次世代の定跡のゆくえ――佐藤天彦の「思考法」とAIが広げる将棋界の未来

2016年、「第74期名人戦」において羽生善治名人を破り、16年ぶりの20代新名人として世間の話題をさらった棋士がいる。ファッションとクラシック音楽を愛する稀代の棋士、佐藤天彦九段である。現在(2019年)31歳。今春行われた「第77期名人戦」では、3年間保持し続けたタイトルを豊島将之新名人に譲り渡すも、ネクストジェネレーションの台頭著しい将棋界において、唯一無二の存在感を示し続ける。

小学生の頃から勝負の世界に身を置く佐藤九段は、コンピュータ将棋との関わりも深い。2017年の「第2期将棋電王戦」では、コンピュータ将棋ソフト「Ponanza(ポナンザ)」と現役名人として初めて対戦した。

AI将棋の進化と共に将棋界は今後どう変容を遂げるのか。幼少期から培われてきたメンタルコントロール法と併せ、佐藤九段に伺った。

将棋は盤上のディベート

――佐藤天彦九段はよく「将棋とは対戦相手とふたりでつくる物語」という言葉を使われます。まずは、その言葉に込められた思いをお聞かせください。

佐藤 どの世界のプロフェッショナルも子ども時代から経験を重ねていると思いますが、プロ棋士は、早ければ小学校高学年から「奨励会」という日本独自の養成機関に入り、勝負に明け暮れる日々を送らなければなりません。幼い頃に将棋の面白さに魅了され「奨励会」に入会できたとしても、プロ棋士になれる人はほんの一握りです。誰もが、将棋が楽しいという思いだけでは突破できない壁をくぐり抜けてきています。

私は先輩方や昭和の大名人の棋譜、実戦経験などから自分なりの考え方を形成してきましたが、その壁をどう乗り越えてきたかは人それぞれ異なります。誰もがひとりひとり自分なりの葛藤を経ることで、プロの棋士になる頃には、固有の凝縮された勝負観、価値観を身に着けるようになるんです。将棋の盤上では、人間性も含め互いにそれらすべてをさらけ出して闘わなければならないので、嘘偽りない迫真の物語が生まれます。

――「指し手がかみ合う、かみ合わない」という表現もされていますが、具体的にはどのような感覚なのでしょうか?

佐藤 普段の皆さんの会話の中でも、「会話がかみ合う、かみ合わない」といった感覚にとらわれることがあるかと思いますが、盤上では言葉ではなく、駒を通じて同じようなキャッチボールが行われています。

人は誰しも自分なりの価値観を持っているものですが、価値観が似ている人と話すときは共通点を見いだしやすく、比較的スムーズに会話を進めることができます。一方、まったく価値観や視点が異なるふたりだと、お互いの会話がなかなかかみ合いづらくなります。それでも、日常会話では、触れてはならない事柄をうまく回避しながら、コミュニケーションを取ることができますよね?

でも、対局ではそれが許されません。勝敗を分ける大切な局面であればあるほど、自分が信じる価値観、主張をストレートに相手にぶつけなければなりません。つまり、会話に置き換えると、相手の主張を全否定しなければならない場面も出てきます。指し手がかみ合いながら整然と進んでいく対局よりも、指し手がかみ合わない対局のほうが白熱した闘いになるので、観ている方にとっては、ドラマチックに映ると思います。

佐藤天彦氏

――まさに「棋は対話なり」という言葉どおりですね。

佐藤 対局では、極限の場面では本音をオブラートに包むということはできないのです。観ている方は、技術的なことは理解できなくても、ふたりの棋士の表情や動作、駒を指すときの指の震えなどから、対局が山場を迎えていることを本能的に察知され、盤上のドラマを楽しまれるのだと思います。野球のホームランやサッカーのゴールのように、見るからにインパクトのあるクライマックスではないにせよ、将棋の対局には、多くの劇的な瞬間が秘められているんです。

