SNSの不寛容さは変えられる。ドミニク・チェンが語る、ウェルビーイングな未来

情報技術は利便性が高い一方で「スマートフォン中毒」や「インターネットリテラシー」に関わる社会的な問題も生じさせている。このような状況下で、「効率性」や「経済性」ではない新たな価値基準として注目されているのが、心が満たされている状態を表す「ウェルビーイング」だ。一貫してテクノロジーと人間の関係性を研究してきた早稲田大学准教授ドミニク・チェン氏はこれまでも、Webサービスやソフトウェアの開発を通して多様なコミュニケーションの場を創り出してきた。

コロナ禍において情報技術はより生活に浸透し、 情報技術との付き合い方が問われる中、テクノロジーが叶える「ウェルビーイング」の新しい世界について語っていただいた。

ドミニク・チェン

1981年生まれ。博士(学際情報学)。NTT InterCommunication Center[ICC]研究員、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て、現在は早稲田大学文化構想学部准教授。一貫してテクノロジーと人間の関係性を研究している。近著に『未来をつくる言葉―わかりあえなさをつなぐために』(新潮社)。その他の著書として、『謎床―思考が発酵する編集術』(晶文社)、『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック―クリエイティブ・コモンズによる創造の循環』(フィルムアート社)など多数。監訳書に『ウェルビーイングの設計論―人がよりよく生きるための情報技術』(BNN新社)など。(撮影:荻原楽太郎)

情報技術は利便性が高い一方で「スマートフォン中毒」や「インターネットリテラシー」に関わる社会的な問題も生じさせている。このような状況下で、「効率性」や「経済性」ではない新たな価値基準として注目されているのが、心が満たされている状態を表す「ウェルビーイング」だ。一貫してテクノロジーと人間の関係性を研究してきた早稲田大学准教授ドミニク・チェン氏はこれまでも、Webサービスやソフトウェアの開発を通して多様なコミュニケーションの場を創り出してきた。

コロナ禍において情報技術はより生活に浸透し、 情報技術との付き合い方が問われる中、テクノロジーが叶える「ウェルビーイング」の新しい世界について語っていただいた。

テクノロジーそのものが悪いわけではない

――ドミニクさんが研究されている「ウェルビーイング」という言葉は2010年代からテクノロジーと紐付けて語られることが多くなっていますが、背景にどのようなことがあるのでしょうか。

ドミニク 「ウェルビーイング」は、人がいきいきしている状態や心の充実度を示す言葉です。スマートフォンが世界中で使用されるようになり、良い面もたくさんありますが、弊害の部分により多くの研究者や企業の開発者から声があがるようになってきました。例えば若い人たちがメディアリテラシーを獲得する前にスマートフォンのサービス中毒のような状態になってしまったり、若者の自殺率が上がってきていることにも相関しているのではないかという研究報告がされるなど、2010年代初頭から推測されていた懸念が実体化してきています。

共同経営していた株式会社ディヴィデュアルでさまざまなサービスを開発・運営する経験を通して、情報技術の設計がそれを使う人の心のあり方に大きな影響を及ぼすことに気付いたというのが、テクノロジーとウェルビーイングの関係性を考える起点になりました。果たして自分が携わっているものが人々のウェルビーイングに寄与しているだろうか、という反省を促されたんです。特に子どもから大人まで情報技術に触れるようになっている現在、テクノロジーのあり方を再考しないといけないときに来ているのだと思います。

――共同経営されていた会社で開発した「リグレト」や「Picsee」というサービスからどのようなテクノロジーのあり方が見えてきたのでしょうか。

ドミニク 誰もが抱える「ヘコみ」を匿名で打ち明け、なぐさめてもらえるコミュニティサービス「リグレト」は顔も名前も知らない匿名の人と、インターネット上でお互いに励まし合うコミュニティが形成されました。写真共有をコミュニケーション手段にするアプリ「Picsee」のユーザー間ではより親しい関係性が構築されました(※両サービスとも現時点では終了)。いずれも設計次第で、インターネットならではの温かいコミュニケーションが生まれるという確信につながりました。

