「2025年問題」にどう向き合うか ――次世代に借金のつけを回さないために

「課題先進国」日本。中でも最大の課題である少子高齢社会は容赦なく進み、団塊の世代が後期高齢者になる2025年が迫っている。医療介護費が増え続ける社会保障制度を、今後どう維持しで行くかは先送りできない喫緊の課題である。
元厚生労働省事務次官の村木厚子氏は、消費税増税を先延ばしし、借金という次世代へのつけでしのぐ現状を深く危惧する。同時に医療介護制度をより効率的にするためには、「使うお金をコントロールする」「支え手(働く人)を増やす」という両面からのアプローチが重要だと訴える。
特に「支え手」としての女性パワーの発揮に大きな期待をかけ、長時間労働是正などの「働き方改革」が経済成長や企業の発展に役立つと強調する。
4月から津田塾大学の総合政策学部客員教授に就任した村木氏に、厚生労働省が力を入れる在宅医療の充実、待機児童の解消、男女格差の改善など、さまざまな「課題」について率直な意見を伺った。

財源破たんが懸念されるなか、医療介護をどうするか

――「2025年問題」をめぐっては、医療介護費の増大で社会保障財源が破たんする懸念も指摘されています。高齢者が大幅に増える以上やむを得ない面があると思いますが、事態を改善するにはどういう対策を取ればいいのでしょうか。

村木 それにはやらなければならないことが2つあります。「使うお金をコントロールする」ことと、「支え手(働く人)を増やす」ことです。
「使うお金をコントロールする」とは、医療・介護の制度をより効率的なものに作り直す一方、使うお金に見合う負担を私たち国民がするということです。ところが今、消費税率が10%に行く手前の8%で止まっています。これは海外と比べても非常に低い税率であり、10%に上げてもまだまだ足りない状況です。国民の共通理解を作ることが急務です。

税率引き上げで景気が腰折れしないようにタイミングが重要ですが、「配りたいが税率は上げたくない政治家」と、「もらいたいが税金は上げないでほしい国民」の意識が強く、どうしても上げない方向に力が働きます。
しかしその結果は、借金を増やすことによって私たちの子どもや孫につけを回し、重い負担を負わせることを意味します。10%への引き上げを2回延期したことで、国民の認識が「上げなくてもやっていけるんだ」と変わってしまうのは怖いことです。

村木厚子氏

2015年は現役世代2.3人で1人の高齢者を支えていましたが、20年には2人で1人、50年には1.3人で1人を支えることになります。今でもこれだけ借金しているのに、ずるずると先延ばししていて一体どうなるのでしょうか。医療・介護にはこれ以上の増大を防ぐためのキャップかかっていません。ぬるま湯に浸かって、危機が迫っているのに気が付かないゆでガエル状態です。国家財政が破たんしてしまってからでは遅いのです。
私はいつもこう申し上げています。「消費税を上げてくださいとは、あえて申しません。でも上げないなら、国の収入に見合う形の医療や福祉で我慢するしかありません。それは私たち国民自身の選択なのです」と。

最後のステージは在宅医療で自分らしく過ごす

――「使うお金」が大きい医療介護制度をより効率的に変えるには、具体的にどのような方策が考えられますか。

村木 ポイントの1つは高齢者の医療です。病院に長く入院して病院のベッドで最期を迎えるのではなく、在宅でコストを抑えながら自分らしく過ごすという最後のステージをどう作るか。これが実現すると、医療・介護はずいぶん違った形になるはずです。予防、健康づくり、重症化予防なども大きな柱ですね。

厚労省は2年前、有識者に将来の医療の在り方を自由に議論してもらい、「保健医療2035」という提言書を出しました。例えば、今はどの病気にどの薬を処方し、どんな検査をしたかに応じて診療報酬を払いますが、これを患者さんに効果はあったか、生活の質は改善したかなどを評価して報酬を払うようにする。かかりつけの医師が患者を専門医療に的確につなぐ仕組み(ゲートオープナー)を充実させる。高齢者の医療はキュア(治療)だけではなく、ケア(介護)を中心に据える、などです。いずれも今後の医療介護を考える上で重要な指針になるものでした。ITやビッグデータを活用して、効果的な予防や治療をすることも強調されています。

村木厚子氏

第1子を出産した女性の5割が仕事を辞める現実を変えたい

――もう1つのアプローチである「支え手(働く人)を増やす」について、具体的に説明していただけますか。

村木 今は女性や高齢者、障がい者が十分に活躍できていません。これがこの国の一番のウィーク・ポイントです。
特に能力が眠っている女性パワーを、もっと使えるようにすることが重要です。例えば第1子が生まれた女性の多くは仕事を辞めてしまい、働き続ける人はやっと50%を超えたところです。こんな国は他にありません。この人たちがもっと働きやすいように社会を変えることが課題です。
日本の高齢者は世界との比較ではよく働いていますが、就業率は以前に比べて下がっています。これは、70~80歳まで働いていた農業や自営業の人が減り、65歳で雇用が終了するサラリーマンが増えたことが理由です。

