「北斎は立体を平面に、紫舟は平面を立体に」――表現の常識を覆す「書」に込めた思いとは

見とれるほど、たおやかな文字。紙に書かれていたはずの字が浮かび上がり、造形となって現れる。絵、色、音が一体となる書。見る人は必ず何かを感じるだろう……

書家・紫舟さんの活動は、日本だけではなく世界に広がっている。2014年には、ルーヴル美術館地下会場で行われたフランス国民美術協会展において、最高位金賞を受賞した。日本語が理解できなくても、彼女が書に込めた想いは言葉の壁を越えて伝わると証明された。常識を覆す表現力や発想力は、どこから生まれているのだろうか?

書家になったことが人生の幸せ

――6歳から書道を始められたとのことですが、書の世界への転身は社会人を経験されてからのようですね。書家として活動を始めるまで、どんな経緯がありましたか?

紫舟 はい、会社を辞めたことは、私が人生で初めてくだした大きな決断です。会社を辞めてからその後、どのような道へ進むかは決めていませんでした。今振り返ると、6歳から書道をやっていたこともあり、自分はいずれ書家になるという感覚が心のどこかにあったと思います。それなのに、ずっと聞こえないふりをしていました。会社を辞める決断をした時、初めて心の声に耳を傾けたのだと思います。

――書家になる決意した時の心境はいかがでしたか?

紫舟 心の平安とともに、気持ちが軽くなった感覚がありました。「書家として生きる」覚悟をしただけで、他のことを考える余裕はありませんでしたが、進むべき道を見つけたことは、本当に幸せな瞬間でした。

『龍馬伝』題字

『龍馬伝』題字

――紙に墨で書くスタンダードな形はもちろん、現在は書を立体にした「書の彫刻」や、デジタルインスタレーションなど、これまでの書道の枠を超えたさまざまなスタイルで作品を発表されています。当初、書家としてどのような道へ進んでいこうと考えていましたか?

紫舟 最初は、漠然と「いつかハリウッド映画の題字を書きたい」と考えていました。書の題字を見て、世界中の人が作品や監督のメッセージを読み取ったり、映画の内容を予見したりできる。そうなれば、日本の書が世界に通用した証にもなります。

――2010年のNHK大河ドラマ『龍馬伝』の題字は、大きなインパクトがありました。日本全国に、紫舟さんの書が広まった作品だったと思います。

紫舟 書家になった頃は、大河ドラマの題字を書くなどということは雲の上のような話でした。2010年の大河ドラマの題字は、例年のオファー形式とは異なり、珍しく多くの公募者の中から選ぶコンペ形式でした。そのため、無名だった私にもチャンスが回ってきました。決まった時は本当に驚きました。

紫舟さん

書に込めた想いは言葉の壁を越えて伝わる

――書家としての転機になった作品を教えてください。

紫舟 2013年、「伊勢神宮第62回式年遷宮」にあたり「祝 御遷宮」の書を言祝ぐ(ことほぐ)機会をいただきました。このことも大きな転機でした。この書に取り組む前に、伊勢神宮を正式参拝し、神様に招き入れられている人物かどうか、御遷宮対策室の方が確認していたそうです。当時は存じ上げませんでしたが、実は私が参拝した時は風がなく、その状況の中で“みとばり”(※)がふわり大きく浮き上がる様子をご覧になったそうです。

結果、神様に受け入れられ、ご依頼の書をご奉仕させていただきました。この御遷宮後から、まるで夢のような創作の機会との出会いが続きました。他にもNHKの美術番組『美の壺』の題字や、先ほどの『龍馬伝』の題字も思い出深い作品です。

※ みとばり(御幌) 神宮の正面が直接見えないように垂れ下げられた布。伊勢神宮では白い布を用いている

――2007年から制作されている「書の彫刻」は、文字を立体にしたことで、横から見たり、後ろから見たりすることができます。“立体物としての書”という表現を、どのように捉えているのでしょうか?

紫舟 誕生当初の文字は、紙に書くものではなく骨に彫る/刻むものでした。そういった意味では文字は平面ではなく立体だったと言えます。また、書の紙に対する筆圧という面でも、たっぷりの墨で筆が強く紙にあたる箇所やかすかに触れるだけところは、山の等高線のように表現することができると考えました。

以前は、「言葉の意味」を考えてすぎて、言語を表現手段として扱う限界や、壁を設けていましたが、今は、伝わるものは伝わると分かりました。例えば、歌は言葉の意味がわからなくても、世界中の人に感動を与えることができます。絵画も、国が異なっても理解することができます。書も同様で、言語であっても文字であってもそもそも壁は存在せず、伝わることを、ルーヴルでの展示によって気づくことができました。

フランス国民美術協会展 審査員賞金賞受賞 「舞いおりる陽光 光を求め影 怒と悲の累積 揺れる時風 降りそそぐ漆黒」

フランス国民美術協会展 審査員賞金賞受賞
「舞いおりる陽光 光を求め影 怒と悲の累積 揺れる時風 降りそそぐ漆黒」

――2014年、ルーヴル美術館で行われたフランス国民美術協会展にて「審査員賞金賞」を受賞された時のことですね。ルーヴル美術館での展示は、ご自身の表現にも大きな影響を与えましたか?

