2020年代の超高齢社会【後編】AIとケアプランをつくる!介護現場にこそテクノロジーを

いま日本の介護・福祉の現場には、人手不足やITリテラシーの不足などさまざまな課題が山積している。そんな中にあって、いち早くテクノロジーを導入し現場の効率化を図ってきたのが「特定非営利活動法人あらた」とイデアルファーロ株式会社だ。

30年前、地元・山形県酒田市で、どの様な人でも暮らしやすいまちづくりを目的にボランティアサークルからスタートした「あらた」。以降、NPO法、介護保険法や障がい者総合支援法など、国の制度の変化に伴い活動を広げ、2019年3月にイデアルファーロ株式会社の設立に至った。介護現場の効率化と更なるサービスの拡充を目指すべく、日本IBMが開発を支援した同社の「障がい者向けケアプラン作成支援ツール」とその効果、そして超高齢社会に突入していく日本の介護の現場の取り組みについて、同社の代表取締役会長を務める齋藤綠氏と、同じく代表取締役社長である齋藤和哉氏に話を聞いた。

「人が人らしく暮らすために」、家庭的な介護の場をつくる

――特定非営利活動法人あらたおよびイデアルファーロ株式会社は現在、酒田市でグループホームや高齢者向け住宅、介護福祉士実務者養成学校、訪問看護ステーション、レストラン、福祉用品事業所など、福祉に関わるさまざまな事業を展開されています。事業を始められた経緯についてお聞かせください。

齋藤 綠 32年前、「赤ちゃんからお年寄りまで、障がいのある方もない方も共に胸襟を開いてふれあうまちづくり」というミッションを掲げて「ボランティアサークルあらた(現・特定非営利活動法人あらた)」を結成したのが今日の活動の始まりでした。最初に取り組んだのは障がい者向けの福祉マップで、車椅子の方々が外出先で困らないようにバリアフリーで使えるトイレなどを記載した地図を作成しました。その後、10年ほどはこのようなマップを作りながら障がい者支援の調査や交流事業などを行い、地域のボランティアとして活動を積み重ねていきました。

そうした活動をつづけていく中で気が付いたことが「住まい」の重要性でした。当時は障がい者や高齢者の受け入れを行っていたのは大型施設しかなく、小規模で家庭的な介護を提供する場がありませんでした。そこで1997年に持ち家を改築し、認知症の方のためのグループホームを開設しました。以降、障がい者のグループホームや有料老人ホームなどを次々につくっていくことになります。

――2005年にはイデアルファーロの前身である株式会社未来創造館を設立されました。

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未来創造館(外観)

齋藤 綠 社名となった未来創造館は、フロントサービスやレストラン、月に40回以上開催されるアクティビティ、医療・介護ケアサービスが用意された東北初の移住も目的としたコミュニティー型賃貸マンション(CCRC)です。これは自分たちが老後を迎えたとき、できることなら自分の家で人生を終えたい、という思いから生まれた施設でした。この頃には「あらた」の事業や取り組むべき社会課題が、NPOの枠では収まらないほど広がり、事業を移行する受け皿として会社を設立しました。イデアルファーロと社名変更したのは2019年3月のことです。

人材不足×アナログな現場をテクノロジーで変革

――酒田市のある山形県は高齢化率が全国平均より10~20年先の水準にあるとわれています。ヘルスケアの現場が抱える課題について教えてください。

齋藤 綠 なんといっても人手不足です。この点に関して私たちは2002年から東北公益文科大学と協力して通信講座による人材育成に取り組んでいます。開講当時はヘルパー2級講座からスタートし、現在では厚生労働省の認可を得て介護福祉士実務者養成学校を運営しています。こうした取り組みもあり、私たちの施設はスタッフに恵まれていますが、介護業界全体では多くの施設が職員のなり手が少ないことに悩んでいます。

その理由は人件費が安いからです。介護保険事業は介護保険料が決まっている以上、人件費を他業種なみに上げることができません。しかもその人件費の元となる介護報酬自体が年々下がってきています。これでは人員確保が困難なのは明らかです。ここ数年は介護事業が成り立たずに倒産する会社が年に100件以上ある状況です。私たちも不採算部門の縮小や、中間的な人材を減らすなど努力を続けていますが、厳しい状況に置かれていることに変わりはありません。

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――イデアルファーロではIBM Watson®を用いた障がい者向けケアプラン作成支援ツールを開発されました。このツールをはじめ、テクノロジーを積極的に活用されている理由は何でしょうか。

