「アルゴリズミック・クチュール」――耳慣れない言葉だが、H&Mファウンデーションが主催する「100%循環型のファッション業界」を目指すイノベーション・コンペティション「第4回Global Change Award」で、特別賞を受賞した日本人チームの作品だ。

この作品を開発したのは、Synfluxという慶應義塾大学 大学院の学生によるベンチャー企業。ファッションデザイナーだけでなく、デザインエンジニア、アルゴリズムアーキテクト(建築家 )らが集まり、環境負荷の多さが問題となっているファッション業界において、テクノロジーを活用した新しい表現方法を誕生させている。

Synflux共同創業者であるスペキュラティブ・ファッションデザイナーの川﨑和也さんに、ファッション業界にどんなイノベーションを起こそうとしているのか語っていただいた。

テクノロジーが切り拓くファッションの可能性

――まず、川崎さんの肩書にも含まれている「スペキュラティヴ・デザイン」とは、どのような考え方なのでしょうか。

川﨑 「デザイン」は問題解決のための思考法や技術全般を指しますが、中でも「スペキュラティヴ・デザイン」は問題の提起と発見に重きを置いた考え方です。例えば環境問題は、問題が巨大すぎるため簡単には解決法が見つかりません。そこで、「一体何が問題なのか」を世の中の人たちにわかってもらうために、具体的なプロダクトやサービスで問題を提起するんです。

ファッション産業について言えば、産業自体も巨大ですし、洋服の数も膨大なので 、全てを考慮して環境問題にアプローチするのはなかなか難しいと思います。そこで、急速に発展しているAI(人工知能)やバイオテクノロジーといった技術的な側面と、環境問題を始めとした社会的な側面の間に上手く橋をかけるにあたって、スペキュラティヴ・デザインの考え方を取り入れています。

川崎さん

――2017年に「バイオロジカル・テーラーメイド」、2018年に「アルゴリズミック・クチュール」という作品を発表しています。それぞれどのような作品なのでしょうか。

川﨑 「バイオロジカル・テーラーメイド」は、微生物由来の布でつくったテイラードスーツです。当時「DIYバイオ」といって、キッチングッズや100円均一で揃えられる用具で簡単な生物実験をするのがちょっとしたトレンドで、デザイナーやアーティストが盛んに表現方法として取り入れていました。

そこで僕は、微生物にタンパク質を生成させ布をつくりました。プールのような水槽に、微生物と、砂糖やお酢で調合した培養液を入れます。2週間ほどすると、微生物の働きで生成される タンパク質がプールの水面に溜まっていきます。それを取り出して乾燥させ、洋服に仕立てました。ファッションデザイナーも布を買っています。これだけ化学繊維やプラスチック問題が叫ばれる中で、バイオテクノロジーでつくった布を発表することで、布そのものをとらえ直してほしいと考えたんです。

バイオロジカル・テーラーメイド 写真提供:Synflux

バイオロジカル・テーラーメイド 写真提供:Synflux

川﨑 「バイオロジカル・テーラーメイド」で洋服の「マテリアル」にフォーカスし、文化庁メディア芸術祭などで賞も受賞したので、次に立ち向かうフェーズは「デザイン」でした。「アルゴリズミック・クチュール」は、デジタル技術を駆使し、四角形と三角形を組み合わせた型紙に基づき制作したデザインシステムです。

そもそも、平面の布を凹凸がある人間の体にフィットさせるのはパタンナーの専門的な技術を要する作業です。しかもパタンナー は、フィットさせた布の上で立体感を表現しようとします。生地は平面の四角形なので、それを従来通り曲線に沿って裁断して立体をつくろうとすると、生地がたくさん余ってしまうのです。一説によれば、現状の裁断方法では布の15~25%が廃棄となり、金額換算すると5億ドルにもなるそうです。つまり、環境にとってもロス、企業のコスト面からもロスが発生しているわけです。「美しさと廃棄とはトレードオフの関係だ」という捉え方もありますが、それらを両立させ、立体と平面のギャップを埋めるためにはどうしたらいいかを考え、「アルゴリズミック・クチュール」を制作しました。

アルゴリズミック・クチュールで制作された衣服 写真提供:Synflux

アルゴリズミック・クチュールで制作された衣服 写真提供:Synflux

――ファッションの歴史の中で初めて立体と平面のギャップに挑んだのですね。

川﨑 そうですね。ファッション産業で近年応用が進んでいるデザインツールの一つに、デジタルファブリケーションがあります。例えば、3Dスキャンは実空間にある物を情報空間に移し、CADはそのデータを改変したり編集したりすることができるツールです。「アルゴリズミック・クチュール」では、デジタルファブリケーションに加えAIを活用し、最も布の廃棄が少ない型紙の形を高速で算出します。AIはここ数年で計算速度がとても高速化していて、うまく使えば、欲しい形を素早くデータセットから提案させることができるのです。 その中で、僕らが美的に良いと感じ、かつ廃棄の少ない形を両立させるパターンを選んだ結果、和服の直線裁ちに似たデザインに至りました。そこから、四角形と三角形で構成された、廃棄が少なくなる直線裁ちの型紙を、AIにサポートしてもらいながら自動生成するシステムを開発しました。

飽くなき探究心は「つくることが好き」という気持ちから

――そもそもバイオテクノロジーやAIに関する知識はお持ちだったのですか?

