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欧州やアメリカからアジアの国々まで、高齢化は既に世界的に進んでおり、高齢社会で起こるさまざまな課題を解決するためにはイノベーション創出が不可欠である。そんな中、2007年に高齢化率21%を超え、いち早く「超高齢社会」を迎えた日本。「課題先進国」として世界各国から注目を集める日本は、グローバルで通用するイノベーションを起こすことができるのか。その鍵はテクノロジーとデザインシンキングによる徹底的なユーザーニーズの把握にあると語るのは、日本次世代型先進高齢社会研究機構(Aging Japan)代表の阿久津靖子氏だ。長年ヘルスケア業界で製品開発やサービスのデザインコンサルに携わってきた同氏に、医療や介護における世界のトレンドとヘルスケアの未来について聞いた。

超高齢社会を正しく捉えるマインドセットとは

――日本は超高齢社会を迎え、2025年には人口の3人に1人が65歳以上の高齢者となります。それにともないヘルスケアの領域においてもさまざまな課題が浮き彫りとなりつつあります。日本社会が取り組むべき最優先の課題は何であると思われますか。

阿久津 高齢化やヘルスケアの課題というと、まず頭に浮かぶのは医療・介護の課題です。これまで国もそれに対応してさまざまな制度を整えてきました。その結果、日本は医療保険だけではなく介護保険も完備されているという世界でも珍しい恵まれた制度を持つ国になりました。とはいえ欠けている視点がないわけではありません。

日本人はこれまで医療や介護を国の制度に依存する一方で、「実際に自身が高齢となってからどう生きていくか」ということに関して深く考えてはきませんでしたし、国家として超高齢社会に対する明確なグランドデザインがないまま今日に至ってしまいました。たとえば、定年退職後にどういう生活を送るか。近頃目立つのが男性の「おひとりさま」です。私はよく、昼間のスーパーマーケットで、高齢の男性がひとりでお弁当を買っているのを目にします。奥さんが仲間と楽しくランチを楽しんでいる時間に、旦那さんは孤独にお弁当を食べているのです。これは、はたして幸せな老後と言えるでしょうか。

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振り返ると、日本人は戦後の高度成長に支えられて何も考えぬまま超高齢社会を迎えてしまった。国は「人生100年時代」と謳っているけれど、これは要するに100歳まで働けと言われているようなものです。ところが、多くの国民はまだそこまで正しく理解をしていません。ですから、まずは人々のマインドセットを変えていくことから始めるべきで、そこから医療や介護などの具体的な問題を考えていくことが大切だと思います。

――今後必要となるマインドセットとは、具体的にどんなことを指すのでしょうか。

阿久津 ひとりひとりが人生の最後まで元気に暮らすためには何が必要なのか、自分事として考えることです。たとえば福祉先進国であるデンマークでは、「リビングラボ」という共創活動が浸透していて、国民ひとりひとりが個人の生き方や国の財政なども含めて自分たちで老後の暮らしをデザインしていこうと考えています。それに比べると日本は医療も介護も「お上に与えてもらうもの」といった受け身の印象を感じます。

この傾向は介護器具の形などにも現れています。日本の介護器具は技術やテクノロジーが優先で、介護する側にとっても、介護される側にとっても「使いたい」と思えるような製品が少ない。被介護者の中には補助具を使えばADL(日常生活動作)を下げずに普通に生活でき、そのことでフレイル(虚弱)予防出来るというデータも出ているのですが、最適な補助具がなくそれが難しいというケースもあります。

よく日本は高齢先進国だから、そこにビジネスチャンスがあるという声を耳にします。では日本の介護機器がグローバルの介護市場で通用するかといえばそこは疑問です。先日もシンガポールで開かれたエキシビションに行ってみたら、補助金で作った日本の介護機器と北欧の機器が並べられているのを見て「これは勝負にならない」と痛感しました。ひとことで言うと、日本のプロダクトには現場のニーズを徹底的に考える「デザインシンキング」が不足しています。同様に日本の介護保険は優れてはいますが世界的には特殊なシステムなので、そこから得たノウハウを海外にそのまま持っていっても通用しません。世界に出るなら、その国のニーズを詳細に調べない限り、残念な結果に終わってしまうのではないでしょうか。

