ジェンダー平等に取り組む先駆者たち――本田技術研究所と日本IBMからの提言

日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)主催のイベント「Think Summit 2019」にて、ジェンダー課題に先進的に取り組む企業のリーダーによるパネルディスカッション『Be Equal セッション——ジェンダー平等が作る新しい社会』が行われた。パネリストとして登壇したのは、株式会社本田技術研究所デジタルソリューションセンターの主任研究員で、AIにおけるグローバルでの女性ビジネスパイオニアを表彰する「IBM Women Leaders in AI」を受賞された中川京香氏、2019年5月に発表された日経ウーマン「女性が活躍する会社BEST100」で女性の管理職登用度部門にて第一位となった日本IBMの人事部門をリードするクリスチャン・バリオス(Christian Barrios)氏の2名。モデレーターは、日本IBM のGBSパートナーで、同社のJapan Women’s Councilリーダーである川上結子氏が務めた。

「ダイバーシティー」「インクルージョン」という言葉が一般層にも浸透してきた今、ジェンダー平等に向けてIBMが発行する調査レポート『ジェンダー・インクルージョン施策の効果をめぐる経営上のパラドックス』に沿ってすすめられた議論の模様を紹介する。

ジェンダー平等に取り組む先駆企業とその他の企業における差異

本パネルディスカッションのモデレーター・川上氏はこの日の議論に先立ち、IBMのビジネス・シンクタンクであるIBV(IBM Institute for Business Value)による調査レポート『ジェンダー・インクルージョン施策の効果をめぐる経営上のパラドックス』の骨子を説明した。

「管理職の女性比率を上げることはビジネスに良い影響を及ぼします。さまざまな調査結果がそれを示し、もはや否定する企業はありません。しかし、実態として、日本のみならず海外でも女性の管理職登用は思うように進んでいません。しかしジェンダー平等に取り組む先駆的企業は存在し、すでにメリットを享受しています。まだ取り組みを進めていない企業も、ジェンダー平等を正式なビジネス戦略として掲げ、女性の貢献を男性と同等に評価し、より多くの優秀な女性社員を登用する必要があります」(川上氏)

先駆的企業と、そうではないその他の企業——いったい何が違うのか

IBMの調査レポートでは、その差異を顕著に示す結果も公開されている。それが「先駆者の多くが、全従業員にキャリアアップの機会を平等に与えるべく、女性の昇進に役立つ“4つの行動”を実践している」というこちらのデータだ。

このデータを見たバリオス氏は「どの企業もこの4つの行動を実践すべきだと同意すると思うが、実際には世の中があまり変わっていないのはなぜだろう?」と疑問を示した。その上でバリオス氏は「我々自身が変わらなければならない」と続けた。

「私の受ける印象として、日本のビジネスにはいまだ強いアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)があります。そしてそれは日頃ダイバーシティーをサポートしている方々のなかにも存在している。例えば、男性マネジャーのコーチング研修で、人材マネジメントで抱える課題をシェアしてもらうと『この人は女性だから』なんて回答が当たり前のように返ってくる。悲しいことにそれが今の社会の現状なのです。我々がもっと面と向かってディスラプティブにリードしていかなければ、この悲しい状況は変わりません」(バリオス氏)

この状況を打破するために、企業はどう立ち向かうべきか——バリオス氏は自身の体験も踏まえながら「インクルーシブになる」という気持ちが大切であると話す。

「私は外国人です。しかし自分の故郷で働いたことはありません。ロシア人と結婚しているチリ人の私が、なぜ日本やインドで働いてこられたのか——それは社会にインクルージョンの考え方があったからだと思っています。“インクルージョン”という言葉には、男女間の差異だけでなく、さまざまなダイバーシティー(多様性)が含まれています。自分の働く会社がインクルージョンのない環境だと感じたならば、決して泣き寝入りすることなく、きちんと指摘するべき。言わなければ何も変わりません」(バリオス氏)

IBMレポートでは、女性登用のためのロードマップを策定し、それぞれの段階において先駆者とその他の企業が選択しがちな対応の比較を紹介している。例えば、その他の企業が女性の管理職への登用について「可能な範囲で対応すれば十分」と考えるのに比べ、先駆者たちは、女性の管理職登用を正式なビジネス上の優先事項にし、さらにその実現にむけて当事者としてビジネスリーダーに責任を持たせる。さらに、その他の企業は目標を抽象的で曖昧なままにしがちだが、先駆者は結果を出すために具体的かつ測定可能な目標やマイルストーンを設定しているという。

バリオス氏はこれらのデータを踏まえた上で、「人事に携わる立場から感じるのは、ビジネスリーダーからのコミットメントがとても重要であるということ」とし、「売上追求、競合分析などと同等のパッションを持ち、ダイバーシティーについて議論しなければならない」と結んだ。

本田技研における女性活躍サポートの文化と制度

次に例示されたのは「今とは逆の性別に生まれていたら、経営層に登用されていた可能性はどのくらいあると思うか?」という設問に対する回答結果だ。結果は一目瞭然。男性幹部の大半は「男性であることと成功したことに相関がない」と感じているのに対し、女性幹部の大半は「自分が男性だったら昇進の機会が増えているはず」と回答した。

本田技術研究所の主任研究員である中川京香氏は、自身のキャリアを振り返り、この結果をどう見たのだろうか。

「幸い『女性だから〜』というような経験は、私の場合ほとんどありませんでした。25年ほど前に1人目の子どもを授かった際、どのくらい育児休職を取っていいものかがわからなかったことがありましたが、本田技研ではかねてより“企業文化”としてお互いのサポートは日常のことで、上司や同僚も自然に私に対してインクルージョンしてくれました。復帰後、子供の病気などで突発に休むことも多く発生しましたが、職場も会社も普通のこととして受け止め、仕事の仕方にも留意しバックアップしてくれました。現在の本田技研ではそれらが制度化され、女性活躍に立ちはだかりがちな障壁はどんどん減っています」(中川氏)

