情報が溢れて、必要としている人に届いていない。そんな状況を打開するために生まれたWebメディア「soar(ソアー)」は、2015年より、困難がある人をサポートする記事を400本近くリリースし、年間280万人が読むメディアとなっている。

立ち上げ当初は社会的マイノリティや貧困などの社会課題を扱う記事が多かったが、「どんな人でも生きづらさや悩みを抱えている」という思いから、現在は困難があったときに助けを求めて情報を探せる「あらゆる人のためのデータベース」にシフトチェンジしようといている「soar」。新型コロナウイルスの感染拡大により社会が停滞する雰囲気の中、欲しい情報が届くことの意味をNPO法人soar代表理事 工藤瑞穂さんに伺った。

病名がつかない「小さな困りごと」を抱えている人は多い

――困難に直面したときに情報を「知らない」ことが人生の明暗を分けると気づいたことが、Webメディア「soar」を始めるきっかけと語られています。「soar」を始めた背景をお伺いできますか。

工藤 身内が統合失調症になり働けなくなってしまったとき、医療的なサポートがあることは知っていましたがそれ以上の知識がなく、家族が戸惑っているのを見ながら、「病気が進む前にどうにかしたかった」という思いを感じていました。情報を調べる中で、「べてるの家」という、北海道にある精神障がいを抱えた方々の地域活動拠点を知りました。そこでは弱さや情けなさがあることを当たり前と考え、それらを互いに共有することで、幻覚や幻聴などの症状と共存しながら生活することができています。そのような場所があることを驚くとともに、素晴らしい活動が知られていない現状にもどかしさを感じました。

身内はもう10年以上病院に入ったままですが、もう少し早く「べてるの家」のような活動を知っていたら、違う方法があったかもしれません。世の中には病気や障がいのある方に対するサポートがたくさんあるので、もっと困難に直面している方々に届くかたちにしたら社会が良い方向に向かうのではないかと思ったのが「soar」立ち上げのきっかけです。

――Webメディアにはもともとご興味があったのですか。

工藤 どちらかというと、それまで私はリアルに人が集まる場づくりをしてきました。もともとは大学生のときからストリートダンスをしていたのでダンスショーを企画したりと、その人の良い面にスポットライトが当たるイベントをつくることが好きでした。社会課題に関心を持つようになったのは、東日本大震災がきっかけです。原発事故のため避難をした友人と、触れてはいけない話題ができたようで話しにくくなってしまいました。その経験から、ダンスや音楽をやってきた仲間と一緒にお寺や神社で、悩みごとや困りごとを見て見ぬ振りするのではなく、自分ごととして話せる場として、地域コミュニティをつくるためのフェスやチャリティ活動を行いました。

一人で活動するより、“こういう世界になったら良い”という理想に向けて仲間たちと一緒に活動するのが好きなんです。たまたま夫がメディア関係の仕事をしてきたので、インターネットやSNSで情報を届けるという方法を教えてもらいました。今は、リアルな場で作っていたものを「soar」というWebメディアで展開しているという感覚です。

Webメディア「soar」

――「人の持つ可能性が広がる瞬間を伝えるメディアプロジェクト」と表明しているように、「soar」ではかなり広い範囲を扱っていますが掲載記事はどのように決めるのですか。

工藤 2015年に「soar」をスタートした頃は、障がいや病気、貧困など、明確な社会課題とされているものにアプローチする記事が多かったです。しかし、社会課題とまでは認識されていませんが、「自分の気持ちを話すときに涙が出てしまう」「人前にでると緊張して顔が赤面してしまう」「人と深くて親密な関係性は築けない」というように、病名はない「生きづらさ」や「困りごと」がたくさんあることが見えてきました。カウンセリングや認知行動療法のような適切な治療を受ければ改善できる可能性もあるかもしれないのに、一人で悩んでしまい、積み重なっていくと最終的にはうつ病と診断されてしまうこともあります。

このような問題は社会的マイノリティとされている人だけにあるのではなく、全ての人の中に小さな困りごととして存在しています。以前は社会課題の解決に向け、適切なアプローチをとっている活動について取材することが多かったのですが、最近は日々生きていく中にある困りごとを扱うことも増えてきています。

――扱うテーマが変わってきたのは、読者の反応からですか。

工藤 月に2〜3回、トークイベントや勉強会を開催しているので読者の方と話す機会がありますし、SNSで情報発信もしているのでさまざまな声を聞くことができます。うつ病やがんのように一定数の患者がいる場合は他のメディアでも多く扱われていますが、患者数が比較的少ない病気をテーマにした記事や当事者の体験談はWebに情報が少なく、多くの人に読んでもらえることが多いです。

私は自分の身に起こる苦しさは、他の人も同様に悩んでいることなのではないかと思います。パートナーや友達とのコミュニケーションや周囲の人が抱える困りごとを相談されたときなど、日常は気づきに溢れています。SNSを見ていても、TVを見ていても、今起きている問題にアンテナを張っているので、生活している時間全てが「soar」の記事に繋がるという感じです。

