社会課題解決のため、イノベーション創出の重要性が叫ばれ、「地方創生」「官民協働」というキーワードに注目が集まっている。しかし、実効性を持った解決の切り札はなかなか見えてこない。「地方が抱える課題は複雑化・多様化している」と語るのは、長野県・塩尻市職員の山田崇氏。同市シティプロモーション係の係長だが、「TEDxSaku」に登壇し、精力的に全国各地を飛び回り、地方創生に関する講演活動を行うなど、いま最も注目を集める公務員として知られている。

不確実性が増すこの時代、「まだ見ぬ新しい価値を創出すること」が課題である点は、企業も変わらない。先進的な民間企業のメンバーと共に地方の課題について、行政施策立案を行う「MICHIKARA(ミチカラ)」などの取り組みを続ける山田氏に、地方再生へのアプローチやイノベーション思考の重要性について話を伺った。

公務員としての仕事を劇的に変えた「市民活動を知る」最初の一歩

――大学卒業後、塩尻市に就職したきっかけを教えてください。

もともと、千葉大学で応用化学を学んでいて、以前から興味のあった建築の世界へ進みたいと考えていました。設計事務所にも内定が決まっていましたが、塩尻でレタス農家をしている父から、「塩尻市役所の職員募集があるので、明日までに帰ってこい」と言われ、試験を受けてみたら合格・採用となりました(笑)。

――市役所に入られていかがでしたか?

正直、最初は嫌でした。この3月で42歳になりましたが、5年前までは一般的な公務員でした。最初に配属された税務課では、固定資産税の管理のため、新築物件に入り、図面をCADで起こして、建物の評価をするのが仕事でした。その後、財政課や松本広域連合(近隣の市町村共同で広域消防を行う消防局組織)を経験しましたが、松本広域連合は、その名の通り「広域」に活動する組織でしたので、塩尻を外から見て、考える良い機会となりました。

――この5年間で現在の仕事につながる劇的な変化があったのでしょうか?

市民交流センター「えんぱーく」の建設に関わったのが、大きな契機です。えんぱーくは、「知恵の交流を通じた人づくりの場」「中心市街地の活性化」「協働のまちづくりの拠点」という3つのコンセプトを掲げ、私は2009年に開設準備室のメンバーとして入りました。

あるとき市の職員として、準備室の市民活動支援の会議に出席することになりました。その際、NPO法人代表の方と議論になり、「市民活動もしたことがなく、ましてや税金で給料をもらっている市職員の自分が、本業とは違うことに自分の時間を割いて取り組んでおられる市民活動を支援できるのか」ということに気づきました。

そこで、まず自分も市民活動に取り組んでみようと考え、えんぱーく開設前に、「アート」をキーワードにしたワークショップの実行委員会を立ち上げました。

長野県は人口1人当たりの美術館の数が全国1位ですが、塩尻市には美術館がありません。また、県内には美術大学がなく、将来美術を学びたいと考えている生徒は、東京へ勉強しに出て行ってしまいます。

その一方で、長野県には地元でも気づかれていなかった独自の資産がありました。

――どんな資産でしょうか?

長野県には木曽平沢という漆器の産地があり、漆塗りの伝統工芸が盛んです。そこに、東京芸術大学のとある大学院生が、自身の創作活動のために空き家を借り、地元の漆器職人と交流していました。

東京芸大の大学院で漆を学んでいる学生は、30人くらいほどです。そのうちの一人が、漆を学ぶために、わざわざ東京から長野までやって来ている。一方で、塩尻市内の高校生は美術を学ぶために上京していく。そこで、芸大の学生が来ている木曽平沢という独自資源と高校生たちの間を、アートのワークショップでつなげようと考えました。それが、私の最初の市民活動です。

――その後、取り組まれた空き家プロジェクト「nanoda」(なのだ)の活動について、詳しく教えてください。

山田氏

「nanoda」立ち上げの契機となったのは、2011年1月から始まった市職員の勉強会でした。塩尻市の市制50年を機に、「50年後の塩尻を考えよう」をテーマとして、魅力ある商店街、農業再生、林業再生などについて、部署を超えて勉強会を開いていました。

しかし、魅力ある商店街といっても、私は商売をしたこともなく、商店街に住んだこともありません。「そこで、商店街の空き家を1軒借りて、何かしてみれば気づくことがあるかもしれない」と思い立ちました。

――コンセプトはどういうものですか?

