大雪、猛暑、豪雨……。 近年、記録的な異常気象による大規模な災害が世界中で相次いで発生している。
こういうニュースを目にすると、私たちはすぐに人間社会が排出するCO2(二酸化炭素)による地球温暖化の影響を懸念する。だがそれは、もともと10万年規模のスパンで繰り返されている地球自体の気候変動のメカニズムも、影響しているらしいのだ。
地球は、氷床(地表部を覆う総面積5万km²以上の氷塊の集合体)が発達する「氷期」と、氷が解けて海水面が上昇する「間氷期」を約10万年周期で繰り返してきた。氷期はゆっくりと進み、間氷期はその後に急激にやって来る。その変化の波形はまるで「のこぎりの刃」のようだ。
東京大学大気海洋研究所の阿部彩子教授は、謎に満ちた氷期と間氷期のサイクルが起きる理由を、コンピューターの数値モデルで見事に解き明かした。同時に、大気中のCO2の増減が、気候変動の振幅を増幅し不安定にすることも明らかにした。
間氷期に入っている現在の地球のCO2濃度は、産業革命以降の人間の活動によって過去に類を見ないほど上昇している。阿部教授は、「過去の間氷期にも解けたことがない南極やグリーンランドの氷床がこれからどう変化するのか、注意して観測する必要がある」と指摘する。
国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次評価報告書は、温暖化が洪水、熱波、農作物被害、疾病などで人間社会や自然生態系に甚大な被害を与えると警告している。この間氷期に発達した人類の文明や地球環境は、この先どうなるのだろうか。同報告書の執筆者の1人である阿部教授に伺った。

ニューヨーク・セントラルパークの巨岩は氷床の置き土産

――地球の気候は、氷期と間氷期を繰り返していますが、氷期の地球はどんな様子だったのでしょうか。

阿部 地球が現在の間氷期に入ったのは約2万年前からで、それ以前は氷期でした。海水準(海水面の平均水準)は今より120mも低く、北米大陸は北極を中心に五大湖やニューヨークあたりまで厚さ3000~4000mの分厚い氷床に覆われていました。ニューヨークのセントラルパークに巨岩が転がっていますが、あれは、川ではなく氷床の力によって運ばれてきて、間氷期になって氷床が後退する時に置き去りにされた岩なのです。
世界各地にあるこの種の置き土産(モレーン)を線でつなぐと、氷床がどこまで張り出していたかが分かります。ユーラシア大陸も北の方は氷床に覆われていました。
間氷期になると、気温の上昇で氷床はどんどん縮小していきますが、南極とグリーンランドには今も氷期の氷床がそのまま残っています。

予想図

図1.2万年前の氷床分布(右)とその前後の氷床体積の時間変化(左上)と氷床体積と日射量との関係(左下)。 日射を無限時間かけて変化させた場合のヒステリシス構造が赤と青の実線で描かれており、実際の日射変化に伴う動きが黒線と点で示されている(動画の1画面)。 
出典:東京大学大気海洋研究所

阿部彩子氏

地球の3つの軌道要素が日射量を決める

――氷期~間氷期サイクルについては、セルビアの地球物理学者ミルティン・ミランコビッチが1920年に唱えた学説がよく知られています。

阿部 ミランコビッチは、①地球の自転軸の傾き、②地球が太陽の周りをまわる公転軌道の離心率、③自転軸がコマのように回る歳差運動、という3つの軌道要素の長周期変動が組み合わさって北半球の日射量が変化し、氷期~間氷期サイクルが生じると考えました。
自転軸の傾きは現在23.5度ですが、4万年周期で±1.5度変わります。公転軌道は10万年周期で楕円(だえん)になったり完全な円に近づいたりします。そして歳差運動は2万年周期で、地球が公転軌道のどの位置にある時にどの季節が来るかを決めています。

1970年代になると、世界中の海底泥の堆積物を採取できるようになりました。海底の泥は静かに堆積しているので、それを分析すると数十万年も過去にさかのぼって氷期~間氷期の変化を高い精度で知ることができます。1976年にはサイクルが10万年周期であり、変化の様子が「のこぎりの刃」状であることが判明しました。
しかし、ミランコビッチが唱えた4万年、10万年、2万年の3つの長周期の中で、なぜ10万年だけが特に顕著に表れるのか、しかも変化が「のこぎりの刃」状である理由はずっと分からないままでした。

阿部彩子氏

数値モデルを決めるのに20年、黒潮を逆流させる失敗も

――そこに先生の数値モデルが2013年に登場し、過去の気候を再現して長年の謎を解明したわけですね。

阿部 そうなのです。約40万年前から現在に至るまで、北米大陸や北ヨーロッパの氷床がいつどこで拡大し縮小したかを、コンピューターの数値実験で定量的に示したのです。数値モデルを作る過程では、3つの軌道要素による日射量の変動に加えて、大気や海流、CO2の量など複雑なデータ調整を繰り返しました。黒潮を逆流させるような失敗を何百回も重ねました(笑)。
過去に作られた多くのシンプルな計算モデルは、現実の観測や分析結果と合わないことが多いのですが、私たちの「大気~氷床~地殻相互作用」の数値モデルは分析データとよく一致します。特に、間氷期になると消える北米大陸や北ヨーロッパの氷床の変動を再現したことは、大きな意義があったと思います。