NPO法人soar代表理事 工藤瑞穂さん

隔たりなく届けるために

――「soar」のWebサイトは「困難のかたち」「サポート種類」「悩みや願い」というカテゴリーで情報を整理し、読者が困ったときに記事にたどり着きやすい仕様になっています。必要な人に「届く情報」にするために工夫している点はどのようなことですか。

工藤 記事にする際、困りごとにアプローチする活動はもちろん、私たちが「回復の物語」と呼んでいる、困難に出会った人が一つひとつ自分らしい生き方を見つけて歩んでいくストーリーを大切にしています。取材対象者は自薦も他薦もありますが、ブログや書籍などで情報発信をしている方を見つけてコンタクトをとることもあり、いずれの場合も「soar」の活動に共感いただける方に取材をしています。

soar

取材プロセスが長いのも「soar」の特徴かもしれません。取材対象者の方とは事前にヒアリングをしますし、記事を出すことに不安を感じる方もいるので、記事ができる前に3〜4回話し、場合によっては半年、1年かけるケースもあります。こちらの都合で無理に急いで仕事を進めようとせず、相手のペースや気持ちを大事にやっていこう、というのはいつも心がけています。あと、べてるの家の理念のひとつに「順調に問題だらけ」というものがあるんですが、私たちもプロセスに何か起こっても、それで順調という気持ちで進めていますね。

現在はコアメンバーが15人くらい、フリーランスのフォトグラファーや、ライターの方などを含め、40〜50人でメディアをつくっています。また、月1,000円から寄付をすることでサポーターになっていただく仕組みがあり、約800人のサポーターの方に賛同いただいています。サイトをリニューアルするときなどは、クラウドファンディングを実施し多くの方に支援をいただきました。

――「soar」は広告収入ではなく、寄付によって成り立っているということでしょうか。

工藤 主催イベントや企業研修の収入もありますが、主な財源は寄付です。2017年にNPO法人となりましたが、広告記事を書かない、バナー広告を載せない、有料会員制度にしない――という方針は最初から決めていました。財政を心配して「広告を入れたほうがよいのでは?」とアドバイスをしていただいたこともあるんですが、ここには私たちの強いこだわりもあって。やっぱり、広告を入れてしまうとどうしても100%自分たちの思うように活動ができない場面も出てくると思います。しかし、「soar」を必要としてくれる人に、必要なときに無料ですぐに情報を届けたいという気持ちがあって……自分たちが大切にしている信念を曲げてしまうのがとにかく嫌なのです。この方法でやっていけそうだから続けているというより、もう、「寄付でやっていくと決めたからやるだけ」という気持ちです(笑)。

私たちを応援してくださる皆さんがいて、その中でやっているからこそ自分たちが大切にしたいものやペースを尊重することができます。事業なので良いときも悪いときもありますが、私たちのビジョンに共感してくださるサポーターの方々に見守っていただき活動を継続できていることには、感謝しかありません。

作り手である自分たちの弱さを無視しない

――「soar」には、チームでチャットツールを使い、メンバーが体調や悩みごとを共有する仕組みがあるとのことですが、組織づくりで大切にしていることはどのようなことですか。

工藤 「soar」の理念に共感してインターンや運営メンバーに応募してくださる方の中には、家族関係や職場環境の問題などを経験し、メンタルヘルスに不調を抱えている方もいます。NPO活動は穏やかで優しいイメージがありますが、「soar」は困難がある方の話を聞き、可能性だけでなくつらい記憶や社会の課題に向き合う仕事のため、想像以上にエネルギーが必要です。いろいろなメンバーが参加するようになり、全員がこの仕事を心身健やかに続けるのは難しい部分もあると気づきました。一般的には、メンタルに不安がない人を雇用したい、と思われる企業が多いかもしれません。でも、そもそも私はそんな社会に疑問を抱いて「soar」をはじめたのですから、働く方が心身健やかに、優しさや繊細な感性を生かすことができるような職場環境を作りたいです。

「soar」運営メンバー

――組織が拡大し、いろいろな方が集まる中で「soar」らしい働き方を見つけていったのですね。

工藤 「べてるの家」を始めとした取材先の福祉法人で、弱さのある人たちが自分を生かして働くために実践している方法からヒントを得て、いろいろな試みをしています。これまでに印象的だったのは、連絡がなくよく会議を休んでしまっていたメンバーがいたときのこと。外部の人に相談してみると、「人を変えるのは難しい、辞めてもらったほうがいいのでは」と意見をもらいました。そこで辞めてもらうのは簡単ですが、以前、問題と人格とを切り分けて考えるという当事者研究について取材した経験をヒントに、メンバーと一緒に「なぜ無断欠勤という事象が起きてしまうのか」を本人にインタビューをしながら考えました。