齋藤 綠 最大の目的はアナログな現場の効率化です。介護業界は他業界に比べてITリテラシーが低いのですが、逆に効率化の余地が多いとも言えます。

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齋藤和哉 まず取り組んだのはチャットツールやグループウェアツールを使った職員同士の情報共有でした。弊社は拠点数が多く、それが情報共有の壁となっていました。そこで全職員が使用できるチャットツールを導入して迅速かつリアルタイムでの情報共有ができるようにしました。介護の現場ではいまだにFAXを連絡手段として使っているのですが、弊社ではそれもPDF化してリアルタイムに共有しています。これによってペーパーレス化が進み、コスト面でのメリットに加え、電話の取り次ぎメモが不要になるなど情報の整理も進みました。

8時間が1時間に! AIを活用しケアプランをつくるツール

――「障がい者向けケアプラン作成支援ツール」とはどんなものなのでしょうか。

齋藤 綠 障がいのある方が行政の福祉サービスを受けるには、まずケアマネジャーによる自立支援計画(ケアプラン)の策定が必要となります。具体的にはケアマネジャーが障がい者ご本人に直接お会いしてヒアリングを行い、本人の要望や状態に合わせたケアプランを作成します。たとえば、重度の身体障がいを負った方がいるとします。その方が生きる目標として、コンサートに行きたいとします。このニーズを引き出すのもケアマネジャーの力量のひとつです。それを目標として定め、実現するために心身のリハビリをして、福祉用具を整えるなどプランを作成します。そのように、ケアマネジャーが本人の希望を聞いて最良の方法を探し出していくのですが、時間と労力がかかるうえ、ケアマネジャーの力量によってプランの内容に差が出てくるといった問題がありました。

しかしこの障がい者向けケアプラン作成支援ツールではAIを活用し、ニーズに合わせて「これがよいのでは」という提案をしてくれる。すると今まで最低でも8時間、ときには数日かかっていたプラン作成が1時間ほどで済むようになりました。私自身、東京から引っ越しされてきた障がい児のお子さんを担当したのですが、1時間の初回面談の間にアセスメントの聴取と計画案ができてしまいました。あとはその場で保護者にサインをいただき、市役所に提出するだけです。初回面談1回ですべての手続きが終了しました。プランの作成に慣れているベテランのケアマネジャーであれば20分ほどで作業を完了することができます。

齋藤和哉 ツールの仕組みとしては、トータル155項目のアセスメントをWatsonの自然言語分類であるWatson Natural Language Classifierに学習させており、ケアマネージャーが自然言語で入力した障がい者ご本人のニーズをもとに支援目標を提案させるクラウド型のシステムとなっています。学習型のAIというのは良質なインプットとデータ量が多くないとすぐには良い成果は出せません。プロジェクトの成功のためには業務現場を熟知している専門家とエンジニアの協力が必要不可欠です。

しかし、両者の文化は大きく違うため、相互理解が困難でした。そこで、両者のつなぎ役を私が担いました。私達はアジャイルで開発を進め、インプットとしてのアセスメントの定義とアウトプットの定義の見直しを進めていきました。最終的にはIBMのエンジニアとケアマネジャーが直接「現場の人間が要求していることはこういうことです」と議論ができるところまで到達しました。

私達はアセスメントを重視し、利用者様の状態をICF(国際生活機能分類)の理念をもとに分類し、Watsonに学習させています。IBMのエンジニアと弊社のケアマネジャーが徹底的に話し合った結果、契約から約2カ月という短期間で納得のいくプロトタイプを完成させることができました。現在は2020年2月の商品化に向けて県内外のケアマネジャーの方々に試用していただいている段階です。限定100名様の事前登録の申し込みを受け付けています。(https://pacchiri.com/
12月4,5,6日の中小企業 新ものづくり・新サービス展に出展するのでそこで実際にお試しいただけます。どうぞお越しください。(https://www.shin-monodukuri-shin-service.jp/)

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齋藤 綠 良質な結果を生み出すコツは「リフレーミング」を繰り返すこと。たとえば、統合失調症の方がいるとして、単に病名だけ入力すると「通所施設に通いましょう」とか「コミュニティーに入りましょう」といったありきたりの提案が返ってきます。しかし「統合失調症だけど自分はこのように生きていきたい」という言い方に直せば、ケアプラン作成支援ツールはより本人の希望に応えた提案をしてくれます。だから、ツールを使う側のケアマネジャーの方々にもリフレーミングを繰り返してほしいとお伝えしています。見方や言い方を少し変えるだけで、自分ひとりでは想定していなかった提案をケアプラン作成支援ツールがしてくれます。はじめての事例で不安なときや、悩んだり迷ったりするような場面でもサポートしてくれる。そういう意味ではケアマネジャーの育成という役割も担っていると言えます。