「勝ち負け」以外の視座を持ち、メンタルをコントロールする

――将棋の対局時間は長時間にわたることもあります。終わりの見えない長時間の対局中、どのようにメンタルをコントロールされているのでしょう。

佐藤 対局が午前の10時に始まり、翌日の深夜0時を回って丸1日行われることも少なくはありません。もちろん、その間、食事などの休憩時間を含みます。棋士の各々の持ち時間は平均的に約3~4時間ですから、ふたりの棋士が持ち時間を完全に消化すれば、それだけで約半日が費やされてしまいます。

私たち棋士は、原則、対局がいつ終わるのかわからない中で手を重ねていきます。極端な仮定ですが、テニスの試合で双方の選手がミスをせずいいラリーを続ければ、永遠にラリーは終わらないですよね。将棋の対局時間が長くなっていくことも、これに近いものがあります。棋士がお互いにミスをせずいい手を指し続けていくと終わりの時間は見えません。ただ、将棋にはテニスと違って持ち時間があり、それを使い切ると負けになりますし、終盤に持ち時間がわずかとなることへの配慮も必要なので、一手にかける持ち時間の配分は非常に難しくなるのです。

対局前から心技体を調整して勝負に挑みますが、対局中は、メンタルの比重がとても大きくなります。個人差はあるでしょうが、私の場合は、心技体を併せ100をパーセンテージに設定したとすると、50%はメンタルが占めるような気がします。

私たち棋士が対局に臨む目的は、「勝つため」です。非常に明確なゴールです。とはいえ、「勝ちたい」という唯一の目的だけにとらわれていると、長時間の間に細かく変動していく形勢に、心の揺れ動きがついていきません。ましてや、序盤、中盤と順調にいい手を重ね、もう少しで勝負がつくといった終盤に形勢がガラッと変わり窮地に追い込まれたりすると、正直、心が折れます(笑)。

そこで私は、「勝つため」という目的以外に、別の視点を採り入れてメンタルバランスを保つためのリスクヘッジを行っています。そもそも自分はなぜ将棋を始めたのか。将棋のどこに面白さを感じたのか――原点に立ち返り、「勝つため」だけではなく、あらゆる局面で「いかに将棋を楽しむか」を意識するようにしています。そうすると、例え勝つ見込みが薄くなった場合でも、劣勢から逆転する道筋を吟味することで、「状況が苦しいとき」にしか存在しない将棋の醍醐味を味わうことができます。それが、劣勢でも精神の平衡を崩すことなく冷静に戦い続けるようとする意識を保たせるのです。

――逆に「勝ち」を意識された有利な局面では、モチベーションをどう維持されるのでしょう。

佐藤 指し手に評価値をつけるソフトがあるのですが、大優勢、例えばプラス2,000点の場面では、そこから100点でも200点でもプラスを積み重ねる手を選べば優勢を拡大できることになります。逆にマイナス500点の手を選んでもまだ1,500点分は優勢なわけです。つまりソフトの理屈で考えれば、プラス2,000点くらいありそうだな、と思う局面では「一番いい手を選べなくても大丈夫かな」という気持ちが生まれがちです。ただ、そのような気持ちが油断となり、決定的なミスを招くこともあります。

こんなときは、今までつくり上げてきた作品の最後のピースを素晴らしい形であてはめて完成したい、といった芸術的志向が力になります。

絵画作品に例えれば最後のひと筆をどう入れるのか。また、新体操などの競技では、最後の着地にどのような技を入れるのか。そのような意味で、優勢な局面における勝ち方にも、それぞれの棋士の勝負観、美意識がとてもよく表れると言えます。

佐藤天彦氏

――棋士の方各々の美学が試される局面でもあるんですね。

佐藤 私は「勝ちたい」という勝負師としての意欲の他に、対局の棋譜を「いい作品として世に送りだしたい」という創造的意欲も持っています。人によっては、そのような創造的意欲は不必要で、勝負にのみ専心するべきだと考える方もいらっしゃると思いますし、いかに最短のルートで効率よく勝つかを正とする方もいるでしょう。

