2012年11月29日、“いい肉の日”に、1日100食限定をうたう国産牛ステーキ丼専門店「佰食屋(ひゃくしょくや)」が京都市にオープンした。100食を売り切れるようになるまで1カ月以上はかかったというが、材料にこだわった妥協なき美味しさが話題になり、行列ができる人気店に。2015年に姉妹店となる「すき焼き専科」、2017年に「肉寿司専科」を次々にオープンする。2019年には4店舗目となるカレーの専門店「佰食屋1/2」もオープン。1日50食とさらに少ない提供数で周囲を驚かせている。

どんなに売れてもランチで100食のみ。そのため従業員の残業はなし、全員夕方には帰宅できる、といったユニークな経営方針が注目され、運営を手がける株式会社minittsと代表取締役・中村朱美氏は、2015年「第4回京都女性起業家賞 最優秀賞」、2017年「新・ダイバーシティ経営企業100選」、2019年日経ウーマンの「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019 最優秀賞」など数々の賞を受賞している。佰食屋の経営と2児の母親業のかたわら、メディアへの登場や講演会など多忙な日々を送る中村氏が佰食屋にかける思い、そして佰食屋を通じて得た人生の豊かさについて伺った。

素人だからこそ飲食業界に革命を起こせると思った

――飲食業界は長時間労働や人手不足など、その構造からブラックな業界と言われることも多いと思います。そんな飲食業界において、「佰食屋」の経営方針は注目されていますね。

中村 私にとっては普通のことなのですが(笑)。経営方針はとてもシンプルで「従業員ファースト」です。この業界にあって、従業員ファーストを掲げるお店が一つくらいあってもいいですよね。

会社組織である必要性、その中で経営者がするべき仕事は、従業員が働きやすい環境をつくり、従業員のモチベーションが上がる仕組みを整えることだと考えています。従業員が、この会社が好き、頑張りたいと心から思えることが、お客様へ最高のサービスを届けることにもつながるんです。

中村朱美氏

私も夫も食べることが本当に大好き。だからこそ、お客様は美味しい物を食べて幸せになるのに、働いている人の労働環境が良くないと言われる飲食業界の構造が嫌でした。たとえば、他の業界や営業職では普通のこと──従業員へのインセンティブを高める仕組みが飲食業界にはほとんどありません。だったら、素人である私たちの感覚で業界の「当たり前」を見直すことができたら、働き方や仕組みを変えられる可能性があるのではと強く思いました。

それに、開業前に、どうせ会社を立ち上げるのなら、何かしらのトップを目指したい、飲食業界に革命を起こしたいという気持ちもあったんです。ブラックと言われる飲食業界にホワイトの波を起こしたいというチャレンジ精神かもしれませんね。

――「佰食屋」はご夫婦で始められましたが、開業前はお2人とも飲食業界とは全く違う業界にいたと伺いました。

中村 夫は不動産業界、私は専門学校で、ともに会社員でした。私は広報や営業を担当していて、残業や、始発で出発して夜中に帰宅するような出張も多かった。特に、日本はこれから若い人口が減っていくのに、去年より入学者数を上げなければいけないという矛盾をはらんだ目標からのプレッシャーを感じていました。とはいえ、部下も増え、やり甲斐もありましたし、客観的に見てもホワイト企業と言われる会社だったと思います。

佰食屋の開業へ踏み出すきっかけとなったのは、結婚後2年以上続けていた不妊治療でした。不妊の原因が仕事のストレスや肉体的な負担にあるのではないかと考え、であれば、この“しんどい”環境のままでは子どもを授かることは難しいと思ったのです。

――その環境を変えるために開業されたということでしょうか。

中村 そうですね、ホワイト企業ですら“しんどい”のであれば、転職ではなく、自分たちで起業する方が良いと考えました。もともと、夫は定年退職したらお店をやりたいという夢を持っていたので、定年まで待たず、自分達が納得する職場をつくろうと脱サラして開業することにしました。もちろん素人なので不安もあり、1年というリミットを作りました。1年後に鳴かず飛ばずだったらやめて、教員免許がある私は塾のアルバイト、夫はタクシー運転手になってゼロからまたやり直せばいいと。

――「佰食屋」は、具体的にどのような運営をされているのでしょうか。

中村 どれだけ売れても1日100食なので、早く売り切れば早く帰れるという時間的なインセンティブが働きます。また、100食と上限を決めたことで、「売上を伸ばし続ける」という漠然としたプレッシャーからも解放され、気持ちに余裕を持って仕事に取り組んでもらえる。長時間労働が当たり前のようになってしまっている飲食業界に、子育て世代など幅広く、働き方の多様性を受け入れる仕組みを提供したいのです。

「従業員ファースト」は最重要で、何か困ったという声が聞こえたら、他の仕事を差し置いてでもすぐに聞きに行くようにしています。人間関係の相談から冷暖房などの職場環境まで。職場は昼間長い時間を過ごす場所なので、全員が気持ちよく、楽しく働けるように整えることが私の役割だと考えています。

