コロナ禍を機にデジタル化は10倍速、100倍速で進む――日本にとってはイノベーションのビッグチャンス

コロナ禍に背中を押されるように、デジタル化が一気に進んでいる。デジタル化で世界に後れを取ってきた日本だが、OECD(経済協力開発機構)東京センター所長の村上由美子氏は、「今、面白いアイデアやビジネスチャンスが、それこそ土筆(つくし)のように頭を出してきている」と期待を寄せる。
だが日本は世界で最初に少子高齢社会に突入しており、労働生産性は先進7カ国中最下位。これらの課題をいかに克服し、新たなビジネスチャンスを生かすかが経済復興への大きな課題だ。
村上氏は著書『武器としての人口減社会』の中で、「日本は少子高齢社会による労働力不足の中で、デジタル化を迎えている。他国にはないアドバンテージになる」とし、人口減少のプラス面に着目する。
村上氏は3人の子育てをしながら国連や外国金融機関で活躍し、2013年に民間企業出身者として初のOECD東京センター所長に就任した。今気になるのは、日本女性の就業率が高まっているにもかかわらず昇進の事例が少なく、男女の賃金格差があまり是正されていないことだという。
未曽有のコロナ危機の中、転機を迎えている日本。今何をすべきか村上氏に伺った。

(この取材は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言解除直後、Web会議システムを介して行いました。)

 

勝ち負けがはっきりする変化が起きる

――コロナ禍が世界経済に大変な打撃を与えています。その一方で、社会のデジタル化が一気に進もうとしています。これを機に世界はどのように変わっていくと見ていらっしゃいますか。

村上 コロナ禍の影響は長く続くでしょう。現段階で言えることは、以前から世界で進んでいたデジタル化のスピードが、一気に10倍速、100倍速になったということです。これから1~3年間、コロナ危機への対応を考える上で大切なことは、猛スピードのデジタル化をいかに労働生産性の向上につなげていくかです。国、産業、企業、個人という各レベルで、自然淘汰というか、勝ち組、負け組がはっきりする変化が起きるでしょう。
デジタル化のうねりの中では、いろいろなビジネスチャンスが生まれて来ます。それをどのように自分のアドバンテージにし、新しい芽をいち早く見つけて事業化し拡張するか。そこに勝機を見出すことができます。デジタル化は社会システムの変革も促すので、デジタル化だけにとどまらない幅広いビジネスチャンスが生まれ、イノベーションを可能にしてくれます。
今の変化のスピードは、これまで受け入れていたスピードとはまるで違います。その変化に乗っていけない企業や個人は厳しい状況になります。腹をくくり、覚悟を決めて取り組むしかありません。

OECD東京センター所長 村上由美子氏

ビデオ通話にてインタビューを実施

1+1を3や5にするマインドを持って切磋琢磨する

――日本の労働生産性はOECD加盟国中22位、先進7カ国中最下位です。どうすれば生産性を高められるのでしょうか。

村上 2019年4月から「働き方改革関連法」が施行されましたが、日本では労働時間の短縮ばかりにフォーカスが当たり、主な論点になっていました。確かに日本は通勤時間も労働時間も長いのですが、これを短くしても、働き方の効率が上がらなければ、会社の利益は増えず、給料も上がりません。時短ばかりにこだわるのは方向性が違うと思っていました。労働生産性を高めるために必要なのは、いかに付加価値を付けるかであり、労働時間の長い短いは関係ありません。
付加価値は、今までと同じようなやり方や、同じ商品・サービスのままでは今日も明日も変わりません。今まで出来なかったことが出来るようになったり、新しい商品・サービスを提供したりすることが必要です。これまで誰もが思い込んでいた常識や固定観念に縛られず、1+1を3とか5にするようなマインドを持ち、切磋琢磨することが不可欠です。そういう環境を企業が人事システムとして作る、あるいはマクロ的に日本全体で作る。またバックグラウンドが異なる人たちが接触すれば、化学反応的に、今まで思いつかなかったアイデアが生まれるかもしれません。
今はやりのリモートワークは通勤時間を短くし、効率的に時間を使えるようにしてくれますが、仕事の付加価値が増すわけではありません。リモートワークだけで生産性が上がるという議論は、浅いと思います。

