38億年つづく生命の歴史のなかで――中村桂子が語る、テクノロジーと人間

大阪府高槻市に世界的にも稀少な「生きているとは何か」を考える研究施設がある。「JT生命誌研究館」と名づけられた館内では、生物学者が実験室で研究を行っているだけではない。館長の理学博士・中村桂子氏のもと、生きていることへの関心、興味への扉を多くの人に開放しようと創造的な活動が続けられてきた。

半世紀以上にわたりDNA研究に携わってきた中村氏は、生きていることを知るためには、生物科学の研究領域のみならず人文学や芸術と共に、更には生活感覚を生かして新しい知を組み立てる必要があると説く。その考えを深めるため、「人間と自然」という向き合う関係性ではなく、「自然の中の人間」という立脚点から、「生命誌」(Biohistory)を提唱し、生命の歴史を曼荼羅のように視覚化しわかりやすく伝え、考えてきた。

生きものとしての人間とは? 有機的な生命体の中に溶け込み始めたテクノロジーと、人間はいかに理想的な関係を築くべきなのだろうか。お話を伺った。

生命の歴史をひもとき、「表現」する

――まずは、中村様が提唱されている「生命誌」(Biohistory)について、ご解説いただけますでしょうか?

中村 地球上には38億年ほど前に生まれた細胞を祖先として、約5千万種とも言われる多様な生きものが暮らしています。これらはひとつの例外もなく、DNAという物質を基本に生きています。生命科学では、そのDNAを生きものの命を支える最小限の単位として捉え、その構造と機能を探り、人間(生物学上ではヒト)も含め各々の生きものの特性を見出そうと努めてきました。

ただしそれは17世紀にガリレオやデカルトなどが導いた科学革命による、機械論的自然観に基づいています。デカルトは心臓を「ポンプ」に例えるなど、ヒトのカラダのさまざまな生命器官を機械における部品(パーツ)のように捉えました。こうした考え方は、現在でも、生物科学における主流になっています。

その中で私は、「生きているとは何か」を知るには日常感覚に基づいた柔らかな視座が必要と考えるようになりました。哲学や社会学などの学問、また美術や音楽、文学などの芸術が「人間ってなんだろう」「生きるってなんだろう」という疑問に取り組んできたように、研究から得た事実をもとに「表現」を通して考えようと思いました。たまたま細胞内のDNAのすべてをゲノムとして捉えられるようになったので、生命全体の38億年という長い歩みを俯瞰し、生きものすべての歴史と関係を理解できるようになったのです。そこで、ヒトを自然の一部として視る生命論的世界観に立って「生命誌」という新しい知を研究し始めました。

――科学を表現する。聞き慣れない言葉ですが、具体的にはどのようなお考えなのでしょうか。

中村 例えばベートーベンの交響曲第五番『運命』は多くの人が知っている曲です。でも、音楽を勉強していない私には、この曲の楽譜から音がわき起こることはありません。科学の論文は音楽家にとっての楽譜と同じで、専門知識のない方には読み解けません。楽譜は必ず演奏されて聴き手に伝わります。科学も演奏しよう。つまりどなたも楽しめるように、生きものとそれを知る科学の面白さを伝えたいと考えました。

そこで、1993年に、現在私が館長を務める「JT生命誌研究館」を設立しました。一般の方たちにも開放された、生きものの歴史物語(生命誌)を読み解き、描き出す館(Hall)です。4つの研究室では、身近で小さな生きものであるチョウ、クモ、カエルなどの研究をしており、大阪大学の大学院生もいます。5つめの室は、研究結果の表現法を考えています。来館者に向けて、生きものの進化を表現するコンピュータグラフィックや模型などの展示物を作ったり、「季刊 生命誌」の発刊や「生命誌マンダラ」の作成など他に例のない活動をしています。セミナーや研究室の一般公開も積極的に実施しています。25周年記念には、宮沢賢治の『セロ弾きのゴーシュ』を生命誌の観点から解釈し、音楽人形劇として上演しました。

38億年つづく生命の歴史を表した「生命誌絵巻」(原案:中村桂子、協力:団まりな/絵:橋本律子)

生命誌研究館のサイトではペーパークラフトや読み物を通して、「生命誌」に親しむことができる

――研究グループと表現グループが共に活動されているのは興味深いです。

中村 世界的に見てもこのような研究機関はおそらく存在しないと思います。30年ほど前、私が「生命誌」の考えを研究者仲間に公にした頃は、奇異な目で見られていました。マウスやショウジョウバエなど「モデル生物」といわれる決まった生きものしか研究対象にしていなかった時代に、チョウやクモ、オサムシなど身の回りの生きものに目を向け、本格的な研究に取り組んだのも、おそらく私たちが初めてだったでしょう。自然の中で暮らすさまざまな生きものを調べてこそ、生きているってどういうことだろうという問いへの答えが出せると考えました。

