいるかもしれない。

日本で資格を取る職業は、最初に自分のお金と能力を使います。医師や法律家の資格、飛行機やバスの免許もそうです。ですが、鉄道だけは、まず鉄道会社に入らなければ資格が取れない。だから、私は普通の免許制度と同様に授業料を負担してもらい、免許が取れれば採用することにしました。

――何人の方が運転士になれたのでしょうか?

鳥塚 10人ほど独り立ちしました。養成には2年かかりますが、自己責任なので年齢制限はありません。60歳で免許を取った方もいます。批判もありましたが、その考えを理解してくれた人たちが、いま実際に運転してくれています。それまでやっていた仕事を思い切って辞め、本当にやりたかった仕事をしているので、皆さん毎日が充実していて、職業に対するモラルもきちんとしています。

――皆さんの働きぶりはいかがでしょうか?

鳥塚 ある時、駅のそばの踏切が鳴っているのに、列車が到着しなかったことがありました。おかしいなと見てみたら、列車が鉄橋の上で止まっていました。しばらくして動きだし、予定より遅れて駅に着いた。運転士が「社長ごめん、観光客の人たちがカメラを持ってたから、鉄橋の上で止まってあげたんだ」と。つまり、自分たちにできることを、運転士が考え始めたんです。普通は速度の上げ下げなどはすべて決まっていて、それをきちんと守るのが運転士の仕事です。接続がギリギリの時はしませんが、余裕があるダイヤなら、そういうことを考えるようになったんです。

――観光列車としてのアイデアを、その場で考えたということでしょうか?

鳥塚 自分たちの職場を守るため、お客さんを喜ばせるために、いろいろ考えようという話をしたら、彼らも自分たちで考えるようになったんです。また、訓練生を入れたことで、教えるほうの意識も変わりました。物事を教えるためには、まず基本を見直さないといけないですし、60歳にして初めてできた弟子なので真剣になります。「今日は、うちに飯食いに来いよ」なんて絆が深まっている。互いに助け合っているんです。

この8年間、このような取り組みを続けてきたことで、さまざまなことが変化し、成長してきました。

鳥塚さん

地域ブランド化に、ローカル線は便利なツール

――鳥塚社長がご自身のブログで書かれていた、「鉄道が街のブランドをつくると」いう話が興味深かったのですが、いすみ鉄道ではどのように考えていますか?

鳥塚 ブランディング戦略としては、「昭和」を選びました。昭和の雰囲気が体験できる鉄道ということです。例えば、東急電鉄は近代化したおしゃれな街をイメージしたのに対して、私たちは昭和でいこうと。電車のドアは自分で開けるし、自動改札なんかありません。ここに来れば、何か発見があると思いますよ。若い人たちからしたら、『ALWAYS 三丁目の夕日』の世界です(笑)。

――列車の中でコース料理を楽しめる食堂列車「レストラン・キハ」の運行は、鉄道に観光、そして食も結びつけたということでしょうか?

鳥塚 千葉県は伊勢海老の水揚げが日本一なんです。千葉といえば海の幸ですから、それを発信すべきだと思いました。列車の中で食事をすると、不思議なスパイスが加わります。駅弁も、列車の中で食べるからおいしく感じる(笑)。列車で食べると味が記憶に残り、また来たいと思ってもらえるし、地域にもプラスになる。だから、地域の食材を使っています。

――数々の画期的なアイデアは、おひとりで考えているのでしょうか?

鳥塚 マーケティング会社も広告代理店も入っていないので、私が考えるしかありません。もし自分だったら、この列車のお客さんになるかなという考え方です。また、今の鉄道は人を多く乗せるために、ほとんどがロングシートです。でも私はローカル線は空席にこそ意味があると思うんです。これは経営とは反対の考え方ですが、いすみ鉄道の急行列車2両のうち、1両はボックスシートの指定席車両にしています。 指定券を買えば、どんなに混雑している時期でも必ず座って食事ができる。ただし、すいている時は、指定券を買わなくても座れるシステムにしました。

鳥塚さん

――インタビューの初めに「もう社長職は終えてもいいんじゃないか」と、冗談でおっしゃっていましたが、鳥塚さんが今後目指す場所はどこですか?

鳥塚 今、全国で、観光列車が急速に増えています。最近ある鉄道会社がレストラン列車を始めましたが、担当者が私に話を聞きに来たんです。そこで私たちの取り組みを教えたところ、それを参考に、今しっかりと走っている。「いすみ鉄道ができたなら自分たちにもできる」と、全国各地のローカル線も自分たちの魅力を見直している段階です。いすみ鉄道はもう地域の皆さんにお任せして、全国のローカル線再建のお手伝いをしたいですね。やりたくてもノウハウがないところはいっぱいある。そんなことを漠然と考えています。辞めさせてくれないかもしれないですが(笑)。

――鉄道が走る風景は、ずっとあってほしいです。

鳥塚 移動手段としては必要ないかもしれないけど、田舎には風景としての鉄道が必要です。それは郷土愛なんです。地方の人は、地元の鉄道を残したがる。ここに来た時、みんなにその理由を聞いたら、「だって昔から走ってるから」と言うんです。鉄道は自分の中の思い出の風景、故郷の景色です。最初は「田んぼの中で写真を撮って何がいいんだ」などと言ってたのに、都会の人に「素晴らしい景色ですよ」と言われたら、地元の人たちも「この景色いいでしょう」と誇りに思うようになる。これが地域活性化のスタートなんです。

――閉ざされていた町の魅力が、ローカル線で観光客が来ることにより、気持ちの交流が始まるんですね。

鳥塚 だから、私はずっと「ローカル線は使えます」と言っています。それがだんだんと形になってきたので、いすみ鉄道は仕上げの段階に来ています。次のステップとして、いすみ鉄道が私鉄になるのか、それともこのまま第三セクターとしていくのか。それは地域の人たちが考えていくことだと思います。私の鉄道会社ではないですからね(笑)。

TEXT:大曲智子

鳥塚 亮 とりづか・あきら

いすみ鉄道株式会社代表取締役社長。1960年生まれ、東京都出身。大韓航空、ブリティッシュ・エアーウェイズに勤務。ブリティッシュ・エアウェイズ旅客運航部長だった2009年、いすみ鉄道社長公募に応募。123名の応募者の中から社長に選ばれる。観光列車化、ムーミン列車や食堂列車レストラン・キハの導入、自己負担による運転士訓練生募集など、これまでの常識を覆すアイデアを次々と導入し、いすみ鉄道再建を成功させた。