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立命館アジア太平洋大学(APU)学長 是永駿氏(左)× 日本アイ・ビー・エム株式会社 代表取締役社長執行役員 マーティン・イェッター(右)

世界の経済システムは、グローバル化とICTのめざましい進展によって急速な変容を遂げている。グローバルに活躍できる人材の育成は、日本経済の活性化や企業の成長にとってますます重要度を増しており、これにどのように取り組めばよいかがこの国の大きな課題だ。
別府市にある立命館アジア太平洋大学(APU)は、学生や教員の半数近くが外国籍というユニークなグローバル人材育成の拠点校である。一方、IBMは世界約170カ国で事業を展開しており、両者は大学、企業と立場は異なっても、グローバル化の先陣を切って時代を切り開いてきた点で一致する。
2013年11月、APUの所在地である別府市で全国IBMユーザー研究会連合会(iSUC)大会が開催されたのを機に、是永駿APU学長とマーティン・イェッター日本アイ・ビーエム(以下IBM)社長による対談を企画した。テーマはグローバル人材の育成。日本ではなぜ今グローバル人材が必要なのか、大学と企業における挑戦の試み、インターンシップや企業のキャリア制度などについて、それぞれの立場から存分に語り合ってもらった。

資源の乏しい先進国にこそ必要なグローバル化と、グローバル人材

――グローバル化やグローバル人材の必要性について、教育界とビジネス界のリーダーであるお二人のご意見をお聞かせください。

イェッター氏イェッター グローバル化は経済が成長する上で不可欠な要素です。貿易の分野では昔からグローバルに取引がされていましたが、今はインターネットの発達でそれが巨大化し、あらゆる分野へと進展しており、対応には他との「差別化」が必要です。

日本は高齢化で生産年齢人口が大幅に減少しつつあります。増える高齢者を少ない若い世代が支える社会構造では、経済成長が欠かせません。イノベーションによって商品やサービスを売り、その利益を社会保障などの原資にしていく。海外進出して得た資金を本国に還流する。日本のように資源の乏しい先進国にとってはグローバル化こそ進むべき道であり、そのための人材を育てなければなりません。

私の母国であるドイツも資源が少ない国なので、自動車、エレクトロニクス、製薬などの製造業は国内市場に留まってはいません。

グローバル化に取り組む上で障壁となるものの1つが言語です。世界にはすでに「支配的言語」があります。残念ながらそれは日本語でもなければドイツ語でもなく、英語です。ですから私たちは好むと好まざるに関わらず、それを習得しなければならないのです。習得すれば世界の多様性や、個人のあり方をより深く理解することができるようになり、グローバル化した社会の中で広い視野を培うきっかけができます。

世界は「英語を話す国」と「英語を話さない国」の2つに分かれる

是永氏是永 おっしゃる通りです。ICT革命があらゆる分野のグローバル化を加速しています。教育の分野でも大学だけでなく高校にも及んでいます。高等教育の分野はすでに自由市場になっていて、高校生は世界の大学を自由に選べる時代になっています。

世界は「英語を話す国」と「英語を話さない国」という2つのカテゴリーに分かれます。非英語圏の国にも英語を話す人がおり、英語圏の国でも英語を話さない人がいる。ミャンマー、フィリピン、インドなどは本来の英語国ではないけれども英語を話す国であり、日本は非英語圏で英語を話さない国という分類になります。
APUは非英語圏の日本にある国際大学という位置付けで、日英2カ国語で教育をしています。世界ではそれが普通ですが、日本ではまだごく少数です。

イェッター モノカルチャーの日本で英語教育を徹底して行うことは、単なる英語教育以上の意味があります。世界から学生が集まるので、言語だけでなく文化面での相互理解が深まり、互いに尊敬し合うことにつながる。自分の国籍がどこであろうと関係がなくなるのです。APUはそうした教育の実践によって国内外から尊敬されています。

APUの学生は、世界84カ国・地域から2,400人、日本人3,200人という構成

――APUはどのような教育の理念やプログラムをお持ちなのでしょうか。

是永氏是永 APUは2000年に大分県や別府市をはじめ、国内外の多くの方々の協力を得て開学しました。「自由・平和・ヒューマニズム」「国際相互理解」「アジア太平洋の未来創造」を理念とし、「交流する文化」を大切に考えています。

「国際学生」と呼んでいる海外からの学生は世界84の国や地域から2,400人、日本人学生は3,200人います。教員の約半数は外国人です。
10~20人の小クラスでも5~6カ国の学生が集まった状態となり、違う国の人たちとの交流のチャンスが生まれています。学生たちは、毎日カリキュラムや課外活動、寮生活などを通じて多様な文化と接触し、平等観や相手を尊重する考え方などが自然に醸成されています。