紫舟 そうですね。彼らが見えるもの、見えないもの、日本人が見えるもの見えていないものを、意識できるようになりました。左回りの文字をもつ西洋、右回りの文字をもつ日本。線対称を好む西洋、非対称を美とする日本。左から右へ文字をよむ=目を動かす西洋、右から左の日本。このあたりの違いから生まれる差違の存在、彼らがどのように見えているのか、見えていないのかが少し意識できるようになり、表現も変化してきました。

――ルーヴルでは、具体的にどのような反応がありましたか?

紫舟 フランスの人々は、作品に極小さく添えられているタイトルを読むことなく、最初に作品を鑑賞します。タイトルすら見ない人も多く、自分自身がどう感じるのかを大事にしているようです。彫刻という観点では、これまでロダン、ジャコメッティの影響が100年ほど続き、大きな変革がなかったそうです、ある方は私の作品について「ロダンとジャコメッティの呪縛から、ようやく解放される彫刻表現が生まれた」と話してくれました。また、「葛飾北斎は立体を平面に置き換えた。紫舟は平面のはずの文字を立体にした」と評価をいただきました。作品で扱う文字は日本語ですが、フランスの方たちは芸術作品として造形面から言葉の意味を言い当て深く理解してくださった。うれしかったですね。

紫舟さん

――表層的な鑑賞方法から離れて見てみることで、日本人も新たな価値観に出合えるということでしょうか?

紫舟 意味や言語を手放してみると、作品をより深く感じられます。この世の感じるものや見るものすべてを言語化はできないですし、そう考えれば言葉は狭くて窮屈です。美術作品を鑑賞する時には、言葉を手放して、ただ感じてみると面白いかもしれませんね。

――ルーヴルでの展示が終わった後、ご自身に何か変化はありましたか?

紫舟 作風に直接的な変化も起こりつつあるとは思うのですが、学んだことは「夢は困難の姿でやってくる」ということです。事実、やりがいはありました、そしてルーヴルでの展示には大きな困難も伴いました。逃げ出したくなったこともあります。「やめたい」という気持ちが先立ち、それでも「やめたくない」と思い直す葛藤の日々。困難の連続を経験して、「夢を叶えるとは、諦めずに困難をひとつずつ解決していくこと」と学びました(笑)。

紫舟さん

書家として大切にしていること

――書家として作品を発表する一方、子どもたちに書道を広める活動もされています。

紫舟 時々、施設に暮らす子どもたちを招き、アトリエでお習字教室を行っています。また毎年恒例で文化の日に恵比寿ガーデンプレイスで書の文化活動「ラブレタープロジェクト」を10年以上継続し、子どもたちに、書のワークショップに参加していただき、大切な人へ思いを届けること、大きな和紙に自分の手を使って言葉をつづることを伝えています。伝えるときには、何かを足していくより、削っていくことを教える方が、子どもたちには理解しやすいようです。

紫舟さん

――では、ご自身が大切にされていることは何でしょうか?

紫舟 信頼関係です。特に自分自身との信頼関係です。会社員だった頃、「人は就職したばかりの会社をどうしてこれほど信頼するのか」疑問でした。一方で人は、他人からの信頼を損なわないように振る舞いますが、自身への信頼を失うことに無関心な人も多いように感じます。ほかの誰でもない、自分自身へ信頼を向けてはどうかと感じ始めました。困った時に一番頼りになる自分をつくっておく。自分自身と交わした約束をできるだけ破らない。その信頼関係を大切にしています。

――最後に、書家としての目標を教えてください。

紫舟 例えば「この方の病気が治りますように」と願って書いた書から、お札(ふだ)のように文字から恩恵があふれ出て、書かれた言葉通りに病が治るような書を目指しています。初詣でお守りを購入したり、遠方のお札を手に入れようとするのも、そうした力にあやかりたいのかもしれません。書き上げた作品に力を宿し「書を飾るだけでパワーがもらえる」。そんな書が書けるようになりたいです。

TEXT:大曲智子

衣装協力:VIVIENNE TAM/マツオインターナショナル(お問い合わせ先:0120-29-1951)

書の源流「榊莫山と紫舟のシンフォニー」
日時:2017/4/15~7/23 
場所:奈良県立美術館
作品:屏風7点/絵画2/書彫刻4点/キュビズム5点 /浮世絵+墨蹟彫刻1点/書多数/
原点の地で、紫舟作品を一挙公開、総勢40点超の大型展!

紫舟(シシュー)
書家/アーティスト

パリ・ルーブル美術館地下会場Carrousel du Louvreにて開催されたフランス国民美術協会(155年前にロダンらが設立)サロン展2015にて、横山大観以来の世界で1名が選出される「主賓招待アーティスト」としてメイン会場約250㎡で展示。2014年同展では「北斎は立体を平面に、紫舟は平面を立体にした」と評され、日本人初・金賞をダブル受賞。 日本の伝統文化である「書」を書画・メディアアート・彫刻へと昇華させながら、文字に内包される感情や理を引き出し表現するその作品は唯一無二の現代アートとなり、世界に向けて日本の文化と思想を発信している。大阪芸術大学教授。
http://www.e-sisyu.com/
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