川﨑 バイオテクノロジーに関しては、幸運にも福原志保さんというバイオアーティストの方にいろいろと教えてもらう機会があったのです。僕はバイオロジーの専門家ではありませんが、専門家の知見をお借りしつつ、熱意を持って勉強すれば作品制作が可能なのだとそのときに学びました。「バイオロジカル・テーラーメイド」で使った素材は一般的な繊維とは異なり、放っておけば土に還ります。培養したての布をある程度の期間保たせようとすると加工が必要になるのですが、微生物由来の素材に適した加工方法がまだ存在しないので、レザー製品に使われている方法を転用しています。

――制作のためにあらゆる分野の知識を積極的に吸収されていますが、原動力となっているのはどんな思いですか。

川﨑 「つくることが好き」という気持ちですね。つくることを始めると、技術的なことはもちろん、知らなければいけない知識が果てしなく増え続けます。なぜならファッションは、建築や美術などと共進化してきた分野で、さまざまな文化的知見も必要になるんです。

僕は専門的な領域にとどまらず、どんどんファッションの概念を拡張していきたいと思っています。ファッションは服づくり単体だけでなく社会や技術とも関わりがあるものだということを、デザイナーはもっと知るべきです。今、僕が「スペキュラティヴ・ファッションデザイナー」と名乗っているのは、変なことをやっていても許されるからというのも確かなんです。でも、最近、研究開発や作品制作をさまざまな人と一緒に協同させていただく中で、ファッションがこれまで培ってきた歴史や文化に誠実に向き合おうと心から思い始めています。

――そもそもファッションに関わろうと思ったきっかけは何だったのですか。

川﨑 故郷の新潟から上京してきた2011年に起きた、東日本大震災です。ボランティアに行った被災地で見たのは、住宅が壊れ、食べ物や医療品が不足し、衣食住が崩壊していく風景でした。自然の猛威によって生活が根底から奪われる様子を視覚的に経験したとき、デザインを通じて人間の衣食住に関わる取り組みができないかと強く思いました。

またファッションに関する原体験として、高校の制服の学ランがとても嫌いだったということもあります。学ランは制服なのでどうしても着る必要があり、近所の洋裁店でボタンを変えたり、内側に刺繍を入れたり、上丈を短くして短ランにしたりといった、今で言うカスタマイズをしていました。洋服を自分なりに改変して、自分のアイデンティティを表現できるスタイルにした経験は、ファッションデザインに取り組むようになってからよく思い出しますね。

――高校生時代、制服を着ることに反発したのは何故だと思いますか。

川﨑 おそらく、「これを着ろ」と一方的に押し付けられたからじゃないでしょうか。環境配慮が求められるに連れてつくり方が合理的になると、究極的には服の作り方も最適化に向かうのが望ましい方向性だというのは確かに論理的であるとは思います。しかしながら、本来、衣服は自分のアイデンティティや自分らしさを表現するツールです。しかも、日常生活の中で、ある意味で軽やかに 身体の形を服でリミックスするように 「自分」を表現することができる。シャツの上のボタンを外すなどちょっとしたアレンジをするだけで、人は皆それぞれ表現を取り入れていると言えるのだと思います。そのようなファッションが実現する「楽しさ」をインターネット文化やテクノロジーとの融合を通して展開していくことが、今まさに必要だと思っています。

ファッションを「楽しむ」ことが突破口になる

――昨年のH&Mのコンペティションで「アルゴリズミック・クチュール」が特別賞を受賞して以来、欧州からの問い合わせが多いそうですが、国内外で反応は違いますか。

川﨑 実はこのとき、日本からの応募は僕らだけだったようです。世界中から約7000件 応募があるにもかかわらず日本からは他に応募がなかったと教えてもらい、日本と世界が見ている方向のギャップを感じました。

川崎さん

川﨑 日本はファッション専門学校の教科書が充実していて、型紙やデザインにまつわる精密な技術の蓄積があります。片や、ロンドンやオランダは、スキル に関する教育はもちろんですが、社会問題やテクノロジーに関する教育へと完全に舵を切りました。特に、London College of Fashionでは、サステナビリティについて学ぶコースや研究拠点があります。ファッションの面白さと持続可能性との間にどのような関係があるか、日本のデザイナーの間ではあまりピンときていないところがあると思っています。日本でも教育機関でファッションと環境問題、先端技術応用をリンクさせた実践を遂行できる新しいタイプのデザイナーが増加していくことを期待しています。また、そのような実践を研究や教育のプログラムやカリキュラムとしてデザインできる人材が必要です。
また、「サステナビリティを考慮したファッション」と聞くと「スローファッション」が想起されやすいかと思いますが、「スローファッション=買うのを我慢する 」というようにストイックになる傾向が見受けられます。ですが、我慢だけではファッションの楽しさが失われてしまうんですよね。「サステナブルなデザインで面白いことができる 」と、システムの再設計と同じプライオリティで、新たな表現の可能性をプッシュしていくことで、日本でも今後面白い動きが出てくると思います。

