“苔男”、世界を変えるーーエリザベス女王に“緑の魔術師”と称えられた日本人庭師

イギリスのロンドンで毎年5月に開催される「チェルシーフラワーショー」。エリザベス女王を総裁に頂く英国王立園芸協会(RHS)の主催で、100年以上の歴史を持つ、権威ある国際ガーデンショーだ。600もの出展者がジャンルごとに庭園などのデザインを競い合い、観覧チケットの入手は困難を極め、毎年15万7千人もの入場者で盛り上がる。
この伝統と格式を持つフラワーショーで9個の金メダルを獲得し、エリザベス女王から“緑の魔術師”と呼ばれる日本人をご存じだろうか。タイムズ紙命名の「Moss Man(苔男)」のニックネームを持ち、尊敬と親しみを集めている庭園デザイナーの石原和幸氏である。
石原氏の今年の出展作品のテーマは、「御所の庭 / No wall , No war」。この作品に壁のない平和な世界への願いを込めた。
「審査当日にマンチェスターのコンサート会場で自爆テロが起き、人々が不安を抱える中で僕の『No wall , No war』という庭が金メダルをいただきました。長崎出身で被爆2世の自分が、庭を造ってみんなを笑顔にするということに、改めて使命を感じました」
日本全体が庭園そのもので、その中に人が住んでいるような環境を造りたいという石原氏に、金メダル連続受賞までの道のりや、アイデアに満ちたこれからの庭造りを中心にした街造り構想などについてお話を伺った。

ガウディのサグラダ・ファミリアのような庭を造りたい

――石原さんは、ご出身地の長崎で路上販売の花屋からスタートし、「花を買う文化」を広めたといわれる花屋チェーン「風花」で大成功を収められました。その後、大手商社との合弁事業で8億円もの負債を抱えるという経験もされています。まさに山あり谷ありの仕事人生を歩んでこられたわけですが、転機となったのは40代半ばに挑戦されたチェルシーフラワーショーへの出展だそうですね。

石原 当時、花の仕事を続けるには、世界1になるしか、僕には道が見つからなかったのです。もちろん仕事をたくさん受注して、借金を返すことはできますよ。でも返すのに精いっぱいで、自分の夢がそこにはないわけです。

江戸時代、日本は世界で一番庭師が多い国でした。現在、英国は6000万人の人口で約4兆円、米国は2億4000万人でやはり約4兆円のガーデニングの市場があります。一方で日本には1億2000万人以上いるのに、2300億円のマーケットしかない。先進国の中でも最も庭に対してお金を使わない国になってしまったのです。

家庭でもお客様を迎えるときには花を活け替えるとか、学校の先生の教卓には必ず誰かが持参した花がある、というような習慣がありました。それがいつしか失われていったわけです。四季折々の生活の楽しみ方に、かつては世界に誇れる心豊かな文化があったのに、なくしてしまった。僕はそれをもう1度なんとか復活させ発展させたいのです。日本全体が庭園そのもので、その中に人が住んでいるような環境。もしもそうなったら、たとえ核兵器などを持たなくても、あの国は守りたい、大事にしたいと世界の宝物のような場所になる。そして世界中の人が、ぜひ日本を訪れたいと切望するようになるはずです。

ガウディのサグラダ・ファミリアのような庭を造りたい

――花と緑に、もっと大きな市場規模と文化的バックグラウンドが必要ですね。

石原 例えば、建築でいえばガウディのサグラダ・ファミリアが僕は世界で一番すごいと思う。誰もが知っていて、死ぬまでにぜひ一度見たいと世界の人が思っている。庭にはそんな世界1のものは無いですよね。カナダのブッチャート・ガーデンなどは、旅行好きの人は知っているでしょうが。僕はサグラダ・ファミリアのように世界の人が憧れる庭を造りたいと思っています。

日本の建築の場合、予算のほとんどが土地と建物に使われます。一方、花や緑は「外構」というくくりで扱われ、その予算の割合はものすごく小さいのが現状です。そこを変えるためにはどうしたらいいのかを常に考えています。100億円の建物の予算はあっても、100億円の庭の予算はない。もしも、そんな予算を庭にかけられたら、ひっくり返るくらい素晴らしいものを生み出すことができますよ。

これまで、僕には日本に目標とする人がいなかった。明治時代に七代目小川治兵衛さんという有名な庭師がいましたが、その後は見当たりません。イギリスには、アラン・ティッチマーシュさんというガーデナーが活躍しています。BBCでは朝から晩まで園芸の番組を放送していて、アランさんが出演するのとしないのでは、番組視聴率が大きく変わるくらいの影響力を持っている。大いに刺激を受けました。

