超高齢社会の「あるべき在宅医療」に挑む ――医者として、人生の最終章に「私は幸せだ」と思ってもらえる環境を作りたい

世界で最初に超高齢社会に突入した日本。介護を必要とする人の増大とともに病床数も追いつかなくなり、今後は自宅や介護施設での診療が大幅に増えてくる。
そんな時代を先取りし、クラウドなどICTを駆使した在宅医療のイノベーションに先進的に取り組んでいる医師がいる。医療法人社団鉄祐会理事長の武藤真祐氏である。武藤氏は東大医学部を卒業し、循環器内科医として東大病院、三井記念病院で循環器内科、救急医療に従事した後、宮内庁で天皇・皇后両陛下の侍医を務めた。その後は、外資系コンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーで経営コンサルタントとしても活躍した異色の経歴を持つ。その間、「自分は何を成すべきか」と問い続け、それまでの経験と知識を生かし、自身のイノベーションの場として選んだのは、「在宅医療」だった。
武藤氏は東京に拠点を置きつつ、2011年の東日本大震災後は宮城県石巻市に診療所を開設し、「在宅被災者」の包括的ケアに取り組んだ。シンガポールでも「ジャパン・クオリティ」のビジネスモデルで在宅医療事業を始めた。医師の診療を支援するソリューション開発にも力を入れており、今年中にはプロダクト第1弾を発表するという。
訪問する患者数は現在約1200人。「患者さんが人生の最終章に『私は幸せだ』と思って過ごせる環境を作りたい」という武藤医師に、これから日本の医療が目指すべき方向について伺った。

患者さんに精神的ケアもできる多面的・統合的な医療を目指したい

――現在の医療は病院での治療や入院が中心です。武藤先生が在宅医療専門へと挑戦されたきっかけは何だったのでしょうか。

武藤真祐氏

武藤 私は大学で循環器内科を学び、心臓カテーテルの専門医になりました。10年経ったころ、この先、医師としてどんな人生を歩むのがいいのかと考えました。心筋梗塞で死にかけている患者さんの命を一瞬にして救うことも素晴らしいのですが、患者さんに精神的なケアを施し、安心感を持ってもらうような、多面的で統合的な人助けのほうが自分には合っていると思うようになりました。

そのころ非常勤で働いていたクリニックで、初めて在宅医療を経験しました。独居の男性患者さんでしたが、歩くことができず、ヘルパーさんが買ってくれたパンを食べ、排せつもおむつという方です。それまで私が経験した最先端の医療とはかけ離れた患者さんがいることに大きな衝撃を受けました。
36歳のとき、経営コンサルティング会社のマッキンゼーに入り、医療の課題を分析して解決策を提言するプロジェクトに参画しました。そこで大きな問題として見えてきたのは少子高齢化です。高齢者が急激に増えていく一方、世話をする子どもは減る。社会保障の財源面からも、これまでのような医療を将来も継続することは不可能だと思いました。

自分は1人の専門医として働くより、新しい在宅医療の社会システムを作り、今後ますます増える医療が行き届かない人たちに精神的サポートや生活支援などのケアを提供するほうが救える人は多いはずだという気持ちが強くなり、2010年1月、文京区に在宅医療を専門にした診療所を開設し、全くゼロからスタートしたのです。
当時は本当にマイナーな分野でしたが、私には現場にいて事例を1つずつ積み上げ、医療を変革するようなボトムアップのソリューションを見出したいというこだわりがありました。優秀な人材にも来てもらえるような、学んで成長できる場を作りたいと考えていたのです。

ただ、在宅医療にのめり込むと、全体がよく見えなくなる傾向があります。現場の目線とマクロの目線が共に大切で、マッキンゼーで学んだマネジメントやファイナンスなどの手法を経営に取り入れました。このようにいわゆる「医療の中心」から外れたところで地道にやっていたら、時代が変わって在宅医療の必要性が叫ばれるようになってきました。

武藤真祐氏

病院を中心とする高額な医療体制は持続不可能になる

――それはどのような理由によるのでしょうか。分かりやすく説明していただけますか。

武藤 理由は主に3つあります。第1は財源の問題です。高齢化や医療の高度化に伴い、国民の医療介護費用は2015年から25年にかけて30兆円も増える見通しです。病院を中心とする現在の医療体制のままでは持続不可能になり、財政破綻することは目に見えています。
これに対し在宅医療は低コストです。なぜなら在宅医療は、人生の最後を自分らしく過ごせる施設で、あるいは自宅で家族と共に安らかに過ごしたいと望む人たち、積極的に手術や先進的な治療をしない人たち、寝ているだけの患者さんなどが対象で、決して高額な医療や検査をするわけではありません。心の価値を作っていく医療なので、結果として低コストになるのです。

