未来食堂がつくる「誰でも受け入れ、誰にとってもふさわしい場所」

東京・神保町のビルの地下に、カウンター12席の小さな食堂がある。木製のカウンターにご飯のおひつが並ぶレトロな店内ながら、全てが計算され尽くされているような空間が独自の雰囲気をつくりだす。その名も「未来食堂」。

同店は限界まで効率化されたサービスのオペレーションとともに、客が店員として50分働くことで定食一食分のサービスを受けられる「まかない」システムや、まかないによって得た一食分を他人に譲渡できる「ただめし」、好みのおかずをその場で作ってもらう「あつらえ」といった独創的なサービスで多くの注目を集めている。店をたった一人で切り盛りする店主・小林せかいさんに、小さな店の隅々に込められた思いについて話を聞いた。

その人が、そのままでいられる空間

――大手企業のエンジニアとして働いていたそうですが、退職して飲食業界で独立、開業という道を選んでいます。昔から、飲食業界で自分の店を持ちたいという希望があったのでしょうか?

小林 15歳の時、初めて一人で訪れた喫茶店での体験が大きいかもしれません。家と学校を往復するだけの毎日の中、「何者でもない、そのままの自分でいられる場所」だと初めて感じることができたのが喫茶店でした。感覚的なものなので言葉で表現するのは難しいですが、旅行などで異文化に触れ、生身の自分を知るという経験が近いかもしれません。

喫茶店で覚えた感覚はとても印象深く、現在の未来食堂でも、会社の重役であろうと、女優であろうと特別扱いすることはなく、その人が「本来の自分のまま」にくつろげることを大事にしています。当時からいつか自分も飲食店を始めることになると考えながら過ごしていましたが、喫茶店、定食屋、居酒屋などの具体的なイメージがあったわけではありません。そんな中、友人とバーを訪れたことがきっかけで、飲食店よりもコーヒーやお酒を提供する店を持ちたいと思うようになりました。いわゆる水商売ですが、食事やお酒だけでなく、その空間や接客といったサービスに魅力がある店を始めてみたいと考えていました。

小林さん

――しかし、すぐに開業という道を選ばず、東京工業大学理学部を卒業後、企業に就職されています。

小林 20歳の時から新宿ゴールデン街のバーでアルバイトをしていましたが、ちょうどゴールデン街に空き物件が出たんです。学校に行きながらお店を開くことも検討しましたが、アルバイト先のオーナーに相談したら「もう少し社会経験を積んでから、挑戦してもいいのでは」とアドバイスをもらいました。そのアドバイスが自分の中で腑に落ちたので、一度は就職することに決めました。

――最初に就職した日本アイ・ビー・エム株式会社や転職したクックパッド株式会社では、エンジニアとして働いておられました。その後、「未来食堂」をオープンするきっかけは?

小林 転職したクックパッドには、社員が自由に使えるフリーキッチンがありました。誰かがご飯を作ると、自然にたくさんの人が集まってくるんです。そこで、食事を提供する定食屋のような形態もいいのではないかと思うようになりました。

――水商売をするつもりだったのが、なぜ調理の方向に?

小林 私は偏食で、それまで自分が作った食事を出すなんて考えられませんでした。だけど、クックパッドで料理を作ってみたら、意外に評判が良かった。自分がその場で食事を作ったことで人が集まるというのが、単純に面白かったというのもあります。「一汁三菜」や「緑と赤があるべき」など、食事には良しとされる形式がありますが、それを守らなくても人を引きつけることができると実感しました。今振り返ると、その体験は自分にとって大きなものだったかもしれません。

――その頃、いつか開くであろうお店のコンセプトは、既に考えていましたか?

小林 「誰が来ても受け入れる」「誰にでもふさわしい場所でありたい」というのは、15歳で喫茶店に行った時からずっと思い描いていました。ちなみに、未来食堂で流れているBGMは、大学の文化祭で喫茶店をやったときに流していた音楽です。お店の世界観みたいなものは、大学生の時と変わっていません。

未来食堂外観

エンジニアの経験を生かしたフレームワークづくり

――開店準備の状況をブログで書き、現在も事業計画書や毎月の収支をオープンにしていますが、全てを開示する理由は?

