図1 浮体式洋上風力発電設備の「ふくしま未来」(出典:福島洋上風力コンソーシアム)

日本のエネルギー創出に新たな一歩が踏み出された。2013年11月、福島県沖20kmで「浮体式洋上風力発電」が始動した。海に巨大な浮体を浮かべ、その上で風車を回す。日本の技術力を結集したこのプロジェクトは、2018年の実用化を目指し実証研究が始まったばかりだが、実用化すれば日本の再生エネルギーの主役に一気に躍り出る可能性が出てきた。それだけではない。洋上風力発電は部品を約2万点必要とし、自動車産業にも匹敵するほど裾野が広い産業だ。福島の復興、新産業の創出といったさまざまな波及効果が期待できる。
この福島洋上風力プロジェクトを率いる技術面でのリーダーが、東京大学大学院工学系研究科の石原孟教授だ。「日本に浮体式の洋上風力を」と訴え続け、実用化への扉をこじ開けた。今の日本に必要なものは「覚悟」だと話す石原教授に、今回のプロジェクトの意味するものや、日本が“浮体式洋上風力発電大国”になる上での見通しや課題を伺った。

2013年11月、浮体式風車が稼働

福島県の海岸線から約20km沖、水深120mの太平洋上で、ブレード(羽)の直径80m、水面から約106mの高さというまるで高層ビルを思わせる風車が稼働を始めた(図1)。
出力は2000kWで、一般家庭約1700世帯分の消費電気量を賄える規模を持つ。また、電力の損失を少なくするため、世界初の試みとして高電圧に変電する設備などを載せた浮体式洋上サブステーションも設けた(図2)。2015年度中にはさらに、世界最大級の直径164m、出力7000kWの風車2基がこの海域で稼働する計画だ。これが稼働を始めれば合計1万6000kWとなり、浮体式では世界最大となる。

図2 浮体式洋上変電設備の「ふくしま絆」の画像

図2 浮体式洋上変電設備の「ふくしま絆」(出典:福島洋上風力コンソーシアム)

プロジェクトの名は「福島復興・浮体式洋上ウィンドファーム実証研究事業」。経済産業省からの委託事業として、日本を代表する10企業と1大学が「福島洋上風力コンソーシアム」を結成し、2012年から総力を挙げて事業を進めてきた。

イギリスでの洋上風力発電に実績を持つ丸紅が統括役を担い、東大の石原孟教授が技術アドバイザーを担うほか、三菱商事(系統連携協議などを担当)、三菱重工業、ジャパンマリンユナイテッド、三井造船(いずれも浮体開発)、日立製作所(洋上変電所開発)、新日鐵住金(腐食及び疲労に強い鋼材開発)、古河電工(送電ケーブル開発)、清水建設(施工技術)、みずほ情報総研(情報基盤整備)といった、日本の代表的企業がスクラムを組んでいる。いわばこのプロジェクトは、組織・企業の垣根を超え日本の技術力が結集したオールジャパンの国家プロジェクトだ。

今後、出力7000kWの風車2基も稼働して実証試験を完遂できれば、日本の技術力をあらためて世界に示すとともに、商用化に向けて日本が風力エネルギー活用国となるための橋頭堡が築かれることにもなる。事業期間は第1期(2011~13年度)と第2期(2014~2015年度)。総事業費は500億円である。

風力発電設備は「ふくしま未来」、変電設備は「ふくしま絆」と名付けられた。プロジェクトに関わる全員の福島復興への思いが込められている。

事業名に「浮体式」とある。洋上風力発電には、風車などの発電設備を海底に固定する「着床式」と、風車を載せる台そのものを海に浮かべる「浮体式」の2つの方式がある。石原教授は言う。

石原孟教授「着床式は、イギリス、デンマーク、オランダ、ドイツを始め、欧州で20年以上前から実施され、最近はアメリカや中国なども加わり商用ベースの大規模開発に拍車がかかっています。ただ、着床式は水深50mを超えると建設コストが跳ね上がることから、遠浅が少ない日本の環境には大規模開発が難しいとされ、我が国での洋上風力の開発は世界の動きから大きく出遅れてきました。

一方、浮体式洋上風力発電は係留チェーンと海底のアンカー(碇)をつないで固定し、暴風や高波などによって倒壊したり流されないようにする方式です。この方式は、数年前からノルウェーやポルトガルで実証研究が一部始まったばかりです。基本的には造船や海底油田の洋上基地の建設にも使われている技術であり、日本企業にはそのノウハウや実績があります」

地元住民との合意形成なしには成り立たない

福島の復興を掲げるプロジェクトである以上、まず初めに地元住民の理解が欠かせない。漁業関係者との合意形成は特に慎重に進めた。

「原発事故が発生する前、福島沖は豊かな漁場だった。事故で致命的なダメージを受けた漁場に、この上巨大な風力発電施設を設置するなど論外。漁師にとって死活問題だ」
「調査と言っておきながら、いったん作業が進みだすと、途中で問題が起きても最後まで作業をごり押しするのではないか」

