橋本舜

2017年2月にAmazonで販売が開始され、わずか4日で完売した食品がある。その名も「BASE PASTA(ベースパスタ)」。一食で1日に必要な栄養素の3分の1を摂取できる完全栄養食だ。完全栄養食といえば、ドリンクやバー状のスナックが主流で、普段の食事に取り入れることはイメージしづらい。その点、ベースパスタは小麦全粒粉やもち米、ビール酵母などを使用した生麺で、味や香りとともに、もちもちとした食感が楽しめる。栄養の摂取と主食として満足できる食事が両立できるという話題性もあり、情報感度の高い人々がこぞって購入した結果、4日で2500食を完売した。

開発者は、DeNAを退職してベースフード株式会社を設立した橋本舜氏。前職ではゲーム開発や自動運転車事業に携わっていたが、なぜ食品事業に手を伸ばしたのか? 現在の事業、今後の展望について話を聞いた。

栄養を取ることの難しさに目をつけた「完全栄養食」

――株式会社DeNAを退職し、無関係のように思える食品事業に進出したきっかけはありますか?

橋本 株式会社DeNAでは、社会的価値を生み出す事業創出を目指す部署に在籍し、自動運転車の案件を担当していました。政府も関わる大事業で、ある時、過疎化などで高齢者の割合が高くなっている集落のため「外出や通院に自動運転バスを走らせることはできないか?」という案件がありました。要するに、移動手段が少ない地方の高齢者が外出しなくなると、寝たきりになってしまうリスクが高まるほか、通院ができないために入院する必要に迫られ、多くの医療費が発生してしまいます。その解決に、自動運転バスを活用できないかという話でした。

プロジェクトを推進していくなかで、自動運転という技術が人々の健康につながっていると認識でき、健康寿命、ヘルスケアに関わる事業がしたいという思いが強くなりました。しかし、健康に必要な栄養、睡眠、運動といった要素の中で、自分なりの答えが存在していなかったのが「栄養をどう取るか」という疑問でした。極端な話、睡眠や運動は、時間があれば解決できます。でも、栄養は時間があっても、摂取すべき栄養素や量などの知識がなければ解決できません。そこで、食から人々の健康を支えようと、ベースフードを立ち上げました。

――ドリンクでもなく、そのまま食べられるバー状のものでもなく、パスタにしたのは、どんな理由がありますか?

橋本さん

橋本 ベースフード株式会社のビジョンは、「健康を当たり前にする」。日本の少子高齢化を解決するためには、まず健康寿命を延ばす必要があります。そのためには、普段から健康に気を使っている人たちではなく、全く気を使っていない人を健康的な状態にしようと考えました。

問題は、健康に気を使っていない人に対し、どんなアプローチをとるかにありました。例えば、体に良いからといって「ピーマンを食べなさい」と言っても、苦手意識のある人には抵抗があります。でも、「カレーにピーマンを混ぜました」というアプローチを取れば、抵抗がなくなるかもしれない。そこで考えたのが、主食を完全栄養化することでした。

主食の中でもパスタを選んだのは、アラビアータやペペロンチーノなど、さまざまな食べ方を楽しめるからです。定期的に食べてもらうためには「毎日飽きずに口にできるもの」が理想ですが、米は食品粉末をブレンドするのが難しく、パンは賞味期限や保管期限も短いため、まずはパスタで挑戦しました。将来的に海外展開を考えた時、パスタであればさまざまな人が色々なアレンジをして口にしているイメージが湧いたのも大きな要因です。

地方の技術と都会のプロデュース力の融合

――「ベースパスタ」の特徴を教えてください。

橋本 「ベースパスタ」は小麦の全粒粉、もち米粉、ビール酵母、チアシード、グレープシードオイル、海藻類、ビタミンなど、10種類以上の栄養豊富な食品から作られている生麺です。一食で1日に必要な3分の1の栄養素を摂取できることが最大の特徴ですが、味にもこだわっています。

BASE PASTA

先ほど述べた小麦の全粒粉やもち米粉は食感をよくするためにも使っていて、主原料が小麦の全粒粉なので、玄米やグラノーラのような素朴な味がします。そばに近い味だと言う人もいますし、小麦全粒粉のパスタやライ麦パンに似ているとも言われます。かんでいると次第に、甘さとほろ苦さを感じることができます。

――乾麺ではなく生麺にした理由は?

橋本 賞味期限が長いというメリットから、最初は乾麺タイプの商品を考えていました。しかし、真空包装タイプの米粉麺や玄米麺などを作っている岐阜県の製麺所から、「生麺ではどうか?」とアドバイスをもらいました。賞味期限の長さより、料理時間の短縮とモチモチとした食感の楽しさを魅力に感じ、生麺で作ることにしました。

BASE PASTA

――現時点での手応えは、いかがでしょうか?

橋本 健康への意識が低い人にこそ食べていただきたいという思いがありますが、それは最終的なゴールです。まずは意識の高い層からの浸透を目指しているので、4日で完売という成果には喜んでいます。それでも、異なる味を楽しめるパスタソースを同梱する、調理済みのものが食べられるようにするなど、麺の改良だけでなく、より購入しやすくなるような工夫を取り入れることも検討しています。多くの方に購入していただければ販売価格が下げられますし、まずはプロダクトの質や認知度を高めることが重要だと考えています。

BASE PASTA

――橋本さんは、どのように食品分野の勉強をされたのですか?