負け方(投了)についても同様です。例えば20手後の盤上の局面を読み切って、負けが確定したと判断した時点で早めに投了する方もいらっしゃれば、玉が逃げ場を失う最後の最後まで粘り尽くして投了する方もいます。潔い負け方が美しいのか、最後までどろくさく闘い抜くのが美しいのか。観戦する側の皆さんも、そういう視点から感情移入しやすいほうの棋士を応援されるのではないでしょうか。意外に思われるかもしれませんが、私自身はボロボロになっても最後まで闘い続けるタイプです(笑)。

――弱さも含め、自分の心の揺れ動きを受け止める達観した視点を持つことが大切なのでしょうか?

佐藤 有利不利という局面を問わず、常に自分自身が今、どういう状況に置かれているのか、別の角度から客観的にモニターする視点が必要だと考えています。特に大きな時間軸の中に自分を置いて俯瞰してみることが有効かもしれません。

例えば私の場合、先日行われた「第77期将棋名人戦七番勝負」で四連敗を喫し、3年間保持し続けた名人位を失うことになりました。この結果を近視眼的に短い時間軸でとらえてしまうと、どうしてもネガティブな感情に傾きがちになります。でも、長期的な時間軸に置いてみれば、数年後に、あるいはもっと先に、この経験で学んだこと、得たものが大きく実りあるものになるかもしれません。負けたこと自体はネガティブな結果ですが、経験そのものはポジティブな経験として何か意味があったと考えられるはずです。

負けた結果についても、自分を責めて反省点ばかりにフォーカスするのは精神衛生上良くないと思っています。全体の流れを俯瞰して修正すべき点は修正し、同様に、高評価できる指し手についてはきちんと認めます。大きな視点と小さな視点を統合し、修正点と評価点を見極めて、複数の要素を検証、整理することで、また先に進めるような気がしています。ネガティブな要素だけに目が向かないよう、常に心がけています。

佐藤天彦氏

AIとともに思考し、知識を「知恵」に変える

――佐藤天彦九段は、プロ棋士とコンピュータ将棋ソフトウェアとが対局する「第2期将棋電王戦」(2017)において、コンピュータ将棋ソフト「Ponanza(ポナンザ)」と対局されています。当時の心境と対局後の感想をお聞かせください。

佐藤 私たち30代前後の世代の棋士は、幼少の頃から将棋ソフトに慣れ親しんでいたので、コンピュータ将棋のレベルがどんどん上がっていくスピードを肌感覚で感じていました。ですから正直、対局前から、人間である自分が勝つのは難しいだろうという認識も持っていましたね。ただ、将棋ファンの方からすれば、人間に勝ってほしいという期待を持たれるのはごく自然なことですから、勝つために全力を尽くそうという覚悟はありました。

実際に対局してみると、やはり強かったです(笑)。指す手の正確さの精度が非常に高かったですね。とは言え、基本的に私たち棋士は、「想定以上に強い相手と将棋を指してみたい」という欲求を持っていますので、Ponanzaの強さに圧倒されるというよりは、未知の領域の強さを楽しむことができたと思います。ここまで見透かされるのか、いや、こんな発想もあるのか、と驚かされる場面もありました。老練な棋士が指すような手もあれば、人間の発想ではなかなかたどり着かない手もあったりして、学習や経験に裏打ちされた印象を受ける部分とどこからその発想が生まれたのかわからない部分が絶妙に混ざり合った指し方が非常に興味深く思われました。

――コンピュータ将棋が将棋界にもたらしたものは何だとお考えでしょうか?

