横浜DeNAベイスターズ 前代表取締役社長・池田純氏が目指す「スポーツビジネスの第一人者」とは?

観客動員数は110万人から194万人、満員試合数は5試合から54試合、球団単体売り上げは52億円から100億円以上、利益は24億円の赤字から黒字化へ――。これらはいずれも、池田純氏が横浜DeNAベイスターズの球団社長在任中(2011〜2016年)に起きた経営面での変化だ。

池田氏は2011年のシーズンオフに誕生した「横浜DeNAベイスターズ」の初代社長を務め、2016年をもって5年間の任期を満了。日本のスポーツビジネスとスポーツ文化の発展に寄与すべく、新たなチャレンジを開始した。池田氏が見据える、日本のスポーツの未来について話を伺った。

ベイスターズ再生には勝算があった

——2011年12月、35歳の若さで「横浜DeNAベイスターズ」の球団社長に就任されましたが、球団は24億円もの赤字を抱えていました。過去に企業再生のご経験があったとはいえ、プロスポーツはご自身にとって初めての世界です。勝算あってのチャレンジだったのでしょうか?

池田 企業再生に注力してきた経験から、感覚的に「51%」程度の勝ち目はあるのではないかと思っていました。100%成功するような取り組みよりも、成功確率51%程度の方が世の中に与えるインパクトは大きいですし、自分としてもよりチャレンジングなことに身を投じたいと思っていました。

——就任時、組織はどんな状態でしたか?

池田 当時の若手社員は「私たちは、まるで灰色の水槽の中で泳ぐ金魚のようだった」と後に話していました。というのも、会社にパソコンもなく、部門を超えてコミュニケーションを取ることもなく、まさに昭和から続くプロ野球の会社、といった雰囲気でした。

——就任後、ただちに「継承と革新」というスローガンを掲げ、2012年シーズンを迎えます。理念を社員に浸透させるために、どんな施策を講じましたか?

池田 良いものは守り、継続していく。しかし、そうでないものは思い切って変革していく。それが、「継承と革新」の意味です。ただでさえ「IT企業から突然、若造がやってきた」といったバイアスがかかって見られていましたから、まずは社員1人ひとりと面談を重ねていきました。実際、話を聞いてみたところ、会社に戦略がなかっただけで、頑張りたい気持ちは誰もが持っていました。それが、組織の中で「部分最適」に進むからうまくいかないのであって、私は代表として社員たちの気持ちをくみ、「全体最適」にしていく必要があると思いました。

池田さん

——経営再建に向け、就任当初に思い描いた戦略を教えてください。

池田 ベイスターズという球団のマーケットを再定義することです。プロ野球全体の人気が下降し、競技人口も減り、少子高齢化もこれからさらに進みます。コアなプロ野球ファンだけをターゲットにしていれば、この先、必ず限界がやってきます。まずはマーケットの定義を変え、それに応じた戦略を策定してハード・ソフトの両面から変革に着手していきました。

——具体的にはどのようなことでしょうか?

池田 プロ野球ファン目線で「球場に試合を観に来てください」と、やみくもに人を呼び込むような施策ではなく、横浜市という大きなフィールドの中で、「野球=エンターテインメント」と捉えてもらう——。そんなマーケットの再定義を行いました。そこでイメージしたのは、野球を“ツマミ”に、ビールを飲みながら生観戦をしてもらうことでした。

例えば、私の在任中、横浜スタジアムでは球団オリジナル醸造ビール「BAYSTARS LAGER(ベイスターズ・ラガー)」「BAYSTARS ALE(ベイスターズ・エール)」の販売を開始しました。実は、プロ野球観戦とビールの親和性は非常に高く、球場とお客さんの接点になりやすい。横浜市民370万人のうち、野球への関心をもつ層はおそらく10万から20万人程度。そこだけをマーケットとすると必ず限界が生じます。しかし、横浜市民全体をマーケットと想定すれば、集客の取り組みも変わってきます。まずは、野球観戦と親和性の高いビールという商材を使うことで、多くの来場者が見込めると考えました。

そのため、当時の横浜スタジアムで、他球場では考えられない数のビール広告を出しました。試合告知の広告を打つより、新しいビールの広告を打つことで来場者を増やしていく。興味を持った方が一度でもそのビールを味わうために横浜スタジアムへ遊びに来てくだされば、そこにスタジアム観戦との接点が生まれます。

池田さん

プロスポーツに必要な構造改革とは?

