佐藤正和氏

NHK・Eテレ制作の子ども向け哲学番組『Q~こどものための哲学』は、小学3年生の少年Qくんが日常感じているさまざまな疑問、不安や願望について、ぬいぐるみのチッチや友達と「対話」しながら自分なりの答えを探求していく人形劇だ。

番組プロデューサーの佐藤正和氏は、社会においても教育現場においてもダイバーシティやインクルージョンが重要視されている現在、めざすべき共生社会を実現するのに必要なのは、お互いを理解しあうための「出会いの場」をつくることだと語る。この10月から『Q〜こどものための哲学』レギュラー放送を控える佐藤氏に同番組制作の背景や、メインの視聴者である子どもたちを共生社会へ導く取り組みについて伺った。

 

未来への不安から生まれた『Q~こどものための哲学』

――佐藤さんはこれまで『シャキーン!』や『デザインあ』『ノージーのひらめき工房』などの番組を立ち上げてこられました。『Q~こどものための哲学』もその一つです。番組制作の動機をお聞かせください。

佐藤 『Q』の第1回を制作したのは5年ほど前です。その頃の僕は教育番組の作り手として、どういう番組を作ればいいのだろうかという不安を感じていました。教育とは、まず目指す未来があって、今これをやらないといけない、と逆算するものだと僕は思います。でも、最近の世の中を見渡すと、未来に対する不安というものが蔓延していて、みんなが幸せになるためのゴールを見出せずにいる。大人ですらゴールが見えないのに、子どもにどういう教育番組を見せればいいのか。

そう考えたとき、ゴールが見えない今の時代で、これまでにない新しい価値や仕組みを創造していくには、自分だけでなくまわりも納得する解を導き出す力と、そこに行き着くためのメソッドや哲学的思考プロセスが必要ではないかと気づきました。だったら、そういったメソッドや考える力を育む番組を作ればいい。そこで生まれたのが『Q』でした。

ここで言う「哲学」とはいわゆる古典的な哲学ではなく、自分が単純に「不思議だな」と思ったことについて立ち止まって深く考える手法です。先人が考えたことをただ知識として学ぶのではなく、先人が考えたようなことを今、問い直そうということなのです。「子どもと哲学」という題材は海外では割とスタンダードなのですが、真面目で学習要素の強い番組が多い。もうちょっと親子で笑えて、自分の頭で深く考えられるような番組は作れないものかという気持ちが以前からあったので、これを機にやってみようと思ったのです。

Qくんとチッチ

『Q〜こどものための哲学』のメインキャラクター、Qくんとチッチ (C)NHK

――番組の特徴である「対話」という形式もそのときにできたものだったのでしょうか。

佐藤 企画段階の頃、ある団体が主催する「子どもと哲学」のワークショップに参加してみました。そのときのテーマは「こどもの日はあるのに、なんでおとなの日はないの」というもので、下は5歳児から上は小学6年生までの子どもと親たちが、それぞれ円になって話し合いました。話してみると、子どもたちが意外と深いところまで考えていることが分かったり、自分の子ども時代がよみがえってきたりして、こういった「対話」を番組にできたらおもしろいなと思ったのです。

子どもというのは日々「なぜ?」を繰り返しています。とくに幼少期は知識がないぶん自分の想像で埋め合わせをしていく。僕も小さい頃、庭で穴を掘って遊んでいて、「このまま掘ると、あと一掻きでマグマが溢れ出てきて火事になるのでは」と本気で心配したことがありました(笑)。その頃の僕は、地球の下には熱いマグマがあることは知っている。だけど、どれくらいの深さにあるかは知らない。そういう、「知識がないからこそ生まれる想像力」は豊かだし、おもしろいですよね。対話という場は、アウトプットすることによって子どものイマジネーションを育ててもくれるし、これまでそういう番組はなかったので、これはやる価値があるだろうと企画を進めました。

佐藤正和氏

――番組で生身の人間ではなく、人形を起用することに何かメリットはあるのでしょうか。

佐藤 人形劇にしたのは第一に子どもが見やすくするためです。かわいいキャラクターが登場すれば子どもも見ようという気になるし、大人も構えないで済みます。それと、人形なら暴言を吐いても許されるところですね(笑)。「対話」を進める中で議論を深めるためには「極論」が必要です。一回思いきり極端なところに話を振らないと、考えるベースが広がっていかない。だからQくんみたいな無茶苦茶なことを言う子が必要になるのです。

ただ、生身の人間に意見を言わせると炎上が怖くてみんないいことしか言わないかもしれないですよね。しかし、人形にすればその心配はありません。ファシリテーター役のチッチにしても、理路整然としたクリティカルな思考の持ち主ではなく、どこか抜けている。でも、そういうキャラクターだからこそお説教っぽくならず、聞いている方も素直に聞けるのです。

