eスポーツはオリンピックの夢を見るか?

すでに競技大会が花盛りのeスポーツ

来年7月に開催予定の東京オリンピック大会では33の競技が実施される。28競技は正式競技、野球や空手など5競技は主催都市提案の追加競技である。競技として認定されるためには男子の場合、「75カ国以上かつ4大陸以上」、女子の場合、「40カ国以上かつ3大陸以上」で実施されていることという条件に合致する必要がある。参考までに冬季オリンピック大会の場合は「25カ国以上かつ3大陸以上」。さらにスポーツと認定されるのに必要な要素は遊戯、運動、闘争というのがフランスの学者の定義である。

このような条件を前提にすると、2024年に開催予定のパリ・オリンピック大会に有望な競技として浮上してくるのが「eスポーツ」だ。これは「エレクトロニック・スポーツ」の略称で、一般にコンピューター・ゲームとかビデオ・ゲームといわれる、電子機器を使用してディスプレイ装置の画面で対戦する。この競技人口は世界の100カ国以上に1億人以上が存在し、ゴルフの6500万人、野球の3500万人を大幅に上回り、遊戯、運動、闘争というスポーツの要件も満足している。

すでに前兆がある。2018年にインドネシアで開催されたアジア競技大会では正式種目ではなく参考競技として6種類のゲームが実施された。2022年は中国の杭州でアジア競技大会が開催されるが、杭州はeスポーツを都市産業とする構想を立案し、都心にeスポーツ専用スタジアムも建設、正式種目を目指している。日本でも昨年、茨城で開催された国民体育大会の文化プログラムとしてeスポーツ競技が開催されて人気となり、茨城の会場には予選があった前日と合わせ全国から選手や観客ら約2500人が詰めかけ、盛り上がりを見せた。

出典:「全国都道府県対抗eスポーツ選手権2019 IBARAKI」グランツーリスモSPORT部門 決勝大会。©2019 Sony Interactive Entertainment Inc.

出典:「全国都道府県対抗eスポーツ選手権2019 IBARAKI」グランツーリスモSPORT部門 決勝大会。©2019 Sony Interactive Entertainment Inc.

コンピューターとともに発展したeスポーツ

eスポーツを「電子装置を使用して人間同士が対戦するゲーム」と定義すると、コンピューターの歴史に匹敵する歴史がある。世界最初のゲームと認定されているのは1958年にアメリカの研究機関の所員が施設見学に来所する人々の娯楽として提供した「テニス・フォー・ツー」で、白黒の画面でボールを往復させるゲームだ。有名なゲームはマサチューセッツ工科大学の学生が研究室内の小型コンピューターで開発した、ディスプレイ装置で2隻の宇宙船が撃墜しあう「スペースウォー!」というシューティング・ゲームである。

当時は小型コンピューターといえども高価で、一般の人々には無縁の機械であった。そこでゲームのプログラムを内蔵した装置をゲームセンターに設置するアーケードゲームとして、1972年にアタリという会社が発売したのがテニスゲーム「PONG」である。白黒の画面の中央にネットに相当する白線があり、ボールに見立てた四角の図形が左右に移動する。その位置にラケットの図形を移動して返球するという単純な内容であった。しかし目新しいということで人気となり、約1万台が生産され全米に普及した。

アタリが開発資金調達のために株式をワーナー・コミュニケーションズに売却し、1977年に発売したのが時代を変革した「アタリ2600」である。機械をテレビジョン受像装置に接続して専用のコントローラーで操作する方式で、ゲームはカートリッジで販売された。アメリカの家庭の3割に普及するほどの人気となったが、サードパーティーによる粗製濫造のゲームの販売や、需要予測の間違いによる大量のゲーム・カートリッジの廃棄などにより、1985年にはアタリショックといわれる凋落が発生した。

しかし、カートリッジでゲームを提供する方式は業界を魅了し、装置を発売する会社が次々と登場して10数社が競争する戦国時代になる。それらを最初に制覇したのが、1983年に任天堂が発売した「ファミリー・コンピューター(ファミコン)」である。装置は世界累計で6200万台が普及、それに対応するゲームが多数の企業から次々と発売され、最初の10年間で1000種類以上になった。それらのなかで最高の人気は1985年に発売された「スーパーマリオブラザーズ」で、4000万本も販売された。

既存のスポーツを圧倒するeスポーツ

このように普及して来た結果、若者同士が対戦する大会が1990年代から登場してきたが、世界を対象にした大会は2000年に韓国の官庁とサムスン電子が主催した「ワールド・サイバー・ゲームズ」である。最初の4年は韓国で開催され、以後、アメリカ、シンガポール、イタリア、ドイツ、中国など世界各国を巡回している。2003年にはフランスのゲーム企業が主催した「エレクトロニック・スポーツ・ワールド・カップ」も登場し、運営主体が何回か交代しているが、毎年、大会を開催している。