——池田さんが球団社長を務めた5年間を振り返ると、来場者数、売り上げともに右肩上がりです。チームも最初の4年間は成績が低迷(6位→5位→5位→6位)したものの、最終年(2016年シーズン)には3位へと躍進し、初のクライマックスシリーズにも進出しました。

池田 低迷しているチームが本当に強くなるまでには、プロ野球に限らずどのような競技でも数年単位という長い目で見る必要があります。私たちにできることは、誠実さを持って経営することで、来場いただくベイスターズファンの方たちはもちろん、地域を含めたステークホルダーからの信頼を勝ち得ることです。

これまでの球団経営は、親会社やスポンサーがお金を補填してくれることで成り立っている部分がありました。すると球団の経営陣はそちらばかりを向いてしまいます。しかし本来、必要なのはお客さん、そして地域の人々に顔を向けることです。私たちには「球団を黒字化する」という大目標があったので、新規顧客獲得を含めたマーケティングや集客戦略として、さまざまなイベントを企画し、グッズや飲食を充実させました。閑古鳥が鳴いていた球場も満員になり、その雰囲気を感じた選手からも「球団を変えたい」という声が上がるようになりました。そして、さまざまな機運が高まることにより、横浜という街も活気づいていく——。何かひとつ策を講じて成功したというわけではなく、3年、4年と地道に球団経営を強化した結果、ベイスターズというチームの成功も導けたのだと思います。

池田さん

——5年間の球団経営を離れ、2016年末には日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の特任理事に選任されました。Jリーグもさまざまな課題を抱えているように思いますが、見解や解決策をお聞かせください。

池田 あらゆるスポーツにいえることですが、既存のファンだけでなく、ライト層の開拓が重要な課題です。Jリーグもコアなファン、サポーターはしっかりとつかまえていますが、その下地になる顧客基盤をいまだつくれていません。そのためには、まずスタジアムを「スポーツを見る場所」から「楽しんでもらう場所」に変えていく必要があると思います。マーケティングやブランディングの観点を持ち込みながらスタジアムづくりに関わらなければ、スタジアムはただの“ハコ”になってしまいます。お客さんに「また来たい」と思わせ、選手もそこでプレーすることに喜びを感じるスタジアムづくりが必要です。

——確かにスポーツの生観戦は、その競技に詳しくない人にとっては敷居が高いかもしれません。

池田 生観戦は、スポーツビジネスの肝だと思っています。スタジアムがコアなファンだけで埋め尽くされていると、応援の方法もわからず、競技のルールも詳しくないライト層には近寄りがたい場所に映ります。しかし、スタジアムへ行くこと自体に楽しみを覚えれば、次第にスポーツのルールを覚え、ひいきの選手も出てくる。まずは一度でも生で観戦する機会をつくれば、その後ファンも成長していきます。ライト層に向けたエンターテインメント要素を持ち込むことで、ただの「スポーツビジネス」から「エンターテインメント・スポーツビジネス」に発展させていくことが、サッカーやプロ野球に限らず、あらゆる競技で求められています。

——ベイスターズでは、地域密着を掲げて経営の立て直しに成功しました。Jリーグの場合、プロ野球よりも早期にリーグ全体で「地域密着型のクラブ経営」を打ち出していますが、現状をどう見ていますか?

池田 チームが、その存在や活動を地元や社会に「伝える」ことができているかがポイントになってくると考えています。Jリーグはプロ野球に比べて予算が少ない上、年間試合数が限られているため、マスコミ露出の機会も限られています。そのため、社会に活動が伝わりにくい側面がありますが、不利な状況でも注目を集める仕掛けをつくることはできるはずです。

また、Jリーグの場合、経営がきちんと成り立っているクラブが少ないことも大きいと思います。Jリーグには昇格や降格制度があるため、地域に愛されるための戦略と同時に、毎年クラブを強くするための補強を行う必要があります。「ニワトリが先か、タマゴが先か」の議論になりますが、原資が少なければ、それぞれに振り分ける予算は少なくなり、結果、中途半端なものになるのも確かです。プロスポーツビジネスは単年度だけではなく、少なくとも5年単位で経営者を選任し、長期的なシーリング(予算配分)面から考えないといけない。地域に根ざした活動を安定して行っていくためにも、未来に向けた投資を行う構造改革が必要だと思います。

池田さん

経営者であるとともに、スポーツビジネスの第一人者になりたい

——2017年4月には明治大学の「学長特任補佐兼スポーツアドミニストレーター」に就任されました。プロスポーツに加え、アマチュアスポーツに携わる理由は?

池田 スポーツビジネスの第一人者として、アマチュアスポーツ界の経験は避けて通れない要素です。「池田さんの肩書きは何ですか?」と問われれば、今は「プロ経営者」だと答えますが、ベイスターズでの経験から思ったことは、日本のスポーツビジネスは人材の流動性がほとんどなく、スポーツビジネスの第一人者と呼べる人が存在していないということです。例えば、アメリカではアイスホッケーから大リーグのビジネスに転身したり、異業種の経営者がプロスポーツのGM(ゼネラルマネージャー)に抜擢されたりと、人材流動性に富んでいます。日本でも、自分がそのモデルケースになりたいという気持ちが背景にあり、あくまで経営者でありつつ、スポーツビジネスの第一人者にならなくてはと考えています。

——池田さんが考える「スポーツビジネスの第一人者」の条件は?

