21世紀は慣行主義に代わって「新文書主義」の時代になる――国立情報学研究所社会共有知研究センター長の新井紀子教授はそう断言する。これまでになかった新しいテクノロジーで未来を創り出していくには、慣行によるお手本はないので、自分の考えを仕様書などの文書で正確に表現でき、人の書いた文書を正しく読み取ることが前提になる。
しかし現実には、中高生から社会人にいたるまで、文章を正しく読む「読解力」が不足する人たちが大勢いる。新井教授は「それは国語という教科だけにとどまる話ではなく、数学、理科など全科目に共通して影響する問題だ」と危機感を抱き、読解力を測るためのRST(リーディングスキルテスト)を開発した。
全国の自治体や学校、企業などで、すでに20万人がRSTを受けた。全社員に受けさせた大手企業もある。文書を正確に読んだり書いたりできなければ、日常業務だけでなく何らかのトラブルが発生した際に、訴訟などの企業リスクが増えると想定しているからだ。
今、コロナ禍で多くの企業が働き方を見直すとともに、AIや自動化を活用した業務やプロセスの見直しを図っている。東大合格に挑戦するAI「東ロボくん」プロジェクトを主導した新井教授に、読解力を培う教育や企業の対応、今後のビジネスパーソンの働き方についてお伺いした。

全科目に共通する読解力は誰もアセスメントしていなかった

――RSTを活用する学校や企業が増えています。どのような意図のもとにRSTを開発されたのか、その目的や背景をお聞かせください。

新井 パソコンやインターネットの普及によって、成人が一日に読む文書の量が急増しました。特に21世紀に入りSNSが流行することで、その状況に拍車がかかりました。その結果、読むべき文書の中で「文学」の占める割合が急降下し、1%どころか0.1%を切るような状況になっています。
このような時代に、どんな読解力が求められるのでしょうか。
伝統的に、「読解力は国語の授業で身に付けるものだ」と強く信じられてきました。児童書や文学に親しんでいれば、読解力はおのずと身につくと言われてきました。
でも、本当にそうでしょうか。「文学や国語は好きで得意だけど、理系の文章を読むのは苦手」と言う文系の人はたくさんいます。特に、数学の教科書が読めない人は多いです。計算が不得意かというと、そうでもない。文学を通じて育む読解だけでは、歯が立たないタイプの文書が、明らかに存在するということです。そして、そういうタイプの文書が21世紀には確実に増えていくでしょう。
私たちが接する文書の様相が変化しているにも関わらず、これまで「分野に依らない汎用的な読解力」を誰もアセスメント(客観的に調査・評価)していない、定義すらしていない、ということにある日気づきました。そこで、様々な分野の短文を正確に読み解く力(汎用的基礎読解力)にフォーカスして、読み手の能力を診断するRSTの開発を始めたのです。2016年のことです。
これまで、教科書や新聞、行政文書等を題材にして数千問の問題を作ってきました。2018年には一般社団法人 教育のための科学研究所を設立し、一般へのRSTの提供も始めました。このテストは小学6年生以上、中高生、大学生、社会人まで誰でも受けることができ、すでに20万人が受検しました。

21世紀は文系・理系と分ける時代ではありません。どの科目でも、好き嫌いはあるにせよ、テキストを正確に読み取れるように教育が行われなければならない。それがRSTを開発した目的です。

何千もの問題の中からリアルタイムで出題する

――RSTでは具体的にどのような問題を、どのように出すのでしょうか。

新井 私の最新の著書『AIに負けない子どもを育てる』(東洋経済新報社)では、易しい問題から難しい問題まで、文系・理系の全分野について取り上げています。解く上で必要な知識は小学校卒業までに学校で学ぶ内容と一般常識だけです。小学生向けには問題を易しくしています。それ以上は基本的にどの年代でも同じ問題を解きます。*
*RSTの例題を3問、記事末尾に掲載しています。(編集部注)