コミュニティサービス「リグレト」

コミュニティサービス「リグレト」
他者からの励ましのコメントによって、投稿した “ヘコみ”が成仏する

写真を共有するアプリ「Picsee」

写真を共有するアプリ「Picsee」

要は、テクノロジーそのものが良いとか悪いということではなく、テクノロジーの使い方の問題なのです。例えば包丁は美味しい料理を作るための素晴らしい道具になりますが、人を害する凶器にもなり得ます。テクノロジーを人が間違って使ってしまっているということが一番の問題なのです。使い方や作り方の新しいスタンダードを業界全体で議論することが大切で、そうすることでテクノロジーがもたらす新しい社会が見えてくるのではないでしょうか。

直感を形にしたときに見えてくるもの

――コンピューター上のタイピング行為を時間情報とともに記録し、再生することができるソフトウェア「TypeTrace(以下、タイプトレース)」について、開発経緯をお聞かせいただけますでしょうか。

ドミニク 会社の共同経営者でメディアアーティストの遠藤拓己が「タイプトレース」のアイデアを着想しました。彼は音大出身の作曲家で、ある日、演奏を記録して再生する自動ピアノみたいにメールが再生されたらどうなるかという構想を話してくれました。文章を書く人間としてとても面白いアイデアだと思いましたし、いろんな人の記録を見てみたいと思いました。そこで最初はアートプロジェクトとしてテキストの執筆プロセスを記録して再生できるソフトウェアを作り、一緒に動くハードウェアと展示していました。互いの思考の過程を可視化するという概念から作ったというより、思いつきをまず形にしてみて後から気づきが生まれてきたという感じでした。

――面白いと思ったものをまず作り、その反響から意味を読み取るのですね。

ドミニク 会社で作ってきたものや僕が研究で作ってきたものはそういう側面があります。しっかりしたコンセプトを作って計画通りに進めることはあまり多くなく、まず形にしてから事後的に解釈したり理解をしてさらに作り込んで、アイデアが成長するというプロセスが多いです。

2007年に「タイプトレース」を作り、小説家の方に3ヶ月間新作の小説を書いていただき、書かれている様子を美術館で展示しました。実際に小説家が原稿用紙に書いた生原稿を見ると気づきがあるんですよね。例えば、作家によって筆跡が違って、強面の方だなと思っていたら実は丸文字で可愛い文字を書く方だったり(笑)。生原稿と向き合うと、僕たちは書かれたプロセスに思いを馳せ、思考の過程や人となりを想像することができます。小説の執筆プロセスを記録したときに、もしかしたら「デジタル時代の生原稿」とはこういうことかもしれないと後から気づきを得ました。

未来をつくる言葉 わかりあえなさをつなぐために

『未来をつくる言葉 わかりあえなさをつなぐために』(ドミニク・チェン著,新潮社)では、「リグレト」「Picsee」「TypeTrace」開発の背景などを記している

遺言を書く行為に感じたポジティブさ

――「タイプトレース」はその後「あいちトリエンナーレ2019」で遺言を展示する《ラストワーズ/タイプトレース》という作品で使われています。遺言を思いついたのはお嬢様の存在が大きいそうですね。

ドミニク 自分の人生観が一番大きく揺さぶられたのは娘が生まれたことです。子どもが生まれて育っていく過程を見ていくうちに、自分自身だけの人生ではないということが身体に染み込んでくる感覚がありました。子どもが生まれる前は一人の人間として生き、いつか死ぬということを考えると、恐怖というか「嫌だなぁ」という気持ちはありました。しかし不思議なことに、子どもと一緒の時間を過ごすうちに、自分自身が一人の人間として死んでいくことについてあまり恐怖を感じなくなりました。

遺言というフォーマットを扱うと決めたのは娘の誕生を振り返ったときです。当時6才だった娘に10分間だけですが実験的に遺言を書いてみたら、自分の人生のウェルビーイングの根底部分に触れた気がしました。世の中が大変なことになっている前提の中で娘に伝えたのは、それでも世界は面白いことにたくさん溢れているので、辛いことや悲しいことに心を奪われずに自分の好奇心を育ててほしい、という内容でした。