池田 まずは「チーム・球団経営ができる」こと。これは、ベイスターズでやらせていただきました。そして「リーグ・機構全体を見ることができる」こと。Jリーグの特任理事に選任いただき、これから取り組んでいきます。さらに、「複数競技にまたがっている」こと。これも、プロ野球とサッカーに携わることで、成し遂げられるかもしれません。

また、さらにその先を見据えた時、「アマチュアスポーツ」も理解する必要があります。明治大学の「学長特任補佐兼スポーツアドミニストレーター」に就任した理由も、そこにあります。スポーツ先進国・アメリカと日本の差が大きいのは、カレッジスポーツです。アメリカのカレッジスポーツは、単体収益でもプロスポーツと遜色ない成果を上げています。対して、日本は主にプロスポーツにしか関心が注がれていません。例えば、野球の場合、夏の高校野球は毎年盛り上がりますが、大学野球はあまり注目されません。

高校野球、大学野球、プロ野球にもっと連続性があれば、野球全体への関心が高まり、競技をする人も観る人も増えるはずです。日本は大学への進学率も比較的高く、在学中は大学への帰属意識も強い。若い頃からカレッジスポーツを通じてスポーツを生観戦する習慣が根付けば、社会人になっても観戦したいという気持ちが育まれるでしょう。

スポーツ文化成熟のため、自分にしかできないことをやる

——球団やチーム単体だけでなく、スポーツビジネス全体を見るという視座は、いつ頃から意識されるようになったのでしょうか?

池田 ある製菓メーカーの企業再生に関わった経験が大きかったと思います。社員から見れば、私は業界外の素人でした。自分にしかできないバリューを示すことができなければ、外部から入ってきた人間は評価されません。ベイスターズでの5年間を終え、今、自分にしかできないことは何なのか? それを考えた時に、スポーツビジネス全体に貢献することを思い浮かべるに至りました。

——今年は「Number Sports Business College」で講師を務めておられます。同カレッジでは「2020の先を見据えた、スポーツの未来を考える」をテーマにされていますが、日本国内のスポーツ文化の未来について、どのようにお考えですか?

池田 2020年の東京五輪にしても、大会が終わればブームは終息していきます。日本は何事も一時のブームにはなりやすいですが、文化にまで昇華しにくい傾向があります。問題はブームがはじけた後、そのまま文化として根付かせることができるかどうかです。そのためには、未来のスポーツ文化を支えていく20代、30代、40代の人材を育成していく必要があります。カレッジの活動も、そうしたことを念頭に置いています。

今の私の関心は、2020年よりもっとその先——。まだまだ発展途上にある日本のスポーツ文化が、どのように育っていくのかです。ベイスターズを辞めた直後、Jリーグやアマチュアスポーツに携わり、カレッジで講師を務めるとは想像していませんでした。日本のスポーツ文化が成熟した時、自分自身が何をやっているかはわかりませんが、立場やポジションにこだわることなく、新しい人材とともに、その活動に貢献していければと思っています。

TEXT:安田博勇

池田純(いけだ・じゅん)

1976年、神奈川県横浜市生まれ。2000年、早稲田大学商学部卒業。同年、住友商事株式会社入社。その後、株式会社博報堂にて、マーケティング・コミュニケーション・ブランディング業務に従事。博報堂にて、企業再建業務に関わる中で退社し、その後数年、大手製菓会社、金融会社等の企業再建・企業再生を行う。2005年、有限会社プラスJ設立。2007年、株式会社ディー・エヌ・エーに執行役員として参画。2010年、NTTドコモとのジョイントベンチャー、株式会社エブリスタの初代社長に就任。2011年、株式会社ディー・エヌ・エーによる横浜ベイスターズ買収に伴い、株式会社横浜DeNAベイスターズの初代社長に就任。さまざまな改革を実行し、球団は5年間で単体での売上が52億円から100億円超へ倍増し、黒字化を実現した。2016年、シーズン終了をもって5年間つとめた球団社長を退任。同年12月、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)特任理事に就任。2017年4月には、明治大学の「学長特任補佐兼スポーツアドミニストレーター」、日本ラグビーフットボール協会 特任理事に相次いで就任した。 スポーツビジネスの教科書 常識の超え方 35歳球団社長の経営メソッド

「スポーツビジネスの教科書 常識の超え方 35歳球団社長の経営メソッド」