RSTは「係り受け解析」「照応解決」「同義文判定」「推論」「イメージ同定」「具体例同定(辞書由来)」「具体例同定(理数教科書由来)」の6分野7項目の分類で測定、診断します。問題文は200文字程度で、誰が見ても一意に決まる答えが書いてある文章です。その文章についての設問に選択肢から答えを選ぶ形式です。またコンピューターが回答をリアルタイムで採点し、初めの数問への反応をもとに、次にだす問題の難易度を受検者の読解レベルに応じて出題する適応型テストを用いています。それを制限時間内で解答し終わると、受検者の能力値の結果とともに能力値にあわせたアドバイスが出てきます。

国立情報学研究所社会共有知研究センター長の新井紀子教授

RSTと全国学力調査の結果には高い相関がある

――RSTは全国で数多くの学校が受検していますが、教育の現場にいる先生方は以前から危機感を持っておられたのでしょうか。

新井 先生方は問題意識を強くもちつつも、「読解は国語」という強い先入観を持っていました。子どもたちが社会に出てから契約書や取扱説明書などの読解力不足で不利益を被ったり、搾取をされたり、夢を失ったりするようなことがないように、学校教育で修正したいと思ってはいても、読解力のレベルを客観的に調査し評価するすべがなく、どのように指導すればいいかも分からない。結局、「このごろの子どもは困る」というような印象論になっていました。そんなときにRSTを知って、「これだったのか」と気付かれる先生が多く、受検を推進する自治体が増えています。
RSTは学力テストの結果との相関が高いことが特徴です。複数の自治体の教育委員会の付属研究所が、RSTの測定結果と文部科学省が行う全国学力調査との相関を調べたところ、国語だけでなく数学や理科との高い相関係数(0.6~0.7)が出ました。数学や理科は、文章題が何を問うているのか、どんな状況を述べているのかを正しく理解しないと、問題が解けません。RSTが測る「問題文を正確に読む力」は、まさに学ぶ力に直結しているのです。

読解力を高めるための授業案を自治体と作成

――子どもたちの読解力を育成するには、教育をどのように変えていけばよいのでしょうか。

新井 私たちは今、福島県、板橋区、世田谷区、埼玉県戸田市などと協力して、読解力を高めるための授業案を作っています。RSTの診断をもとに子どもが読めない問題の傾向を把握し、読めなさの偏りを正すために宿題や授業で対応すれば、全員が教科書を正しく読めるようになります。先生方からは、こういうことを意識した授業をしてこなかったという感想が聞かれました。生徒の間違いに対して、「日本語を母語として育ってきたのだから、いずれ分かるはず」「もう少し注意深く読めば分かる」などと考えていたのです。福島県や板橋区では、先生方が日ごろの授業でこの点を意識したところ、子どもたちが授業で書く文章の表現が格段に向上しました。
子どもも含め人間の読み方には癖があります。放置すると、その癖はだんだん固定化し、強くなります。それが原因となって得意・不得意分野が生じたりしますが、適切に介入すれば修正は可能なのです。

――読解力がこれほど低下した原因はどこにあるとお考えでしょうか。

新井 戦後70年間、国語教育は「読解」について科学的な定義をせず、アセスメントも行ってきませんでした。そのツケが回ってきたと言えるのではないでしょうか。戦後の「一億総中流」と言われたころは、みんなが家庭でテレビを見たし、新聞も読んでいたので、学校の国語教育が科学的に機能しなくても、ある程度読むことができていました。
しかしインターネットが普及しスマホが子どもたちの間にも浸透していくにつれ、新聞を購読しない家庭が増え、同時に大人も子どももじっくり読書をするという習慣がなくなっていきました。そういう中で、共通の語彙や常識も減っていきました。格差も拡大しました。そこを把握して、介入するのが学校教育の本来の使命です。が、汎用的な読解力についてはアセスメントをするという発想がなかったので、状況が把握できず、修正できなかったのです。「児童生徒は教科書を読めているのか」という問題意識がなかったことが、危機を招いたのだと思います。