――環境配慮と経済の両立は難しいという議論がありますが、川﨑さんが制作する洋服では両立可能とお考えですか。

川﨑 難しい質問です(笑)。世界全体で見ると衣服の需要は人口増加により増えていますが、衣服の使用率は年々下がっているんです。この状態は「ファッション・パラドックス」と呼ばれています。労働問題や素材調達の点からも、現在の衣服の価格は、適正価格より安すぎるのではないでしょうか。これからは、しっかりした付加価値を提供し、環境問題にも配慮しながら適正な価値に設定していくことが必要です。

しかし、「ファッションの産業システムを全て止めてしまえ」ということにはできないですし、価格が高すぎても仕方ない。ファッションは現状、大量生産、大量消費を前提とした産業なので、例えば1着だけつくるといったことが難しく、300着のような大きなロットでないと対応できません。少量を受注生産できれば、在庫を減らすことに繋がるので環境問題への良いソリューションになります。ですが、個別固有化した受注生産のデザインを、どうデジタルを使って工場と連携するのかなど、システムの確立はまだこれからです。

それに、我々が3DやAIについて語ったとしても、製造現場が即座にそういった最新技術に対応するのは難しい。バイオテクノロジーやAIなどを使えば、デザインは面白いものをつくれますが、それを実装しようとすると、いろいろな障壁が生じてしまうんです。例えばロボットはプラスチックや鉄のような硬いものならコントロールできますが、布は柔らかいのでイメージ通りに縫うことが難しく、人間の手が必要です。ミシンの形や構造は、ジョン万次郎の時代から変わらないんですよね。製造技術とのすり合わせは、我々が今最もフォーカスしなければいけないところです。

川崎さん

――自分にあうカスタマイズされた服が必要数だけつくれる社会は、いつ頃訪れるのでしょうか。

川﨑 「早く実現させるぞ!」と思っています。「サステナビリティ」という概念をみんなが自分ごと化できていない空気は、日本のみならず世界全体でもまだあるんですよ。そういったときに、「ファッションの楽しさ」が突破口を開くひとつの解決策になると考えています。ファッションの楽しさが自分らしさの表現であるとすれば、カスタマイゼーション・システムはそこに介入する予定があるのではないかと思っているんです。そのカスタマイゼーションで在庫を減らし最適化された数だけを消費することで、我慢するだけではなく楽しみながら廃棄を減らすことができます。そのために我々はデジタルの力を借り、みなさんがカスタマイズできるWebサービスを立ち上げるべく開発をしています。

さらに、すでにプロダクトをお持ちの企業や、大手メーカーと一緒に共同開発、共同研究をさせていただくことを通じて、廃棄が限りなく少ない衣服をより多くの人たちに手にとってもらうことができると考えています。最近、繊維専門商社の豊島株式会社がペットボトルをリサイクルして開発した素材「PBR ZERO」と、廃棄を最小限にするアルゴリズムを組合せて衣服を制作しました。また、東京のストリートブランド・ハトラとコラボレーションした作品「AUBIK」を、スイス・バーゼルの展覧会「Making Fashion Sense」で発表しました。

ハトラとの共作「AUBIK」 写真提供:Synflux

ハトラとの共作「AUBIK」 写真提供:Synflux

川﨑 自分が経営しているものがITベンチャー企業なのかファッションブランドなのか、はたまた研究のためのラボラトリーなのか、わからなくなるときがあります(笑)。ですが、ファッションデザイナーの役割も多様化する中で 、僕は誰とでも臆せず話せる性格なので、ハイブランドや企業、大学のみなさんとも楽しく、喧々諤々と議論できるポジショニングを生かして、これからもどんどん面白いことをしていきたいです。

TEXT:小林純子、PHOTO:伊藤 圭

川崎和也(かわさき・かずや)

スペキュラティヴ・ファッションデザイナー/デザインリサーチャー/Synflux主宰。
1991年生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科エクスデザインプログラム修士課程修了(デザイン)、現在同後期博士課程。身体や衣服、素材にまつわる思索的な創造性を探求する実践を行う。主な受賞に、H&M財団グローバルチェンジアワード特別賞、文化庁メディア芸術祭アート部門審査委員会推薦作品選出、Dezeen Design Award Longlist、STARTS PRIZE、Wired Creative Hack Award、YouFab Global Creative Awardなど。編著書に『SPECULATIONS 人間中心主義のデザインをこえて』(BNN新社、2019)がある。