84歳のアプリ開発者・若宮正子が語る、楽しく豊かな「100年人生」

定年まで勤め上げた銀行を退職したことを機にパソコンを購入し、60歳を超えてから、さまざまなスキルを独自に習得していった若宮正子氏。1999年にはシニア世代のためのサイト「メロウ倶楽部」の創設にも参画し、現在もテクノロジーと高齢者との架け橋となるような活動を続けている。

そして2017年、81歳でスマートフォンのゲームアプリ『hinadan』を開発すると、米アップル社による「WWDC 2017」(新製品の発表やCEOらによる基調講演など、最新技術のプレゼンテーションが行われるイベント。世界中の技術者たちの情報交換の場となっている)に特別招待されるなど、その活動は全世界に知られることとなった。80歳を超えてからのプログラミング知識の習得という事実には恐れ入るばかりだが、その後のアグレッシブな行動力と、好奇心に蓋をしないポジティブな生き方に、シニアのみならず世界中の人々が感銘を受けている。84歳の今もなお、テクノロジーと社会とを結ぶさまざまな活動を続ける同氏の、その原動力の秘密に迫る。

「年齢は単なる数字だとしか思っていません」

──若宮さんが本格的にパソコンを使い始めたのは60歳になってからだとお聞きしました。どんなところに興味を惹かれて、もっと学びたいと思うようになったのでしょうか。

若宮 「学びたい」というよりも、「高価なおもちゃで遊ぶ」という感覚でした。パソコンを手に入れたのは正確には58歳のとき。当時はまだ現役で仕事に就いていたのですが、定年退職が近づいてきて、退職金ももらえるだろうからということで、じゃあパソコンを買っちゃおうと、勢いで買ってしまいました。私は新しいことにチャレンジするとき、年齢のことはあまり考えないんです。もし何かを始めてそれがうまくいかなかったとしても、それは年齢のせいではない、自分にはその才能がなかっただけのことだと思います。今は、年齢は単なる数字だとしか思っていません。

パソコンに興味を惹かれたのは、あの箱の中にどれくらいのおもちゃが入っているんだろうと、すごくわくわくしたからです。パソコンを買うということは、おもちゃをひとつ買うのではなくて、その中の何百、何千というおもちゃを手にいれるということですし、その可能性を想像したら安いものだと思いました。当時はコンピューターも今よりずっと高価でしたけれど。

私はまだインターネットが一般家庭に普及する前の、パソコン通信の時代から「エフメロウ」(後の「メロウ倶楽部」)というシニアコミュニティに参加していて、そこでたくさんのおじいさまやおばあさまに、いろいろ教えていただきました。その後は、そこで私自身が同年代の人たちに教えたりするようになって、現在も「メロウ倶楽部」での活動は続けています。

若宮正子氏

──若宮さんは81歳のときに、『hinadan』という、スマートフォン用のゲームアプリを開発されました。そのきっかけを教えてください。

若宮 高齢者同士でもスマートフォンのことが話題に上るようになって、話を聞いていくとやはり「年寄りにスマホは使いづらいし、何が面白いのか分からない」っていう話になります。それなら高齢者が楽しめるゲームをつくったらいいんだと、若い知人に「ねえ、面白いアプリをつくってよ」と相談したんです。ところが、その人には「僕らはお年寄りがどんなものを面白いと感じるのか分かりません。若宮さんが自分でつくればいいんじゃないですか」と言われてしまって(笑)。

それで自分でつくり始めることになったわけですが、もちろんプログラミングの知識なんてまるで持ち合わせていなくて。「数学の知識が必要なんじゃないか」という人もいたのですが、実際にやってみて思ったのは、算数ができればなんとかなるということでした。もちろんもっと複雑なプログラミングには、数学や理系の知識が必要になってくるかもしれないですが、私が『hinadan』をつくったときに感じたのは、そうした理系的なスキルではなくて、「物事を順序立てて考える」という思考のほうが重要だということでした。

ダイバーシティに「年齢」の概念を加えた『hinadan』

──とは言え、プログラミングの知識がゼロの状態からアプリの開発をやり遂げるというのは大変なことだったと思うのですが。

若宮 私にプログラミングを教えてくれた先生が宮城県の塩釜に住んでいらして、私は神奈川県の藤沢市に住んでいるので、行き来するのは大変なんです。それで、インターネット電話ツールでやりとりしたり、インスタントメッセージサービスでファイルを共有したりしながら教えていただいたんですけど、とにかく唖然、呆然、びっくりの連続だったようです(笑)。