佐藤 コンピュータは、圧倒的に演算力が優れていますから、徹底的に有効な手を読むことができます。併せてどの指し手に対しても感情のバイアスがかかっていません。まったく先入観のない視点、膨大な情報量の中から、時に、人間の積み重ねてきたセオリーや経験値では到達できなかった正解を見つけ出します。

コンピュータ将棋によって、往年の大棋士がタイトル戦で指した手が、妙手(非常に有効な手)ではなく、疑問手(少し形勢を悪くする手)だったことがわかり、指し手のセオリーにパラダイムシフトが起きたこともありました。なぜそういうことが起こったかというと、大勝負の局面で逆転劇が起こったりすると、人間はそのインパクトから、勝利を決めた名人の指し手を「いい手」だと思い込んでしまうんです。つまり、合理的な論理より情緒的な感情が先行してしまう。逆にコンピュータは、どんな指し手に対しても冷静かつ論理的にジャッジすることができるのです。

コンピュータ将棋によって、「盤上の可能性が広がった」と表現する棋士の方もいて、より客観的で大きな視野が持ち込まれた点は将棋界にとって良いことだと感じています。

――ではその一方、人間の指す将棋の魅力とは何でしょうか?

佐藤 今お話しした内容と矛盾するかもしれませんが、勝ち負けだけに縛られない情緒的な部分や物語性はやはり人間にしか持ちえない強みだと思います。今後、コンピュータ将棋ソフトが益々高性能になっていくことは間違いありません。また、将棋の世界でもすでにAIが意思決定する過程のブラックボックス化は取り沙汰されており、コンピュータの推奨する手を人間が解釈し、上手に自分の戦法に採り入れることは年々難しくなってきています。

勝負という座標軸においては圧倒的に有利になっていくコンピュータに対し、別の座標軸に人間の将棋を置くことで、その醍醐味を味わえるはずだと考えています。思わず身を乗り出す仕草や眉間に刻まれるしわ、額に汗をにじませる様子には、棋士ひとりひとりの情熱や葛藤がこめられています。観ている方が一喜一憂しながら感情を共有しやすいのは、同じ人間である棋士の指す将棋のような気がします。

佐藤天彦氏

――今後、コンピュータ将棋と人間の将棋はどのように共存していくことが望ましいのでしょうか。棋士としての展望と併せお聞かせください。

佐藤 大前提として、コンピュータ将棋と人間の将棋は、各々固有の良さを持っていると考えています。まずは、対立するものではなく、補完しあう別々のものとして分けて認識する必要があると思います。その上で、課題となるのは、人間がコンピュータに依存しすぎないことです。

コンピュータ将棋が人間の能力と同レベルだった時代は、私たち棋士との対話が今よりクリエイティブに行われていました。コンピュータの導き出す手に疑問を投げかけると異なる解答を示してくれたり、時には人間側の提案を採用してくれたり(笑)。人間はコンピュータから得られる知識(回答)を自分なりに咀嚼し、精査してから自分の戦術に活かす余裕があった。

翻って、コンピュータ将棋ソフトの能力がグレードアップする未来では、人間とコンピュータとのやりとりはより高度になるでしょう。そうすると、人間側はコンピュータの提供する知識を絶対視するようになるかもしれない。そこで懸念されるのは、人間の思考プロセスの空洞化です。知識は、思考というプロセスを経てこそ「知恵」となって活かされるということを忘れないようにしたいものです。

時にコンピュータは、人間が思いつかないある種独創的な答えを導き出してくれます。将棋界に限らず、今後、人間とAIの共存においては、コンピュータから創造的インスピレーションを受けながらも、決して受け身になるだけではなく、人間みずからも思考し続けるという意志が大切なのではないでしょうか。

TEXT:岸上雅由子

佐藤天彦(さとう・あまひこ)

将棋棋士。1988年、福岡県福岡市生まれ。5歳の頃に将棋を始め、10歳で中田功八段門下として奨励会入会、2006年にプロ棋士となる。2008年、第39期「新人王戦」にて棋戦初優勝。2016年、第74期「名人戦」にて羽生善治氏を破り、16年ぶりに20代で名人位を獲得、2017年、2018年と2期の防衛を果たす。2016年の第2期「叡王戦」に優勝し、翌年の第2期「将棋電王戦」にてコンピュータ将棋ソフトPonanzaと現役名人として初めて対局した。