橋本 最初は栄養学に関する本を読み、専門家にお伺いするなどして知識を深めました。ただ、今はすべてを1人で行う必要はありません。原料を調達する商社、各種メーカー、製麺所、配送会社など、商品ができあがるまでに、さまざまな人の力を借りています。当初は何の人脈もなかったため、管理栄養士の友人と2人で「ベースパスタ」の構想を詰めていました。ある程度形になってきた段階で製麺所へ話をしに行こうと、インターネットで検索してヒットしたのが、今も製麺を依頼している岐阜県の製麺所でした。

その製麺所は技術力、衛生面ともにレベルが高く、海外向けに事業を展開していたのも魅力的でした。製麺所の社長をはじめ、社員さんたちがパッケージ会社や穀物原料を扱う商社を紹介してくれたのも大変助かりました。また、調達しにくい材料は、食品の展示会へ出向いて製造しているメーカーと粘り強く交渉するなど、地道に人脈を広げた結果が、今の形になっています。

――地方を拠点にする企業とのコラボレーションという点でも、興味深いです。

橋本 現在、アパレル業界のベンチャー企業が、優れた技術を持つ地方の職人や工場とコラボレーションして商品を作っている事例もあります。すばらしい技術を有する地方の会社や人と、都会で暮らす私たちのプロデュース力を組み合わせてイノベーションを起こす――。そうした取り組みが、今後の日本のものづくりに必要になってくると思います。

――食品業界のビジネスで、特に気をつけている点は何ですか?

橋本 IT企業の製品は、作ったものをすぐにリリースできます。そして、問題が起きてもすぐに修正できる。しかし、消費者が口に入れる食品には、そもそも間違いが許されません。そうした意識の違いは、特に注意している部分かもしれません。また、原料が供給されない、パッケージ工場の生産ラインが止まる、配送が遅延することもある……。さまざまな人たちが関わる分、予期せぬ事態への臨機応変さも求められます。

――出資金はクラウドファンディングで集めたということですが、その意図は?

橋本 クラウドファンディングは、自分のアイデアを掲載する初期段階から資金調達とプロモーションが両立でき、商品を作る前にビジョンを広めることができる。また、「この商品に最初に目をつけたのは、私たちだ」という、ある種のコミュニティーを形成することができます。お金をいただくのですから、プレッシャーを感じていた時期もあります。しかし、出資者の声を聞くことで、自分たちが進むべき道もはっきりしてくる。商品が完成していなくても、その都度、やれることをやろうと考えるようになってから、応援がプレッシャーではなく励みになりました。

世界中の人の生活に、ベースフードを根付かせたい

――現時点で、企業として掲げる目標は何ですか?

橋本 この商品を、生活必需品にすることです。今はベンチャー企業が作るニッチな商品と思われているので、なるべく早く大手企業が作る食品と遜色ない知名度や印象を持つ商品にしたいです。現在、「ベースパスタ」を導入していただいているレストランもありますが、日常食として普及させたいですね。

また、海外にも展開し、より多くの人の生活に根付かせたいと考えています。海外展開については当初、パスタであればイタリアという意見もありましたが、よりイノベーティブな試みと親和性が高いのではと考え、アメリカを海外展開の第一候補先として考えています。まずはニューヨークを足がかりに、その後、アメリカ全土で展開する。ベースフードは効率を求めるライフハックな側面だけでなく、味やパッケージのおしゃれさにも自信を持っているので、きっとニューヨークの人達にも興味を持ってもらえるはずです。

――海外へのスピード展開を進める狙いは何でしょう?

橋本 日本をおろそかにするつもりはなく、あくまでも日本で良い商品を作り、それが受け入れられてからの海外展開だと思っています。しかし、私たちの目標は、人々の健康を当たり前にすることで、そこに国境は関係ありません。

また、私たちのようなベンチャー企業を、もっと増やしたいという思いも関係しています。日本はイノベーションの後進国と見られがちですが、プロダクトやサービスは一流だと確信しています。既存の企業が、国内で完全に商品が普及してから海外に打って出るのを慣例としているなら、私たちがそれとは異なる方法でトライする。日本からイノベーションを起こし、海外に行っても日本の物が置かれている状況になれば、「私たちも挑戦してみよう」という気になってくれる人がいるかもしれません。

橋本さん

――最後に、今後の展望をお聞かせください。

橋本 健康を当たり前にするというのは、意識をしないということです。サプリメントではなく、普段通りの食生活をしていたら、いつの間にか栄養バランスが取れていたという生活を実現したい。そのためには、1日3食、すべてをパスタでというのは無理があるため、例えばパンやラーメンの完全栄養化を進める可能性はあります。

また、まだまだ先の話になるかもしれませんが、世界の「フードロス解消」に取り組んでいきたいと考えています。ほとんどが処分されてしまいますが、カルシウムを含んだ甲殻類の殻や、豊富なビタミンを持つフルーツの皮を粉末にして練り込んだ安価な完全栄養麺を作り、貧困が問題となっている発展途上国へ届けたい。それが、最終的なゴールです。今、「べースパスタ」の価格を下げようとしているのはビジネス的に軌道に乗せるためでもありますが、その最終目標に向けた試金石でもあります。

TEXT:大曲智子

橋本舜(はしもと・しゅん)

1988年、大阪府生まれ。2012年東京大学卒業。新卒で株式会社ディー・エヌ・エーに入社。ゲームの企画や新規事業開発を担当。自動運転技術を使った無人タクシーやバス事業に携わり、高齢化問題や地方の過疎化問題などの社会課題と向き合う中、健康の維持や病気予防の重要性を認識し、ベースパスタの開発を開始。その後退職し、2016年、ベースフード株式会社を設立し、現在に至る。