グラフィックレコーディングで叶える誰もが平等な議論。「ビジュアライズ」の力を探る

会議や議論の場で、意図したことがうまく伝わらない、言いたいことがあるけれどそれを口に出すことができない、勇気を出して口にしてもスルーされてしまった──誰しもそんな経験をしたことがあるのではないだろうか。

そうしたコミュニケーションのロスを解消し、議論を活性化させる手法として、今注目を集めているのがグラフィックレコーディングだ。議論の要点を可視化しながら、結論へと至るプロセスをビジュアライズしてまとめていくという手法は、日々のコミュニケーションに新しい形を生み出すものでもある。

議論の場でリアルタイムにまとめられていく手描きのグラフィックレコーディングが、現代社会で求められる理由とは? そしてこれからの可能性について、グラフィックレコーディングの国内第一人者、清水淳子さんに話を訊く。

紙に描き出すことで「平等」な関係性で議論が進んでいく

──グラフィックレコーディングは、完成したものを見る機会が多いだけに、単なる「まとめ」ととらえられてしまうことも多いと思います。例えばビジネスの会議の場で、リアルタイムで議論をビジュアライズしていくことによってどんな効果が得られるのでしょうか。

清水 大きく分けると2つあります。まず、リアルタイムで交わされた意見をグラフィックで描くことで、言葉だけでは見落としてしまうような複雑なものごとの関係性を残すことができます。すると参加者の考え方が柔軟になり、「全員でこういうテーマに向き合っていて、私たちは一緒に考える仲間だ」という意識が芽生えるのです。

もう1つの利点は、会議を終えた後に、単純な結論だけではなく、どんな試行錯誤やプロセスがあったのか、その全てがアーカイブとして残るということです。よく、会議に参加できなかった人から、「なぜこの意見に決まったの?」という疑問や異論が出ることがありますよね。でも、こうした経緯があって、これだけの議論が交わされて、この結論に至りましたということが全て可視化できていれば、納得もできますし、「ここは理解できるけど、ここの道筋は通ってないよね」というような建設的な意見も出てくると思います。

出典:『Graphic Recorder ―議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書』(2017,BNN新社)

出典:『Graphic Recorder ―議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書』(2017,BNN新社)

──会議の場におけるグラフィックレコーダーとしての役割とは、どのようなものだと考えますか?

清水 たとえば、本当に言いたいことがうまく伝わらない、誰か1人がしゃべりすぎている、議論が同じところをぐるぐる回る――それは良くない会議ですよね。それを改善するには、「どういう描き方をするか」ではなく、「どこに紙や板を置いて参加者に見せるか」「どのタイミングで描き始めるか」といった、空間と時間をあわせて設計することが重要になります。紙の中の絵の上手さよりも、空間の中で、どのタイミングで描いて見せるか?ということがとても大きく関係しているように思います。 つまり素晴らしい絵で導く、というよりは、参加者の思考をサポートする場をつくる役割を担っている。このような捉え方が、ビジュアルランゲージ(視覚言語)では大事なのではないかと思っています。

清水淳子さん

──発言者の影響力や声の大きさに左右されることなく、多様な意見をフラットに俎上に乗せて健全な議論を進めることができるのも、グラフィックレコーディングの利点なんですね。

清水 面と向かっていると、あの人は偉い人だから特に意見を尊重しないといけないとか、無意識に感じてしまうバイアスも、グラフィックに変換することで、一旦紙の上でフラットにできます。多様性を尊重する世の中ではありますが、現実社会ではやはり関係性に歪みがあることは否定できない。でも、紙の上では理想的な「平等」という関係性を、擬似的にではあるけれど実現できるんですよね。例えば、すごく影響力のある部長Aさんと、そうでもない新入社員Bさんがいて、それぞれの発言を、名前を書かずに紙の上に落とし込んでいく。すると、後々それを見ながら、「ここは変だよね」「それ、部長Aさんの意見だよ」みたいなやりとりが起こっても、険悪にならず、議論を進めていくことができます。

──グラフィックレコーディングに必要なのは、絵を上手く描くことよりも、参加している場の議論をしっかり観察し、編集していくという作業だということですか?

清水 例えば感性豊かな有名な小説家が書いた小説と、新卒の社員が書いた議事録──どちらも見た目は文章です。ですが、もしも新卒の社員が会議の中で、突然小説のように感性を軸に会議のストーリーを書き始めたら、いくらその内容が素晴らしくても誰もが戸惑いますよね。それと同じで、芸術的なゴッホのひまわりの絵と、夏休みの宿題のひまわりの観察の絵──同様にどちらも見た目はひまわりの絵ですが、担っている役割が全く違います。

私は、グラフィックレコーディングは個人の感性を情熱的に表現するための手法ではなくて、その場にある情報を冷静に整理することでプロジェクトをスムーズにするための手法だと考えています。なので、自分の感性を前面に押し出すスキルよりは、一歩引いて観察できるスキルが重要かもしれません。