当初の「空き家プロジェクト」は、個人的にはアートプロジェクトの一環としても考えていました。地方が抱える課題は、複雑で多様化しています。商店街に閉店した店があったら、閉店した店の数だけ、そこに至るまでの経緯があります。そこで、市役所出勤前の朝7時から8時の1時間だけ、借りていた空き家のシャッターを開け、ただそこに“居る”ということを2、3カ月続けてみようと思いました。「現状がどうなったかを少しでも知る、感じることができるのでは」と考えたからです。また、毎日、私がただ座って見ていることで、商店街や人々に何か変化が起きるのかを観察する、インスタレーション作品のような取り組みでした。

「南インドカレーなのだ」の模様(nanoda提供)

「南インドカレーなのだ」の模様(nanoda提供)

そうして行った観察の結果が、商店街の飲食店の皆さんに参加していただいた、カレーの食べ歩きイベント「カレーなのだ」、空き家を掃除して、そのあとそこで食事をしながら語り合う「お掃除なのだ」など、数々のイベントを開催につながりました。やがて、市外や県外の方たちも集まり始め、商店街には活気が生まれ、新しいアイデアや交流も生まれました。nanodaをきっかけに塩尻に移住してきた方たちもおり、この取り組みが全国から注目されたという点では成功といってよいと思います。

ネーミングにも思いを込めています。nanodaは「○○なのだ」から付けており、意思を持って物事に取り組みたい人たちが、「私はこれをやりたいのだ!」と思った時、自由かつスピーディーに取り組めるプロトタイプの場でありたいという願いがあります。

山田氏

――同プロジェクトでは、自主的に空き家の掃除もされたのですね。

地域で何が起きているのか、課題自体がよく見えなくなっていることは確かで、空き家の掃除をしたのも、私自身が商店街の仕事、課題が把握できていなかったからです。

最初に空き家を借るときの内見の際、「土足で上がっていい」と言われました。「掃除をしていないから」という理由でしたが、そこで「もしかしたら、空き家の掃除に悩んでいる人が多いのでは」と感じて、掃除をして回りました。

行政は、シャッターが閉まった商店街のシャッターを開けるため、家賃補助や改修費用負担など、「借り手」視点で施策を考えがちです。しかし、問題はそれ以前にあるのではないかと思いました。中が「貸せる状態」になっていない、あるいは、貸すつもりがあるのかどうかという問題です。

私たちは、掃除をさせていただいたあと、大家さんたちとともに食事会をして、「空き家って何だろう」と話をしました。「どうして空き家になったのか?」「昔の商店街はどんな様子だったのか?」「どんな商売していたのか?」「これからどんな街になってほしいか?」、そして、最後に「この空き家をどうするか?」ということを聞きます。

現在、全国の自治体で空き家対策、移住・定住対策に取り組んでいない自治体はありません。平成28年度からは塩尻市と塩尻市振興公社が連携し、2名の空き家コーディネーターが配置され、地域の空き家がどうなっているか、現地の物件を見て回ることに取り組んでいます。そして、こうした取り組みは、大家さんに改修補助金を出すことだけでなく、片づけや、場合によっては取り壊しに関する補助金を出す施策につながっています。

山田氏

異質なものを受け入れる寛容さ、これがイノベーションには欠かせない

――nanodaを始めてみて、市民や市役所内の反響、ご自身の意識はどのように変わりましたか?

nanodaを始めたばかりの頃は、「市職員が何をやっているんだ」という反応がほとんどでした。しかし、各地で同様の取り組みが動き始め、岡谷市や松本市、愛知県からは3つの自治体にnanodaの視察に来ていただき、自分たちでもやってみようと行動を起こされています。

私自身は、さらに広い視野で物事が見られるようになってきました。全国には1741もの地方自治体があり、私のような地方自治体職員は約91万人います。その中から、一緒に挑戦したい同志、仲間が生まれています。

また、nanodaプロジェクトがここまで5年間続けてこられたのは、塩尻という土地柄も大きかったと思います。塩尻は江戸時代から交通の要衝で、中山道、善光寺街道の宿場町でもあります。鉄道では、篠ノ井線と中央東線、中央西線の分岐点でもあります。さまざまな人が自然と集まる土地柄のため、塩尻には外から来た人に対して寛容な風土があります。

私が愛読している、リチャード・フロリダの『クリエイティブ資本論』という著書には、「3つのT」という考えが紹介されています。「Talent(才能)」「Technology(技術)」「Tolerance(寛容性)」の3つがそろっているところに、価値が生み出されるということです。私はこれを、「異質な存在でも許させる寛容さが、新しい価値を生む」と解釈しています。

山田氏

――従来の課題解決のプロセスでは、スピードが足りず、本質にもたどり着けない、そのような気づきはありましたか?

経済は停滞気味で、人口も減少傾向にあります。これからは、目の前の人が何に困っているのか、本質的な課題と向き合う必要があります。そのためには、考えているだけではダメで、試してみなければわかりません。

しかし、行政組織内には、プロトタイピングをする場がありません。市役所は計画を練って仕組み化することが仕事です。私は、市職員として軸足を置きつつ、さまざまなところにも足を伸ばしていけることが強みだと思っています。

以前、市長に「山田みたいな公務員は一人で充分だ」と言われたことがあります。でも、「一人はいてもいいのかな」と解釈しています。そうした理解のある環境や、過去に挑戦してきた先輩がいるため、今もここに立っていることができています。

ちなみに、よく「PDCA」いう言葉が使われますが、私はまず小さな「D」(Do)から始めてみます。すると、必ず「何をやっているんだ」とチェック(C)されます。それで、怒られたら謝る――。私の「A」は、「謝る」の頭文字です(笑)。そして、そこから「P」(Plan)が始まるのです。

山田氏

本質的な課題を見つけるのに必要な「ATI」とは?