介護の仕事はこれから大変な人手不足になるので、プロでなければできない仕事にはもっと高い給料を払って人材を確保する。一方、プロでなくてもできる仕事は地域の元気な高齢者たちにも有償、あるいは無償のボランティアとして活躍してもらう。つまり介護の仕事を分解して、高齢者ができる仕事を増やしていく。有償ボランティアはまだ少ないですが、お金をもらうことで責任ややりがいが生まれ、質も上がることが期待できます。
全国データを見ると、高齢者の就業率が高い県ほど、高齢者の医療費が低いのです。つまり生涯現役で働く人ほど健康なのです。高齢者がボランティアとなって、一部の人は税金や社会保険料を払う「支え手」になれば、医療費も減ってダブルで効果が出ます。

障がい者は生産年齢(18~65歳)の方が約320万人います。そのうち企業などで働く人は100万人に達しておらず、能力があるのに働いていない人が多いのが実情です。障がい者が働くと、本人の生きがいや自立につながるだけでなく、周囲の人たちにも良い影響が生まれます。人にはさまざまな能力があるということ、つまりダイバーシティに対する視野を広げることの大切さも見えてきます。

村木厚子氏

子どもへの投資はコストではなく、国家としての先行投資

――子育てする女性たちの多くは、仕事を選ぶか子育てを選ぶかという選択を迫られます。仕事と子育ての両立はどう実現していけばいいのでしょうか。

村木 それには、やはり保育所の整備が急務です。自治体の責任ではありますが、企業も事業所内保育所を作っているところもあり、これはありがたいですね。若い親たちの政治パワーは高齢者に比べると弱いのですが、消費増税で新たな財源が生まれたら、保育所の充実にもっとお金を回すことができます。特に東京では働く女性が予想以上に増えているので、この勢いをつぶさないためにも、お金の問題だけでなく、保育士不足や保育所用地確保の問題などについてみんなが協力することが大切です。

――待機児童は今も約2万人います。この問題は1990年代から指摘され、女性の社会進出を妨げ少子化の一因になっているのに、いまだに保育所は不足しています。どこに問題があるのでしょうか。

村木 保育所は増えているのですが、需要がそれ以上に増えているので、なかなか不足が解消されないのです。保育所の経営は、社会福祉法人だけでなく、民間企業が参入することが制度上認められています。確かに自治体によっては民間企業をブロックしていたところもありましたが、今では社会福祉法人であれ民間企業であれ、質の高い保育所を運営する事業者を探すように変わってきています。
2012年施行の「子ども・子育て支援法」などにより、自治体は保育ニーズに応じて保育所、保育ママ、認定子ども園などを作る5年計画を立てることになりました。それまで自治体は予算の範囲内で保育所を作るという発想でしたが、以後は保育のニーズを満たすように保育所を作るという方向に考え方が変わったのです。

小学校に行けない子どもはいませんが、保育所に行けない子どもはいます。政策の優先順位がまだ低いからです。海外には4カ月以上待機させてはいけないと決めている国もあります。
消費税の10%への引き上げは、まさに非連続的な形で保育への予算を増額できるチャンス。もちろん、それ以外の予算も確保して保育所の整備を進めてほしい。子どもへの投資はコストではなく、国家としての先行投資です。
今年4月に発表された将来人口推計では、30代女性の出産率が少し上がっていました。本気になって取り組めば、数字は動くのだと実感しました。ぜひ、待機児童ゼロを早く実現してほしいです。

村木厚子氏

「働き方改革」の成果は、企業でも官庁でも出始めている

――長時間労働を規制する法改正が検討されていますが、企業の体質や業務の見直しはどうすれば実現できるとお考えですか。

村木 共働きの夫婦が増えているので、世の中全体の働き方を変えない限り、女性だけのために何かをしてもダメなのです。このことは、女性の労働政策に関わる人間には20年ぐらい前から常識でしたが、世の中では「女性の活躍」という価値観の中の話だと思われていたのです。

ところが今、熱心に働き方改革を説得して回っているのは「成長戦略」を担当する人たちです。それが日本の経済成長のために必要なことであり、長時間労働に依存する働き方を改革しないとこの国はダメになる、ということがやっと分かってきた。私などは「やっと気が付いたの、遅いわよ」と言いたくなるのですが(笑)。政府だけでなく、経済界も「企業の成長にとって不可欠」という意識に変わってきたと思います。

ポイントは「会社が本気で業務の見直しを行う」ということを、中間管理職にきちんと伝えられるかどうかです。この仕事は大事、この仕事はやらない、後回しにする、在宅に切り替える、など実効ある施策をとることが大切です。

ある民間企業は、年休を消化させるために、1日でも年休を使い残したら社員もその上司も次の賞与を3分の1カットするという仕組みを導入しました。あっという間に全員100%消化になったと言います。社員と上司が一緒になって、業務効率を上げるために何をどう改善したらいいかを考えたようです。本気になればできるということでしょうね。