ただ、仮にその場の議論が情熱的だったら、情熱的なグラフィックレコーディングにする必要はあるので、感性が全くいらない訳ではないのがややこしく、そして面白いところですね。

「AはBの2倍」という文字だけでは、何が「2倍」なのかわからない

──そもそも清水さんがグラフィックレコーディングを始めたきっかけを教えてください。

清水 多摩美術大学の情報デザイン学科1年生のとき、原田泰先生というビジュアライズのプロフェッショナルの授業を受けました。そこで、たとえば「AはBの2倍である」という言葉があったときに、「それをビジュアルで記録してみようとすると、何が2倍なのかという疑問が湧き出てくるでしょう?」と言われて。確かに「2倍」という言葉だけでは、それが長さなのか、重さなのか、面積なのかがわからない。でも絵に描きおこそうとすると、足りない情報を集める必要が出てきます。そうすると自分できちんと考えるようになるから「そのくせをつけながら4年間過ごしてみると面白いですよ」と。それを実践して、気づいたら90分の授業を、全部絵で描けるようになっていたんです。

──そこから、グラフィックレコーディングにたどり着くまでには、どういう経緯があったのでしょう。

清水 実は、社会に出てからしばらくは、絵に描いて記録するのは、なんとなく大人として恥ずかしいことなんじゃないかと思っていたんです。文字で理解できない、話に追いつけない人が使う、ちょっと劣ったコミュニケーションなのではないかと。

あるとき、私がデザイナーとして働いていた会社で、いろいろな人が参加する会議の議論がうまく進んでいかないということがありました。デザイナーは私ひとりだったのですが、ここで議論がまとまらないまま「あとはよろしく」と言われて困るのは私自身です。そこで、自分の身を守るためにも、この会議でちゃんと話し合うべきだと思ったんですね。だけど、その想いをそのまま言葉にしてしまうと角が立つし、自分自身、言葉で伝えることがそれほど得意ではなかったので、ホワイトボードに今起きていることの図解を描いて課題を共有し、それを伝えるようにしたら、すごくその場がマイルドになったんです。

出典:『Graphic Recorder ―議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書』(2017,BNN新社)

出典:『Graphic Recorder ―議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書』(2017,BNN新社)

同じ時期に、勉強会に参加することがあったのですが、私はそこで何を学んだか、何が話されていたかを、絵を使ってひたすらノートにとっていて。そのときのノートを後でブログにアップしたら、イベントに参加していた人たちの間で話題になったのです。

そんな経験が重なって、ノートに絵や図を描いてまとめるとか、会議でリアルタイムに議論をビジュアル化していくという作業には、結局どんな効果があるのか、もっと探求していきたくなったのです。そしてそれは、閉じた空間に被験者を呼んで、何か描いてみる……という研究のような方法よりも、自分が過ごしている東京という街の中で、この行為を必要としている人たちから依頼を受けて、オープンな場でやってみるほうがいいと思いました。そこで、この行為に「Tokyo Graphic Recorder」と名前をつけて、活動し始めるようになりました。

「社会課題に対して自分が持っているスキルをどう使いたいか」という視点

──グラフィックレコーディングをはじめとして、物事をビジュアライズしてまとめるという手法はどんどん広まっていると感じます。その需要の高まりにはどんな背景があると思いますか?

清水 個人的にはテクノロジーの進化があると思います。これまで自分で描いた絵やデザインしたビジュアルを広めるには、何かの本に載せてもらうとか、自分でフライヤーを作って配るとか、そうした手段しかなかったんですよね。もしくは、ビル一面に自分の絵を貼るにしても、巨大なグラフィックをつくる機材や技術を持っていて、金銭的に余裕のある人にしかできない。メディアの力というものを、特別な人しか使えなかった時代が長く続いていたのです。

それがスマートフォンの登場以後は、誰もがその場で描いたものを、すぐに撮影して、SNSで無料で世界に向けて発信することができるようになりました。そうした情報環境で、誰もが「私にも『伝えられる』のでは」と思えるようになったことが大きな要因だと思います。今まで、たぶんみんな「伝えたい」という思いはあるけど、「手段」を持っていなかった。スマートフォン とSNSの普及でそのハードルがなくなったことで、私も含め抑え込んでいた「伝えたい気持ち」が爆発している時代のようにも感じますね。

それはすごく豊かで自由な時代だと考えることもできますが、フェイクニュースやデマが出回りやすくなったという部分には少し懸念もしています。私たちが育った90年代は、何かしらの試験を通過した一部の人だけが広く情報を発信できる立場にいました。だからそこまで情報の品質を毎回疑うこともなく生きてこられたけれど、今は悪気があってもなくても、怪しい話や真偽が曖昧なままの情報を広めることができてしまいます。そうした意味では、受け取り側の良質な情報を嗅ぎ分ける力がすごく試されている時代でもあると思います。

清水淳子さん

――現在の日本では、グラフィックレコーディングはどう理解されている面が強いと思われますか?