イノベーションの基本的条件がそろっている日本

――昨今の日本は画期的なイノベーションがなかなか生まれません。その理由はどこにあるのか、どうすればイノベーションが可能になるのでしょうか。

村上 各国のイノベーションを促進するための環境を調べたOECDの報告によると、日本はイノベーションに必要な基本的条件、例えばインフラ、研究開発体制、特許数、人的資源のレベルなどは世界でもトップクラスと言ってよいほどよく整っています。ただ、そうした優れた項目が線としてつながっていないために、イノベーションが起きにくいのです。しかし、それは日本が絶対的に解決できないような問題ではなく、やりようによっては可能だと思います。
例えば日本の特許の多さは世界でも最高レベルですが、特許をいくらたくさん持っていても、またノーベル賞学者が何十人いても、アイデアを事業化して価値を生まなければ、生産性は向上しません。日本のテクノロジーのレベルはとても高いので、今デジタル化の中で面白いビジネスチャンスが土筆(つくし)のように頭を出してきています。それを大きく育てるためにはスタートアップ、つまり起業家たちにフタをしないこと、そして敗者復活戦を必ず用意することです。
社会全体がこうした環境を整えていけば、これから日本は面白い局面を迎えることができます。イノベーションをなかなか実現できなかった日本ですが、コロナ対策がもたらした課題によって、背中をドンと押されていると感じています。

OECD Forum 2018 にて。 Photo:OECD/Andrew Wheeler 写真提供:村上氏

OECD Forum 2018 にて。 Photo:OECD/Andrew Wheeler

リスクを取ることにアレルギー反応が強い

――日本の「事業所廃業率」の低さ、産業の新陳代謝の少なさをかねてより指摘されていますね。

村上 OECD加盟国の多くの事業所廃業率の平均は約10%ですが、日本は長年数%で推移しており、直近では3%台まで低下しています。廃業が出ないことは失業者が出ないので良いことのように見えますが、実は市場が満杯で新規参入が難しいことも意味しています。コロナ禍がもたらした課題は多くありますが、この状況は新陳代謝を促す機会にもなりえます。
日本では、リスクを取ることにアレルギー反応がとても強い。私が学んだ米スタンフォード大学の同級生には起業した人が多くいましたが、3~4回は倒産を経験し、教訓を学んでやっと4~5回目に成功するのが普通でした。失敗を社会が寛容に受け入れています。
日本も同じように社会が受け入れていかないと、イノベーションを盛んにすることは難しいと思います。日本の教育は減点主義ですが、先ほど言いましたように、1+1の回答は2だけではないと教えるような複眼的アプローチが必要です。英語で言えば、Agree to disagree。価値観や意見は違うけれども、「そういう考え方ややり方もあるんだね」と、認め合うマインドを子どもの頃から教えることが大切です。

真のダイバーシティは属性ではなく思想や価値観にある

――イノベーションにはダイバーシティが必要だ、ともおっしゃっています。

村上 多くの日本企業がダイバーシティを掲げていますが、率直に言って、アリバイ化しているような感じがします。同質性の高い組織は、自分が見えていないことに気が付きません。1+1は2という人ばかり集まっていると、「いや3かも」とは言い出せません。
日本では国も企業も、女性や外国人の割合を何割にしようといった議論に走りがちですが、属性が男性であれ女性であれ、外国人であれ日本人であれ、その人の思想、価値観、視点に多様性があるかどうかがポイントです。アリバイ作りに足を取られてはいけません。
グローバル展開している日本企業でも、意思決定する人たちのプロフィールをみると、国籍も年齢も驚くほど同質性が高い。これは世界でも珍しく、それゆえに失っているビジネスチャンスは多いと思います。ここにメスを入れれば、日本企業はもっとグローバルビジネスですごいことができるはずです。