庭で集客できる、庭には経済効果がある

――石原さんは2004年にチェルシーフラワーショーに初出展されてから2017年で12度目の出場を果たし、2012年以降6年連続となる計9個の金メダルを受賞されました。この間、部門内1位に贈られるベストガーデン賞とのダブル受賞は4度、2016年大会では最高位のプレジデント賞を受賞するなど、イギリスをはじめとするガーデニング先進国での高い評価を裏付ける、揺るぎない実績をお持ちです。

2016年は『Garage garden』が全出展作品の中で最高賞となる「プレジデント賞」と、5年連続で「ゴールド賞」のW受賞を果した(写真提供:石原和幸デザイン研究所)。

2016年は『Garage garden』が全出展作品の中で最高賞となる「プレジデント賞」と、5年連続で「ゴールド賞」のW受賞を果した(写真提供:石原和幸デザイン研究所)。

石原 チェルシーフラワーショーで本当に勝とうと思ったら、スタッフの滞在費などすべて含めて5000万円以上の費用がかかります。僕は朝から晩まで日本で花屋と庭師の仕事を続けてお金を貯めたものの、当初は2500万円くらいしか用意できず、自宅を売って費用を捻出しました。

こうして背水の陣で臨んだ初出展の2004年では、シルバーギルトメダルをいただきました。点数制なので、その時は金メダルの該当者がいなくて、実質的にシルバーギルトが1位だったのです。金メダルをもう少しで掴みかけたことで、「あ、行けるな」という感覚を得ましたし、イギリスではメディアに取り上げられましたので、スタッフともども大きな成果を掴み、やりがいを感じながら帰国しました。

ところが、日本に帰って来ると、何ひとつ話題になっていなかった。ということは、金メダルじゃないとダメなのだと思って、またお金を貯めてチャレンジすることにしました。もう売る家も無いので盆も正月もなく朝から晩まで庭を造って、スポンサーを集めて……。

こうして2度目に参加した2006年に、初めて金メダルとベストガーデンをダブル受賞しました。しかし、それでも日本では話題にもならないわけです。

そこで僕がやっと気付いたのは、「チェルシーフラワーショーはすごいんだよ」ということを僕自身が日本で伝えていくしかない、ということでした。また、チェルシーで金メダルを獲得したからといって日本で仕事はもらえないわけですよ。それで、「庭師って何なの?」と自問したときに、「最高の営業マンじゃないとダメなのだ。これはサービス業なのだ」ということに気付きました。

例えば、庭全体のテーマやコンセプトを明確に依頼主に提案でき、1つひとつのパートの役割をきちんと説明できるかどうか。また、その庭を維持管理し続けることで、長期的な売り上げにつなげ、きちんとした経済効果を出さないといけない。それが庭師の世界的なビジネス基準だと思っています。

人は感動するものを見た瞬間に思わず「えーっ!」とか、「うわぁー!」とかいう声を上げます。素晴らしい庭に出合ったときも同じで、この事実がとても大事だと思っています。本当に美しいものには、人は「きれい」などと言わず、ただ「えーっ!」と声を上げながら見とれたり、ついスマホのカメラを構えたりする。そういう庭を目指したいと僕は思います。

とにかく僕は「チェルシーはすごいんだ」と言い続け、たくさんの方にチェルシーフラワーショーを見てもらい、イギリスと日本の架け橋になっていきたい。そして少しずつ「庭で集客ができるんだ」「庭には経済効果があるんだ」ということを、企業などの依頼主に具体的に数字で示していきたいのです。

庭で集客できる、庭には経済効果がある

――チェルシーでは、石原さんのお庭のどのようなところが評価されているのでしょうか。

石原 イギリス人は作品を見るときに、まずコンセプト、哲学をものすごく大事にします。僕の最初の庭は「源」というテーマでした。どういうテーマにするか迷っているとき、当初は過去のチェルシーの作品群を眺めてはいろいろ考えながら、パーゴラ(つる棚)にバラがあって、みたいなイングリッシュガーデンを思い描いたりしていました。でも、どうも違うなと。

そんな折、熊本の白水という村に行く機会がありました。水が湧き出る名水の里として有名な所です。透明な水が湧く源泉で砂が動く様子を見て、それこそ僕は本当にぞくぞくするほど感動したのです。

出展した「源」では、雨が降って森が水をキープして、そして湧いてくる水が川になって流れて海に注いで、また蒸発して雨が降る・・・という大きな循環の中に人がいることを意識して表現しました。僕が白水の水を見てものすごく感動した、それを伝えたかったのです。ぐるぐる模様で表現した波紋には、翌年以降もこだわっています。

それからもう1つ、長崎の出島に花畠(庭園)というところがありますが、ヨーロッパの人々が日本で植物を集めて、ここからイギリス、オランダ、フランスへと送りだしたといいます。今、ヨーロッパで見られるモミジ、ツバキ、ツツジなどは日本原産のものですし、カサブランカも山百合を品種改良したものなので、そういう植物の源ということも意識しました。