――複雑化し、多様化する課題を「見つける」「仮説を立てる」ということについて、どうお考えですか?

今、官民協働フォーラム「MICHIKARA」(ミチカラ)というプロジェクトに取り組んでいます。これは、行政だけではすぐに解決が難しい、雇用や子育てに関する諸問題についての取り組みです。官民協働で本気で取り組む覚悟のある自治体と、民間企業のリーダーをリアルに結びつける場を提供しています。そこで参画企業のひとつ、リクルートホールディングスの方が盛んに言っていたのが、「ATI」という言葉です。

「圧倒的(A)」「当事者(T)」「意識(I)」の略で、課題を持つ現場の「声なき声」に応えているのかという問いかけです。課題解決は、ただ傷口に絆創膏を貼るような対症療法では根本的解決には至りません。本質的課題に光を当てるためには、まずはメンバー全員が当事者になることが大事です。これをしないと、まったく違う解決策を導いてしまうかもしれない。そんなことを、民間企業の皆さんと協働する中で気づかされました。

MICHIKARAでは、民間に丸投げをして「何とかしてくれ」ということではなく、市職員が企業の方たちと協働して、課題解決のための考えや仮説を「仕様書」の形にまとめ、提示する仕組みにしています。私たちが取り組む課題には、正解がありません。あるかどうかもわからない。仮説を立てるためには、課題を構造化しなければなりません。

その上で、例えば林業再生なら「軽トラ5,000台分の需要を、今後5年間で創出したい。そのためのクリティカルな施策を提案してほしい」と民間に提示するわけです。自治体が本気でなければ、民間にはすぐに見透かされます。これが、官民協働の本質です。

MICHIKARAは、すでに第2期まで進行していますが、第1期では、5つ立てたテーマのうち、「新体育館の活用促進戦略」「空き家対策」「子育て世代の復職・両立支援」の3つが政策提言として、塩尻市施策の正式プロジェクトとなりました。また、民間の方たちと交流したことによる市職員の意識の変化は期待以上の成果でした。民間企業の圧倒的熱量とスピードを体感したことにより、普段の言葉や行動が大きく変わり、市職員の人材教育という観点でも確かな手応えを感じています。

MICHIKARA第1期、プレゼンテーションの模様(MICHIKARA提供)

MICHIKARA第1期、プレゼンテーションの模様(MICHIKARA提供)

――MICHIKARAを通じ、塩尻の取り組みがさまざまなところへ波及することも期待できますね。

私が言っているのは、「塩尻だけが困っているわけでない」ということです。人口5万から10万規模の自治体は、国内に約300あります。それぞれが塩尻と同じように困り、悩み始めています。その悩みを塩尻が先例となって解決できれば、全国展開も可能です。実際、スタートアップ支援に取り組む神戸市もMICHIKARAに興味を示してくれ、地域を超えた官民協働の事例も生まれてきています。また、MICHIKARAの趣旨に賛同してくれ、幹部社員を派遣してくれる企業も増えてきました。そして、私と同じように挑戦したいと考える公務員を、一人でも増やしていきたいです。

一般的な民間企業であれば、可能性がなく、儲からないビジネスからは撤退するだけです。しかし、地方にいる人々は、この地で商売をし、生活をしている以上、動くことはできません。そうした意味で地域の課題というのは、解決の見込みがあるから取り組むわけではないのです。重要なのは、解決可能か分からなくても、「寄り添う」覚悟です。私はMICHIKARAの取り組みを通じて、この覚悟が固まりました。以前に増して「ATI」になってきています(笑)。

山田氏

答えのない課題に寄り添い、声なき声に耳を傾けていく

――今後のビジョンについてお聞かせください。

まず、公務員をやめるつもりはありません。公務員は定年まで身分が保障されます。だからこそ、長期的視点で、社会をよくする施策が考えられます。塩尻市やほかの自治体、そこに住む人たちの問題は、それぞれ違います。50年先のために、私たちは今、何ができるのか。正解がないからこそ、考え続けなければならないと思っています。

ただ、本当に解決したい課題に取り組むためには、大きなスケールが必要です。一人でできることには限界がありますが、市職員の意識も変化してきましたし、全国には共感し合える仲間たちも増えてきました。少しずつではありますが、変革への輪が広がっていく手応えを感じていますので、この輪をより大きく広げるための役割を果たしていきたいです。

TEXT:阿部欽一

山田 崇(やまだ・たかし)

長野県塩尻市 企画政策部 地方創生推進課 シティプロモーション係 係長/空き家プロジェクトnanoda代表

1975年塩尻市生まれ。千葉大学工学部卒業。「地域の課題を想像でとらえるのではなく、実際に住んでみないと商店街の現状・課題はわからない」と空き家を活用したプロジェクト「nanoda(なのだ)」を2012年4月より開始。2014年「地域に飛び出す公務員アウォード2013」大賞を受賞。2014年5月に公開されたTEDトークでの動画「元ナンパ師の市職員が挑戦する、すごく真面目でナンパな『地域活性化』の取組み」が話題に。2016年5月から内閣府 地域活性化伝道師に。