2012年8月には、グローバル化に対し先進的な日本の5つの国際系大学で大学連合(G5)を結成しました。秋田国際教養大学、国際基督教大学、上智大学、早稲田大学国際教養学部、それにAPUです。中でもAPUは多言語、多文化環境を徹底して追求し、ユニークなキャンパスを実践しています。文部省の「グローバル人材育成事業(全学推進型)」を実施する全国11大学の1つにも選ばれています。

イェッター 21世紀の世界はフェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアがとても盛んになりました。それは私たちがネット上で短いメッセージをやり取りしながら世界共通の言語で話し合っていることを意味します。しかし、そうした交流の根底にあるのは、大学キャンパスなどで人が直接顔を合わせる交流だと思います。

私はドイツのシュツットガルト大学で学びました。そこには当時すでに留学生がたくさんいて、異文化交流による人間関係が生まれ相互信頼を培っていました。それは大学卒業後もずっと続き、ビジネスを進める上でも互いにとてもプラスになっています。

IBMは創業当時から多様性を重視する企業だった

――異文化交流の話が出ましたが、社会における多様性の大切さについて、ご意見をお聞かせください。

是永 多様性は非常に重要な概念です。それは創造性にもつながります。
世界の人口は2050年までにアジアを中心に20億人以上増えると予想される一方、日本の人口は減少に歯止めがかかりません。今後日本の経済や社会はますますグローバル化が進むことは必至です。だからこそ多様な言語、文化、価値観の中で、冷静かつタフな交渉に耐えられるたくましい人材の育成が求められるわけです。APUはさらに多文化で多様性に富んだキャンパスを実現しようと考えています。
世界でビジネスを展開されているIBMさんも多様性を重視されていますね。

イェッター氏イェッター そうです。IBMは米国で培ったさまざまな伝統を保持している企業ですが、多様性はその第1に挙げられる重要なものです。1911年の創業当時から、個人の尊重とイコール・オポチュニティ(機会均等)を人事ポリシーとして掲げ、個人の能力を最大限に発揮できる環境整備に取り組んできました。また、人種や性別にとらわれることのない賃金・昇給の平等なども、企業として最初に導入しました。米国の憲法が改正される前のことです。

IBMは世界170カ国でビジネスを展開していますから、人種・国籍・性別・年齢・宗教・信条・性的指向・障がいの有無などに留まらず、多様性(ダイバーシティ)というものをもっと広く考えています。常に重視しているのは機会の平等、つまりチャンスを平等に与えて成果を上げてもらい、その成果の部分で評価するというやり方です。特に女性の労働力は非常に重要な戦力です。私のキャリアを考えても、これまで女性の上司と仕事をしたほうが多かったぐらいです。

是永 女性についてはAPUも女性教授陣の比率が30%あり、日本ではかなり高いほうです。

イェッター それはとても高い比率ですね。ビジネスの世界でも、製品の設計やデザイン面で多様な経験や意見が存在することが重要です。日本IBMの私直属のチームも多文化を特長とすることを誇りに思っています。いろいろな国からさまざまな背景を持った人たちが集まり、各人が少しずつ違う。結論を出すのに時間はかかりますが、そこには多様な観点が反映され、ひとたび決めれば、一致して強力に実行する。私はそのやり方がとてもいいと思っています。

将来に対する自信が持ちにくく、内向き志向も多い日本の若者たち

――世界がグローバル化に進んでいるのに対し、「日本の若者は内向きだ」とよく指摘されます。

是永 確かに全体的に内向きではないか、と以前から気になっています。IBMさんのような企業でもそういう傾向はありますか。

イェッター 日本IBMは海外のIBMに常時100人の人材を送り出しています。ところが、米国のIBM本社の役員会では「それなのに世界で活躍する日本人リーダーが少ないのはなぜか」と言われます。私はすでに日本で18カ月暮らしていますが、この国はとても安全で便利で清潔、列車の時刻は正確、規律が行き届き、買えない物は何もない。こういう環境で育った日本の若い人が国外には行きたくないと思ったとしても、理解はできます。

私はかつてインドでインドIBMの開設にあたりましたが、その頃はインフラが未整備で大変でした。また、ブラジルのリオデジャネイロにも行きましたが、当時、地下鉄はありませんでした。ニューヨークも活気はありますが日本ほど穏やかな都市ではありません。日本にいるほうが生活もビジネスもやりやすい。外国の環境を好きにならないと、なかなか出て行く気にはならない。
だからこそ、日本IBMは社員にもっとインターナショナルになってもらうために、海外でトレーニングをさせているのです。