その結果、深夜に頑張って仕事をしてしまい朝起きられないとか、会社で使っているカレンダーなどのツールに不慣れであるということが原因だとわかりました。次に、どういうアプローチをしたらその状況が改善するか、他のメンバーが経験をもとにアドバイスをしたところ、そのメンバーの無断欠勤がなくなり、その後も働き続けてくれました。この機会がなければ、生活習慣やツールの使い方に不慣れだということが問題なのに、人格や性格のせいにしてしまうところだったということをメンバーが学び、また、みんなで課題を解決できたことで、弱さが強さになるという気づきを得る貴重な経験でした。そこからチームの中で弱さの共有を意識するようになり、チャットツールの活用に繋がります。

自分の気持ちや身体の状態を言葉にして共有することを毎日積み重ねることで、意見や想いを言語化することができるようになり、仕事にも良い影響があります。メンバーの中には、入ってきた当初になかなか自分の気持ちを話せない人もいます。私もそうでしたが、会社で本当の自分を見せない人は多いかもしれません。人に頼ったり、弱みを見せてはいけないと思い込んでいる場合もあります。そこで、自分を開いていく練習も兼ねて雑談の時間を作ったり、定期的に全員でワークショップをして対話の時間をつくるようにした結果、職場の雰囲気が変わってきています。一見事業とは関係ないように見えますが、メンバーの心身を整え心地よい環境を作ることが「soar」の活動に反映されているのだと思います。

「soar」メンバー

コロナ禍の今、情報とどう向き合うのか

――新型コロナウイルスの感染拡大により、社会全体でコミュニケーションの頻度が減り、心の変化に気づくことが難しくなっていると感じますが、読者の方の反応に変化はありますか。

工藤 コロナ禍で心身の調子が悪そうな方が増えてきていると思います。新型コロナウイルス感染症が拡大し始めた3、4月は、自分がこれから生活できるのかという、仕事とお金に関する不安を抱える方が多かったです。しかし、この状況が長期化しそうだとわかってきたことで、今は「生きる意味がわからない」というような悩みが深刻化してきているように思います。明るくないかもしれない未来とどう向き合い生きていくかという、今までにない問題に直面しているからでしょうか。社会全体が揺らいでいる印象です。

――そんな中、SNSで批判が集中したり誹謗中傷が問題視されるなど、社会全体が不寛容になっていると感じることも多いですが、どういう心持ちで情報と接するのが大事でしょうか。

工藤 例えば、SNSだと辛辣なコメントを見るのが嫌だから見ない人もいれば、しっかり向き合うほうがすっきりするという方もいます。つまり、つらい出来事にどう向き合うのが自分にとって楽かを知っておくことが大事だと思います。「soar」の記事でも取り上げましたが「BASIC Ph(ベーシックピーエイチ)」というストレスコーピングの手法があります。頭文字になっている信念(Belief)、感情(Affect)、社会(Social)、想像/創造(Imagination)、認知(Cognition)、身体(Physiology)が表すように、その人がストレスを癒やすために得意な方法は人それぞれ違うという考え方です。

例えば、亡くなったお母さんがついているから大丈夫と信じることでストレスを乗り切る人がいたり、人と沢山話したりSNSで発信することで発散できる人もいます。ネットに溢れる情報との向き合い方も一人ひとり違うと思います。私の場合は徹底的に調べるのが性に合っています。見たくないものはたくさん見ていれば慣れてくるという感じで(笑)、とにかく調べて自分の中に落とし込むとつらくなくなり、冷静に解決策が見えくるのです。相手や状況はなかなか変えられないので、自分の向き合い方を変えて対処するのが良いのではないでしょうか。

――最後に、これから「soar」に求められている役割はどのようなこととお考えですか。

工藤 「理想と現実のギャップは仲間と言葉で埋める」と東京大学で当事者研究をされている、熊谷晋一郎さんに教えていただきました。コロナ禍のように理想になかなかたどり着けないときは、仲間と愚痴を言ったり、想いを共有することで気持ちをすっきりさせることはできると思います。私たちが大切にする「authenticity」という言葉には、自分が自分であること、より本当の自分に近づくという意味がありますが、自分らしく生きている人は他者の「自分らしさ」も許容するコミュニケーションができると思います。そのような社会を実現するために、全ての方の人権やウェルビーイングのために、私たちが存在していければと思います。

ビデオ通話にてインタビューを実施

TEXT:小林純子、写真提供:NPO法人soar

工藤瑞穂(くどう・みずほ)

NPO法人soar代表理事・ウェブメディア「soar」編集長
1984年青森県生まれ。宮城教育大学卒。仙台の日本赤十字社で勤務中、東日本大震災を経験。震災後、仙台で音楽・ダンスと社会課題についての学びと対話の場を融合したチャリティーイベントを多数開催。2015年12月より、社会的マイノリティの人々の可能性を広げる活動に焦点を当てたメディア「soar」をオープン。2017年1月に「NPO法人soar」を設立。様々なアプローチで、全ての人が自分の持つ可能性を発揮して生きていける未来づくりを目指す。