「対話」から生まれる連帯感が共生社会につながっていく

――番組では、「Thinking Deeply(一つのことを深く考えること)」を前提に、Qくんとチッチが「なんで勉強しなきゃいけないの?」「ふつうってどういうこと?」といった「本日のぎもん」について、「なんで?」「ほかの考えは?」「立場をかえたら?」といった「Qワード」を使って答えを探っていきます。他にも友だちのポッくんやルルちゃんが加わってみんなで話し合う回もあります。こうした対話にはどんな良さがあるでしょうか。

佐藤 「議論」や「討論」がすでに自分の中にある答えを主張しあうものだとしたら、「対話」はまだお互いに見えていない答えを「なんだろうね」と言い合いながら探していくものです。みんなで一緒に深海に潜っていくようなイメージですよね。そして海の底にある光を見つけてみんなで感動するように、対話で見つけた答えは、みんなで唸りながら考えた結果だから、だいたいみんな納得するんです。さらに、仮に答えが出なかったとしても「Thinking Deeply」の時間をともにすることで連帯感が生まれる。これが対話の良さなのです。

Qくんとチッチ

(C)NHK

Qワード

番組内で提示される「Qワード」を用いながら対話を進めていく (C)NHK

――毎回のテーマや内容はどのように決められているのですか。

佐藤 まずはブレスト会議で、自分が小さい頃に抱いていた、もしくは自分の子どもが今抱えている疑問などを出し合ってテーマを見つけていきます。子どもたちに考える楽しさを知ってもらう番組なので、子どもたちが考えたくなるネタとはどんなものだろうと、そこを中心に探っていくのです。

たとえば、「みんな“ウンコ”で笑う。僕も君も笑っちゃう。でも、毎日トイレで自分のウンコを見てそのときは笑わない。なぜだろう?」というように、子どもが知りたいと思う気持ちに寄り添ってテーマを絞ります。それが決まると、今度は僕が簡単な構成を考えて、脚本の古沢良太さんやディレクター陣と「この疑問だとこういう展開でこういう答えが出てくるよね」と時間をかけて話し合います。そこで話し合ったことを古沢さんがシナリオにするといった流れですね。

――番組のスタッフも対話をしながら番組を作っているわけですね。

佐藤 さっき言った「みんなで一つのことを深く考えていると連帯感が生まれる」というのは、実際に自分たちが番組制作を通して経験したことでもあります。今、世の中は、「ダイバーシティやインクルージョンといった考え方が大切だ、みんなで共生社会をめざそう」という方向に進んでいますが、実際の我々は、外見や服装から「この人とは友達にはなれないな」と判断したりしている。でも、そういった人とでも一つのテーマで対話をしていくと連帯感で結ばれていくのです。この心地よさ、ピースフルな感覚って一体何だろう?と。そういった意味で、共生社会を築く上で対話は非常に大事なものだといえるでしょう。

結論は「今のところの答え」でいい

――子どもたちに対して番組が果たす役割にはどのようなものがあるでしょうか。

佐藤 思考力や対話力を育むことを目的とした番組ですので、子どもたちには「深く考えることのおもしろさ」を知ってもらえたら嬉しいですね。

それと、伝えたいのは「答えは決して一つじゃないんだよ」ということ。答えは一つじゃないし、変わったっていい。なぜなら人間は経験値を得て考えを変えていくものだからです。人は考えることをやめたら進歩が止まってしまうし、考えつづけることで答えも変わっていきますよね。

ダイバーシティやインクルージョンというのは言ってみれば交わりです。大人の社会では首尾一貫していないと許してくれないし、みんなかたくなに自分の主張してきたことを守ろうとするけど、それでは対立軸ばかりできて少しも交わることになりません。だから子どもには「考えが変わってもOKなんだよ。それが当たり前なんだよ」ということを知ってほしいし、それを世の中のスタンダードにしたいと思っています。番組でも最後にQくんが「ぼくの今のところの答え」と言います。この先また答えは変わるかもしれない、それでいいんじゃないの?と言っているわけです。

佐藤正和氏

――『Q~こどものための哲学』はこれまで20本が制作されています。番組に対する視聴者からのフィードバックはありましたか。

佐藤 放映するたびに「親子で話が深まってよかった」とか「子どもの考える力を見くびっていた」といったご感想を電話やメールで頂戴しています。教材に採用してくださっている学校も少なくありません。

先日も岡山県にある小学校を訪ねる機会がありました。その小学校では、黒板に「Qワード」を常に目につくように貼っておいて、6年生のクラスで1年間を通じて「いじめをなくすにはどうすればいいか」「掃除に参加しない子がいるけど、参加してもらうにはどうすればいいか」といったことについて対話を重ねてきたというのです。学芸会でも「子育てって楽しいの?」というテーマの対話劇を上演したそうです。子どもたちが親の立場になって考えてみるといった内容に、観ていた保護者の中には「そこまで考えていてくれたのか」と涙を浮かべた方もいたといいます。

僕が訪問したのは3学期の卒業式前で、そのときは「佐藤さんが来てくれたから」と、「なぜ卒業式をするの?」というテーマで対話をしてくれました。「卒業式というのは次のステージに進むための一つの区切りで、その区切りがあるからこそ、それまでの自分を振り返ることができるし、感謝の念も芽生えてくる、だから卒業式はした方がいい」といった話を聞いていると、この対話の時間そのものが実り豊かな時間なのではないかと思えました。このクラスでは1年間の対話を通じてクラス全体がすごく仲良くなったし、それまで発言が苦手だった子が積極的に発言できるようになったそうです。