是永 APUの学生に限れば決して内向きではなく、基本的に誰もが海外に留学したいと考えています。しかし、日本全体ではやはり内向きだと思います。特にこの2、3年、日本のブランド価値が下がってきた結果、若者たちは将来に対する自信がぐらついているように見えます。
ですから、若者たちは自分自身に言い聞かせてほしい――「もっと学び、自信を持って自立の道を目指そう」と。そうして自信を付ければ、内向きの傾向を改善できるはずです。

日本人はもっと自信と誇りを持って、自己主張したほうがいい

イェッター 日本のチームは、素晴らしい仕事をしているのだから、もっと自信を持ってオープンに話をしたほうがいいと感じます。日本IBMはこれまでも世界の突破口を開くような仕事をしてきました。その一例が、バタフライ・キーボードやトラックポイントなど当時の多くの画期的な技術が詰め込まれたパソコン「ThinkPad」です。そうした優れた業績を上げていながら、自分たちがやったと主張しない控え目な人たちでした。日本人はもっと自信と誇りを持っていいのです。他の国では誰もがもっと声高に「これは自分がやった!」と自己主張します。

こうした課題に対応するため、私は「Smarter Selling Academy」と名づけた人材研修を行いました。1回目は営業職1,500名を対象、2回目は従業員4,000名を対象とし、管理職、チーム、個人のそれぞれの役割にフォーカスした人材育成プログラムです。世界のIBMに先駆け、日本からイノベーションを起こしました。

私はそこで、IBMにとって日本はとても重要な国であり、それは日本IBMが重要であるということだということを強調しました。いずれにしても、日本人は自分にもっと自信と誇りを持っていいし、私は自分のチームにそうあってほしいと思っています。この教育システムは高い評価を得ており、イノベーションを生み出せる日本の人材を世界に送り出したいと考えています。

是永 日本IBMの社長に就任されて以来、そういった社内の人材教育にも力を入れておられるのですね。

イェッター 他の例も挙げましょう。1964年の東京五輪の際、競技結果の記録システムを日本IBMが作りました。これは後のオンライン・バンキング・システムに発展しました。また、初めてコンビニにATMを設置したE-Netの仕組みも日本IBMが創り出した重要な成果です。

これまでに5人のIBM関係者がノーベル賞を取りましたが、日本人も1人(江崎玲於奈博士)が含まれています。このように、日本IBMは多岐にわたる方面でイノベーションを実践してきました。
そうした実績を踏まえて、今後日本IBMチームは何を成すべきかということですが、ITの分野にはチャレンジすべき課題が無限にあります。自信と誇りを持って社会やお客様のためにそうした課題に取り組んでいく必要があると思っています。

text:木代泰之

後編はこちらから

是永駿氏

これなが・しゅん
是永 駿

立命館アジア太平洋大学 学長、学校法人立命館副総長・理事
1943年 福岡県生まれ。1966年、大阪外国語大学外国語学部中国語学科卒業。1971年、同大学大学院外国語学研究科中国語学専攻修士課程修了。博士(言語文化学)。
1973年 鹿児島経済大学講師、1976年 大分大学経済学部助教授。1980年大阪外国語大学外国語学部助教授。1989年 大阪外国語大学外国語学部教授(中国語・中国文学)。1992年 カナダ(アルバータ大)、アメリカ(イェール大)にて在外研修。
2003年 大阪外国語大学学長。2008年 立命館アジア太平洋大学特別招聘教授を経て2010年1月 立命館アジア太平洋大学学長、現在に至る。
1991年『芒克詩集』の翻訳が第29回藤村記念歴程賞受賞。

マーティン・イェッター氏

マーティン・イェッター
Martin Jetter

日本アイ・ビー・エム株式会社 代表取締役社長
1959年、ドイツ生まれ。シュトゥットガルト大学工学部、同大機械工学修士課程卒業。
1986年 ドイツIBMにアプリケーション・エンジニアとして入社。1999年 IBMドイツ・オーストリア・スイス インダストリアル事業。1999年10月 IBMコーポレーション会長兼CEO補佐。2000年 ドイツIBM プロダクト・デザイン・マネジメント担当ゼネラル・マネージャー。2004年 IBM中東ヨーロッパ グローバル・ビジネス・サービス事業担当。2005年 IBM北東ヨーロッパ地域統括 グローバル・ビジネス・サービス事業担当。2006年 ドイツIBM ゼネラル・マネージャー。 2011年 IBMコーポレーション コーポレート・ストラテジー担当バイス・プレジデント兼エンタープライズ・イニシアチブ担当ゼネラル・マネージャー。 2012年 4月 日本アイ・ビー・エム株式会社 取締役を経て、2012年 5月 日本アイ・ビー・エム株式会社 代表取締役社長、現在に至る。


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