東北大学災害科学国際研究所は、東日本大震災を契機に震災にまつわる記録・事例・知見を集めるアーカイブ・プロジェクトに取り組んでいる。その名は「みちのく震録伝(しんろくでん)」。
震録伝では、未曾有の大災害の教訓を未来に生かし「防災・減災」を実現するため、産学官民の120 を超える国内外の機関と連携して、震災にまつわる写真や動画、メディアの報道、さらには地元住民の震災体験談まであらゆる情報を収集している。
活動が始まって2年余り。集まるデータは膨大でペタバイト級のビッグデータにのぼるが、最新のITを駆使して、その分類や管理に当たっている。
活動の中心を担う同大学の柴山明寛准教授に、プロジェクトの狙いや課題、将来の展望を伺った。

未曾有の大災害の教訓を未来に生かしたい

未曾有の大震災の記録を後世に残さなければならない─。そんな話が東北大学の中で持ちあがったのは、2011年3月11日の東日本大震災が起きてから数カ月後のことだった。

「今回の大震災では、情報メディアの発達のお陰でさまざまな情報が大量に残されているという状況がありました。こうした情報を集めて保存し共有することによって、研究や伝承に役立て、今後発生が懸念されている南海トラフ巨大地震を始め国内外の巨大地震や津波被害の減災につなげたいという思いがありました」

建築工学と地震工学を専門とする柴山准教授は、震災後に内陸部の建物の震動被害を関係機関と協力して約1万4000棟にわたり調査した。こうした貴重なデータは当然後世に残されるべきだが、実際には埋もれてしまったり、散逸してしまったりして、後になってアクセスできなくなることがある。柴山准教授は阪神・淡路大震災のケースでそのことを実感したという。

柴山明寛氏「阪神・淡路大震災は研究をしようにも必要十分な震災記録が残っていませんでした。震災記録がなければ研究内容を立証することができない。東日本大震災ではそうしたジレンマをなくしたかった。震災記録が数多く残っていれば、今後の復旧・復興や防災・減災研究に役立つのではないか。そうした思いがありました」

そもそも柴山准教授がこの道に進んだきっかけは、阪神・淡路大震災だった。大震災が発生した1995年、柴山准教授は静岡県内の高校に通っていた。

「当時、兄が大学生で神戸に住んでおり、震災後3日間くらい連絡が取れませんでした。その間、母はそれこそ半狂乱になって心配をしまして、私にはそれが大きな衝撃でした。それがきっかけで建築の耐震工学を志し、最終的に防災や減災の研究に進みました。根っこにあるのは震災からどう人を助けるかです。究極には絶対身近な人を死なせない、親族や友人を死なせたくない、という思いがあります」

研究者、企業、住民、それぞれに理由があって、集めにくいデータ

震災から半年たった2011年9月、「みちのく震録伝」は本格的にスタートを切った。アーカイブを作るにあたっては、情報の収集、整理・分類、管理・保存といった作業が必要になる。その上で集めた情報を広く役立ててもらうために公開しなければならない。実際に活動をスタートさせると、さまざまな問題に直面した。

「意外と集めづらいのが研究者のデータ。研究者は集めたデータを最終的に論文として発表しますが、その前にデータを外に出さないのが常識です。だから、研究者には『データをなくさないようにしてくださいね』という形でお願いすることが多くなります」

企業の被災体験も貴重な情報だが、社内機密に関わる内容が多いため、おいそれとは公開してもらえない。こちらもデータをなくさないように要請をしているという。
「企業がどのように被災し、どのように事業を立て直したのか。エンジニアが取引先の企業とどう連絡を取り合い、どのように対応したのか。なかなか出しにくい情報ではあると思いますが、全体で共有できればもっと強い日本が作れると思っています」

一般の住民から話を聞く作業も気を遣うところだ。
「証言記録は集めにくい。震災直後の体験はPTSD(心的外傷後ストレス障害)の問題があり、話すことで心に傷を負ってしまうおそれがあります。子どもの中には津波という言葉を聞くだけでも怯えるというケースもあります。それでも震災の1年後から証言を集め始め、現在は約3000人からお話を聞くことができました」