ある種の思考実験というかシミュレーションのような効果があり、死にたいわけでもなく、死ぬ予定もありませんが、仮に自分がいなくなったとしたら現時点で自分は一体何を考えるのかということを、非日常的な10分間の中で絞り出すような作業でした。また、これは書いたものを娘に読ませるためというより、書き手が自分と向き合うための体験だと思いました。2000人以上の方に書いていただいた遺言のほぼ全てに目を通しましたが、ほとんどの方が自分の子どもや親、恋人に最後に残す言葉はポジティブな内容でした。悲しみに満ちた思考実験になるかもしれないと思っていましたが、大切な人が生きる世界がより良くなって欲しいという「祈り」のようなメッセージになっていたのです。

――「あいちトリエンナーレ2019」の展示会場では「タイプトレース」が書き出す遺言を読み続けている人もいたそうですね。

ドミニク 25台のディスプレイでタイピング行為が再現され、キーボードの打鍵音はまるで雨が降っているようでした。その音を聞きながら1時間じっと画面を見ている人や、会社の昼休みになるとやってきていろいろな人たちの手紙を読む方がいました。ある人は「読んでいて落ち着く」、「画面越しに書き手の人の命に触れているような気がする」とおっしゃっていて、「遺言」という「死」に近いテーマであるのに、「生」を感じてもらえたということが印象的でした。遺言を書く人がキーボードをどういうふうに叩いたか、どこで言葉に詰まり書き直したか、そのプロセスを「タイプトレース」によって見えることで、完成された最後の活字だけではわからない心の動きに触れることができたのだと思います。

ラストワーズ/タイプトレース

『ラストワーズ/タイプトレース』/あいちトリエンナーレ2019にて

また、遺言の書き手の「生」に触れることで、その書き手と読み手の関係性が変化するのではないかと思います。「遺言の書き手が、もしかしたら苦手な上司かもしれない」――そんな想像をしてみると、その人にも大切な人がいるのだという共感が生まれて、どこか許せるという感想を聞いたりもしました。「タイプトレース」はひとつのアイデアを具現化したソフトなのですが、そのエッセンスを抽出し、他のテクノロジーに適用していくことができないかと研究を続けています。

構造上の問題がSNSの不寛容を招いている

――新型コロナウイルス感染症の拡大防止によりリモート状態が日常化し、コミュニケーションにおいて情報技術がより浸透している状況にあります。その弊害や可能性はどのようなことがあるのでしょうか。

ドミニク 生身で対面することが減り、同じ空間にいる目の前の人と会話を交わす機会も少なくなりましたね。このことは互いの存在感を捉えにくくしていると思います。例えば、意見が異なる人が同じ部屋に入れられても、いきなり取っ組み合いの喧嘩を始めるようなことは起こりませんよね。しかしSNSだと、知らない人同士が一触即発になることもあり得ます。なぜでしょうか。

現実空間では、お互いの顔や身体を向き合わせたときに、相手と自分に共通点がある前提となっています。相手も自分と同じように体を持っているし、話すときに全部組み立ててから話すわけではなく、その場その場で自分の考えを編みながら話していると認識します。また、同じ空間内で面と向かって相手に残酷なことを言うと、自分に反発が跳ね返ってくるという警戒心もあります。それがいわゆるリアルワールドでのコミュニケーションの仕方の前提にあります。

対してSNSでは、思考の過程が反映されていない最終的なテキストだけを読むため、書かれたものがその人の考えの全てを表すという意識が刷り込まれ、その情報がどういう風に作られたかということに注意が払われなくなっています。SNSやPCモニターを介すと、身体と身体を突き合わせているという前提部分が非常に希薄なままコミュニケーションをしてしまうがゆえに、知らない人をけなしたり攻撃したりしてもあまり良心が痛まない構造になっているのです。

――人間が邪悪になっているというより、今ある情報技術の構造に問題があるということですね。

ドミニク そうです。成熟した対話ができるようにデザインされていないので、人間の脆弱性がプラットフォームの構造によって引き出されてしまっているのです。これは「アテンションエコノミー」とか「監視資本主義」というキーワードで語られていることですが、瞬間的にユーザーのエンゲージメントを上げていくというWebサービスの設計手法がもたらした結果だと思っています。いかに収益性をあげるかということばかりに焦点を当て過ぎ、ウェルビーイングをどうやってテクノロジーに取り入れるかという発想が入っていないことがおかしいのです。