第二に、政府はこれから病院のベッド数を症状(高度急性期、急性期、回復期、慢性期)に応じてコントロールする計画ですが、一方で2040年の年間死亡者数は現在より50万人多い170万人にまで増える見通しです。
その結果、ベッド数は不足し、病院にいられない人たちが急増します。特に高齢化が急激に進む都市部では、高齢者を吸収する社会インフラが追い付いていません。これは喫緊の課題で、そこに在宅医療の拡充が求められる理由があるのです。

第三は、統計によると病院以外の所で人生の最終章を過ごしたいと希望する患者さんが全体の6割もいるという事実です。健康寿命と本来の寿命との間隔は女性が10年、男性8年と言われます。その間を不安なく過ごせるようにするのが在宅医療の役割です。

武藤真祐氏

50人の医師が通常は月に2度、患者宅を訪問する

――在宅医療には医師、訪問看護師、訪問ヘルパーなどいろいろな方が関わりますが、祐ホームクリニックではどのようなシステムで運営されているのでしょうか。

武藤 診療所は都内に4カ所、石巻市に1カ所あります。医師は常勤・非常勤合わせて50人、看護師30人、事務40人の計120人の体制で1200人の患者さんを診ています。医師は通常は月に2度患者さん宅を訪問し、看護師が付いて行くこともあります。アシスタントが運転する車で移動します。
在宅医療では介護やリハビリも必要になります。この人たちはそれぞれの専門企業などの組織に所属していますが、皆で1つのチームを構成して包括的なケアを提供しています。

看取りは年間約180人、病状の予測がとても大切

――病院での治療と違い、運営上のご苦労も多いのではないかと思いますが、いかがですか。

武藤 病院なら患者さんに異常があれば、レントゲンや採血の検査がすぐにできて迅速に対応できます。一方、在宅医療では心電図や超音波診断はその場でできますが、採血は結果が翌日になるなど、病院ほどの迅速さはありません。医師が訪問するのは2週間おきですから、次回までにどんなことが起きるのか、病状を予測することがとても重要です。

看取りは年間約180人です。つまり2日に1人の割合で看取りをしています。大半はがん末期のようにだんだん衰弱して亡くなる方たちです。ご家族には、ある意味不確実な中で診断や見通しを伝えるので、日ごろから信頼関係を築いておかなければなりません。患者さんにとって一番大切な人生の最後の場に寄り添うこととなり、患者さんやご家族に「本当に良かった」と思っていただける喜びがあります。

医師の中には大病院で働くことに喜びを感じる人もいます。私はそうしたブランドが全くない中で起業したので、良い人材を集めてくることに大変苦労しました。医師や看護師はどこに行っても働けるプロなので、もともと流動化しやすい。それをつなぎ留めながら、理念を理解してもらって共に成長していくことは、容易なことではありません。

武藤真祐氏

患者を診る部門とバックオフィスを完全に分離

――マンパワーが限られる中で、クラウドなどICTを活用するイノベーションに熱心に取り組まれています。具体的に説明していただけますか。

武藤 クラウドの活用システムは3種類あります。1つ目は普通の電子カルテで、どこにいてもタブレットやスマートフォンで患者さんの情報を見ることができます。
2つ目は、移動、診療、スケジュールなどの管理をするシステムです。毎日130~140人の患者さんを診ており、緊急訪問も1日10件ぐらい発生するので、効率的に管理する必要があります。地図上で患者さんの自宅や医療チームのいる場所を一元的に表示し、どのチームがどこへ行けばよいかを指示するという、いわば司令塔のような機能を果たしています。これによって診療部門とバックオフィスを完全に分け、医師は自分がどこに行くかを考える必要はなくなりました。電子カルテを見てしっかり準備して、患者さんを治療することに専念できます。
ディクテーションセンターも設けました。移動する車の中で、医師がカルテに記載する内容をしゃべると、センター職員が文字にして電子カルテに張り付けます。医師はそれを後でチェックします。他の診断書などの書類も、看護師や事務の人たちが代わって作成し、医師が最終的にチェックする仕組みです。

武藤真祐氏

3つ目は、患者さんに関するデータを、外部の薬剤師や訪問ヘルパーの方たちと情報共有するための問題解決に取り組んでいます。それぞれ視点が異なるので、データを集めただけでは雑多になり、かえって何も見なくなります。誰がどういう状況で集めたデータか、それをどうカップリングすれば有用なのかを判断することがポイントです。

こうした観点をもとに、グループ会社の(株)インテグリティ・ヘルスケアで医師の診療支援ソリューションを開発中です。現場の質を落とさずに効率化し、誰にとっても使いやすく、かつ継続して改善できるものにしたい。難易度の高いチャレンジですが、第1弾は今年中にリリースし、その後も毎月のように新バージョンを出す予定です。