――官庁の仕事は、国会対応もあって深夜や明け方に及ぶことは当たり前と思われています。少しは改善していますか。

村木 厚労省は「イクメン」をPRしていますが、実は男性職員は育児休業をほとんど取れていませんでした。そこで、塩崎恭久大臣が「企業にお願いしているのに、これではだめだ」とおっしゃって、「今月子どもが生まれた男性職員は全員大臣室に来い」と、毎月集合させられるのです。上司も呼ばれ、「育休を取れよ、取らせろよ」と確認します。これで育休の取得率が飛躍的に上がりました。

昔から国会業務は徹夜も仕方がないというのが常識でしたが、最近は議員に質問をもう少し早く出してもらうようお願いして、成果が出ています。法改正の際の作業などは、一部コンピューターで自動化しました。

――「女性が輝く」は成長戦略の中核ですが、ジェンダー・ギャップ(男女格差)指数は世界で111位と低いままです。この問題の解決にはどう取り組めばいいのでしょうか。

村木 日本の女性は健康で教育水準も高い。しかし、活躍のチャンスが与えられてないという状況です。特に、管理的な地位についていません。それにはいくつか要因があります。能力はあっても、修羅場に放り込んでもらえない、責任の重い仕事をやらせてもらえない、長く働くことを想定した人向けの研修に行かせてもらえない、などが影響しているようです。

管理職になると業務量や責任が増えるというイメージがあり、女性自身が躊躇する傾向も確かにあります。しかし、要は会社での育て方です。いずれ出産によるブランクが生じることを考えて、早めに修羅場を経験させる企業もあります。厚労省での経験では、子育て中の女性は業務経験が少なくても、そのあと必ず追い付いてきます。

村木厚子氏

勾留生活で気付いた「支え」の大切さ

――ところで、村木さんは2009年、雇用均等・児童家庭局長の時に冤罪で逮捕され、5カ月間の拘置所生活を余儀なくされました。今振り返ってみて、この苦しい時期をどのように乗り越えられたのか、逆にその経験によって何か得たもの、人生観の変化などはありましたか。

村木 大きな気付きがありました。公務員として長年働き家庭も持っていたのに、勾留されると自分では何もすることができません。人さまを支えているつもりだったのに、一夜にして人から支えられる人になってしまった。支える人と支えられる人は別々ではなく、1人の人間がどちら側の立場にもなる。これは病気や介護、障がいを持つのと似ていると思いました。支えてくれる力はインフォーマルには家族や友だち、公的には社会保障であり、それを作るのが私の仕事だったのだと再認識しました。

時間があったので、本を150冊ほど読みました。夫も娘たちも自立していたので、家の心配はしないですみました。弁護士さんが家族に「ヘルパーさんでも雇いますか」と聞いたら、夫も娘もしばらく意味が分からなかったそうです。
私たち夫婦はあまり決めごとをしてきませんでした。2人の娘を出産後も私がずっと仕事を続けて来られたのは、夫婦で「家事は早く帰ったほうがやる」「家族は同志」というコンセンサスだけは取ってやってきたからです。
夫は弁護士さんに「大丈夫です。今までと何も変わりませんから」とお伝えしたそうです(笑)。家族が自立しているのは本当にありがたかったです。

村木厚子氏

大学では、この国の課題を主体的に解決していく人を育てたい

――大学では学生たちに、どのような心構えやアドバイスを伝えたいとお考えですか。

村木 私が厚労省時代にずっと気にしていたのは、少子高齢化の負担を次世代につけ回している現実を早く何とかしなければ、ということでした。ちょうどそんなとき、津田塾大学から声をかけていただきました。総合政策学部のコンセプトは「社会課題にチャレンジできるリーダーシップのある女子学生を育てる」です。心に響きました。

授業ではぜひ、この国の課題を主体的に解決していく女性を育てたいと思っています。日本の女性は、本当はしたい仕事があるのに、家庭や子育てとの両立を考えて、あえて家事に支障をきたすことのないようにと仕事を選択しがちです。でも、「どうせ働くなら、したい仕事を思いっきりやるほうが人生は楽しいよ」と伝えたいですね。そして、そのためにも労働法制や年金の基礎知識など、人生を歩む上での基本的な情報や知識をきちんと学んでほしいと思っています。

村木厚子氏

4月に就任したばかりで、取材時はまだガランとしていた津田塾大学の村木教授の本棚。
可愛い猫の写真と置物だけが先に鎮座していた。

TEXT:木代泰之

【関連記事】

むらき・あつこ
村木厚子
元厚生労働事務次官、津田塾大学総合政策学部客員教授

1955年、高知県出身。1978年3月 高知大学文理学部経済学科卒業。同年、労働省(現厚生労働省)入省。女性政策、障がい者政策などに携わり、2008 年雇用均等・児童家庭局長、2012年社会・援護局長などを歴任。2013年7月から2015年10月まで厚生労働事務次官。 2016年から伊藤忠商事社外取締役及び大阪大学男女協働推進センター招へい教授。2017年4月より津田塾大学総合政策学部客員教授に就任。日本IBM有識者会議「天城会議」メンバー。 著書に『あきらめない~働くあなたに贈る真実のメッセージ~』(日経BP社)、『私は負けない 「郵便不正事件」はこうして作られた』 (中央公論新社)など。