ボーナスも年3回、4カ月ごとにあり、その期間頑張った人には金銭的なインセンティブが発生します。判断基準としては、お客様や従業員のためになる提案や改善を中心に評価しています。たとえば、外国人のお客様はスプーンで汁物を飲むことが多い。であれば最初からスプーンを添えて出した方が、お客様も従業員も負担が少なくなる、といったものですね。

佰食屋1/2

佰食屋1/2

――従業員が気持ちよく働ける環境が、お客様への最高のサービス提供につながる。その環境を作ることが中村さんのお仕事であり、その方針に従って運営されているのですね。

中村 はい。私たちは、個人の資質に頼らない仕組みを目指しています。特定の人がいないと職場がまわらないのはリスクになりますし、その結果、仕事を抱え時間的にも精神的にも余裕がなくなります。表現が難しいですが、やる気を求めていないというか。やる気の有無でサービスに差が出ないようにしたいと考えているんです。そのためには、全ての業務を細分化して、作業量も平等にする。誰かが休んでも、誰かが代わりに入ることができるようにするのです。

結婚式をハワイで挙げ、そのままテーマパークに行くので、と2週間休む従業員もいます。仕事は、自分が幸せになるためにするもの。仕事のために自分の時間や家族との時間が取れないようでは本末転倒ですよね。だからこそ、子育て世代や正社員経験がない人も即戦力になってほしいと思います。もちろん仕組みを考えるのは大変で、日々ブラッシュアップが必要ですが、それこそ経営者の役割ではないでしょうか。

厨房の悩みとお客様の要望が生んだフードロスゼロ

――「佰食屋」はフードロスがほとんどないことでも注目されています。はじめから意識していたのでしょうか。

中村 ステーキ丼のお店はオープン前に10日間のプレオープンを行いました。その時のメニューはステーキ丼だけだったのですが、お客様から、「ステーキとご飯を別盛りにして、ポン酢で食べたい」「このお肉でハンバーグを食べたい」というご意見をいただきました。また厨房では、どうしてもステーキにできない部位が出てくることもわかり、その扱いにも悩んでいました。

両方を解決する方法として、ハンバーグなどのメニューも取り入れたんです。飲食業界を知らなかった私自身の感覚として、捨ててしまう食材が出ることは絶対避けたかった。結果として、お客様のご要望のおかげで、食材を上手く有効利用できフードロスがなくなったと思っています。ゴミの分量が非常に少ないため、京都市の事業系一般廃棄物を最も安い料金で契約できているんですよ。

国産牛ステーキ丼(写真提供:佰食屋)

国産牛ステーキ丼(写真提供:佰食屋)

――同様に、すき焼きや、肉寿司、カレーを扱う姉妹店でもフードロスが少ないのでしょうか。

中村 はい。すき焼き店ではバラ肉を使いますが、お肉は塊で仕入れ、解体の際に取れる高級部位「カイノミ」は、1日20食限定のサイコロステーキとしてお出ししています。肉寿司店では固い部位は煮込んで、すき焼き味のそぼろにして軍艦に。肉寿司と巻き寿司と軍艦のセットでしか提供しません。バランス良くお肉を使えるようにすることでフードロスをなくし、提供価格も下げることが可能となっているんです。カレーは次の日でも流用できるメニューにするよう工夫していますが、新しいメニューとしてカレーつけ麺が完成し、2019年9月より登場しました。

私自身が主婦なので、食べ物を捨てる行為は胸が痛みます。佰食屋に来たら食材を捨てないので、心が痛くなくなったと話してくれる従業員もいて、非常に嬉しいことです。お客様に気持ち良く食べ切ってもらえる、また来たいと思ってもらえる、そんなメニュー開発は経営者の責任だと思っています。

――フードロスをなくし、納得いく商品を提供するためには、最適なメニューを考え、お肉を塊で仕入れるなど食材の調達も工夫する必要があるのですね。

中村 飲食店なので当たり前ですが、メニューはとても大事です。店舗ごとに3つのメニューにしているのは、厨房の負担を増やさずに美味しい料理を提供することができる数であること、「ものを選ぶ」際の心理学の観点からもちょうど良い数だからです。メニューは私が決めて、夫が試作を作ります。私が妥協をしないので、何度もやり直しを迫られる夫は大変だと思います(笑)。

仕入れに関しては、お肉は紹介がないとなかなか塊で仕入れられないので、開業時に夫の友人でバイヤーの方に相談をしました。今では京都で仕入れられるお肉屋さんは全てお付き合いをいただいています。また、調味料にもこだわっており、たとえば醤油は、メーカー本社のお客様窓口に、こういう塩分濃度の醤油を業務用で仕入れたいと電話をすることから始め、望み通りの醤油を使うことができています。肉寿司用のお酢も、試行錯誤の末、業務用に卸していないものを特別にご提供いただいています。さまざまな媒体で取り上げていただいた結果、業者さんの方からもお声がけいただけるようになったので、これからもより良いメニューを追求していきたいです。