小林 事業を継続していく上では事業計画書が必要です。それをどうするかと考えた時、公開することを選んだのは自然でした。一食を買ってくれ、お店に関心を持ってくれている人たちに対して事業計画書や収支をオープンにすることは、株式会社が投資家に情報を開示することと同じだと認識しています。

もちろん、株式会社のように情報開示が義務化されているわけではありませんが、この店のことをもっと知りたいと思った時に情報が開示されているというのは、すごく真摯な形なんじゃないでしょうか。

――ブログではレシピも公開されています。飲食業界は看板メニューで集客するというイメージがありますが…。

小林 飲食店は普通、体験にお金を払ってもらうものです。例えば、未来食堂の看板メニューがハンバーグだとすると、「うちのハンバーグは他店と違う、ここでしか食べられない」というマーケティングが直線的でわかりやすいと思います。しかし、看板メニューのレシピを明かしたとしても、客足が絶えない店もある。それが面白いところで、その理由についてよく考えています。結局、iPhoneは真似できたとしても、Appleの次の戦略は誰も真似できないように、表層を真似することで追いつくことができても、決して追い越せません。レシピを公開しても、その店でしか体験できないからこそ価値が生まれる――。未来食堂も、そうありたいと考えています。

とはいえ、料理を提供する定食屋なので、もちろん味にも妥協はしません。未来食堂のメニューは、基本的に日替わり1種類のみです。看板メニューが存在せず、毎回異なるメニューで店のブランド価値を上げていくためには、料理の腕を飛躍的に上げる必要があります。以前、次週のメニューとして「ボルシチを出してほしい」とお客さんから要望があり、1日に4回ボルシチを食べて研究したこともあります。「日替わり1種類のみ」をやるためには、料理のレパートリーやスキルを底上げしないといけないんです。

小林さん

――未来食堂独特のオペレーションについて、伺いたいと思います。今日は雨でしたが、ランチのお客様が多かったので驚きました。

小林 たまたま直前にテレビに出た影響もあると思いますが、私も驚きました。ランチ時間で考えると今日は6.2回転ぐらいでしたが、10回転する日もあり、そうなると一人で営業するのはさすがに大変です。未来食堂は12席しかないお店なので、物理的な制約もあります。お客さんが急に来たからといって、私の手が一気に増えるわけでもありません。

――効率化のために、最初に考えたことは?

小林 効率化という言葉には、さまざまな軸があります。例えば、時系列。お客さんが未来食堂を認知して、そこから入店して席を選ぶまでの時間を因数分解する。そして、場所軸。店は12席あるので、どの席とどの席が稼働していると一番効率が良いかを考えます。そういったことを考えないより、考えた方がいいので実践しているだけです。

――エンジニアだった時の経験が生きているのでしょうか?

小林 ものすごく役に立っています。例えば、私はIBMで社内のフレームワークをつくる部署に在籍していました。要するにフレームワークは、みんなが作業をするための土台づくりです。未来食堂に置き換えると、ランチでお客様が6回転しても混乱しないフレームワークは、偶然ではなかなか生まれません。また、未来食堂には「まかない」というシステムがあり、毎日、さまざまな方が店を手伝いに訪れます。経験の浅い人でもスムーズに動ける仕組みをつくる上でも、エンジニアの時の体験は非常に役に立っています。

――お店を50分手伝うと一食分のチケットがもらえる「まかない」と、そのまかないで得たチケットを別のお客に譲渡できる「ただめし」という制度は、未来食堂だけの制度です。どういったアイデアから生まれたのでしょうか?

小林 「まかない」は、飲食店で修業をしようとして断られ続けたときの経験からです。「無償でいいので3カ月働かせてください」と言っても、「3カ月だけでは役に立たない」「教えるのに手間がかかる」と言われ、そこに違和感を抱きました。3カ月無償でコミットメントしますと言っているのに、戦力にならないと断るのは、そもそも人材育成ができないということだと思います。

未来食堂店内

――誰かの「まかない」によって発生した「ただめし」チケットは、入口にたくさん貼られています。一人で来店した人は誰でも使えるという。

小林 そもそも、「まかない」は金銭を介さずにお客さんとの関係を保つためのシステムでもあります。金銭以外で未来食堂との関係性を望んでいる人にとって、「ただめし」というシステムは、未来食堂の関係性を持ってくれる新しい仲間を増やすという感覚に近いのかもしれません。「ただめし」は利用する側から見るとすごく奇妙な仕組みかもしれませんが、「まかない」をした人の視点で見ると、一食分という自分の権利を誰かに譲渡するというだけのこと。そんなに変わった取り組みではないと思います。

50分働いて一食をもらえるシステムのからくり

――労働の対価を何に換算するか? 対価は必ずしも貨幣である必要はないということでしょうか?