氷床はいったん広がると、日射を反射して寒い環境を自分で作ってしまうので、気温が上がっても解けにくいのですが、逆にいったん氷床が消えてしまうと、日射や気温を下げても氷床ができ始めるまでに時間がかかります。このように氷床は、気温や日射の変化に対して遅れて反応する性質があります。
氷床が厚さ3000~4000mまで十分に大きくなると、底の地殻は氷の圧力で1000mほど沈んでくぼみができ、水が溜まって池になります。そこに日射が増えると、「しきい値」(反応を起こすために必要な最小のエネルギー量)を超えて、氷床の先端部から一気に解け出して後退します。氷期~間氷期サイクルはこのような要素が重なって10万年に1回、「のこぎりの刃」状で起きていたのです。

図

図2.過去40万年の海水準(氷床体積)の時間変動
出典: 阿部綾子教授(2013年、Natureに掲載された阿部教授の論文より抜粋)

――先生は、「北米大陸の氷床が重要なメカニズムを担っている」と述べておられますが、地球全体の氷期~間氷期の到来に、なぜ北米大陸が重要なのでしょうか。

阿部 北米大陸の氷床が一番大きいからです。氷期の海水準は間氷期より120m低くなりますが、その8割は北米大陸の氷床の影響です。一方、ユーラシア大陸は大きな氷床ができそうに見えますが、実はそうではありません。この大陸は面積が大きいので、冬はものすごく寒いのですが、夏はとても暑い。このため冬に雪が積もっても、夏には全部解けてしまうので、氷床ができにくいのです。反対に北米大陸は夏もユーラシア大陸ほど暑くないので、氷床が拡大しやすいのです。

阿部彩子氏

大気中のCO2濃度は氷期に下がり、間氷期に上がる

――先生の研究では、「大気中のCO2は氷期~間氷期に伴って変化し、サイクルの振幅を増大させるが、10万年周期の主原因ではない」と結論付けておられます。分かりやすく説明していただけますか。

阿部 10万年周期の原因は氷床と気候の変動でかなり説明できますが、さらにそこにCO2の増幅機能が加わっていると考えています。
海水中に溶けているCO2は、寒い氷期には大気中にあまり出てきませんが、温暖な間氷期には盛んに大気中に出てきて濃度が上昇します。これは南極で採取した氷の気泡の分析で分かったことです。例えば飲料水のサイダーに溶けているCO2は、寒いとあまり泡立ちませんが、暑い夏はよく泡立つのと同じ理屈です。
もしCO2濃度が氷期も間氷期も同じ濃度だとすると、数値モデルでは、氷期と間氷期の海水準の振幅は実際の3分の2以下に小さくなってしまいます。しかし、CO2濃度の変動を数値モデルに加えると、実際の振幅を忠実に再現できます。つまり、CO2はサイクルの主原因ではないけれども、振幅を増幅する役割を果たしているわけです。

図

図3.過去40万年のCO2の変動
出典: 阿部綾子教授(2013年、Natureに掲載された阿部教授の論文より抜粋)

南極やグリーランドの氷床の動向がカギを握る

――IPCC第5次評価報告書は、「CO2濃度は過去に類を見ないほど上昇している。気温も1880年以降0.85度上昇しており、1.5度以内に抑える必要がある」と警告しています。先生のご指摘のようにCO2が温暖化の振幅を増幅するとなると、地球は今後どうなるのか心配になります。

阿部 産業革命以前に280ppmだったCO2濃度は、現在400ppmを超えています。これは最近100万年の氷期~間氷期サイクルの変動では説明できず、人間の活動による人為的なものとしか考えられません。人為的に生じたCO2のうち約半分は海洋中に溶け込みますが、それでもなお大気中の濃度がこれほど高まっているのです。
このままCO2濃度が増えると、過去の間氷期では南極大陸やグリーンランドに常に残っていた氷床まで解ける可能性が出てきます。今、科学的な調査をしている最中ですが、南極やグリーンランドは観測に行くのも大変な場所なので観測実績が足りず、まだ断定はできません。

先ほど説明したように、氷床は日射や気温の変化にすぐ反応して解けることはなく、時間の遅れがあります。これが非常に重要なポイントです。
専門家の分析によると、西南極ではすでに「しきい値」に近づいているのではないかと言われています。「しきい値」を超すと、南極の氷床の融解が急速に始まって温暖化が進む恐れがあります。今、南極やグリーンランドで氷床の質量が減少している現象は、反応が始まったばかりのところかもしれず、これからもっと大きな反応に進むかもしれません。
近々出るIPCC第6次評価報告書はそのあたりを記述することになりますが、その内容はもう少し慎重に検討してみたいと思います。