ゲームとしては、お雛様が12人いて、それを並べる場所が12個あって、その中で、例えばお内裏様をタッチしたら、次はそのお内裏様を置くべき場所をタッチして、それが正解ならポンッという音が鳴って色が変わる──という一連の流れがありますよね。そこまでのプログラミングを1人分つくったあと、私は、残りの11人に対してもそれをコピペしてプログラムとして書き込めばいいと考えたんです。ファイル名を「女雛」とか「官女1」「官女2」とかに書き換えていって。それを見た先生は「なんじゃこれは」と思ったんじゃないですかね(笑)。それでも先生は、「若宮さんはプログラミングの勉強をしたいわけではなくて、このアプリでお雛様がちゃんと動けばいいんですよね?」とおっしゃって、「お雛様が思い通りに動けばいいんだから、このままでいきましょう」って言ってくださったのです。

iPhoneアプリ『hinadan』ゲーム画面

iPhoneアプリ『hinadan』

──その素晴らしいアドバイスのおかげで、『hinadan』は見事完成したんですね。

若宮 カッコ悪くても動けばいいんです。でもアプリをリリースする前に審査があるので、もしかしたら「プログラムの体をなしてない」と言われて却下されてしまうかも、という懸念もありました。でもそのときも、「桃の節句は毎年やってくるものだし、今年だめでもまた来年出せばいいよね」と、そのまま出して。そしたら無事にパスして、リリースすることができました。

──その後は「81歳の高齢者がアプリ開発をした」というニュースが世界中に広まっていき、アップル社CEOとの会談も大きな話題となりました。

若宮 自分がそんなニュースになるとも思っていなかったですし、極めて幼稚なアプリだと自分では思っていたので、まさかアップル社主催のWWDCに呼ばれて、CEOのティム・クックさんとお話することになるとは思ってもいませんでした。「Nice to meet you」なんて挨拶だけで終わるのかなと思っていたのですが、短い時間の中でも、シニアがスマホを使う際の意見を求められたり、有意義な時間でした。

シニア目線でのスマホのユーザビリティや、『hinadan』の画面のフォントサイズの話から画面サイズの話など、極めて初歩的な話ではありましたが、そのときのシリコンバレーにはまだ高齢者目線での発想がなかったのだと思います。ダイバーシティなんていう言葉も最近は普通に耳にするようになりましたが、国籍や性別など、人間の多様性を積極的に受け入れていこうという社会の中でも、シニアだとか若者だとか「年齢」という概念は、まだダイバーシティの土俵で語られていなかったんですよね。

──そこに『hinadan』が一石を投じて、シニアがテクノロジーとどう親しんでいくかというところに目が向けられるようになったということですよね?

若宮 そう思っています。結果的にですが、シニアとテクノロジーという課題に世界が目を向けるきっかけになったと思います。『hinadan』は、ただ高齢者が遊びやすいというだけでなく、子どもや孫、みんなで楽しむことでコミュニケーションが生まれるものであるということもイメージしてつくっていました。スマホの操作は、もちろん若い人のほうが得意だし速いのですが、『hinadan』は、お雛様を正しい位置に並べるという、伝統的な知識が必要なゲームなので、どちらかと言えば高齢者のほうが有利なんですよね(笑)。実際、リリース後には「祖母が私のスマホを取り上げて楽しんでいます」とか「娘と孫と3人で楽しみました」という声をいただきました。

若宮正子氏

「年寄りが若者を助ける社会」を実現させる

──それを契機に、若宮さんの活動はどのように広がっていったのでしょうか?

若宮 アプリ開発以外のところで、シニアがパソコンやテクノロジーに親しむための架け橋になるような活動をしてきました。そのひとつに「エクセルアート」があります。実は今、私が着ているこのシャツの柄も、表計算ソフトを使って自分でつくった柄なんです。

表計算ソフトは、ビジネスなどでパソコンを使いこなす上では必須ですが、高齢者には何の役にも立たないし、面白くもないと思われがちですよね。でも使いこなせたらすごく便利です。じゃあ慣れ親しむために、という理由で「エクセルアート」を始めて、皆さんにも教えるようになりました。そこでつくった柄を印刷してうちわにしたり、私のこのシャツのように生地に印刷して世界でたった1枚の自分だけの洋服をつくったりすることもできます。

高齢の女性には編み物や手芸が好きだという方も多いので、その延長線上にテクノロジーがあると考えてもらうと、意外と親しみやすいはずです。自分が好きなもの、こんなものがあったらいいなという思いを、テクノロジーが実現してくれる時代ですから。自分のやりたいことを実現させるためのツールだと思ってもらえたらいいと思うのです。

若宮正子氏

エクセルアート

「エクセルアート」で描かれた模様を印刷したうちわ

──これは高齢者に限ったことではないかもしれませんが、年を重ねれば重ねるほど、第一歩を踏み出しづらくなります。どうすれば若宮さんのように、ポジティブに新しいことを始められるようになりますか?

