世界で勝負、「研究開発型」町工場――航空宇宙や医療の部品開発製造で、メイド・イン・ジャパンの底力を示す

経営不振だった小さな町工場が、第2創業によりV字回復し、航空宇宙や医療などの先端分野で飛躍的な成長を遂げている。神奈川県茅ケ崎市に本社と工場を持つ精密切削加工の「株式会社由紀精密」である。
3代目社長の大坪正人氏は東京大学大学院で機械工学を修めた。高速金型事業で注目を集めたベンチャー企業に就職し活躍していたが、31歳の時に家業の危機を知り、立て直すために戻ってきた。ネジの下請け製造が中心だった事業を、研究開発型工場に転換。自社の精密加工技術と自分が得意とする開発力とを生かし、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の宇宙部品を始め、航空機、高級時計、医療関連部品等に事業転換したのだ。
国内市場の縮小を見据え、海外展開も着々と進めている。まずフランスを拠点に欧州市場に進出。「よいものづくりに国境はない」として国の隔たりなく世界市場での取引を目指している。
日本のものづくりを支える中小製造業は、リーマンショック(2008年)や東日本大震災(2011年)などの荒波にもまれ、新興国の台頭やグローバリゼーション、オンライン取引の進展などのさまざまな課題にも直面している。その中にあって、21世紀の研究開発型「町工場」を先導する大坪社長に、日本のものづくりの新しい方向性や課題について語っていただいた。

「下請け町工場」から、「研究開発型町工場」を目指す

――最初に就職された(株)インクス(現SOLIZE)では、金型の受注後45時間で納品する高速金型を実現し、第1回ものづくり日本大賞や経済産業大臣賞を受賞されました。中小企業の経営支援も経験されてきた大坪さんから見て、家業のネジ工場の危機の原因はどこにあったと思われますか。

大坪 由紀精密は私の祖父、大坪三郎が創業した金属の切削加工の町工場です。父の代になっても大手電機メーカーの下請けとして、公衆電話や通信機などの機械部品を量産してきました。固定顧客から注文を頂くので、営業社員は置かず、注文が増えたら生産設備も増やすという経営でした。それが90年代に入ると、潮目が変わってきました。携帯電話の爆発的な普及で、公衆電話の注文が激減したのです。
父が体調を崩したこともあって、私は家業を何とか立て直さなければならないと強く思い、勤めていた会社を退社し由紀精密に入社しました。
まず手掛けたのは、あらためて自社の強みは何かを徹底して掘り下げること。お客様がなぜ長年弊社に発注してくださっていたのか、アンケートを取り分析をしました。その結果、皆様が品質の高さを最も信頼する点として挙げてくださり、それが長年の信用となっていたことを確信したのです。
切削加工の技術力を最も評価していただいているのならと、その強みをさらに伸ばし、安定した品質の求められる航空宇宙や医療分野を目指しました。その上で、公的な認証を得ようと、何年かかかりましたがISO9001を取得。その後JIS9100(航空宇宙品質規格)も取得しました。
また、製造を知った立場で設計段階の提案ができるよう、開発部を立ち上げました。私自身が前の会社で研究開発に携わっていたことと、図面を描くのが大好きだったことから、そこを強化して「研究開発型」町工場にしたいと思いました。
下請けとして競争力を磨いていくという選択肢もあったのですが、機械設計を含めた技術力を生かし、明確になっていないニーズまで拾い上げ形にできる企業になっていきたいという思いがありました。

さらに、ロゴマークを一新し、Webサイトをリニューアルし、インターネットに力を入れることにも着手しました。展示会にも意欲的に出品し、多くの人に会社を知っていただくことに注力しました。
サイトを見たお客様から問い合わせが来たら、その会社の事業内容をつぶさに調べ、事業展開を予測してその企業のための提案書を作りました。
航空宇宙や医療分野を弊社の技術力の訴求分野とし、その分野のお客様を中心に広く知っていただけるよう、弊社の研究開発力と加工技術をアピールしていきました。

株式会社由紀精密 / 由紀ホールディングス株式会社 代表取締役社長 大坪正人氏

少量でも付加価値が高くて重要な部品の生産を

――60年も続いてきた家業のねじ製造にこだわりはなかったのですか。

大坪 ねじにこだわって、今も主力製品の1つです。しかし実は、今の家電製品や携帯端末は、初めからねじを使わない設計になっているのです。例えばスマホやテレビのリモコンに、ねじは見当たりません。ほとんどが接着剤(樹脂)に置き替わっています。樹脂の性能は近年飛躍的に向上しており、ツメでパチンとはめ込むタイプも増えています。
機械部品も減っています。例えばカメラ。昔はフィルムを入れて巻き取る軸がありましたが、デジカメはセンサー、電子基板、メモリーカードしかありません。ハードディスクもSDカードに替わりました。

