東北大学災害科学国際研究所は、東日本大震災を契機に震災にまつわる記録・事例・知見を集めるアーカイブ・プロジェクトに取り組んでいる。その名は「みちのく震録伝(しんろくでん)」。
震録伝では、未曾有の大災害の教訓を未来に生かし「防災・減災」を実現するため、産学官民の120 を超える国内外の機関と連携して、震災にまつわる写真や動画、メディアの報道、さらには地元住民の震災体験談まであらゆる情報を収集している。
活動が始まって2年余り。集まるデータは膨大でペタバイト級のビッグデータにのぼるが、最新のITを駆使して、その分類や管理に当たっている。
活動の中心を担う同大学の柴山明寛准教授に、プロジェクトの狙いや課題、将来の展望を伺った。

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膨大なデータを何に保存するか

ペタバイトにのぼる膨大なデータをいかに保存していくべきか。これはアーカイブにとって非常に大きな問題だ。天災は忘れたころにやってくるというように、貴重なデータは100年先、500年先であっても残っていなければ意味をなさない。

「確かに長期保存は大きな問題で、賛同協力機関の方々とワーキング・グループを作って話し合いました。長期保存に一番いいのは石や和紙。手すきの和紙は1000年前に書かれたものでも健在します。かといって、動画などのデジタル・データを石や紙に保存するわけにはいきません」
協議の結果、みちのく震録伝では光ディスクを使っていくことにした。

「デジタルの世界では、通常数年に一度バージョンが上がっていきます。何度もバージョンが変わっていくと、データの保存も昔のバージョンのサポートがなくなり、その都度データを移管するという作業が発生する上に、寿命も短いという欠点があります。
その点、光ディスクはあまりバージョンが変わらず、劣化しにくいため長期間使えるという利点があります。普通に保存しても湿度管理の必要もありません。光メディアは国内外の文書館や図書館なども採用していると聞いています」

データ公開の前に立ちはだかるさまざまな壁

ここまで説明してきたような過程を経て、集められたデータはようやく公開というゴールにたどりつく。いまのところ公開されているのは一部の写真や動画だ。

柴山明寛氏「写真の場合であれば、著作権や肖像権という問題を乗り越えなればなりません。子どもが写っていれば親御さんの承諾が必要ですし、境界線が分からず敷地内に入って撮影したものであれば、所有者の承認も得なければならないでしょう。また震災直後の津波の映像であれば、波に飲み込まれている人が映っている可能性もあります。そうしたものを現時点で公開していいかとなれば、やはりいろいろな制約がかかることになります」

アーカイブではデータを公開できるオープン・データとクローズド・データに分けて保存している。オープンにするにあたっては、やはり相応の配慮が必要なため、クローズド・データばかりがたまり、なかなかオープンできないというのがジレンマだ。証言記録やテキスト・データも同じことが言える。

「証言記録も個人の名前など個人情報がたくさん出てきます。また、音声だけ公開するわけにはいかないので文章に起こす作業が必要になります。ところが、東北地方の沿岸部は方言が多く訛りも強いので、現時点では機械で自動的に音声識別をするのは難しく、人間がテープ起こしをするという形になります」

公開をためらう証言内容もあるという。
「例えば津波に流されながらも、屋根に這い上ってギリギリ助かったという証言があります。衝撃的で感動的な話なのですが、防災の観点からは間違った事例となるのです。本当は津波警報が鳴ったのを聞き直ちに高台に避難して助かった、というのが一番正しい教訓。屋根に上れば助かるというイメージを持たれては困るからです。物語にならない話が本当の教訓なのですが、やはり衝撃的な体験や感動的な話に人々の関心が引き寄せられるので、そこは難しいところです」

最終的な目標は、震災直後に適切な情報を出せるシステム

今後みちのく震録伝はどのように成長し、どのように役立てられていくのだろうか。
「日本は防災先進国と呼ばれているにもかかわらず、大きな被害を防ぐことができませんでした。今回の震災は海外からも大きな注目を集めています。ですからこの経験は日本国内だけでなく、海外にも伝えていかなくてはいけません。みちのく震録伝は各種メディアでも紹介されていますが、これからは集めたものの翻訳を進めるとともに、ハーバード大学などとの連携をいっそう強化して、海外に向けた情報発信をさらに大きく展開する必要があります」

もちろん、その前に日本国内だ。東北地方や、今後数十年以内に起きる確率が非常に高いとされる南海トラフ地震への対応は当然のこと、日本各地で、東日本大震災の貴重な教訓を活かさなければならない。

柴山明寛氏「最終的な目標は、震災直後にいかに適切な情報を出せるかだと考えています。今のところ大地震の予知はできないのであれば、大地震が発生した時どう津波被害から逃れるか、震災が起きた直後にどういう行動をとればいいのか、という情報を自動的に判断して提供できるシステムができないか。例えば、『どこに避難すればいいの?』、『食料はどこにあるの?』と問いかけたら適切な答えが返ってくる。また、消防活動をする際にどのようなリスクがあるのか。そんな問いにリアルタイムで答えられるシステムです」

過去の事例を引っ張りだして適切な答えを見つける。そうすれば早期の予測ができるし、中長期的な予測に基づいて、何から手を付ければいいのかも分かる。
「もちろん適切な情報は地域や人口によって異なります。スマート・メーターもいいですし、町全体をセンシングし、人口分布はもとより、ライフラインがどのような経路になっているかまで把握する必要もあります。IBMが推進しているスマーター・シティー構想もその一例でしょう。そういった他のセンシング技術などと、みちのく震録伝のビッグデータを組み合わせていけるようになれば、震災だけでなく台風や洪水などの災害直後の早期復旧や減災対策へも、可能性はさらに広がります」

打つべき手はすべて打ち、最終的には自動的に判断できるシステムを作るのが柴山准教授の目指す未来像だ。
「事前の防災、啓発は大前提ですが、いくら啓発しても、いざとなるとそれをできない人もいると思います。ならば震災が起きた時、いかに震災を軽減させるか。減災という考え方です。減災を実現するために、アーカイブを役に立てなければなりません。“想定外”を100%なくすのは難しい。過去の教訓に学び、同時に社会の変化をよく見ながら対応していくことが大切だと考えています」

みちのく震録伝: http://shinrokuden.irides.tohoku.ac.jp/

text:渋谷 淳

柴山明寛氏

しばやま・あきひろ
柴山 明寛

東北大学災害科学国際研究所情報管理・社会連携部門 災害アーカイブ研究分野 准教授。博士(工学)。
1976年生まれ。東海大学工学部建築学科、工学院大学工学研究科 建築学専攻を卒業。東北大学大学院工学研究科災害制御研究センター 教育研究支援者、独立行政法人情報通信研究機構 専攻研究員、東北大学大学院工学研究科災害制御研究センター 助教などを経て現職。現在、東北大学大学院都市・建築学専攻を兼任。


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