研究館開設初期に行ったオサムシの研究では、「生命誌」を具体的に考える上で、本当に大切なことを学びました。オサムシは飛べないので、日本列島の中でDNAによる生息分布が北海道、東北、九州地方などと分かれるのですが、明確な境界の意味がわかりません。ところが、地質学の先生がそれは日本列島形成の歴史を示していると教えてくださったんです。

オサムシの生息分布図と日本列島形成の歴史(提供:中村桂子)

オサムシの生息分布図と日本列島形成の歴史(提供:中村桂子)

学者は専門領域だけを見ているので、地質学の先生は地質だけを、生物学者の私たちは生きものだけを見ており、自然そのものを見ていなかったのです。この研究では、オサムシ集めをアマチュアの方がしてくださるなど、いろいろなことがつながり、「生命誌」研究の大切さを、改めて強く感じました。最初にこの研究に出会えたのは幸運でした。

地球上のすべての生きものは、同じDNAを持っている

――ご専門はDNA研究です。DNA、ゲノム、遺伝子について、多くの人がなんとなくの理解で終わっているように感じられます。一般の私たちにもわかりやすいよう、その関係性を教えていただけますか?

中村 DNA(デオキシリボ核酸:deoxyribonucleic acid)という高分子生体物質が19世紀の中頃に発見されてから約150年。「二重らせん」構造の発見からは約65年が経ちますが、私がその構造の美しさと機能に惹かれ、生物学の世界に入った当時から比較すると、小学生までもがDNAを知る時代になって驚いています。

DNAは細胞の核に、染色体23対として入っています。染色体は、ヒストンというタンパク質のビーズのようなものに、二重らせん構造の極細の糸のようなDNAが巻きついてできています。23本の染色体全部のDNAをひとかたまりとして「ゲノム」といいます。人間であれば、「ヒトゲノム」。アリなら「アリゲノム」、オサムシなら「オサムシゲノム」です。

文章と言葉に例えるとわかりやすいかもしれません。DNAという言葉(単語)を使ってゲノムという文章が綴られており、私の提唱している「生命誌」では、ヒトのゲノム、生きもののゲノムの約束ごとや文法を読みとこうとしています。ゲノムには、ヒトも含め、それぞれの生きものがどのようにしてその生きものになったのかという過程と生きもの同士の相関関係が書き込まれており、さまざまな生きもののゲノムを比較することによって、生きもの全体の総括的な進化の歴史を知ることができます。

また、皆さんがよく口にされる「私の遺伝子」はありませんし、さらに言えば、ヒト固有の遺伝子というものはないんです。

――では、なにがひとりひとりの相違、生きものごとの特徴を生むのでしょうか?

中村 それは遺伝子の組み合わせの差、さっき申し上げたゲノムの差です。23対で46本ある染色体からは、ほぼ無限といっていいほどの組み合わせが生まれます。組み合わせ……つまりゲノムによって、生きものごとに表現するものが個性、特徴、性質なんです。

面白い例をご紹介しましょう。アゲハチョウの子どもは偏食でミカン科の葉っぱしか食べないのですが、私たちは、母親アゲハチョウがどうやって多種多様な植物の葉っぱの中から、ミカン科の葉を識別し、産卵するのか研究しています。母親アゲハは、前脚の部分に葉っぱを味見するための細胞を備えた特殊な毛を持っています。この細胞の構造は、人間の舌にある味蕾(みらい)という味を感じる器官とまったく同じなのです。つまり、アゲハチョウとヒトは共通の遺伝子のはたらきで味を見ているわけです。

このように、地球上のすべての生きものは、同じDNAを持っています。ヒトもイヌも、庭に咲くバラの花も共通のDNAを持ちます。そうやって遺伝子は、さまざまな生きものの中で、各々固有のゲノムにより少しずつ変形しながらはたらいています。先ほどの味覚に関する遺伝子も、ヒトの細胞の中に存在してはたらいているときには「ヒトの遺伝子」とされ、アゲハチョウの中で機能していれば「アゲハチョウの遺伝子」になるのです。

中村さん

――アゲハチョウと人間の間に、そのような共通点があったとは驚きました。

中村 私が「生命誌」を通じて言いたいことは、とても簡単なことです。地球上の生きものは、すべて同じ祖先から生まれた仲間だということ。人間も他の生きものと同様に、自然の中に生きている、自然の一部なんですよ、ということです。人間だけが特別な人間固有のDNAでできているわけではないのですから。

私は、DNAの研究を始めたときに、ある種の解放感を得ました。「わたし」という存在は、地球上に暮らす約5千万種の多様な生きものたちと同じルーツを持つDNAを通して、38億年という長い時間を共有していると思えたからです。時間的にも空間的にも驚くほど広がりを感じ、人間がつい陥りがちな「わたし」という自我への執着を手放せたのです。

一方で、この先、地球上のあらゆる生きものを通しDNAが何十億年続いていこうが、いま、この世に生を受け、この組み合わせのゲノムを持つ人間は「わたし」しかいない。その自然の摂理の中で生まれた奇跡に感謝し、自分の人生を大切にしたいと思いました。自分が、大いなる自然の一部なんだと自覚することで、人間は、他者や他の生きもの、ひいては自然に対しても尊重の思いがおのずと湧き出るのではないでしょうか。

生きものとして「ふつうに生きる」ことで見えてくるもの

――「生きるとはどういうことか」をひとつの命題として追究されてきた中村さんにとって、人間とテクノロジーが共存し、助け合いながら社会を築いていく未来について、どのようなお考えをお持ちでしょうか?

