星野リゾート代表が語る「強い組織」の作り方。未来を担う人材はこうして育つ

「星のや」「リゾナーレ」「界」「OMO」といった個性的なブランドを確立し、国内の宿泊施設の中で圧倒的な顧客支持を誇る星野リゾート。その強さは、代表を務める星野佳路氏の、時代の先を見据えた革新的な戦略もさることながら、実際に宿泊してみれば、何よりもそこで働く「人材」こそが、そのサービスを本質的に支えているのだと実感することができる。

今回は、そんな星野リゾートの根幹を担う「人材育成」の秘密を、職場環境、組織のあり方という観点からひもといてみたい。ちょうど新入社員への研修および入社式が行われているというタイミングでもあり、その様子からも、「人材育成」の本質を明確に理解することができた。さらに代表には、変化し続ける顧客のニーズに、ITやテクノロジーでどう対応していくかという、興味深い話も訊いた。

「フラットな組織文化」で正しいコミュニケーションを促す

――星野リゾートの高いブランド力、顧客からの信頼の厚さを支えている大きな理由の一つに「人材」があると思いますが、御社が掲げられている「フラットな組織文化」は、やはりそうした人材を輩出するために重要な考えなのでしょうか。

星野 そうですね。まず、「フラット」と言うと組織レイヤーがフラットなのかと思われがちですが、組織のレイヤーは機能的にも必要ですし、存在していいと思っています。機能的に作った組織図は、やはり権限を持った人の名前が上のほうにあり、そこは一般的な会社組織となんら変わりはありません。我々はフラットな「文化」を醸成することが大切だと感じています。権限を持つこと、責任者であることも一つの仕事ではありますが、その責任者が特別に「偉い人」である必要はないというのが「フラットな組織文化」のポイントです。

これは、正しい議論をするための文化とも言えます。私のような「代表」というポジションもそうですが、ゼネラルマネージャーや総支配人は「偉い人」という概念がスタッフにあると、その人たちに意見を言うのは大変ですよね。ですから、「偉い人」という概念をなくして、会議の場でフラットに、本来みんなが考えていることを自由に意見交換して、ロジカルに意思決定できるようにしたいのです。そうすれば自ずと良い議論を交わすために、誰もが自分で考えるようになります。接客の最前線にいる人も常に考えながら接客をするようになって、日々の仕事の中で出てきた発想を会議で挙げてくれるようになるといろいろな意見を検討でき、それが組織として健全な意思決定につながるのです。

一般的なホテルのイメージでいうと、総支配人という「偉い人」がいて、その人には意見してはいけない空気がありますよね。一方で従業員たちは休憩室で「なんであの人をマネージャーにしたのか」とか「なんであんな設備を買うんだろう」なんて愚痴を言い合っている。これは私が若い頃にインターンで働いていたあるホテルでの話なのですが、その休憩室での愚痴に参加していたのは、パートナースタッフ、アルバイト、そして若手の正社員でした。でも、その愚痴を整理してみると、「なぜあの人がマネージャーなのか」というのは人事の話、「なぜあんな設備を買うのか」というのは資金配分の話であって、実は休憩室では、非常に経営の根幹に関わるような議論が行われていたと言えるのです。

また、休憩室ではみんな「偉い人はまったくわかってないよね」と言っていました。そこで当時インターンの身だった私は、経営陣に会議で「なんであの設備を買ったんですか」と、休憩室で出た話の中から、いくつかの疑問を訊いてみました。そうしたら、経営陣はすべてにちゃんとした理由を答えてくれました。「今年の戦略はこうで、あのホテルのこういうところに負けていて、他の部分は負けていてもいいから、今年はここで勝たなきゃいけない。だからこういう判断をしたんだ」と。つまりこれは、経営陣とスタッフとの情報格差であり、正しいコミュニケーションがなされてないということなのです。「この設備にこういう投資がされていて、それがこの組織にとって大事だ」とわかるだけで、スタッフもやる気が全然違いますよね。