小林 一食無料券という「ただめし」チケットは、ここでは仮想通貨のような扱いになっています。貨幣は経済を発展させ、時間がたてばたつほど利息がたまっていくことが特徴です。そんな中、「貯蓄できない貨幣」について、さまざまな形が考えられています。未来食堂の「ただめし」チケットも利息を生まないという意味で普通の貨幣とは異なり、持っているだけで得をするわけではありません。しかし、未来食堂の定食が2,000円に値上がりしたとしても、ただめしチケット1枚の価値は一食分で変わらない。貨幣のインフレーションと全くリンクしないことも、未来食堂だけで通用する仮想通貨の色合いを強めています。

――経営的には、まかないチケットをどう計算していますか?

小林 一食900円の原価を3割としても、「まかない」によって300円で50分の労働が確保できます。普通に考えると、ペイしないわけがありません。働く側からしても、貨幣であれば900円払う必要があるところを、貨幣以外のもので置き換えて一食分を得ることができます。

このように、お客様から見える価格と、お店から見える価格にはズレがあります。それをちゃんと理解していない人にはトリッキーに見えるかもしれませんが、仕組みさえわかれば、そんなに不思議なシステムではありません。「ただめし」についても店が負担しているわけではなく、「まかない」として働いた人が権利を譲渡しているだけ。お店はノータッチなので、損失は全くないですね。

――18歳以上は入れない「サロン18禁」という会合を月に一度開催していますが、どのような意図でサロンを主催していますか?

小林 社会が子どもを見るときの目線が、「弱者だからこそ助けるべき存在」という方向に傾きすぎているなと思ったことで始めた取り組みです。子どもは子どもで独立した個体であり、尊重すべきです。もちろん、経済格差がある子どもは福祉分野で手助けするべきだとは思いますが、子どもだから安くしてあげようとか、子どもだから無条件に守ってあげるというのは、ちょっと違うんじゃないかなと思っていました。何より、子どもの方が大人より優れている部分もたくさんあります。「サロン18禁」は、そうした価値観を表明する場所なんです。

小林さん

――どのようなことが行われているのですか? 話せる範囲で教えてください。

小林 まず、テーブルに置いてある食器類などは全て取り払い、食堂ではなく語らいの場をつくります。行われていることは本当にさまざまで、皆でボードゲームをやっている日もあれば、勉強している時も、本を読んでいる時もある。

まさに、ゴールデン街のお店のような雰囲気です。お互い仲良くなって遊びに行くこともあるでしょうし、一人で来て静かにしている人もいます。その場に入れない大人たちにとって、このサロンがどう見えるかという視点も面白い。世の中で言われている道徳規範とは、果たして正しいことなのか。そういう世間の価値観をフラットにする場所でもあると思っています。

――最後に、小林さんにとって未来食堂はどんな存在ですか?

小林 「誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所」という理念や「サロン18禁」などから、未来食堂に社会的な意味を感じる人は多いかもしれません。でも、私は俗に言う「意識高い系」ではありません。現在、ワークシェアリングや貨幣にとらわれない働き方などの取り組みが注目を集めています。しかし、15年後に未来食堂のような働き方が主流になるわけではありません。

私個人としては、本当に「普通」のことをやっているだけなんです。世の中の主流だから”正解”だと考えるのではなくて、一人ひとりの考える社会や未来が「普通」に受け入れられ現実化していく、その可能性を指し示しているのが、作品としての『未来食堂』なのだと考えています。

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小林 せかい(こばやし せかい)

神戸女学院中高等部、東工大理学部数学科卒後、日本IBM、クックパッドで計6年間エンジニアとして勤務。2015年、東京・神保町に「未来食堂」をオープン。