安定した継続を最優先にした減収増益の道

国産鶏スパイスチキンカレー(写真提供:佰食屋1/2)

国産鶏スパイスチキンカレー(写真提供:佰食屋1/2)

――従業員への金銭的なインセンティブや会社の財務状況を考えると、売上を上げるためには、100食を150食にするのが普通の考え方だと思います。しかし、2019年に、あえて50食に限定する「佰食屋1/2」を出店した背景には何があるのでしょうか。

中村 従業員の給料のベースアップや会社としての財務状況を維持するために、今は2年に1店舗ずつ出店しています。小さな会社なのでそのペースでまかなえている側面もあります。

50食限定を始めたのは、災害や天候不順などでどうしても赤字が出る日があるとベースアップやボーナスへ還元しづらくなるからです。つまり、ずっと黒字である必要性がある。私たちは、会社を大きくするのではなく、「続く会社」を目指しています。それが、会社の正常なあり方ではないかと思っているのです。そのために、緩やかな減収増益を目標としています。減収を目指すけれど増益、トータルで黒字──ちょっとわかりにくい話ですね(笑)。

――50食を2人で回せる「佰食屋1/2」をフランチャイズ展開するというお話もありました。

中村 「佰食屋1/2」の開業準備は、フランチャイズも想定して始めました。TVや書籍でもフランチャイズについてお話しさせていただきましたが、現段階では実は「一旦、フランチャイズをやめよう」と考えています。一般的に、開業準備には約3カ月必要ですが、その間は無給である上に、準備のための細かな仕事が沢山あります。フランチャイズをビジネスモデルとしている大企業なら問題ないでしょうが、フランチャイズオーナーとなる方に不安を抱えさせ、借金を負わせてまでやっていけるほどのバックアップができるかと考えると、今の私たちでは厳しいだろうということに気づいたんです。

――「佰食屋」のビジネスモデルは活用されないということでしょうか。

中村 そうではなく、フランチャイズ以外の方面から活用したいと考えています。開業したい方に厨房に入ってもらい仕組みを学んでもらうとか、コンサルティングのような形で既存の飲食店と一緒にやっていくなど、さまざまな方法を模索しています。

中村朱美氏

最近は福祉施設からもご相談をいただきました。軽度の障がいがある方が利用する「就労継続支援A型事業所」の運営に関する法律が変更になったこともあり、昼間、一定の条件のもとである程度の目標を達成していくための働き方を試行錯誤されているようです。佰食屋にも障がいがある従業員がいます。ある条件のもとで事業の継続性を担保できる仕組みができれば、全国にあるA型事業所が救われる可能性もあります。業界の垣根を越えて私たちの知恵が役立つことがあれば嬉しい限りです。

お金より時間、「本当に」サスティナブルな働き方とは

――最後に、中村さんが考える人生の豊かさやそれを可能にする働き方について教えてください。

中村 「自分の時間を自分の意思で使うことができること」が豊かさだと思います。自己決定権にもつながりますが、家に花を飾りたい、子どもと時間を過ごしたい、ベッドのシーツをこまめに変えたいなど、何気ない日常をちゃんと過ごせる。そういうことができるのが私にとっての豊かさです。

佰食屋は、自分の意思で使うことができる時間を確保してもらうために、全従業員が18時までに帰ることを重要視しています。自分の時間を丁寧に使って、それでも余裕ができたなら、その時に年収アップの方法を考えたり別の目標を目指したりすることができます。仕事に追われ、忙しく働いている日々ではそのようなことを考えることすらできません。

中村朱美氏

世帯収入は開業前、共働きだった頃の約半分になりましたが、外が明るいうちに2人の子どもと夫、家族で晩ごはんを食べている今の方が、絶対に幸せです。子どもと一緒に過ごせる時間──人生というスパンで見ると、実はわずかな時間、それを優先したいと思っています。

多様な働き方を受け入れることができる、持続して働いていける会社をつくったことは、必然的に私自身の豊かさを満たしてくれました。毎日声に出して「本当に幸せ!」と言える日々を送れています。開業を決めた過去の自分の勇気に拍手を送りたいですね。

TEXT: 小林純子

中村朱美(なかむら・あけみ)

株式会社minitts 代表取締役。1984年京都府亀岡市生まれ。専門学校の職員として勤務後、2012年9月に飲食事業や不動産事業を行う「株式会社minitts」を設立。1日100食限定をコンセプトに、美味しいものを手軽な値段で食べられるお店「佰食屋」を開業。2015年3月に 「佰食屋すき焼き専科」、2017年3月に「佰食屋肉寿司専科」、2019年6月に「佰食屋1/2」を開業し、現在4店舗を運営。テレビや雑誌などのメディアで多数紹介される。ランチ営業のみ、完売次第営業終了という飲食店の常識を覆す経営手法で、飲食店でのワークライフバランスとフードロスゼロを実現。5歳長女、3歳長男の2児の母で、3歳長男は脳性麻痺で現在も自宅で1日3回のリハビリを続けている。