星野佳路代表

「偉い人信号」は消す! 一人一人が経営判断できる人材に

――そうしたご自身の体験が、若手スタッフも活発に健全に意見できる環境を作ろうと思われたきっかけの一つなんですね。

星野 私は親父の旅館を継いでいきなり経営者になったので、必ず自分もそう言われるだろうなと思ったんですよ。「何もわかってないな」って(笑)。でも、先ほどもお話したとおり、「上は何もわかっていない」という愚痴は、情報格差があるからこそ生まれるものなのです。そう考えて「フラットな組織文化」を作っていこうと動き出したのが1992〜93年のことでした。

当時の若手スタッフは会社の経営状態を知りたくても知ることができなかった。会社にどれだけの利益が出ているのかも、顧客満足度調査の結果も知らされない。これからはすべて公開して、どの社員もその情報にアクセスできるようにしようと、まずはそこから着手しました。そして、議論して意思決定する様子もみんなに見てもらおうと、月に1回、パートナースタッフ、アルバイトも含めて自由に参加していいという会議体を作りました。

でも、そうして社内での情報格差をなくしてみても、最初は思うように意見が活発化しませんでした。普段から人間関係をフラットにしておかないと、いざ議論というときに意見を言えないのです。そこから私たちは、「偉い人信号をなくす」というところに踏み込んでいきます。これが「フラットな組織文化」を根付かせました。

たとえば「社長は立派な車に乗っている」「総支配人には大きなデスクがある」「役員には個別に部屋がある」――これらはすべて「偉い人信号」です。これらが「偉い人は特別なんだ」という意識を助長させてしまうのです。これをなくしました。たとえば総支配人も「総支配人」ではなく、「○○さん」と、さん付けで呼ぶように変えました。そして上司からスタッフを呼ぶときも呼び捨てはやめて、同じく「○○さん」と呼びましょうと。私も、いまだに「代表」と呼ばれてしまうことも多いですが、最近は「佳路さん」と呼ぶ人が増えてきています。人事が新入社員にそう奨励しているのです(笑)。

星野佳路代表

――職場環境を風通しの良いものに変えていくことで、「ホスピタリティ・イノベーター」と呼ばれる、星野リゾートのサービスに革新を起こしていく人材が育っていくということでしょうか。

星野 そうですね。ホテルは接客業です。製造業なら、工場で働く人たちがいますが、そこで作ったものについて、実際に使う人たちと直接話すことはあまりないですよね。作った時期と消費する時期にタイムラグがあるからです。ところが、サービス業は製造している人の目の前に顧客がいるのです。食事は作った瞬間に消費される。お客様の要望に応えた瞬間が消費の時間です。だから顧客は要望がある場合、マーケティング部門や調査部門に伝えるのではなく、現場スタッフに直接伝えるわけですよね。その際に「ちょっとそれは規定にない要望なので」や「それは予算外のご要望なので本部に確認します」など言うわけにはいかない。その場での判断が求められます。やるかやらないか、あるいは他のものを提供するかという「経営判断」を最前線にいるスタッフが即時に下さないといけない。

その判断をする材料として、現在の会社の状態を知っておく必要があるわけです。利益はどれくらい出ているのか、儲かっているとしたらどれくらいなのか。もし利益が出ていないなら、規定にないサービスの要求は「断る」という判断になるでしょうし、余裕があり、かつ、そのサービスに必要性を感じるのであれば「やってみる」という判断になりますよね。それは現場のスタッフ一人一人に判断してもらいたいです。

各施設にはターゲットがいます。例えばこの磐梯山温泉ホテルの場合、冬はスキーヤー、特にお子様連れのスキーヤーがターゲットです。しかし、スキーをしない、雪を見に来ている観光客もいるかもしれません。顧客が「誰」なのかということは、最前線のスタッフが一番わかっています。そう考えたとき、お子様連れのスキーヤーは我々にとってコアなターゲットですから、少々規定にないサービスでもしてさしあげないといけないでしょうし、今回は特別対応になったけれど、このサービスは普段から提供したほうがいいのではないか――という改善にも繋がるのです。逆に、ターゲットではないお客様から難しい要望があったとき、断るというのも大事な策です。

このように、サービス産業では、最前線が発想し行動しオペレーション改善に繋げていくという、本来は経営者がやるべきことをやる必要がある。だから、組織のあり方を変えなければいけなかったのです。それがサービス業においての競争力に繋がると考えています。

