ICTは「神経系」と、「産業構造」の2つを変革する

――スマート・シティーの構築という観点から、今後ICTはどのような役割を果たすのでしょうか。

東京大学工学部2号館

東京大学工学部2号館

江崎 スマート・シティーの構築において、ICTはエネルギーや交通など様々なインフラを連携させ、全体を管理・制御する神経系としての重要な役割を果たします。
すなわち、今までは、ICTは単純に命令を伝える神経系という位置づけでした。しかし、ICTが人の知能以上の情報とアルゴリズムを手に入れるようになる中で、神経系の意味も変わってきています。私の同僚の先生はコンピューターによる将棋を研究していますが、人間の考えとは全く異なる、人間が持っていないロジックを作り出せそうだというところに来ています。

一方、ICTはセンサーとしての役割も持っています。人の五感では感じることができない情報まで集めることができるようになってきており、その結果、人間の感覚や認知を超えたコントロール・システムが可能になります。これは今までいわれてきた神経系とは決定的に違います。

それは、ネットワークを社会全体に広げることによって生まれてくる、新しい目、耳、手、口、鼻による「(ヒトの能力を超越した)五感が広がった世界」です。全ての情報がつながり、みんなが自由にそれを使って、豊かで創造性にあふれた生活ができます。ロボットの目や耳が自分の目や耳と同じ働きをしてくれることにより、効率的な社会にもなるでしょう。ネットワークでつながればそれが可能です。

もう1つ重要なことは、ICT産業自身が経験したように、ICTは建築産業やエネルギー産業の構造などをも変えていく役割を果たすことになるということです。インターネットは独立したピラミッド型だったメインフレーム中心のITシステムを、フラットな自律分散型に変えました。それと同じことが、例えば電力システムでも起こります。今までは過疎地に巨大な発電所があり、そこから電力を都市などの需要地に送るというピラミッド構造でした。そこにICTが入ることで、自律分散型に変わり、産業自体の大変革につながっていくのです。

既存のルールに縛られない自由さがインターネットを発達させた

――スマート・シティーを考える上では、既存のルールに縛られない自由さが重要だと強調されていますね。

江崎浩氏江崎 そう考えるようになったのは、インターネットの黎明期に、その面白さと魅力を感じることができたことがとても大きかったと思います。面白くて人を惹きつける魅力があるものには皆が集まってきます。そこに既存のルールと違うものを自由に導入できるようにしておくことで、イノベーションが生まれるのです。

例えば、「運動会で優勝するにはどうするか」と聞くと、大抵の人は「一生懸命練習する」と答える。それは単なる改善です。「では、オリンピックで優勝するにはどうしたらよいか」と尋ねると、皆答えに詰まる。ウサイン・ボルトは今、世界最速のスプリンターですが、「機動戦士ガンダム」に登場するモビルスーツのように、人間の足をロボットに置き換えることができれば、誰もが彼よりも速く走ることができます。

ウサイン・ボルトに勝つには、人間の足で走るというルールを変えてしまえばよいのです。ロボットは新しいモデルにいつでも置き換えられるように、インターフェースを同じにする。これがインターネットの考え方です。選択肢を提供するためにインターフェースを公開することで、新しい技術が同じ制御インターフェースで、どんどん導入可能な環境が形成されます。

既得権益者はルールを守ろうとします。だから、革新的なものを導入する時はルールを変える必要が出てきます。
ところがインターネットの世界は、可能な限りルールを作らないようにしています。オプトアウト(制限するべきものを例外とし、それ以外のものは制限しない)の考え方で、とりあえず入れてみよう。 その上で、システムが暴走しないように最低限のルールでシステムをコントロールしようという考え方です。この考え方でなければ、新たなチャレンジや真のイノベーションを実現することができません。