このような興行も影響し、eスポーツは急速に人気になっているが、いくつかの指標で既存のスポーツと比較してみる。まず競技人数であるが、若者が家庭でゲームをするという人数を除外した数字は、冒頭で一部を紹介したように1億人である。アメリカで人気のバスケットボールの4億5000万人やヨーロッパ、南米、アフリカで人気のサッカーの2億6500万人、インドに根付いているクリケットの1億5000万人よりは少数であるものの、テニスと同等で、ゴルフや野球を上回っている(図1)。

図1:世界のスポーツ競技人口,2018年 出典:NHK解説委員室

最近のスポーツはテレビジョン番組で視聴する人数の多寡が人気を反映しているが、これまでテレビジョンの視聴者数が断然多数とされてきたアメリカンフットボールの決勝「スーパーボウル」が1億人、アメリカのプロ野球の「ワールドシリーズ」の決勝が2800万人、アメリカのプロバスケットボールの決勝が2400万人である。一方、「リーグ・オブ・レジェンド」という5人のチームで対戦するeスポーツの世界大会の決勝では、視聴者数1億2800万人と世界最大の数字になっている。

さらに競技大会の賞金でもeスポーツは高額である。ヨーロッパのサッカー大会「UEFAチャンピオンズリーグ」は50カ国以上のクラブチームが9カ月をかけて競技をするが、賞金総額は1000億円になる。テニスの最高の競技大会「ウィンブルドン大会」は45億円、2006年から開始された野球の「ワールド・ベースボール・クラシック」が17億円、歴史のあるゴルフ大会「全英オープン」は12億円であるが、eスポーツの一例「DOTA2」というゲームの世界大会は賞金総額が35億円にもなっている。 さらにeスポーツの特徴は急速な発展である。市場規模では2014年が220億円であったが、昨年は1200億円と5年で5倍以上の拡大であるし(図2)、テレビジョンでの視聴者数も2014年の2億人から2018年には4億人に接近している。この視聴者数の地域の分布はeスポーツが従来のスポーツとは相違する特徴を明示している。2017年の数字では、アジアが51%、ヨーロッパが18%、アメリカが13%となっている(図3)。これまでの欧米中心から新興アジアへという逆流が発生しているのである。

図2:世界のeスポーツの市場規模,2018年 出典:GLOBAL ESPORTS MARKET REPORT2016-2018

図3:eスポーツの視聴者数,2017年 出典:GLOBAL ESPORTS MARKET REPORT2017

オリンピックへの道筋にただよう暗雲

今回の新型コロナウイルスの蔓延がeスポーツに新規の展開をもたらした。大半のプロスポーツの試合ができなくなったため、代替として一流のプロ選手が参加するeスポーツ大会が開催されはじめたのである。中止となったテニスのマドリード・オープンは世界順位20位以内の男子、30位以内の女子がそれぞれ9名参加したeスポーツ大会に転換され、メジャーリーグ・ベースボールは30球団から1人ずつ参加したeスポーツ大会を実況中継している。賞金の大半は寄付されているが、eスポーツの認知に役立っている。

このような展開はeスポーツのオリンピック大会への展望を強化するようであるが、問題がある。近代オリンピックを創設したP・ド・クーベルタンの理念は金銭の報酬を受領しないアマチュアリズムであった。実際、1912年のストックホルム大会の十種競技と五種競技の勝者J・ソープはアメリカのプロ野球の経験があったことが判明し、メダル剥奪・記録抹消となった。しかし、1974年にオリンピック憲章からアマチュア規定は削除され、ソープも死後の1982年に名誉が回復されている。 しかし、eスポーツの競技大会はゲームを開発している企業の主催が大半であるうえ、賞金も桁外れである。昨年、ニューヨークで開催された戦闘ゲーム「フォートナイト(Fortnite)」の世界大会では、予選に世界から3000万人が参加し、それを通過した100人の決戦となり、最後の1人となった16歳の少年が獲得した賞金が300万ドルであった。当然、このような賞金で生活しているプロゲーマーも多数存在する。特定の企業の開発したゲームで高額の賞金を争奪する競技がオリンピック競技となりうるかは微妙である。 スポーツという英語が現在の意味になったのは近代とされるが、語源はデスポルターレで気晴らしという意味であった。それが遊戯から運動そして闘争に展開してきたのがスポーツである。その意味ではeスポーツも着実に同一の道筋を進行している。古代ローマの箴言「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」は誤訳で、「神様に依願するのは心身ともに健康であること程度にすべし」が本義であるという。eスポーツも一大商業催事になったオリンピック大会を目指すのではなく、心身の健康に役立つ活動を目指すのが本来である。

TEXT: 月尾嘉男、アイキャッチ出典:Shutterstock

月尾嘉男(つきお・よしお)

東京大学名誉教授
1942年愛知県生まれ。1965年東京大学工学部卒業。1971年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。1978年工学博士。名古屋大学工学部教授、東京大学工学部教授、総務省総務審議官などを経て、2003年より現職。2004年2月ケープホーンをカヌーで周回する。専門はメディア政策。著書は『IT革命のカラクリ』『縮小文明の展望』など。趣味はカヌー、クロスカントリースキー。
・月尾嘉男の洞窟(http://www.tsukio.com/