では、どんな機械が将来も残るかと考えると、人を運ぶ飛行機、ロケット、電車、自動車や、人の身体の機能を補助するものの部品、例えば、義手・義足、手術用具、インプラント等々でしょう。由紀精密はこうした分野の機械部品に特化していこうと考えました。ただ自動車は部品の量が膨大で、社員十数名の当社のサイズでは対応できないので、最初からチャレンジの対象外です。
当社が目指すのは、少量でも高品質が求められ付加価値が高い部品です。例えばスイスに輸出している時計の精密部品の場合、体積に対する単価が高いので、輸送コストが比較的少額ですみます。
多品種少量でも利益を生むためには、製造方法の効率化が必須です。「高い技術力」というと1人の神の手を持つ匠の技を想像する人もいますが、そうした昔ながらの町工場のモデルは、後継者がいなくなると継続できません。この問題の解決には、金型製造にITを導入した前職の経験が生きました。

株式会社由紀精密 / 由紀ホールディングス株式会社 代表取締役社長 大坪正人氏

国際航空宇宙展に加工サンプルを出展し、取引が始まった

――航空宇宙分野は厳しい品質管理が要求されます。業種転換は大変だったのではありませんか。どのように地歩を固めて来られたのでしょうか。

大坪 由紀精密に戻って2年目の2008年、横浜市で開かれた国際航空宇宙展にともかく出展してみることにしました。技術力をアピールする加工サンプルとして、「インコネルメッシュ」(写真1)を展示しました。インコネルは航空宇宙分野でよく用いられる耐熱合金ですが、バリが出やすく工具の寿命が非常に短く、加工が大変難しい(難削材)のです。その金属棒を複雑なメッシュ構造に切削するには相当の技術力が求められます。
航空機関連メーカーさんがこれに目を留めてくれ、取引が始まりました。難削材であることと、航空機の規格に合わせた特別の検査ゲージをそろえるなど結構苦労しました。
最初の頃の売り上げは年間で数十万円という、微々たるものでしたが、この10年で旅客機のエンジン部品、座席や内装の部品など、幅広く手掛けるまでに成長しています。

インコネルメッシュ 写真提供:株式会社由紀精密

インコネルメッシュ 写真提供:株式会社由紀精密

大坪 一方、宇宙分野では、ロケットエンジンの耐熱合金にやはりインコネルを使うことから、JAXAの方が会場で声を掛けてくださったことが始まりです。最初の頃は小さい単位で注文をもらってお手伝いしていました。
国際宇宙ステーション(ISS)に物資を運ぶ無人輸送機「こうのとり」のプロジェクトでは、地球に帰還するカプセルの姿勢制御用ノズル部品(写真2)を、JAXAと金属3D造形を手掛けるコイワイさんと3年かけて開発しました。複雑な構造をしており、チタン合金を素材に3Dプリンターで製作しました。3次元造形物に対する精密加工というチャレンジングな仕事で、2018年11月に南鳥島近海で無事回収された時のうれしさは忘れられません。

写真2:金属3Dプリントと精密切削加工を融合した小型回収カプセル用 姿勢制御用ノズル部品のサンプル。写真提供:株式会社由紀精密

写真2:金属3Dプリントと精密切削加工を融合した小型回収カプセル用姿勢制御用ノズル部品のサンプル。
写真提供:株式会社由紀精密

小型衛星や宇宙ゴミの除去など、宇宙ベンチャーとも取引を始める

――超小型人工衛星を受託製作するアクセルスペース社や、衛星で宇宙ゴミ(スペースデブリ)を除去するアストロスケール社などのベンチャー企業とも取引されていますね。

大坪 宇宙産業は少量生産で高付加価値という点で、当社の得意とする品質や技術を生かすことができます。特に、超小型衛星のベンチャー企業とご縁ができました。
アクセルスペース社さんからは最初Webサイトから問い合わせがあり、最初に打ち上げた衛星部品の金属加工の多くをお手伝いさせていただきました。今では急成長を遂げたアクセルスペースさんですが、当初は数名の会社で、機械加工を専門にされている方はいらっしゃらなかったので、由紀精密の機械加工のしやすさから設計に関しての提案ができるところが非常に助かったと伺いました。
1号機は民間気象情報会社のウェザーニューズ社さんから受託した衛星で、2013年にロシアのロケットを使って打ち上げられました。この実績が評価されて、いろいろなメーカーから注文を頂くようになりました。