僕の生家は、爆心地から約3キロの長崎市三原町にあったのですが、目の前の丘が爆風を遮ってくれました。僕が小さい頃、家のまわりの景色はものすごくきれいでした。僕もクリスチャンですが、そのあたりは隠れキリシタンの里で、和風の家に十字架やステンドグラスがありました。松に石畳といった組み合わせも僕の中では当たり前のものでした。だから日本人なんだけど、原風景の中に西洋の文化も少しだけ組み込まれていたわけです。

被爆2世でキリシタンの僕が、庭師になって世界に庭を広めていく。その庭のおかげで少しでも平和になればいい、というふうに自分の中で妄想が膨らんで、「これはチェルシーフラワーショーに出て、世界1になるしかない」と、そんな思いに至ったのです。

庭で集客できる、庭には経済効果がある

都会にフクロウがすむ庭。そんな魔法が始まっている

――その勢いで、バッキンガム宮殿に電話されたそうですね。

石原 最初は、チェルシーフラワーショーに出展したくても、どこに申し込めば参加できるのか、ツテもないし皆目見当がつかない。そこで、考えた末にバッキンガム宮殿に電話して、「チェルシーフラワーショーに出展したいが、エリザベス女王はいらっしゃいますか?」とジョーク半分で尋ねたところ、電話に出た方がユーモアがあって、「ごめんなさい、ここは担当が違うの」と問合先を教えてくれました。女王陛下に電話するとか、そんなことする人間などいないじゃないですか。だけどそこはあえて当たって砕けろ。「チェルシーで優勝するんだ!」と無理やり引きずり込んだ社員たちへの手前もありますし、「電話10回ぐらいしたらどうにかなるやろ、なんか分かるやろ」というところからのスタートです。

僕はそれだけでもう優勝したような気持ちになったものです。担当が分かったから、その担当を落とせば参加できる、とね(笑)。

――そして、今では、エリザベス女王から「緑の魔術師」と評価をいただくに至りましたね。

石原 チェルシーフラワーショーというのは園遊会の要素もありますから、エリザベス女王にお見せする庭を造るわけです。王室の方々も公務ですが、出展されている600もの庭の中でも、私の庭は毎年見ていただいています。王室の皆さんは、現代的な雰囲気の作品の中にも、よく見ると苔や盆栽など、伝統的な日本をイメージさせる植物を多く使用する僕の庭がお好きなのだと自分で勝手に自負しています。

「あなたは緑の魔法使いね」とエリザベス女王(写真提供:石原和幸デザイン研究所)。

「あなたは緑の魔法使いね」とエリザベス女王(写真提供:石原和幸デザイン研究所)。

チェルシーに出続けてみて、つくづく感じるのは、たとえ小さな庭でも何十万人の人をしびれさせることができるのは、やはりメンテナンスの力によるものだということ。花や緑は、朝昼晩と変化します。落ち葉が飛んでくるし、こまめに掃除しないといけない。40名のスタッフがいて常に最高のコンディションに保つようにしています。審査が終わった後もメンテナンスを続けます。また、会場では庭の後ろは見せる場所ではないので、普通は何も手を加えません。でも、僕は庭の後ろ側も徹底的にきれいにしている。そうするとBBCがあえて後ろを撮ったりしますね。最近では、皆さん裏を見に来たりするくらいです。僕の考えとして、メンテナンスがどれだけ大事なのかということをいつも伝えています。庭というのは、メンテナンスによって美しくあり続けるから人を惹きつける。そして、造ったときから、常に進化していくものなのです。

都会にフクロウがすむ庭。そんな魔法が始まっている

石原氏お気に入りのシャツはポール・スミスのBUNNY RABBIT(上)。2016年チェルシーフラワーショーの石原氏のガーデンに立ち寄ってくれたポール・スミス氏(下、写真提供:石原和幸デザイン研究所)。

石原氏お気に入りのシャツはポール・スミスのBUNNY RABBIT(上)。2016年チェルシーフラワーショーの石原氏のガーデンに立ち寄ってくれたポール・スミス氏(下、写真提供:石原和幸デザイン研究所)。

東京・恵比寿にあるウェスティンホテル東京が、20周年を迎えるにあたって庭造りを依頼してこられました。モミジやアジサイなどをふんだんに使い、季節感のある庭を造らせていただいた。完成してから3カ月でこの庭にフクロウがすむようになりました。東京にはあちらこちらに公園や植物園などがあり、けっこう森も緑も水辺もある。水辺にはフクロウの餌になるヤモリやカエルがたくさん生息しています。ウェスティンホテルでは縁起の良いフクロウが話題になって、結婚式を挙げるカップルも増えてきています。