自分自身が気持ちよく生きることと同じくらい、どうしたら家族や同僚、仲間、社会でより良い対話の場を作れるかを考えることがウェルビーイングに繋がります。最近の動きとして、テクノロジーだけではなくプロダクトデザインやマーケティングの分野でも、エンドユーザーの利便性や気持ち良さだけではなく、自社のプロダクトを通じてもっと良い関係性が生まれるようにデザインできないかという発想にシフトしてきています。そういう流れが活性化しているのは、社会の問題が表面化し変革が可能になってきているタイミングだからです。高い給料を得て、良い生活をすることも働く動機になりますが、それ以上に良い社会に貢献したいと考えるデザイナーやエンジニアが増えてきていることに希望の光を感じます。

ドミニク・チェン氏

ビデオ通話にてインタビューを実施

言葉がない世界をテクノロジーがつなぐ

――テクノロジーを用いてウェルビーイングを目指す新たな試みや、実現したい社会について展望があれば教えてください。

ドミニク 今、個人的に関心が高まっているのは人間以外の存在のウェルビーイングを、テクノロジーと紐付けてどう考えるかということです。昨年、「NukaBot(ヌカボット)」という、人が話しかけることでぬか床の状態をセンサーで確認して喋って伝える、インタラクティブなコミュニケーションが生まれるプロダクトを仲間と作りました。ぬか床には何百兆個という微生物が住んでいて、彼らの環境を手入れしてあげるとその代わりにおいしいぬか漬けを作ってくれます。人間と微生物がお互いにケアをし合える関係性をテクノロジーによっていかに持続的なものにできるか、最近は、微生物にどうやったら愛着が持てるかをずっと考えています(笑)。

NukaBot

「NukaBot」/トランスレーションズ展にて
写真:木奥恵三

発酵食品を作っている職人さんは日々微生物と接することで身体的なスキルを獲得し、直接微生物と対話ができているように見えます。僕みたいな素人が酒蔵に籠もって何十年も過ごすわけにはいかないので、そんな僕でも杜氏や職人の世界に近づけないだろうかと思いながら作っている部分もあります。NukaBotを通して微生物と会話をして「今日調子どう?」と微生物に声をかけると、ぬか床が「今日はまあまあ」などと答えてくれます(笑)。そうして、会話をするとかぬかに触るとか、かき混ぜる時間が増えると、愛着が湧き、増々コミュニケーションを取るようになるという循環構造を期待しています。

――人と人ではなく、人と微生物のコミュニケーションをテクノロジーがサポートするのですね。

ドミニク この考え方は微生物だけではなく、木や花といった他の自然存在にも使えると思います。僕が今興味があるのは「土壌」で、「Nukabot」の次は「Tsuchibot」を作りたいと思っています(笑)。土も一つのプラットフォームになっていて、微生物や菌類、植物、動物がいて複雑なネットワークを形成しています。テクノロジーを使うことで、複雑なネットワークの実態をもっと感覚的に人間が感受できるようにすることに興味があります。テクノロジーで数値化したり可視化したりすることが目的ではなく、対象となる存在と接する人間の中の「センス・オブ・ワンダー」――驚きの心や好奇心を喚起して、多くの人が対象に注意を払うようになれば面白いですよね。哺乳類や海洋生物など、人間がもっと人間以外の存在にケアの眼差を向けられるようになる世の中を見てみたいのです。

SNSの問題以上に切実な問題として、地球環境破壊が深刻化しているという科学的な根拠がどんどん積み上がってきています。僕は物理学者でも生化学者でもないですが、「アテンションエコノミーの逆バージョン」というか、人間の注意をもっと他者や自然の存在に向けられるようにテクノロジーを設計できないか考えています。それを通してまずは自分自身がもっと他者や自然との関係性を享受できるようになりたいですし、気に入ってくれる仲間が増え新しいコミュニケーションの世界が広がったら世の中はもっと優しく幸せになれると思っています。

TEXT:小林純子、画像提供:ドミニク・チェン

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