――御社のサービス運営は、調理場とフロントなど、スタッフが部署横断的に「マルチタスク」で稼働する点も特徴的です。これもまた、「ホスピタリティ・イノベーター」を育てるために有効な取り組みなのでしょうか。

星野 マルチタスクは、もともと生産性を上げるために採った施策でした。けれど、副産物として「フラットな組織文化」の醸成につながりました。

たとえば、「アメニティの充実を図りたいが予算がない」といったときに、節約すべきコストを調理場から調達することができるかもしれない。縦割りの会社では、部門内での調整は可能でも、部門を超えたところで意見は言いづらいですし、そんなことを言えば調理場の人は怒り出すかもしれません。しかし、顧客のトータルの体験と捉えれば、今いらっしゃっている方たちは、食事の量がちょっと多いと感じているかもしれない。そして実際にアメニティへの不満が出てきているのなら、調理場のリソースを削ってそちらに充てるという判断があってしかるべきなのです。そのような統括的な視点での判断ができるようになるのも、部門を横断して仕事を担当するマルチタスクを実践しているからだと思います。

自分で考える「ホスピタリティ・イノベーター」を育てる新入社員研修

6月初旬、2019年6月に入社した星野リゾートの新入社員を集めて、「星野リゾート 磐梯山温泉ホテル」にて5日間にわたる研修「Warm-up Camp」が行われていた。接客や経営に関するデータ分析など座学プログラムも充実しているが、「ホスピタリティ・イノベーター」たる人材を育成していくために、星野リゾートの研修は、とにかく「自分で考える」「チームで考える」ということを徹底している。「ホスピタリティ・イノベーター」、つまり「おもてなしを革新する人材」を育てることが、この研修のベースにある。

星野リゾートには、基本的に外部講師を招かず、社内の人材が講師を務める社内塾「麓村塾(ろくそんじゅく)」があることも知られているが、この「Warm-up Camp」もその例外に漏れず、社内スタッフが代わる代わる講師を務めているという。

研修中の様子

8〜9名ずつに分けられた全4チームが、与えられたさまざまな課題に取り組み、その結果を振り返るというグループワークが中心の研修内容は、ただ「自分で考える」だけでなく、チーム内外で意見を交わし、議論をしながら最適解を導き出すという流れが徹底されていた。

たとえば研修中、朝夕のビュッフェ形式の食事の提供も、各チームが順繰りにそのオペレーションを担当し(他の3チームがお客様としてそれを評価する)、その料理の配置や案内の仕方はもちろんのこと、料理を取るためのトングの配置から室内のBGM選定に至るまで、細かくすべてにおいてチームで「最適」を模索しながら実践するというグループワークになっていた。

夕食準備

どのメニューをどんな順番でどこに並べるのか、食器類はどこに置くのかなど、すべて自分たちで考えてセッティングを行う。

夕食配膳中

夕食配膳へのフィードバック

お客様役の新入社員から、食事提供研修に対して感想がフィードバックされる。中にはトングの種類など、細かな指摘も。

そこにマニュアルはない。明確な正解が提示されるわけでもなく、自分たちで実践してみた結果として、お客様がどう感じ、それをどう改善すればより良いサービスになったのかを振り返るというワークは、とても興味深いものだった。こうして、それぞれがより良いサービス運営を考え、実践する力を持つ「ホスピタリティ・イノベーター」へと育っていくのである。

ITを使って予約時のマッチングを高める

――星野リゾートは予約システムの面で、早くからIT化を積極的に進めてきました。より良いサービスの実現にIT化は必要不可欠だと思われますか。

星野 私が会社を継いだ当時は、宿泊予約は旅館への電話と大手旅行代理店からのブッキングがほぼすべてだと言われていました。それで事足りていたのです。しかしそれが劇的に変化して、IT技術が旅行業界に大変革を起こしました。