中村 テクノロジーは人間さえしっかりしていれば、非常に有効で役に立つものです。人類がその恩恵を受けて文明を築いてきたのは確かです。ただ、昨今の急激なテクノロジーの進化で、多くの人がある種の脅威を感じていることも確かです。「AIが人間を超える」と考える方が大勢いらっしゃるのには驚きます。人間とは何かがわかっていないのにそれをどうやって超えるのでしょう。

コンピューターはコンピューター。素晴らしい機能を持っていて、私たち人間にはできないことができますが、人間と対立させたり、同格に考えてはいけません。人間は38億年の生命の歴史を持っていて、コンピューターとはまったく異なる存在です。例えば人間のもつ想像力、イマジネーション。それはデータから導き出される予測ではなく、未来のこと、過去のこと、もしくはアフガニスタンの戦火の中で暮らす子どもたちに思いを馳せる能力です。イマジネーションの中には「思いやる」という感情も内在しています。

ですから、コンピューターが「人間を超える」と比較するのは意味がありませんでしょう。いまの社会の構造は、人間が生きものとして生きようとするにはとても生きづらいと感じます。文明社会は競争社会でもあります。車を作る工場では標準規定があって、少しでも異なると市場に出荷されませんが、それは機械だからです。人間は生きものだから、ひとりひとりみんな違います。標準型はなく、規格外もありません。そう、「みんな違う」というところが、いきものの面白さなんです。そもそも、ヒトは、生物学でもまだほとんど解明されていない。わからないことがあるのが面白く楽しい。これが生命誌研究の一番よいところだと思っています(笑)。

中村さん

――生きものとしての人間をもっと信頼し、自信を持つべきだと?

中村 そうです。ひとりひとりのゲノムの組み合わせは、38億年の歴史の中でも唯一無二なんです。何にも代えがたい存在。だから人間はAIに超えられると杞憂するより、生きものが暮らしやすい地球環境にするためにAIを活用するほうが賢明です。今こそ人間が、想像力を最大限活用して、知恵を絞るべきです。そこから創造力が生まれますから。

最近、「多様性」という言葉が世の中に浸透していますが、人間が生きものであるという認識があれば、多様は自然なことです。5千万種の生きもの全体の多様性から見たら、人間の多様性なんてごく限られたものにすぎないでしょう?

シンギュラリティや多様性など、人間の社会に大きな変化が起きる、起ころうとしているとメディアが騒ぐからでしょうか。なにか、地に足がつかない気持ちに襲われ、生きものとして「ふつうに生きること」の大切さが忘れられているように感じています。なにも難しく考えなくても、日本列島で縄文時代から人間が綿々と暮らしてきたように、日常の営みに丁寧に目を向けることで見えてくることがあるはずです。

例えば、「食べること」。人間が自然の一部だという思いを持っていれば、植物を含め他の生きものの命をいただいているんだ、ということが感じられます。その命は私たちと同じ38億年かけて続いてきた命。だから「食べる」ことはものすごく神聖でありがたいことだとわかるはずです。今さら「フードロス問題」として取り上げなくても、銘々がそういう意識をもっていれば、おのずと食べものを大切にするでしょう。

私の言う「ふつう」とは、平凡だとか特徴がないという意味ではなく、素直な心で道理にあったものの見方をすることです。何事もそういう視点に立ち、ふつうに美しいとか楽しいと思えることが、政治でも教育でも、テクノロジーの世界でも生かされていけば、人間はもっと生きものとして暮らしやすくなるのではないでしょうか。

TEXT:岸上雅由子、PHOTO:伊藤 圭

中村桂子(なかむら・けいこ)

JT生命誌研究館館長、理学博士。
1936年生まれ、東京都出身。1959年、東京大学理学部化学科卒業、1964年、東京大学大学院生物化学専攻博士課程修了。三菱化成生命科学研究所人間自然研究部長、早稲田大学人間科学部教授などを歴任し、1993年、大阪府高槻市にJT生命誌研究館を設立。主な著書に『中村桂子コレクション いのち愛づる生命誌Ⅳ はぐくむ 生命誌と子どもたち』(藤原書店)、『「ふつうのおんなの子」のちから』(集英社クリエイティブ)他、多数。