清水 行き詰まった社会的な課題に対して今までできなかった対話を促すような使い方が増えている一方、まだ、PRの一手法として、「バズを起こせる」「広告に使える」といった解釈だけにとどまってしまうもったいない部分があると思っています。また、終身雇用が崩れて複業時代になったと言われている今、手軽なマネタイズの手法ととらえられる危うさもありそうです。

たとえば、世界各国でグラフィックレコーディングが発生した背景を見ると、アメリカでは、1970年頃から、まちづくりをするときにさまざまな人種の人と対話するために、共通言語としてビジュアルランゲージを使ったと言われています。というように、同じ手法でも発生の背景でビジュアライズの持つ意味合いは変わってくるのです。社会にある課題をグラフィッカーがどう描くかによって、その国にとってのビジュアルランゲージの姿が変化するのではないかと思っています。

そういった、社会に根ざしたビジュアルの「文脈」について、もっと対話が増えるといいなと思います。ただそれは、「自分にとっての課題」を解決したいのか、あるいはもっと広い「社会にとっての課題」を解決したいのかというような、公共性への視点の有無――つまり、個々人が、自分の住む地域が持つ社会課題にどれくらい関心を寄せているかによるので、私がここで何かを提示したからといってみんなの考えがガラッと変わるようなことはないんですよね。「社会課題に対して自分が持っているスキルをどう使いたいか」ということを考える人が増えると、今以上に、もっと私たちの文化になるような、深く豊かな意味が生まれてくると思っています。

出典:『Graphic Recorder ―議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書』(2017,BNN新社)

出典:『Graphic Recorder ―議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書』(2017,BNN新社)

AIとビジュアライズの共存に必要なこと

──先ほど、ビジュアライズの需要とテクノロジーの関係についてお話しいただきましたが、テクノロジーとグラフィックレコーディングは今後どのように結びついていくと思われますか。

清水 たとえば今しゃべった音声を録音して、動詞や形容詞を認識し、その前後関係性も含めて自動的に解析していくことができれば、AIは絵として可視化することもできると思います。そうすると、議論の聞き逃しがなくなるかもしれません。やはり人間が描いていく上で一番弱いのは数字的なデータや、正確な地名などです。そこをAIが補完すれば、抜け漏れのない議事録として残していけるようになると思います。

他には、たとえば会議室ごとにグラフィックレコーディング用のボードを置いて、全ての会議を可視化していくと、「良い会議/悪い会議」の法則が見えてくるかもしれません。こういうタイミングでこういう発言があるとブレイクスルーにつながるとか、形容詞がたくさん出てくる会議では、エモーショナルな商品が生まれやすいとか。そんな分析ができるようになると面白いと思いますね。

ただ、怖いのは、参加している人たちが「これは素晴らしい人工知能による優れたグラフィックレコーディングだから、これこそが我々の真の議論の姿なんだ」と盲信し、思考停止を引き起こしてしまうことです。たとえば、そこに「社長の発言は1.5倍のサイズで描きましょう」というように、権力者に有利になるアルゴリズムを入れれば、議論の操作ができてしまいますよね。もし、参加者が「僕の発言はなんだか文字が小さい」と感じたとしても、「人工知能がそれくらいの意見だと判断したのだろう……」と思って、何も違和感を口にできずに、シナリオ通りにそのまま進んでいく会議が生まれるのは恐ろしい。でも、人間の手描きのレコーディングなら、そこで「なぜ僕の発言は小さい扱いになっているんですか?」と自信を持って言いやすいと思います。

また、会議を可視化・分析した結果、「あの人はまったく発言していないからプロジェクトからはずそう」とか、「形容詞が多いとエモーショナルな会議になるなら、みんなで形容詞を使って話す練習をしよう」というような、画一的な判断材料になってしまったり、作為的に議論を進めるような方向に向かってしまうのも怖いと思います。

――先ほどの「受け取り側の力がすごく試されている時代」というお話に通じる部分ですね。

はい。話し合いの中で情報を共有する方法としてAIとの共存に期待する部分は大きいのですが、良い活用のためには、やはりAIの導き出す法則に引っ張られすぎないような人間の知恵や思考が必要だと思います。

TEXT:杉浦美恵、PHOTO:山﨑美津留

清水淳子(しみず・じゅんこ)

デザインリサーチャー / グラフィックレコーダー
1986生まれ。2009年 多摩美術大学情報デザイン学科卒業後 デザイナーに。2013年Tokyo Graphic Recorderとして活動開始。同年、UXデザイナーとしてYahoo! JAPAN入社。2017年 東京藝術大学美術研究科にて情報視覚言語に関しての研究を行う。著書に『Graphic Recorder ―議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書』(BNN新社)がある。現在、多摩美術大学情報デザイン学科専任講師としてメディアデザイン領域を担当。