最先端の情報技術を使って作業を効率化

研究所では被災地に行き車載カメラで360度の撮影をするなど、動画による資料もたくさん収集している。福島県の南相馬から岩手県の宮古まで、約400Kmを何度も撮影して回った。協力機関が撮影したものも含めるとそのデータ量は50テラバイトを超え、パノラマ写真や連続写真として閲覧できる。

2011/04/20 石巻・新北上川左岸南釜谷崎で撮影した被災地の写真

復興の様子を定点的に撮影している被災地の写真。(2011/04/20 石巻・新北上川左岸南釜谷崎)

2013/07/21 石巻・新北上川左岸南釜谷崎で撮影した被災地の写真

(2013/07/21 石巻・新北上川左岸南釜谷崎)
出典:「復興へ カワルみちのく風景」(みちのく震録伝より)

こうして集めた膨大なデータをどのように分類するかが次なるテーマだ。煩雑な作業を効率よく進めるには最新のテクノロジーが不可欠である。

「例えば大量の写真をどのように分類するか。第三者が検索・閲覧できるようにするためには、タグ付けをしなければなりません。まずは自動車なら自動車、田畑なら田畑という具合に写っているものだけを示す基礎タグというものを付けていきますが、手作業だと膨大な時間がかかる。そこにITの最新技術が登場します。もともとアーカイブを始める最初の段階で、日本IBMから『当社もITで何かお役に立ちたい』という申し出がありました。IBMはビッグデータやスマーター・シティーに精力的に取り組んでいます。みちのく震録伝のデジタル・アーカイブ構築には願ってもないパートナーであることから、一緒にプロジェクトを展開していったという経緯がありました」

その一端を紹介しよう。
写真の分類にはIBMのIMARS(IBM Multimedia Analysis and Retrieval System)が使われている。類似する写真を見つけ出し、自動的に写真を分類するシステムだ。
「まだ基礎的なデータが少ないなどの理由で難しいところはありますが、将来的には集めたデータをIMARSに投入すればタグ付けできるところまで持っていきたいと考えています」
基礎タグが付けられたら、そこから現場を知る人の話などをもとに推測情報を加え、検索しやすいようにより細かく分類していくのだという。

また、IBMのPVW(Photo-based Virtual World)を活用することにより、収集した写真データは撮影場所と地図情報を連携させ、地理的特徴による分析も可能にしている。同じ場所で違った日に何度か撮影したものを比較しながら閲覧できる。さらに、広範囲に撮影したものと詳細部分を撮影したものをシームレスにつなぎ、興味を持った特定の建物にマウスを当てるだけで、あたかも建物内に入って行くかのような詳細な写真が表示される。

さらに、新聞記事などテキストの分類(テキスト・マイニング)にはIBMのICA(IBM Content Analytics)を使っている。
「ICAのいいところは係り受けができるところです。例えば、『復旧』というキーワードだけで検索すると、『復旧途中』『完全復旧』『復旧を断念』など、まったく違った内容がありますが、こうした意味の違いを自動分析できなければ、記事内で表記されている現象を把握することはできません。ICAは状況に応じた読み分け、高度な構文解析ができるという特徴があり、大量の文章を一括分析するのに役立っています」

アーカイブ・システムは、写真や映像、音声や計測データなどの災害に関するあらゆる電子データを記録する基盤システムを中心に構築され、電子データの登録者とその利用者が相互にコミュニケートするためのSNS、アーカイブされたデータを分析・解析する機能、公開アプリケーション・インターフェースを介した行政や自治体、企業システムとの連携機能などから構成されている。

text:渋谷 淳

後編はこちらから

柴山明寛氏

しばやま・あきひろ
柴山 明寛

東北大学災害科学国際研究所情報管理・社会連携部門 災害アーカイブ研究分野 准教授。博士(工学)。
1976年生まれ。東海大学工学部建築学科、工学院大学工学研究科 建築学専攻を卒業。東北大学大学院工学研究科災害制御研究センター 教育研究支援者、独立行政法人情報通信研究機構 専攻研究員、東北大学大学院工学研究科災害制御研究センター 助教などを経て現職。現在、東北大学大学院都市・建築学専攻を兼任。


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