大阪大学でダイバーシティや仕事の未来について講演。 写真提供:村上氏

大阪大学でダイバーシティや仕事の未来について講演。 写真提供:村上氏

大阪大学でダイバーシティや仕事の未来について講演。

日本ではデジタル化が労働力不足を解消する

――ご著書『武器としての人口減社会』の中で、「少子高齢化とデジタル化を同時に迎える日本は有利」と述べておられます。この点について説明していただけますか。

村上 人口減少はとかく「日本沈没」みたいな悲観論に陥りがちです。負の遺産であることは否定しませんが、逆に人口減の社会だからプラスになることもあります。
先進国は若者の失業率が高止まりしていますが、日本は低失業率で、むしろ労働力不足が問題になっています。どの国にも「IT化や自動化によって仕事が奪われる」と反対する人々がいますが、日本では逆に「IT化が労働力不足を解消する」と期待されています。こんなアドバンテージのある国は他にありません。
日本は人口減の課題先進国でもあります。人口減は、世界の国々が10~30年後に100%経験することです。つまり日本は、この世界的大問題を欧州や韓国、中国などより一足早く経験しています。人口減社会にふさわしい新システムやサービスを創出すれば、その応用先は世界中にあり、おいしいビジネスになります。
私の母は25年前に島根県でドラッグストアを起業しました。母は父親を介護した経験から「これからは大人用のオムツが絶対に売れる」と気が付き、店の中に介護コーナーを設けて、大ヒットしました。いま大人用のオムツの生産は赤ちゃん用オムツを上回るまでに成長しています。こうしたビジネスチャンスへの気付きがマクロ的に広がれば、日本はピンチをチャンスに変えることができます。
OECDの「成人力調査」は、世界の大人(16~64歳)の読解力と数的思考力を調べていますが、日本は両項目とも圧倒的に世界1位。日本人は一人一人の粒がそろっているので、デジタル化に対応するリスキリング(再教育)がやりやすく、経済を底上げしやすい環境にあります。これを生かさない手はありません。

ASEAN Business and Investment Summit 2017 写真提供:村上氏

ASEAN Business and Investment Summit 2017

女性の就業率は高まったが、報酬は低レベルのまま

――日本では女性の社会進出の遅れが指摘されています。グローバルな視点からは、どのように見られているのでしょうか。

村上 日本女性の就業率はこの数年で向上しました。安倍首相が7年前に「女性の活躍推進」を成長戦略の1つに掲げてから、多くの女性が働くようになりました。しかし、男女間の賃金格差はあまり是正されておらず、女性の報酬は低レベルのままです。OECDの調査では格差は約25%あり、韓国と並んで加盟国中の最下位です。
その理由の1つは、女性が企業などの管理職や意思決定を行うポジションに就いていないことです。政治の分野では女性の国会議員比率は10%という恥ずかしいレベルです。非正規労働が多いという問題もあります。
日本企業のトップの方は「女性に活躍してほしいのだけれど、人材がいない」とよくおっしゃいます。実際に役員候補になる女性がいないのでしょうが、候補者を育てて来なかったのは誰なのかと思います。男性と女性が同じ条件で昇進できるような環境をしっかり構築してきたかどうかが問われているのです。
10人のうち1人だけが女性という構成では、クリティカルマス(普及が急速に進むための分岐点)に達することができません。やはり少なくとも3人、4人が必要です。下から上まで全てのレベルでクリティカルマスを考えていくことが重要です。先ほどご紹介したOECDの「成人力調査」では、日本女性は本当にレベルが高い。活用しないのはまさに「宝の持ち腐れ」です。

OECD東京センター所長 村上由美子氏

米国ではヘルパーやナニーの雇用が当たり前

――日本の多くの女性が家事分担や介護の大変さを抱えているために、管理職への昇進を打診されても「私はいいです」と身を引いてしまうという話もよく聞きます。

村上 OECDのデータでは、日本女性の無償労働の割合は男性より圧倒的に多いですね。つまり女性の家事分担の割合がとても高いので、やむなく昇進を諦めるのです。私がもし日本のそういう環境にいたら、同じ思考になっていたかもしれません。
私は3人の子どもがいますが、米国で働いていた時はヘルパーさんや住み込みのナニーさん(母親に代わって子育てをする資格を持つプロフェッショナルな女性)を雇い、家事や育児を任せることで、仕事に打ち込むことができました。私がいたゴールドマン・サックスには、直属の上司をはじめ、私と同じような環境の女性たちが結構いました。そういう人たちを見ながら、それが当たり前だと思って働いていたのです。ですから、ロールモデルの存在はとても大切です。
日本に帰って来たら、ナニーという職業がそもそもなく、ヘルパーさんに家事を任せることも一般的ではないことを知り、日本の働く女性たちの大変さにあらためて気付きました。ただ、日本もこの数年で随分変わってきました。ナニーさんも徐々に普及し始めており、社会の意識変化が起きていると感じます。