アストロスケール社さんとは資本業務提携し、ハードウェアの設計・製造のお手伝いをしています。
宇宙空間に無数に漂う使用済み衛星やロケットの残骸などの大小のゴミ(デブリ)は近年大きな問題になっており、同社は今年、宇宙ゴミ除去の実証実験を行う衛星を打ち上げる予定です。衛星は大きなゴミに近づいてドッキングした後、ロケット噴射で減速して軌道を下げ、ゴミもろとも大気圏に突入して燃え尽きる仕組みです。
民間での小型衛星の打ち上げも活況となり、使用済み衛星やロケットの残骸などのゴミが増え、安全上のリスクが高まる中で、アストロスケール社さんにはますます世界の期待が高まっているのです。

――フランスに営業拠点を置かれていますが、その狙いをお聞かせください。

大坪 国内の大手メーカーはこれまでにも多くの製品を世界に輸出してきました。その製品は国内で製造され、そこにものづくりの中小企業は多くの部品を供給してきました。しかし、国内の大手メーカーもグローバルな競争の中で、消費地で生産をすることになります。それに伴い、部品の調達も現地で行われるようになってきています。われわれ中小企業もこの流れで仕事がなくなってしまうと憂いているだけではなく、世界に市場を求めていくべきと考えています。
そこで当社は、自社で海外に積極的に売っていく戦略で臨んでいます。進出するなら開発力の強い国にしようと、欧州、まずはフランスを選びました。リヨンに事務所を置き、周辺のものづくりに強い国との取引も展開しています。フランスはGDPに占める航空宇宙産業の比率が最も高い国で、航空宇宙産業の規模も日本の4倍あり、マーケットチャンスが大きいと判断したのです。
リヨンは欧州のハブ空港なので、欧州のどの国にも1時間程度で行けます。スイス、ドイツ、デンマーク、イタリアなどの企業と取引が始まっています。
日本企業のマーケットを広げるためにも、頑張るぞという気持ちです。

株式会社由紀精密 / 由紀ホールディングス株式会社 代表取締役社長 大坪正人氏

患者の負担を軽減する脊椎インプラントを開発

――医療機器も高い技術が求められる分野ですが、どのような製品を開発されているのでしょうか。

大坪 医療機器としては、背骨を固定する脊椎インプラントというものを開発しています。インプラントというと歯医者さんで使うものを思い浮かべる方が多いかもしれませんが、背骨の損傷や変形等に対応するために、複数の脊椎にねじをねじ込み、それらをロッドで固定する、いわば背骨のギプスのようなものです。これは、インプラントそのものも開発しましたが、その手術でお医者さんが使う手術機器全体も設計・製造しました。当社が医療系商社から依頼を受け、お医者さんと5年かけて開発しました。

元々由紀精密はねじ屋から始まっているので、ねじ製造は得意ですが、材料がチタンであることと、非常に特殊な医療機器の要求事項を満たさなければいけないところに苦労しました。
精度だけではなく、洗浄や表面の仕上がりのよさ、それから識別するための色も重要になってきます。

――こうした航空宇宙や医療などの部品開発は、開発部が担っているとのことですが、その目的や機能を説明していただけますか。

大坪 私は学生時代も前職でも、機械設計をやっていました。そのおかげで、図面を元に、コストダウンのための改良や、部品の検査機器の設計の相談にも乗ることができました。そんなニーズが多くなってきたので、開発部を私と社員の2人で立ち上げました。
これが「研究開発型」町工場のスタートでした。機械設計と加工部門が一緒になることで、加工をわかった設計開発ができ、製造の際にトラブルや手戻りが少ない、トータルコストを抑えるなど、お客様のメリットにもつながります。今、開発部員は12人に増え、売り上げは製造部門を上回る月もあります。

企業の想いをブランディングに込める

――コーポレート・ブランディングを重視しておられます。ロゴマーク一新、精密コマ、機械音をアレンジした音楽レーベル「INDUSTRIAL JP」の発表など、意表を突く挑戦をされています。ブランド戦略についてお聞かせください。

大坪 どうしても、大企業と中小企業ではコーポレート・ブランディングへの意識とお金の使い方は大きな差ができてしまいます。由紀精密に戻ってから、中小企業でも、大企業と同じくらい力を入れてブランディングにこだわりたいと思い、新しいロゴには、自分たちはどういう会社を目指すのか、その想いを込めました。

株式会社由紀精密の新しいロゴと大坪氏

大坪 2011年のパリ航空ショーに出展した時、当社の旋盤技術を世の中に伝えるには何がいいかを考え、精密コマ(写真3)を思いつきました。3分間以上も回り続ける直径1センチほどのコマで、よく売れています。これが縁となって、多数のものづくり企業が参加するコマの全国大会が開かれるようになりました。