インターネットは、その利用目的を限定・制限しない透明なインフラとしてデザインされたことで、その上に多くの新しいビジネスが継続的に創造されてきました。スマート・シティーの実現には、ユーザー主導で自立と自律、分散、協調、透明性とオープン性のある環境が必要です。
例えばスマート・メーターのデザインにあたっては、全ての人が全てのデータを利用でき、オープン・データ化によって未利用のデータも透明に共有できるようにすれば、誰かが新しいサービスや価値を生み出していくことができます。つまり、“Internet by Design”の観点を取り入れることが重要です。

データセンターは、スマート・シティーのインフラの核になり得る

――江崎先生は「スマート・シティーの構築では、『ICT自体がエネルギーの消費者側から供給側に代わり得ること』を意識する必要がある」とおっしゃっていますが、これはどういうことですか。

江崎浩氏江崎 多くのデータセンターは都市に分散して存在し、大きな電力供給(潜在)能力を持っています。その(発電)能力が余っている時に、役立てようという考え方です。ICTシステムが稼働するデータセンターには、非常用発電機が設置されています。データセンターは大量の電力を消費することもあって、かつては環境面で悪役のように言われてきましたが、今では大幅な節電や省エネ化がなされています。現在、発電機はどんどん小型化・高性能化が進んでおり、システムやネットワークのためだけでなく、他の目的(外部への電力供給)でも使える可能性があります。

つまり、データセンターに設置される自家発電機を利用して「データセンターを発電所兼情報の貯蔵庫」にする。さらに、データセンターも発電機も、最近では「コンテナ」で実現可能になってきていて、データセンターも発電機もそのままトレーラーで搬送可能サイズになっていますので、災害支援には、短期間での災害地展開も可能になります。 さらに、コンテナは、駐車場4台分のスペースがあれば簡単に設置できる上、設置場所の床荷重を気にする必要もありません。3・11の最大の教訓は、情報システムが動かなくなると経済活動が停止してしまうということでした。この方法なら、災害時にも情報に加えて、エネルギーも確保することが可能になります。

さらに、通信線に電力を流す(パワー・オン・イーサネット=PoE)ようにすれば、建物の設計の際に、電力線とネットワーク線を分ける必要がなくなり、加えて直流給電を加えれば、データセンターがエネルギーを供給する側に生まれ変わる可能性も出てきました。全く新しい観点でエネルギー・システムが構築できる可能性が見えてきます。

――データセンターは熱をいかに排除するかが従来から大きな課題でした。

江崎 ところが、エネルギー・エコシステムの中にデータセンターを位置づけると、その問題も解決の道が見えてきます。
データセンターが生成する廃熱を病院等に送って熱源として利用できるのです。東京都のゴミ処理場の関係者の方と話した時に、「ゴミ処理場ではゴミを燃やす際に発電をして売電をしているだけではなく、ゴミの焼却時に出た熱を温水プールなどに利用している。さらに、ゴミ処理場は交通の便が良いところに立地し、建物も堅牢なので、災害時の避難所として最適だ」という話が出ました。データセンターも同じで、発生する熱は近くに病院等を建てれば有効利用できるし、発電所としても機能する。電力供給ステーションを作ってもよい。そこから、「データセンターは、スマート・シティーのインフラの核になり得る」と考えるようになりました。

つまり、データセンターは、ITサービスを提供するスマート・シティーの頭脳であるとともに、電力や熱を供給する拠点として、市街地の心肺機能となることも期待できるのです。

text:菊地原 博

江崎浩氏

えさき・ひろし
江崎 浩

東京大学 大学院 情報理工学系研究科 教授
九州大学大学院修士課程修了後、大手電気メーカーに入社、1990年米国ベルコア社、94年コロンビア大学で客員研究員として、高速インターネット・アーキテクチャーの研究に従事。98年10月東京大学大型計算機センター助教授、2005年4月から現職。WIDEプロジェクト代表、東大グリーンICTプロジェクト代表、MLS JAPAN代表、IPv6普及・高度化推進協議会専務理事、JPNIC副理事長などを務める。工学博士(東京大学)。


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