石巻市では「在宅被災者」を掘り起こして包括的にケア

――東日本大震災では被災した宮城県石巻市に診療所を開設されました。どのような活動をされたのでしょうか。

武藤 石巻市を初めて訪れたのは超急性期医療のニーズが一段落した2011年5月上旬でした。沿岸部を中心に街全体が壊滅的な被害に遭い、住民の多くが健康に著しい影響を受けていました。高齢者は身体機能や認知機能の低下が見られ、栄養状態もよくありませんでした。壮絶な体験によるショックや喪失感から来る鬱など、心の問題が現れていました。
被災者には医療介護の包括的ケアが必要でした。現地には、壊れずに残った家に住み続けている「在宅被災者」と呼ばれる方が多数おられました。例えば津波で1階は壊れたけれども2階は無事だったので、仮設住宅より2階に住むことを選んだというような人たちです。
そういう方々は支援が行き届かず、誰がどこに住んでいるかも分からない。そこで保健師や看護師、ソーシャルワーカーの人たちと「石巻医療圏 健康・生活復興協議会」を立ち上げ、延べ2万人を動員して家を1軒ずつ調べました。1人ひとり聞き取り調査し、内容をクラウドのデータベースに入れて分析しました。最終的には3000世帯に医師等を派遣するなど、健康や生活を包括的に支えるための活動を2014年まで続けました。その仕事は現在では行政が引き継いでいます。

また医師会、歯科医師会、薬剤師会、県や市の人たちと連携して情報共有するシステムを作って運用しました。ただ、このシステムはどの市町村でも使える汎用性はありません。分野が異なる専門家が情報を出し合うにはおのおの心理的なバリアーがあり、強いリーダーシップで皆を引っ張っていかないとうまくいかないのです。

在宅医療の習慣がないシンガポールでも事業拡大中

――2015年にはシンガポールにも在宅診療所を開設されていますが、なぜシンガポールだったのでしょうか。事業の見通しはいかがですか。

武藤 以前から日本発の医療介護で海外にも貢献し、「ジャパン・クオリティ」のプレゼンスを高めたいという希望を持っていました。たまたまインシアード(INSEAD)・エグゼクティブ・MBAを取るためにシンガポールで学んでいた時に同級生のシンガポール女性と知り合い、共同で2015年に創業したのです。

その女性の母親は病院で亡くなったのですが、彼女に日本の在宅医療のことを話したら、「私も本当は母を家で看取ってあげたかった」と大変興味を持ってくれたのが、創業のきっかけです。看護師が定期訪問して薬剤師やケアマネジャーの仕事をこなします。ロボットも活用していて、人型ロボットが、患者さんとコミュニケーションして、必要な情報を我々に伝えてくれます。

シンガポールには在宅医療の習慣はありませんが、幸い事業は好評で拡大しています。いずれ中国でも高齢化が急速に進展するので、在宅医療を提供していきたいと考えています。豊富なデータを分析してビジネスモデルを磨き上げ、やがては日本に戻したいと思っています。

武藤真祐氏

「富士会議」で知的刺激を受ける

――ところで日本IBMは今年6月に創立80周年を迎えます。毎年1回、若手有識者が自由に議論する「富士会議」も今年で30回目を迎えますが、武藤さんはそのメンバーのお1人です。課題山積の日本にあって、こうした議論の場のもつ意義は大きいと思いますが、ご感想があればひと言お願いします。

武藤 私は昨年初めてメンバーになり参加したのですが、最初は転入生のような感じで雰囲気に圧倒されました。昨年のテーマは「探求:日本は世界の真ん中でいられるか」というもので、会議ではこういった1つのテーマについて、2日間、50名ほどの各界の若手有識者が立場を超えて徹底的に討論します。
場所は都会の喧騒から遠く隔離された静岡県の天城山中にある日本IBMのホームステッドです。いい意味での緊張感があり、私の説に隣の人がチャレンジしてくるなど、すごく知的な刺激を受けました。
そこで知り合った人たちとその後お酒を飲む機会もでき、大人になってこういう人間関係ができるのもいいなと思っています。今後、また「富士会議」に出席するのが楽しみです。

TEXT:木代泰之

むとう・しんすけ 武藤真祐
医療法人社団鉄祐会理事長、株式会社インテグリティ・ヘルスケア代表取締役会長、Tetsuyu Healthcare Holdings Pte Ltd. Co-founder & Director

1971年埼玉県生まれ。1996年東京大学医学部卒業。2002年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了(MBA)。2014年INSEAD Executive MBA。東大病院、三井記念病院にて循環器内科、救急医療に従事後、宮内庁で侍医を務める。その後マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2010年医療法人社団鉄祐会を設立。2015年には、シンガポールで「Tetsuyu Home Care」を設立し、同年8月よりサービスを開始した。 東京医科歯科大学医学部臨床教授、厚生労働省情報政策参与、日本医療政策機構 理事。