写真3:精密コマ(SEIMITSU COMA)写真提供:株式会社由紀精密

写真3:精密コマ(SEIMITSU COMA) 写真提供:株式会社由紀精密

大坪 音楽レーベル「INDUSTRIAL JP」は、大学の機械工学科時代の友人で、現在は大手広告代理店に勤めるクリエーターとの会話がきっかけでした。「触れる機会が少ないが潜在的にものづくりが好きな若い人たちに、現場のおもしろさを伝えたい」、「大企業だけではなく中小企業の魅力を伝えるためにどうすればよいのか」というのが機械工学出身の2人の意見でした。それを達成するために意見を交わし、さまざまな機械音を素材としてサンプリングし、映像と音楽にしてレーベルにしたサイトを公開したのです。
それが世界最大級の広告祭「カンヌライオンズ」のブロンズ賞などいくつもの広告賞を受賞し、多くの方に知っていただくことができました。曲は今も少しずつ追加しています。

持ち株会社として、優れた技術を持つ中小企業にプラットフォームを提供

――2017年秋、中小企業を傘下に抱える持ち株会社(由紀ホールディングス)を設立されました。どのようなグループ経営を目指しておられるのでしょうか。

大坪 優れた技術を持つ中小製造業をグループ化し、資金調達、製造技術開発、人財採用、デザイン、海外展開などの機能を提供することで、技術をさらに応用展開して伸ばしていくということを目指しています(写真4)。これは、前職での、技術力は高いけれど経営に苦しんでいる企業に出資し、自分ごととして経営を立て直す技能の伝承や経営改善のための金型革新ファンド(通称雷鳥ファンド)の取り組みに共感し、その想いはずっとありました。
そうした経験を元に、2018年1月、すでに製造業をグループ化していたVTCマニュファクチャリングHDから委ねられ、ニッチな分野で高い技術力を持つ中小企業7社を譲り受けました。その後も増えて今は13社です。
「LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)」はファッション、酒、化粧品、時計など多様な企業群を抱え、長期的なビジョンに基づき1つ1つのブランドの個性を光らせることでグループ全体の競争力を高めているものづくり企業です。由紀ホールディングスもそういった企業を目指したいと思っています。

写真4:由紀ホールディングス株式会社の体制。優れた要素技術を持つ製造業のグループ YUKI Holdingの持つプラットフォームを各社が活用 (YUKI Method™)。
写真提供:株式会社由紀精密 ©︎YUKI Holdings Inc. All rights reserved.

企業永続の手法の1つとしていずれは株式公開も視野に

――由紀精密はリアル「下町ロケット」と親しみを込めて呼ばれています。日本のものづくりを支える多くの町工場が世界で輝くために、アドバイスをお願いします。

大坪 今、長く存続している会社には何か強みがあるはずです。その強みを見つけることから始めることが大事だと思っています。日本人は技術的に優れた企業であっても、少しでも自社よりいい会社があると知ると、「ウチはたいしたことはない」と謙遜しがちです。もっと自社の技術に自信を持ち、その強みを伸ばしていくことが大切であると考えています。
リーマンショックに大震災。新型コロナウイルスも心配ですが、経営者としては、常に不測の事態に対応していかねばならないと思っています。
企業を永続させるにはいずれ株式公開も選択肢の1つだと思います。今はオーナー企業なので長期的視点で経営ができますが、上場したら株主総会で短期的利益を最大化することを求められてくるかもしれません。
今の私が思い描いている構想を会社の文化として残せるか、長期的視点に立つ経営ビジョンを株主に理解してもらえるか――そこがこれからのポイントだと思いますが、それを乗り越えてこそものづくり企業として、より多くの社会課題解決の道が開けると思っています。

株式会社由紀精密 / 由紀ホールディングス株式会社 代表取締役社長 大坪正人氏

TEXT:木代泰之、 PHOTO:倉橋 正
※本記事は、緊急事態宣言発令前の取材に基づいて制作しています。

大坪 正人(おおつぼ・まさと)

株式会社由紀精密 / 由紀ホールディングス株式会社 代表取締役社長
1975年神奈川県生まれ。東京大学大学院工学系研究科卒。大学院修了後、3次元プリンターで当時国内最大のサービスを展開していた株式会社インクス(現ソライズ株式会社)に入社。ハードウェア部門の責任者として高速金型部門に所属し、世界最高速で金型を作る工場を立ち上げる。その金型工場は世界の携帯電話試作金型の3割のシェアを取るまでに成長し、第1回ものづくり日本大賞、経済産業大臣賞を受賞。
2006年、当時経営危機に瀕していた実家の株式会社由紀精密に入社。電気電子業界から航空宇宙や医療関連へとビジネスの方向を転換。独自に開発部門を立ち上げ、10年間で売り上げ4倍、航空宇宙医療分野で全売り上げの7割という高付加価値の会社へと改造する。2017年10月、由紀ホールディングス株式会社を創業。