国立情報学研究所社会共有知研究センター長の新井紀子教授

日本企業の利益率の低さは慣行主義に原因がある

――企業でも文書を正しく読めない社員は悩みのタネだと聞きます。RSTへの注目度が高まっているようですね。

新井 現在のビジネスは、「書かれたもの=文書」を中心に回っていますよね。私はこれを「新文書主義」と呼んでいます。昭和の頃は慣行主義で、隣の席の先輩を見習って、その通りのことをやっておけばよかったのです。しかしリーマンショック後、コンプライアンスが重視されるようになり、現在ではサプライチェーンのグローバル化もあり、ビジネスの文書主義化がさらに進んでいます。仕様書や設計書などの文書や連絡メールを正しく読めないことでミスが起きると、生産性が下がるとともに、訴訟などのリスクが高まります。ものごとを慣行で処理していると、後になって「思っていたものと違う」といったトラブルも起きやすい。「悪意はなかった」では通用しません。

また多くの企業がデジタル変革に取り組んでいますが、新しいテクノロジーの実現に際しては、既存の手本がないので、すべてを仕様書に書きこむ必要があります。抽象概念を理解し、それを正しく伝える仕様書を書く、あるいは書かれた文書を正しく理解する。このような文書主義への適応力がなければ、未来のテクノロジーを手にすることはできません。

AI活用を推進しているある大手企業では、全社員がRSTを受検しています。誰も作ったことがない新技術を開発するには、これまでとは違う論文や理論書を貪欲に読んで意味を理解し、こうなるはずだという設計図を自ら作る必要があります。同社は全社員がRSTを受けることで、各自の課題を発見して改善をはかるとともに、強みをどう生かすかを考えています。人事評価のためではなく、社内のコミュニケーションやチーム力を強化するためにも、全員の読解力のレベルを把握し、高めようとしているのです。

国立情報学研究所社会共有知研究センター長の新井紀子教授

「東ロボくん」の目的は、東大合格ではない

――ところで先生は2011年から東大合格を目指すAI「東ロボくん」を開発されてきました。東ロボくんプロジェクトの目的や成果について、説明していただけますか。

新井 よく誤解されるのですが、東ロボくんの目的は東大合格ではありません。本当の目的は、現在そして近未来のAIの能力の可能性と限界を解明することでした。

初めは苦労しましたが、「2016年度進研模試 総合学力マーク模試・6月」では、5教科8科目の偏差値は57.1を達成しました。東大合格は無理ですが、有名私立大学の合格可能性は80%です。中でも世界史や数学は良い成績でした。世界史はWatson同様に、基本的に情報検索です。数学は正確で限定的な語彙(ごい)から成る文章であれば、自然言語処理と数式処理の組み合わせでかなりの点数が取れることがわかりました。

英語と国語はAIに困難な長文読解を多く含んでいます。研究者たちの取り組みによって、2019年には英語で200点満点中185点という東大合格ラインを超える点数を取りました。第1外国語が英語である国々の問題を集めて万単位のデータセットを作ったことが決め手でした。逆に国語は、日本語を教える国が日本しかなく、データ量が少ないため現状の統計的手法(ディープラーニング等)では打開の見込みが立ちません。
世界史や日本史は伸びる余地がありますが、理科は本当にどうやって解けばいいのか・・・大変難しいですね。数学と理科は何が違うんですか?とよく聞かれるのですが、理科は「この世界についての常識」を持っていることが必須なんです。AIに常識を持たせるのは、AIという言葉が生まれてからずっと取り組んでいる課題ですが、未だに突破口が見えないですね。

東ロボくんのプロジェクトはその可能性と苦手な分野を確認して区切りを付けることができました。しかし「東ロボ」というプロジェクトですべきだと思っていたことを全てやり切ったわけではありません。私は、AI技術の真の限界を見極めるために必要な、一貫性が保たれていて、公平で、高品質で、読解力を多面的に診断できるベンチマークを作るにはどうしたらよいかを考えていました。そして人間が受検したそのベンチマークを、AIにも解かせてみる。そのような考えからうまれたのがRSTですが、人間のAIに対する優位性を明らかにするつもりが、人間の読めなさ加減をも見出すことになったのです。