ヘルスケア領域における「デザイン」の意味と真のユーザーニーズ

――阿久津さんは2012年にMTヘルスケアデザイン研究所を設立され、デザインを軸に日本のヘルスケアイノベーションに携わってこられました。ヘルスケア業界に参入された理由や動機をお聞かせください。

阿久津 私は大学院を卒業後、インダストリーデザイン事務所に就職して、製品を世に出す前に世の中のトレンドの調査をする仕事をしていました。その後、子育てを経て、子ども向けの家具や日本初のオーダーメイド枕などの寝具の商品開発に取り組みました。それを通して気付いたのは、寝具を売るということはベッドや枕などの「プロダクト」を売るのではなく、睡眠や健康を促進するという「サービス」を売るということであり、そこにはユーザー目線に立ったデザイン思考が必要だということでした。これをきっかけにMTヘルスケアデザイン研究所を設立し、事業としてヘルスケアに関するプロダクトの開発やデザイン、コンサルタントを始めたといった次第です。

――MTヘルスケアデザイン研究所ではどんな製品をデザインされているのでしょう。

阿久津 直近の事例だと、オフィス家具メーカー(タカノ株式会社)からのご依頼で内視鏡の検査台(ベッド)のデザインをさせていただきました。医療業界でプロダクトというと、まず機能ありきで、デザイナーは最後に「見た目をどうにかして」とだけ依頼されることが多いのですが、デザインシンキングで言うデザインとは製品開発の最初の段階からデザイナーが参加することを意味します。ですので、この検査台でもリサーチから開発までの2年間をご一緒させていただきました。

デザインにあたって第一に考えたのはユーザビリティでした。ここで言う「ユーザー」はもちろんドクターだけでなく、ナースや患者さんなど、すべてのステークホルダーです。誰にとっても使いやすいかを考える必要があるわけですが、ヘルスケアのプロダクトというのはステークホルダーが多く、全体のバランスを取るのが難しいんです。ヒューマンセンタード・デザインを基本としつつ、患者目線だけではなく、幅広くニーズを集めた上で最大公約数的な答えを見つけなければなりません。

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タカノ株式会社製の汎用診療・処置台「コンバーES」

そうやってユーザー側のリサーチを重ね、最終的に完成したのがチルト式のコンパクトなベッドでした。高齢者の方でも使いやすいように高さは低めに、検査後の移動の際にナースがひとりでも患者さんを運びやすくするため、椅子のように上半身を立てられるものにしました。2018年11月の発表から話題となって、先日も内視鏡の専門医の先生からお褒めの言葉をいただきました。

――デザインシンキングでは、ニーズを探ることが重要なのですね。

阿久津 そうです。ただ残念なことに日本人はこのニーズの探索を不得手としているように感じます。スタンフォード大学のバイオデザインプログラムなどはとてもよくできていて、客観的に事実だけをエスノグラフィー的にどんどん並べていき、正確にニーズを読み取っている。そこから、こんなニーズを持った人が何%いて、そこをターゲットにするとどんな競合相手がいて、解決策が通用しなかった場合はどうするか、というところまで追求して製品のコンセプトを作っている。これが彼らの言うデザインシンキングなのです。

それに対して日本は、デザインよりもテクノロジーを重要視し、製品のスペックを上げることで課題解決できるという考え方をしてきたためか、なかなかデザインシンキングという発想に結びつかない。今からでも遅くはないので、日本人ももっとエスノグラフィー的な観察眼を持つべきだと思います。

――会社の事業とは別に、2017年にNPO法人のAging Japan(日本次世代型先進高齢社会研究機構)を設立されました。Aging Japanの事業や活動内容を教えてください。

阿久津 Aging Japanでは、サンフランシスコに本部を置くAging2.0という世界組織のコンシェルジュ的な活動をしています。Aging2.0は世界で進む高齢化を新しいチャレンジができる市場とみなし、イノベーションを加速させる活動をしています。Aging Japanはその日本の窓口であると同時に高齢社会の課題解決のプラットフォームであり、海外や高齢先進国である日本の情報を発信しています。活動も3年目に入りましたので、そろそろ日本独自の活動というか、ヘルスケアやアクティブシニアのプラットフォームを作りたいと考えているところです。