中川氏はHondaにおける「人材多様性」の取り組みについても解説した。Hondaでは、2015年1月に多様性推進室を設置し、まずは、日本のHondaの重点課題である女性活躍拡大に着手した。「意識・風土改革」「キャリア形成支援」「制度・環境整備」の3本柱で、「性別にかかわらず、誰もが等しくキャリアを描ける世界」の実現に向けたロードマップを描いているという。

「文化的にも“人間尊重”を当たり前とする企業ですが、先に申し上げた育児に関することなど、制度の充実には遅れをとっていました。多様性推進室設置をきっかけにして、多様性は全従業員に関わることとして、現在は会社の施策としてダイバーシティー推進を強力に進めています。またHondaのトップである八郷隆弘代表取締役社長は、『多様性はHondaの強みであり、生きる道』という力強いメッセージを発信しています」(中川氏)

中川氏は「もともと働き手の絶対数も、長く企業に残る人も少なかった」という「これまでの女性と日本企業の関係性」を踏まえた上で、「これから5年、10年とかけていけば、女性の管理職登用もさらに増えていくのではないか」と述べ、このトピックを以下のように結んだ。

「(ジェンダー平等について)理解している方もいれば、理解していない方もいる。だから企業のなかで風土や文化を醸成するのは、制度の設計や整備より難しい。そこには多大な時間を要すると思います」(中川氏)

ビジネスリーダーに投げかける提言と女性たちへのエール

パネルディスカッションも終盤に差し掛かり、バリオス氏と中川氏の両名は「日本のビジネスリーダーに対するメッセージ」を送った。

バリオス氏は“3つ”の論点に分類し、次のようにメッセージを送る。

「1つ目は、トップによるコミットメントが必要不可欠であること。言葉だけではなく“本当の意味”でのコミットメントが必要で、それがなければ進歩はありません。2つ目は、きちんとしたプロセスを組織のなかに埋め込まなければならないということ。ダイバーシティーのカルチャーがないのであれば、まずはプロセス——“形”から入ることで、カルチャーも変わっていきます」(バリオス氏)

そして3つ目は「現状把握をする必要があるということ」だという。日本IBMのジェンダー平等の取り組みについて、自戒を込めながら次のように述べた。

「たとえ先駆者であっても、そこに慢心はなく、『まだまだ足りない!』と大きなギャップを噛みしめる必要があるのだと思います。我々も他人事ではありません。日本IBMでは役員の女性比率は17.1%、女性管理職の登用度は14%。これは他の日本企業と比較しても圧倒的に高い数値だと思います。しかし海外企業と比べても本来理想とすべき数値にはまだまだ到達していません。『なぜ低いのか』『なぜ数値の伸びが遅いのか』『なぜいまだにこういうデータが出るのか』——そうしたことを、絶え間なく、好奇心をもって問い続けることが企業のトップに求められています」(バリオス氏)

中川氏は次のようにメッセージを送った。

「Hondaの人材多様性の考え方は、『男性・女性、日本人・外国人を問わず、“個人”を尊重して伸ばしたい』という思いがあります。女性管理職の登用に関しても一生懸命にすすめていきたいと考えていますが、1人1人が『個』として伸びていく社会を作りたい」(中川氏)

さらに中川氏は「女性として、また母親としても楽しみながら、会社のなかでどんどんと重要な位置に就いて働いていっていただきたい」と、女性ビジネスパーソンへのエールを送った。

最後に登壇者3名が「より平等な環境づくりに向けて自分にできることを言葉にする」というIBMの取り組み「Be Equal」宣言(以下の囲み参照)をそれぞれに伝え、イベントは幕を下ろした。

Be Equal――私の行動宣言
ビジネスにおける女性の活躍の支援には、社会全体での取り組みが必要です。そしてジェンダー・ダイバーシティーが創造とイノベーションを推進し、経済的利益につながることは実証されています。
ジェンダーに関わらず平等にリーダーシップを発揮できるように、私たちはIBMの社員だけでなく、お客様、そして社会全体に、この「Be Equal」の取り組みを広げていきたいと考えています。
この取り組みは、採用や人財育成、メンタリングや昇進に関わるもので、男女を問わず、私たちすべての協力と努力によって実現が可能になります。
より平等な環境作りに向けて、一人ひとりが自分にできることを宣言することで、職場そして社会を変えていきましょう。

“Be Cognizant”(認識する)——中川氏
「現場で働いている者として、そしてやりたいことを実現する者として、必要なこと・言わなければならないことを実行してきました。やらなければならないときはやるし、前に出ていくべきときには出ていく——そんな自分でありたいです」

“Be Curious”(興味をもつ)——バリオス氏
「自信を持って『AnswerよりもQuestionのほうが重要である』と言えます。そしてそんなQuestionのなかで最もパワフルなのは『why=どうして』。ダイバーシティーやインクルージョンに対するイシューや現状を考える際には、出てきた答えに対して『どうして?』『どうして?』と何度も繰り返し、掘り下げていくプロセスが必要です」

“Be Intentional(明確な意図をもつ)”——川上氏
「ただ黙っていても、ジェンダー平等は推進できません。マネジメントポジションの女性を増やしていくべく、明確なプランを作り、きちんと実行していきたいです」

 

TEXT:安田博勇

photo:Getty Images