庭にはたくさんの種類の植物を植えることで多様な生態系が出来上がります。日本原産の植物であれば、メジロやシジュウカラの餌になります。単に庭に花が咲くだけではなく、鳥が飛んできたり蝶が飛んできたりすることの心の安らぎ、美しさや季節感、それが大事だと思っています。大都会の中でもそういった環境が身近にあったら、人間だって過ごしやすいはずです。

石原和幸デザイン研究所には、かわいいリスザルも住んでいる。

石原和幸デザイン研究所には、かわいいリスザルも住んでいる。

例えば、渋谷にもっと緑が増えれば、街の温度も下がるでしょう。木々の緑に鳥や蝶を惹きつける花や実がつけば、素晴らしいですよね。すでに渋谷駅のハチ公口前を緑化しました。看板を出し、そこから得られる広告費で私たちがメンテナンスをやらせていただいています。公園通りではガーデニングの全日本選手権をやりましょうと声をかけ、審査委員長を渋谷区長にお願いし、都知事にも起こしいただいて、今年の5月に開催しました。民間企業はPRに利用し、庭師は技術を競い合う場として活用しています。

このプロジェクトを渋谷から品川などへ展開しようとしているところです。こんなふうに緑のプロジェクトをどんどん広げていけば、東京は美しい緑の都市として、世界に打って出ることができるはずです。

――花と緑で街や町を変えるために、いろいろなアイデアを実践されていますね。

石原 広島県の庄原市は人口3万7000人弱の市で、財政が逼迫していますが、棚田があって、古い家が残っていて、田んぼをやっている人がいて、その里山風景こそが財産です。そこで僕は「どなたか1人庭に狂ってほしい。1人いれば伝染する」という話をしました。佐藤さんという会社員の女性が手を挙げ、ご自宅の小さな庭を朝に晩に、丹精込めて美しく造り上げました。それが50人くらいの人に伝染し、それぞれが庭をきれいにして「庄原さとやまオープンガーデン」が始まりました。この町に人口の倍の7万人もの人々が訪ねて来るようになった。オープンガーデンが市の第1の産業になったのです。若い人たちが I(アイ)ターンで移り住むようにもなりました。

ガーデンという言葉は、ガードしてエデンを作るという意味で戦争から始まった言葉とも言われます。「壁を造ることが平和になるのか?」と疑問を持ったときに、その対極に、『御所の庭 / No wall , No war』でテーマにした平安京の御所の庭があると考えました。塀が低く造られており、攻められるという発想がなく、オープンである、というところに着目しました。塀を低くして開かれた庭にすることが平和につながると捉え、壁も床もガラス張りの庭を造りました。

都会にフクロウがすむ庭。そんな魔法が始まっている

都会にフクロウがすむ庭。そんな魔法が始まっている

2017年にゴールド賞を獲得した『御所の庭 / No wall , No war』(写真提供:石原和幸デザイン研究所)。

2017年にゴールド賞を獲得した『御所の庭 / No wall , No war』(写真提供:石原和幸デザイン研究所)。

そして、来年の僕のテーマは「ひとりのために」というものを考えています。まず、身近なひとりを大事にする愛、それはかけがえのないものであり、その大事な「ひとりを泣かせるくらい感動させる庭」を考えています。大好きな人のために庭を造って、その大好きな人の延長線上にみんなが笑顔になっていくというテーマの庭になりそうです。

これまでも、これからも、花と緑が僕の絵の具。どれだけ大きく感動を呼ぶような絵を描けるか、生涯の仕事として追求していきます。

TEXT:伊川恵里子

【関連記事】

株式会社石原和幸デザイン研究所代表取締役 石原和幸(いしはら・かずゆき)

1958年生まれ、長崎県出身。久留米工業大学交通機械工学科卒業。22 歳で生け花の本流『池坊』に入門。以来、花と緑に魅了され路上販売から店舗販売、そして庭造りをスタート。その後、苔を使った庭で独自の世界観が国際ガーデニングショーの最高峰である「英国チェルシーフラワーショー」で高く評価され、2006年から3年連続金メダル受賞後、2012年から6年連続で、ア-ティザンガーデン部門で金メダルを獲り続け、獲得した金メダルは9つ。さらに部門内1位に贈られるベストガーデン賞とのダブル受賞は4度果たし、2016年大会では出展者では最高賞のプレジデント賞を受賞した。日本の玄関口でもある羽田空港(第1ターミナルビル内)に受賞作品「花の楽園」を再現、東北をはじめとする日本の風景の美しさをアピールし続けている。全国で庭と壁面緑化事業を展開し、環境保護に貢献すべく活躍中。著書に『世界一の庭師の仕事術』(WAVE出版)、『まず、できますと言え。やり方は帰り道で考えろ』(中経カドカワ出版)など。