もうひとつのメリットは、お金のことや病状のことなど、下手に訊くと失礼にあたるようなことでもシステムとして質問できるので、実はこの点は非常に助かっています。

――それまで8時間かかっていた仕事が1時間に短縮というのはイノベーションと呼んでいい効率化です。これからもテクノロジーを活用した効率化を進めていくのでしょうか。

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齋藤 綠 この業界にも効率化のための記録用ソフトウェアなどはありますが、気軽に使えるクラウド型のものはほとんどありません。古いデスクトップのPCを買い換えようとすると、ライセンス料とは別にソフトの再インストールだけでも費用がかかります。私たちはこうした状況を、業界の中から変えたいと考えています。この先もさまざまな人を対象にしたクラウド型サービスを開発していくつもりです。

現場での実証を元に、超高齢社会でテクノロジーが出来ることを探り続ける

――現場の経営者として「超高齢社会」をどうお考えですか。

齋藤 綠 超高齢社会の課題は挙げたらキリがありません。中でもいま現場がぶつかっている大きな課題は、障がい者を専門とするケアマネジャーの不足です。障がい者も65歳になったら介護保険が適用されます。そうなると介護保険のケアマネジャーが障がい者の相談を受けることになるのですが、障がい者のケアプランというのは一般の高齢者に比べると作成に時間がかかるし、きめ細かい知識が必要となります。経験の少ないケアマネジャーが対応するのは困難です。そもそも高齢者が増え忙しくなっていく中で、障がい者の人たちに対応しきれるかどうか。この課題をクリアするには、やはりテクノロジーの力が重要だと思っています。AIを活用すれば介護保険用のツールも開発可能なので、今はそこに取り組んでいるところです。

超高齢社会は避けられない現実ですから、私たち自身、意識を変化させていくことが重要だと感じています。寿命が長くなれば、当然、今までできていたのにできなくなることが増えていきます。それを恥ずかしいとは思わずに、みんなで共有できるようなバリアフリーな社会を作っていくことが大切です。テクノロジーに何ができるか。現場での実証をもとに、社会全体で誰もが使えるような支援システムを提供していきたいですね。

TEXT:中野渡淳一

>>前編はこちら【2020年代の超高齢社会【前編】デザインシンキングがヘルスケアを変える】

齋藤 綠(さいとう・みどり)

1953年生まれ。イデアルファーロ株式会社代表取締役会長。
特定非営利活動法人あらた創設者。1953年生まれ。イデアルファーロ株式会社代表取締役会長。昭和62年、前身となるボランティアサークルあらたの活動を起点に「 赤ちゃんからお年寄りまで障がいのある人もない人も共に胸襟を開いてふれあうまちづくり 」を使命に、民間介護の家たくせいをはじめ、各種介護・障がい福祉サービス・24時間フロントサービス付き賃貸マンション 未来創造館CCRC・サービス付き高齢者向け住宅 新未来創造館・世代交流館あらたなど、地域の多様なニーズに合わせ市民が必要とする事業を展開。主な表彰として、毎日介護賞グランプリ、山新放送愛の鳩賞など受賞。公職として、山形県選挙管理委員、山形県国民保護協議会委員、地方独立行政法人山形県・酒田市病院機構評価委員会委員、山新放送愛の事業団評議員、東北公益文科大学評議員など歴任。新潟大学教育学部卒業後、お茶の水女子大学家政学部児童学科児童臨床研究室、松村康平教授の助手を経て、大学・短期大学・保育専門学校で教鞭を執る。

齋藤和哉(さいとう・かずや)

1988年生まれ。イデアルファーロ株式会社代表取締役社長。
障がい・介護事業分野で社会起業家の母( 齋藤 綠 )からの多大なる影響と、AIやIOTなどテクノロジーの発達が著しい中、社会福祉の分野だけでなく一企業として産業・経済に貢献し、よりユーザーの立場からの開発・社会実装が必須と痛切に感じ、AI企業に舵を切るべく、デジタルトランスフォーメーションを実施。大学の非常勤講師で工学実験講師を務めつつ、株式会社未来創造館に開発事業部を設立。2017年度ものづくり補助金認定事業に取り組み、2018年にはwework丸の内に東京事務所を開設。AIケアプラン作成支援ソフト「パッチリ」を日本IBMと開発。同年、IBM Cloud & AI Conferenceにて変革を実現する企業として紹介された後、2019年「イデアルファーロ株式会社」へ商号変更をし、代表取締役社長に就任。地域福祉は「民間」主導のため、その中心を担う特定非営利活動法人あらたのマネジメントにも最新の民間原理を導入。大学院( バイオ・情報メディア研究科バイオニクス専攻 )修了、メーカーにて再生医療の製品開発に従事した後、今に至る。