人生を最後まで穏やかに過ごすためのヘルスケアイノベーション

――さまざまな課題があるなかでヘルスケアの領域でもイノベーションが必要だと言われています。阿久津さんが考えるヘルスケアイノベーションについてお話しください。

阿久津 私が考える理想のヘルスケアの形は、人がいつまでも自身の身体や精神の不調を感じることなく「普通に暮らせる」こと。つまり人が可能な限り自立して生活ができるということですが、視力の悪い人がメガネをかけるように、身体が不自由な方がパワードスーツを利用する、というレベルで道具が民主化すれば、被介護者の自立は飛躍的に促されるでしょう。不足した身体の機能を補うことがテクノロジーの役割であり、当たり前に使いたくなる形にすること(=民主化)がデザインの役割だと考えています。

そして今後、国の施策もあって医療は病院の中だけでなく生活の中に入ってくると予想されます。そうなると、最後は在宅のまま亡くなる方が増えてくる。死生観のような話になってしまうのですが、やはりどんな生活をして、どういうふうに暮らし、どうやって死んでいきたいのか、そこを考えることがヘルスケアイノベーションにつながっていくのではないでしょうか。テクノロジーとデザインによって人それぞれの「よく生きる」を実現していくことが求められていくのだと思います。

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――阿久津さんが描く未来のヘルスケアとはどんなものでしょう。

阿久津 私の好きな言葉に寺山修司の「ぼくは不完全な死体として生まれ何十年かゝって完全な死体となるのである」(寺山修司「懐かしのわが家」『朝日新聞』1982年9月1日)という言葉があります。人生とは生まれてから亡くなるまでのプロセスです。それを踏まえて描く未来のヘルスケアとは、先にも述べたようにやはり人生を最後まで平和に、穏やかに暮らして送ることではないでしょうか。そのためのデザインであり、イノベーションだと思うのです。

世界の流れを見ていると、シリコンバレーではテクノロジーの力で不老不死を目指している人たちがいます。それもまた素晴らしいイノベーションですが、日本を含むアジアの国々にはそれとは別の東洋思想的なヘルスケアの考え方があると考えています。実際、マレーシアやインドネシアといったASEANの国々は超高齢社会の先進国である日本を注視しています。個人主義の欧米では高齢化社会になってもひとりで暮らせるようなサポート体制が整っている。それに対してアジアの国々は伝統的に家族主義で家族が高齢者をサポートしてきました。日本はちょうどその中間に位置しています。

今、特に問題となっているのが都市部への人口集中と高齢者の孤独で、アジアの国々でも同様の問題が起き始めています。そのため西洋的な個人主義に強く影響されていないアジアの人たちは日本がどう対処していくのかを興味深く見ています。超高齢社会において必要なマインドセットとはどのようなもので、そのためにどういったサポートをしていけるか。デザインシンキングでその答えを見出せたらと願っています。

TEXT:中野渡淳一

>>後編はこちら【2020年代の超高齢社会【後編】AIとケアプランをつくる!介護現場にこそテクノロジーを】

阿久津靖子(あくつ・やすこ)

Aging Japan(日本次世代型先進高齢社会研究機構)代表理事。株式会社MTヘルスケアデザイン研究所代表取締役。日本睡眠改善協議会睡眠改善インストラクター。
津田塾大学学芸学部国際関係学科卒業。1982年、筑波大学大学院理科系修士環境科学研究科で地域計画を学ぶ。同大学院修了後、GKインダストリアルデザイン研究所入社。プロダクト製品開発のためコンセプトランニング・博覧会コンセプトプランニングや街づくり基本計画に携わる。その後、会社数社にて商品企画開発(MD)および研究、店舗の立ち上げ、マネジメントを行い、2012年、ヘルスケアに特化したデザインリサーチファームとして株式会社MTヘルスケアデザイン研究所を創業。2017年、Aging Innovation 創出においてDesign thinking の重要性を痛感し、Aging Japan(日本次世代型先進高齢社会研究機構)を設立する