番組をインクルーシブな「出会いの場」にしたい

――佐藤さんは他にも、発達障がいなどの困難がある子どもの特性を紹介する『u&i』などの番組を制作されています。

佐藤 『u&i』は多様性への理解を深めるための番組をということで企画しました。こちらも子どもと妖精の対話劇で、困難のある友だちの“ココロの声”に耳を傾けながら、その悩みや特性を知って、どうしていくのがいいか考える力を身につけていくといった内容となっています。

去年はNHKが発達障がいキャンペーンをやったこともあって、この『u&i』のスピンオフ番組として『ふつうってなんだろう?』という2分間のアニメシリーズも制作しました。世の中には識字障がいや学習障がい、感覚過敏、自閉症などいろいろな発達障がいの方がいる。その当事者自身を投影したアバターが、その症状を説明していくという番組です。実は最初は当事者の方へのインタビュー映像による構成を考えていたのですが、カメラがあると構えてしまってどうしても本当の気持ちが出てこない。そこでアニメという手法をとってみました。

驚いたのは、インタビューのときは取材する側と取材される側だったお互いの関係性が変わっていったことです。アニメ作家さんが描くアバターを通して、当事者が自分の気持ちを表現していく。すると、最初はあった障がい者と健常者の壁みたいなものがなくなって、このアバターにどういうことを言わせたら世の中の人に伝わるだろうかということをともに考える「仲間」になったのです。対話と同じで、こういったプロセスが生む連帯感もまた共生社会の大切な要素ではないでしょうか。

『ふつうってなんだろう?』の一場面

『ふつうってなんだろう?』の一場面 (C)NHK

――お聞きしていると共生社会が一つの大きなテーマとなっていることが伝わってきます。今後はどのような番組を作っていきたいとお考えになっていますか。

佐藤 今後やりたいことがあるとすれば「場」をつくることです。たとえば健常者と障がい者が共生していくには、まずお互いが出会える「場」がなければいけない。世の中はテクノロジーがどんどん発展して世界中の人とつながることができるようにはなっているけれど、結果を見てみると、似たような考えの人たちだけでかたまっているパーソナルなコミュニティーになってしまっている。それではいつまでたっても共生社会はできません。

じゃあどうすればいいかと考えたとき、NHKという公共メディアだからこそできることがあるはずなのです。それが僕にとっては「出会いの場」をつくることで、これがしばらくは教育番組制作者としての自分のテーマになっていきそうです。

佐藤正和氏

――佐藤さんは去年から〈NHK〉2020応援ソングプロジェクト『パプリカ』も担当されていますね。

佐藤 おかげさまで5人の子どもユニットFoorinが歌う『パプリカ』は子どもはもちろん20代以上の大人の間でも話題になっています。そこで今やろうとしているのが、Foorinと同世代の障がいのある子どもたちが『パプリカ』を一緒に演奏する「パプリカこどもバンド」です。Foorinのメンバー一人一人が耳の聞こえない子やダウン症の子、視覚障がいの子たちと組んで『パプリカ』を合奏するのです。耳の聞こえない子は手話で『パプリカ』を表現する。ダウン症の子はただひたすらパッションで踊る。それをFoorinの子たちが見たときにどう感じるのか。そこから生まれるものを見たいのです。

また、障がい者の方々は、別の障がいを持つ方とはほとんど接点がないといいます。「パプリカこどもバンド」ではさまざまな障がいを持つ子どもたちがごちゃまぜになっています。大人同士ではなかなか打ち解けることができないけれど、子どもの場合は「場」さえ用意してあげればすぐに仲良くなれるはずです。そういう経験を子どものうちに積んでいれば、大人になったときにその子の人生も少し違うものになるのではないでしょうか。「共生社会」への試みの一つとして、子どもたちが夢を持って生きていけるように、まずは「パプリカこどもバンド」が表現する『パプリカ』を世の中に投げかけてみたいですね。

TEXT:中野渡淳一

佐藤正和(さとう・まさかず)

日本放送協会 制作局〈第1制作ユニット〉教育・次世代チーフ・プロデューサー。 1975年、東京都生まれ。中央大学法学部卒業後、1996年NHK入局。「NHKのど自慢」「バラエティー生活笑百科」「爆笑!オンエアバトル」等の制作に従事したのち、教育番組の企画・制作スタッフとして、「ピタゴラスイッチ」「シャキーン!」「デザインあ」「ノージーのひらめき工房」「Q~こどものための哲学」「u&i」「ふつうってなんだろう?」〈NHK〉2020応援ソングプロジェクト「パプリカ」等を担当する。グッドデザイン大賞、ADC賞、プリジュネス賞、ピーボディー賞、アメリカフィルムフェスティバル金賞など国内外で受賞多数。