現在我々が運営する宿泊施設の予約のほとんどは5〜6割がダイレクトブッキングで、そのうちの7割以上がスマートフォンからの予約です。その変化への対応は重要な課題の一つで、システム投資にもかなりのコストをかけています。人材は一番大切ですが、それと同じくらいに大切なのがITだと考えています。いかに我々のサイトを見てもらえるか、そしてユーザビリティを高めていくかという部分はとても重要です。簡単に予約できるしくみと、ニーズに対してベストマッチングな宿を提供できるしくみを構築していくことが、引き続き課題となっています。

旅のニーズというのは、実は行きたい場所から決まるわけではありません。「おばあちゃんを連れて、良い温泉に行きたい」とか「おばあちゃんが喜ぶ温泉旅館に行きたい」というような動機がまずあって、それに適した宿はどこにあるのか?ということなのです。必ずしも「箱根に行きたい」「熱海に行きたい」というように場所起点ではない。90歳になるおばあちゃんが安心して泊まれる温泉旅館ってどこだろう? そういうニーズからのリゾートや旅館の選択というのは、自社ホームページでの予約システムだからこそ可能なのだと思います。

星野佳路氏

予約とはマッチングで、マッチングの精度を高めるということは満足度を高めるということです。満足度が上がればまた好循環が生まれて、リピートしてくださるお客様も増えます。つまり我々がいまITで実現させようとしているのは、予約のしやすさという部分を超えて、いかにミスマッチをなくすかというところなのです。

旅行代理店に足を運べば、今もまだパンフレットや情報は行き先別に並んでいますよね。そういうところにテクノロジーを使えば、本来のニーズに合った旅館は、実はあなたのまったく知らない土地にありました、ということもあるわけです。そういうことを提案できる世界を作ろうと、今まさにIT化についてはさらに推し進めているところです。

2020年代の星野リゾートを担う人材の誓い――「契りの会」

5日間の研修を終えた新入社員たちは、最終日の最後に入社式に参加する。星野リゾートでは、この入社式を「契りの会」と呼んでいる。一人一人が確かな思いを胸に、決意や目標を川柳にしたため発表した後は、色鮮やかな絵の具を手のひらに塗って、手形を押していくのだ。ここでの「契り」とは、星野代表の挨拶によれば、一つは「星野リゾートという会社がスタッフに対し法律上の雇用関係だけでなく、時には雇用主対雇用者という関係性を超えて、社員が困っているときには手を差し伸べる」という約束であり、もう一つは「スタッフは今回の研修を通して理解した星野リゾートという組織の文化に、その仕事を通じて寄与する」という誓いを意味する。

契りの会、代表挨拶 契りの会

星野リゾートは、入社時期を4月、6月、10月、12月、2月と年に5回設けており自由に選択できる。この6月に入社したのは34名(国内出身スタッフ29名、海外出身スタッフ5名)だが、2019年度の入社人数は、年間で430名を予定している(昨年度は355名)。サービス業界での人材採用難が叫ばれて久しい中にあり、なお星野リゾートへの就職を希望する若者が多いことは、今回の研修での様子や、実際にすでに宿泊施設で働くスタッフたちの働きぶりを見ていても大いに納得がいく。

契りの会後の集合写真

政府主導のインバウンド集客が図られ、テクノロジーも進化し続ける中、ホテル業界は、多様化・パーソナライズ化した観光客のニーズを見極めながら、いかにサービスを差別化していくか……という複雑な状況に置かれている。この研修を終えた未来のリゾート運営を担う新入社員たちは、それぞれの現場で「ホスピタリティ・イノベーター」となり、未来の星野リゾートをさらに進化させていくことだろう。星野リゾートの強さは、この人材育成から始まっていると言っても過言ではない。そう思えた取材だった。

TEXT:杉浦美恵

星野佳路(ほしの・よしはる)

星野リゾート 代表。1960年、長野県軽井沢町生まれ。1983年、慶應義塾大学経済学部卒業。米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。1991年、星野温泉(現:星野リゾート)社長(現:代表)に就任。所有と運営を一体とする日本の観光産業でいち早く運営特化戦略をとり、運営サービスを提供するビジネスモデルへ転換。現在、運営拠点は、ラグジュアリーリゾートの「星のや」、温泉旅館の「界」、リゾートホテルの「リゾナーレ」、都市観光ホテル「OMO(おも)」の4ブランドを中心に国内外38カ所に及ぶ。