――多忙な中で、お子さんたちとの時間はどのように工夫されていますか。

村上 講演をすると、「そういうやり方では、将来的にお子さんがグレたりしませんか?」とよく質問されます。これは個人の価値観の問題です。「みそ汁は絶対母親が作らなければいけない」という価値観をお持ちの方はそうするのがいいと思います。ただ私の価値観は「人生は1回しかなく、1日24時間しかない」ということです。ですから、帰宅後の家族と過ごすとても貴重な時間を、私があまり得意ではない料理や洗濯、掃除に追われて消耗するより、その分野が得意なプロにお任せする。そして、子どもたちと今日の出来事を話し合ったり、寝る前に一緒に本を読んだりする時間に当てています。
授業参観に行けないこともありますが、がんばる母親の姿を見ることが子どもには大切だと思います。

OECD Forum 2018 Photo:OECD/Andrew Wheeler 写真提供:村上氏

OECD Forum 2018にて。 Photo:OECD/Andrew Wheeler

ウイメンズ・ネットワークを結成してクリティカルマスを作る

――働く女性たちが企業を超えてネットワークを持つ大切さを強調されています。アドバイスをお願いします。

村上 仕事と家庭を両立させて働く女性にとって、身近にロールモデルが少ないのは悲しいかな日本の現実です。女性が10人のうち1人だけという状況はとてもきつい。自分のチームや会社の外で、同じ悩みを抱える人たちとウィメンズ・ネットワークを結成し、仲間を増やしてクリティカルマスを作るのは良いことです。
ゴールドマン・サックス時代に、私は会社の外にウィメンズ・ネットワークを広げていきました。何しろ絶対数が少ないので、チーム、会社、産業、国の枠を超えてつながらないと、クリティカルマスは達成できません。
OECDにもウィメンズ・ネットワークがあります。リモートワークの今は、パリ本部にいても東京にいても距離はみな同じ。デジタルで世界がつながる環境を生かしたらいいいと思います。
例えば、子育てで苦労している世界の働く母親たちがリモートでつながるのも一案です。プラットフォームとして共有すれば、「休校中の子どもがゲーム漬けになって困る。いい知恵はないかしら」など、悩み相談室にもなるでしょう。

自分のキャリアを自分で築くために会社に能動的に働きかける

――自分のキャリアは会社任せにせず、もっとオーナーシップを考えよう、と述べておられます。終身雇用が急速に変化する今、ビジネスパーソンが持つべき心構えをお聞かせください。

村上 日本企業では人事部が社員のレールを敷くのが普通でしたが、メンバーシップ型雇用からジョブ型への移行が加速しています。自分のキャリアは会社任せにせずに自分で築いていくというマインドを持った人が、最終的に納得できるキャリアを築けると思います。
今は人事部のレールに乗る人の方が多いと思いますが、どこかの段階で「あっ、しまった!」と思うのではないでしょうか。自分のキャリアを作るために、会社に対して「こういうトレーニングを提供してください」「バッターチャンスを与えてほしい」と能動的に働きかける。会社もそういう社員をサポートし、同じ方向を向くことでダイナミズムが生まれます。
あるいは自ら終業後に目指す分野の学校に行ったり、ネット受講して次のステップへのスキルを身に付ける。そうすれば、自分の目指す新しい環境にステップアップするチャンスも生まれます。いずれにせよ、自分のキャリアは人事部の敷いたレールに漫然と乗っているのではなく、自分自身の意志で築く。コロナの体験で、皆さんこのことにあらためて「自分事」として気付かれたのではないでしょうか。

TEXT:木代泰之、写真提供:村上由美子

村上由美子(むらかみ・ゆみこ)

OECD東京センター所長
上智大学外国語学部卒、スタンフォード大学院修士課程(MA)、ハーバード大学院経営修士課程(MBA)修了。その後約20年にわたり主にニューヨークで投資銀行業務に就く。ゴールドマン・サックス及びクレディ・スイスのマネージング・ディレクターを経て、2013年にOECD東京センター所長に就任。OECDの日本およびアジア地域における活動の管理、責任者。政府、民間企業、研究機関およびメディアなどに対しOECDの調査や研究、および経済政策提言を行う。ビジネススクール入学前は国連開発計画や国連平和維持軍での職務経験も持つ。ハーバード・ビジネススクールの日本アドバイザリーボードメンバーを務めるほか、外務省、内閣府、経済産業省はじめ、政府の委員会で委員を歴任している。著書に『武器としての人口減社会』がある。