全体の2~3割ぐらいの職種はAIが担うようになる

――今後AIのレベルが上がることで、AIが担う仕事はさらに広がるのでしょうか。

新井 20世紀初、米フォード社はノウハウのない労働者でも自動車を大量生産できるシステムを考案し、それまでの職人的な労働者を退場させました。今後はそれに匹敵する変化が起きます。AIプラス人間で作業を行うのであれば、高い学歴や職務経験は必須ではないでしょう。人に求められるのは、AIにできない仕事を遂行する能力です。読解力がなくてもできる作業はAIが担うでしょう。
感覚的に言うと、全体の2割から3割ぐらいの職種はAIに代替されるのではないでしょうか。
いま企業のDX(デジタル変革)が進んでいます。新型コロナの感染拡大は、これまでの慣行を見直すきっかけにもなり、この変化を加速させています。今後、あらゆる業務が可視化され最適化される結果、「不要不急」「価値を生まない」業務が発見され、AI化や外注化されたりするでしょう。

必要とされる人材であり続けるために

――これからの社会で必要とされる人材であり続けるためには、どのような心構えを持てばいいのか、改めてお聞かせください。

新井 新文書主義のもとでは、コミュニケーションは「居酒屋で意気投合した」ではなく、文書を通じて正確でスピーディな意思疎通ができるかどうかで決まります。自分がこうしたいと思っていることを矛盾なく早く正確に書けるか、文章から相手の考えをすらすらと正確に読み取ることができるか、不明な点があったら的確に文書で質問できるか、この3点に集約されます。
高度プログラミング人材やクリエイティブ人材になりなさいと言っているのではありません。新しい知識や技術を学び続けるためには、自分は文系だ理系だと言わずに、どんな文書でも読んで理解できるようにする。そこから逃げない。自分の居場所を作るにはそれが大事です。汎用的基礎読解力は大人になっても鍛えることはできます。自身の読解力の傾向を認識することで、改善にむけて取り組むことができる。RSTを考案したのはそういう力を培ってもらうためなのです。

 


RSTの例題(『AIに負けない子どもを育てる』より)

【例題1】 (係り受け解析 難易度:普)
以下の文を読みなさい。

色やにおいで引き付けられた動物は、おしべの花粉を体につけ、別の花のめしべへと運び、植物の受粉を助ける。

この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

植物の受粉を助けるのは(  )である。
① 花粉 ② 動物 ③ おしべ ④ めしべ

(正解②)

【例題2】 (照応解決 難易度:難)
以下の文を読みなさい。

穀類・いも類・砂糖の主な成分は炭水化物である。穀類・いも類には炭水化物のうちでんぷんが多く、砂糖はそのほとんどがしょ糖である。

この文脈において、「そのほとんど」とは何のほとんどを指すか。最も適当なものを1つ選びなさい。
① 穀類・いも類 ② 炭水化物 ③ でんぷん ④ たんぱく質

(正解②)

【例題3】 (具体例同定 難易度:超難)
以下の文を読みなさい。

正の整数を自然数という。また、不足数とは、その約数の総和が元の数の2倍より小さい自然数のことである。

「不足数」に当てはまるものを選択肢の中からすべて選びなさい。
① 0  ② 1  ③ 3  ④ 6

(正解②、③)


TEXT:木代泰之、PHOTO:倉橋正

新井紀子(あらい・のりこ)

国立情報学研究所 社会共有知研究センター センター長・教授、一般社団法人 教育のための科学研究所 代表理事・所長
東京都出身。一橋大学法学部およびイリノイ大学数学科卒業、イリノイ大学5年一貫制大学院を経て、東京工業大学より博士(理学)を取得。専門は数理論理学。2011年より人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクターを務める。2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導。科学技術分野の文部科学大臣表彰、Netexplo Award、日本エッセイストクラブ賞、石橋湛山賞、山本七平賞、大川出版賞などを受賞。主著に「数学は言葉」(東京図書)、『コンピュータが仕事を奪う』(日本経済新聞出版社)、『AI vs.教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)、『AIに負けない子どもを育てる』(東洋経済新報社)など。