若宮 やはり「好奇心」を大事にすることだと思います。小さい頃は誰しも好奇心の塊ですが、大人になるにつれ失われていってしまいます。でも、年齢なんて気にしなくていいと思うんですよね。私はこの前、エストニアに旅行に行ったのですが、一緒に旅をした相棒は、なんと10歳のお嬢ちゃん。将来のアントレプレナーを目指していて、旅費もクラウドファンディングで調達したという行動力のある女の子です。

彼女と二人で話していたのは、これからの時代、年齢が違う者同士がフラットな関係性で話し合うことが重要だということです。結局、男か女かとか、世代の違いなんてことは関係なくて、志を同じくする者同士が一番仲良くできるんじゃないかと思いました。先ほど年齢は単なる数字と言いましたが、彼女のブログにも同じことが書いてありました。「若宮さんは84歳ですけど、対等な友達です」って。

もちろん年齢が違えば体力も違うし、まるっきり同じというわけにはいきません。でも、それ以外のところではもっとフラットな関係性が築けるはずなのに、高齢者のほうが自分で勝手に「年寄り」っていうレッテルを貼ってしまっているのです。もうこれは剥がしちゃいけないって思い込んでいるみたいに。でもそこから自由になってもいい。それこそ、年寄りの持っている経験値が若者のフレキシブルな考え方にプラスされて、より良い社会の実現に貢献できたら、「年寄りは社会のお荷物」なんていう自虐的な考え方もなくなるはずです。「年寄りが若者を助ける社会」になるように、「ジジババ・パワー」をどう炸裂させるか。それがこれからの課題だと思います。

「人工知能」も、まだまだ育ち盛りの子ども

──「人生100年時代」にあって、テクノロジー、AIの存在は必要不可欠です。高齢者はどのようにそれらと向き合っていけばよいでしょうか。

若宮 少子高齢化の時代ですから、要介護の状態になったとしても、全ての人がお子さんやヘルパーさんに介護してもらえるわけではなく、極力テクノロジーに頼らざるを得ない時代になりました。ですから、早くからテクノロジーやAIとお友達になりましょう。ロボットは嫌味も言いませんし、何かをお願いするとしても気兼ねはいりません。

私も自宅にAIスピーカーを導入していますが、「エアコンを23度にして」ってお願いして、でも寒くなってきたから「やっぱり27度にして」っていうと、AIは「はい、27度にします」って、何の文句も言わずにやってくれます。これが息子や娘が相手だったら「だから最初から27度にすればよかったのに」とか、「何度も呼ばないで」とか、嫌味のひとつも言われてしまうでしょう?(笑)。逆にAIは学習能力が進化して、「この人は今23度って言ったけれど、すぐ寒くなって27度にするから、とりあえず25度くらいで様子を見よう」なんて、はじめから最適温度を提案してくれるようになるかもしれません。

このところデイサービスなどでロボットを導入して、高齢者に触れ合ってもらったりするところも増えてきていますよね。ロボットは「こんにちは、花子さん」とか、自分が呼んでほしい名前で迎えてくれます。これも、初めて会うヘルパーさんなんかには、なかなかお願いしづらいことだったりします。ある男性の方は、ロボットに「社長」って呼んでもらって喜んでいました。後で奥様にお聞きしたら「実はうちの人は副社長までで定年を迎えたんです」っておっしゃっていて。ちょっと切ないけど、いい話だなあと思いました。

若宮正子氏

──IoTデバイスが普及していくことによって、テクノロジーは医療を変えるとも言われています。若宮さんが、ヘルスケアの分野でテクノロジーに期待するのはどのようなことですか?

若宮 例えば、「街に専門医がいないから、やむを得ず遠隔医療に頼る」のではなく、「最高度の技術を用いて検査し、地元にはおられない名医に診てもらう機会を得る」のが遠隔医療の在り方だと思います。遠隔医療によって居住地に関わらず誰もが最適な医療を受けられる社会は実現に近づきますが、そのサービスを受けるためにはどうしても「情報力」が必要です。こればかりは、人間が備えておくべき力なのだと思います。

高齢によって体が不自由になったり、視力・聴力が低下してもテクノロジーが助けてくれます。それによって、もっと高度な社会参加が可能になります。けれどそのためには、「情報の力」が必要です。そして「人間力」。これからはAIと二人三脚の時代。その二人三脚で転ばないようにするためには、相手をよく知ることです。相棒に対して自分がどう合わせていくか、それを考えるのは人間です。その「人間力」を持つことで初めて良いチームになるのでしょう。子どもたちにもよく伝えていることなんですが、「人工知能だって、まだまだ子どもなんだ」と。まさに今、育ち盛りの子どもなんですよ。

TEXT: 杉浦美恵

若宮正子(わかみや・まさこ)

1935年東京都生まれ。高校卒業後、銀行に勤務。58歳からパソコンを独学で習得し、2016年からiPhoneアプリの開発を始める。2017年にゲームアプリ『hinadan』を公開すると、米アップル社の世界開発者会議に特別招待され、CEOから最高齢プログラマーとして紹介され一躍注目を集める。「人生100年時代構想会議」に選出。著書に『独学のススメ 頑張らない!「定年後」の学び方10か条』(中央公論新社)など、『老いてこそ デジタルを』(一万年堂)が2019年11月に刊行予定。