国境を超えて移住することもありうる

――この先温暖化がどんどん進むと、人間社会には具体的にどのような影響が出てくるのでしょうか。

阿部 世界中が熱帯のように暑くなることはありませんが、各地域が温暖化し、暮らしは今とはずいぶん違うものになるでしょう。地球には熱帯から寒帯までいろいろな地域がありますが、それが少しずつずれる感じです。例えば気温が3度上昇すると、緯度では数度の変化に匹敵します。東北や北海道が今の東京ぐらいの暑さになる計算です。そうなるまでに、育てる農作物の種類を変えたり、居住環境を変えたり、場合によっては国境を越えて移住することも起こりうるでしょう。

IPCC第5次報告書は、第2、第3作業部会が、温暖化が地球にもたらす影響やその対応策を検討しています。海面上昇、水資源(水質や量)への影響、陸域・淡水・海洋生物の生息域の変化、農作物への影響、干ばつ、病気、大洪水や台風、山火事などのリスクを指摘しています。
これ以上、深刻な事態にならないよう、再生可能エネルギーの活用によってCO2の排出を抑えることはもちろんですが、新しい環境に適応するために国際的に対策を話し合うことが必要になります。今、そこが難しく、進んでいないのが大きな問題です。

公転軌道の離心率や自転軸の傾きなど天体規模の変化は、実に微々たるものでも地球に与える影響は甚大です。それに比べ、CO2の増加など小さな問題だと思われがちですが、同じことです。
南極やグリーンランドの氷床が解け始めるには、時間の遅れがあるのでつい油断しがちですが、CO2の増加や気温上昇はその後の影響が大きいので、決して油断してはいけないのです。

阿部彩子氏

温暖化の後は、次の氷期が人類を待ち受けている

――人類は2万年前に始まった現在の間氷期に、農業や工業などの文明社会を発達させてきました。温暖化の危機を何とか乗り越えても、何万年か先に訪れる次の氷期で人類の運命がどうなるのか気になります。

阿部 1つ前の間氷期は13~12万年前にあり、それ以降だんだん氷期に入っていきました。人類はその時すでに存在していましたから、氷期を生き抜いたことになります。
ただ、人類の中でも、ホモサピエンスは氷期を何とか乗り越えましたが、ネアンデルタール人は4万年前までは盛んに活動していたのに、3万年前に絶滅してしまいました。つまり氷期を乗り越えられなかったのです。ホモサピエンスとネアンデルタール人には、知恵とか体力とか何らかにおいて違いがあったはずです。

今言われているのは、個人ではなく集団の知恵。ネットワーク作りをして、あっちに行くと食物があるとか、こっちに行くと危ないとか連絡し合う点で、ホモサピエンスの方が優れていたという見方です。私はその分野の専門家ではありませんが、そうなのだろうと思っています。
ですから、今の間氷期が終わって氷期に移行する時も、人類が協力し合えば、乗り越えることができると思います。むろん高緯度の地域に暮らしている人は、氷床がない南に移住するしかありません。

間氷期はふつう2万年で終わりますが、今回の間氷期は今から4~5万年後まで長引くと予測されています。その理由の1つは、CO2濃度が上昇しているために氷期になりにくいこと。もう1つの理由は、今の地球の公転軌道が40万年に1回という離心率が小さい時期にあたっていることです。離心率が小さいと公転軌道が円軌道に近づくために北半球の夏が涼しくならず、間氷期が長引く傾向が生じるのです。実際、40万年前も同じことが起きています。

阿部彩子氏

――先生は数値モデルの開発で2012年に猿橋賞を受賞されましたが、今後はどのような研究テーマに挑戦されるのでしょうか。

阿部 2つあります。氷期~間氷期サイクルが10万年周期になったのは、実は100万年前からで、それ以前は4万年周期でした。100万年前に何が起きたのか、今研究中です。100万年以前は自転軸の4万年周期の方が、10万年周期の離心率より相対的に影響が大きかったと推測できます。これを解明するために南極の最古のアイスコアを掘削しようという機運が研究者の間で高まっています。

もう1つの研究テーマですが、氷期と間氷期の間には数百~数千年スケールの細かな気候変化(亜氷期、亜間氷期と呼ぶ)が起きており、その理由を解明することです。海流が北大西洋で沈み込む海洋循環が関係していると考えています。
こうした研究を通じて、過去の気候変動の再現と地球システムの理解を深めていきたいと考えています。

TEXT:木代泰之

阿部彩子(あべ・あやこ)

東京大学大気海洋研究所 地球表層圏変動研究センター教授
東京生まれ、横浜育ち。1985年、東京大学理学部地学科卒業。スイス連邦工科大学に留学、理学博士取得。1995年、東京大学気候システム研究センター助手、2004年、同助教授。2007年から現職。海洋研究開発機構地球環境変動領域のチームリーダーでもある。2007年、日本気象学会堀内賞受賞。2012年、第32回猿橋賞を受賞。国連IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次、第6次評価報告書の執筆者を務める。
専門:気候システム学、古気候モデリング、氷床力学。