このような不安や不信を抱く漁業関係者に対し、石原教授たちは調査の段階から実証研究の段階に至るまで、粘り強く説明をし、“ステップ・バイ・ステップ”で地元の合意形成を得ていった。
海上のどの地点に施設を建設すべきかについても、漁業関係者の声を聞いた。彼らから出てきた要望は「沖合20kmぎりぎりのところ」だった。

「20kmというのは、当時の福島第一原子力発電所事故の警戒区域の半径でした。もちろん海でも、20km圏内には入れませんでした。そこで、20km沖に風車があれば、警戒区域の境界の目印にもなるということになり、いまの場所に落ち着いたのです」

福島県内の地元企業とは「お見合いもした」と言う。県内にどのような中小企業があるかをいわき市などの協力でリストアップし、コンソーシアムの参加者と共有した。その上で、風車の製造および風力発電設備の建設や維持のための要求仕様を地元の中小企業にも公開し、一緒に協力できないかを検討してもらうようにした。

建設は困難の連続だった

「運転開始まで、毎週のように計画を変更してきました。“想定外”の出来事が常に起きるといった感じでした」。石原教授は、運転開始までの道のりを、率直にこう振り返る。

浮体を係留するためのチェーンのリングは1個が210kgもある。それを1330個ほど連ねた巨大かつ長大な鎖を6本用意し、浮体と海底を結ぶ。ところがその1本が途中で、係留索を引き込むためのロープ(メッセンジャー)が切れ、海底に落ちてしまったことがある。安定性を保つための鎖なので、ねじれたまま繋ぐわけにはいかない。1個210kgのリングを連ねた巨大な鎖を引き上げるだけでも至難の業だ。それでも何とか作業船を使ってねじれを戻し、浮体に繋ぐことに成功した。そんな苦労を重ねながら工事は進められた。

2013年は、19年ぶりに30を超える台風が発生し、いくつもの台風が日本列島を直撃した。東日本と北日本を縦断した9月の台風18号や、伊豆大島に甚大な被害をもたらした10月の26号などだ。そのたびに福島沖は猛烈な荒海と化し、作業の中断を余儀なくされた。

石原孟教授「特に台風26号が近づいた時には、浮体式変電所の”ふくしま絆”はまだ作業途中であったため、喫水(水面から船底までの垂直距離)を32mと浅くしていました。完成していれば安定するため、一刻も早く50mに沈降させなければなりません。
ところが台風の接近とともに波はますます高くなり、浮体に船を近づけることは至難の業でした。荒れ狂う波をくぐり抜け船を操る漁師の方々の腕前に助けられ、何とか浮体に移り、それから一晩徹夜で作業して、明け方に無事沈降させました。台風26号がやってきたのはその直後です。間一髪のタイミングでした。

風車を載せる浮体を係留する工事は、日本で初めての試みでした。海底ケーブルも、陸から20km離れた現場まで引っぱって来なければなりませんでした。でも、いろいろな試練を乗り越え、最終的にチームワークで無事完成することができ、自信がつきました。まさに、実証を果たしたという思いです」

福島でモデルをつくりたい

日本の洋上風力発電の潜在力は莫大なものがある。環境省は東日本大震災後の2011年4月、日本における風力発電の導入ポテンシャル、つまり利用可能なエネルギー量を発表した。

風力の場合、陸上と洋上を合わせると18億5556万kW。日本の領海と排他的経済水域(EEZ)を合わせた面積は世界6位であり、四方を海に囲まれた日本は、うち洋上風力だけで15億7262万kWにのぼる。太陽光の1億4929万kWや、地熱の1420万kWなどの導入ポテンシャルとは桁が違う。
その莫大な潜在力を持った洋上風力がほとんど使われてこなかった。これだけあった“再生可能な宝”を、これまでほとんど使ってこなかったのだ。

実用化の前段階の実証試験とはいえ、今回のプロジェクトで風車が実際に回り始めたことは、日本が浮体式洋上風力発電大国になるための大きな前進といえるだろう。その道のりはまだ始まったばかりだ。
「福島のプロジェクトでモデルをつくりたい」。石原教授が描いている未来像は、どのようなものだろうか。

text:漆原次郎

後編はこちらから

石原孟教授

いしはら・たけし
石原 孟

東京大学大学院工学系研究科教授。
1962年北京生まれ。清華大学工学部工程力学系卒業後、東京工業大学理工学研究科土木工学専攻博士課程修了。清水建設(株)技術研究所に研究員として入社。超高層建築物の耐風設計、建物内外の環境シミュレーションおよび関連技術の開発に従事。2000年4月、東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻助教授。2004年11月より総合研究機構連携工学部門助教授として「安全安心社会の構築のための短・長期風環境予測システムの開発」「気象予測に基づく風力発電量予測システムの開発」「浮体式洋上風力発電に関する研究」などのプロジェクトを推進する。2008年4月より現職。長大橋をはじめ、電力システム、交通システムにおける耐風工学の研究に従事するとともに、風力エネルギー利用のための賦存量評価、風力発電量のリアルタイム予測、風力発電設備の耐風・耐震設計、浮体式洋上風力発電システムの開発などの研究を行っている。


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