「誰一人取り残さない」社会の実現へ――2021年4月、日本科学未来館の館長に就任する浅川智恵子IBMフェローに聞く

ホームページを声で読み上げるソフトウェアの開発は、PCやインターネットを通して、視覚障がい者にさまざまな情報へのアクセスを可能にした。その技術は、道案内をする音声ナビゲーション・システムなど多方面に応用され、視覚障がい者のみならず、高齢者や外国からの旅行者など多くの人に役立っている。
現在その研究・開発チームが取り組むのは、視覚障がい者の目となり耳となって支援を行うスーツケース型のAIロボットだ。チームを率いるのはIBMフェローで、カーネギー・メロン大学客員教授の浅川智恵子さん。2021年4月には毛利衛氏の後任として、日本科学未来館(東京都江東区青海)の第2代館長として就任予定である。
「誰一人取り残さない」社会を実現するための科学技術とその展望について聞いた。

浅川智恵子(あさかわ・ちえこ)

IBMフェロー、カーネギー・メロン大学客員教授
1985年 日本アイ・ビー・エム(株)東京基礎研究所に入社。非視覚的ユーザー・インタフェースの研究・開発に従事。2003年米国女性技術者団体(The Women in Technology International)殿堂入り。2004年東京大学工学系研究科先端学際工学専攻博士課程を修了、工学博士。2009年 IBMフェロー就任。2013年 紫綬褒章受章、カーネギー・メロン大学客員教授を兼務。2021年4月 日本科学未来館館長(第2代)就任予定。

ホームページを声で読み上げるソフトウェアの開発は、PCやインターネットを通して、視覚障がい者にさまざまな情報へのアクセスを可能にした。その技術は、道案内をする音声ナビゲーション・システムなど多方面に応用され、視覚障がい者のみならず、高齢者や外国からの旅行者など多くの人に役立っている。
現在その研究・開発チームが取り組むのは、視覚障がい者の目となり耳となって支援を行うスーツケース型のAIロボットだ。チームを率いるのはIBMフェローで、カーネギー・メロン大学客員教授の浅川智恵子さん。2021年4月には毛利衛氏の後任として、日本科学未来館(東京都江東区青海)の第2代館長として就任予定である。
「誰一人取り残さない」社会を実現するための科学技術とその展望について聞いた。

日本科学未来館を「新しい科学技術の社会実装」の実験場に

――2021年4月、日本科学未来館の館長就任が予定されていますが、抱負をお聞かせいただけますか。

浅川 まだ就任前ですので、具体的なことは就任後となりますが、これまで通りさまざまな年齢層の人や外国人、障害のある人など多様な方々にご来館いただけると嬉しいですね。一般的に科学館は、子どもたちが楽しく科学を体験する場というイメージがあるかもしれませんが、あらゆる年代の方に科学技術を身近に感じていただければと思います。小さい頃は、よく科学未来館に行ったけれど、大人になってから足が遠のいたという声をよく聞きます。
しかし、実際に科学技術を社会に実装していくためには、大人の理解が必要です。ぜひ大人の方にもたくさんご来館いただき、最新技術を体験して社会実装にご支援をいただきたいです。
また、高齢者の方々が楽しめる展示・プログラムを、さらに充実させたいです。センサー技術を使って、運動能力・反射神経や記憶力などを判定できたりすると面白いですよね。

日本科学未来館を、新しい科学技術を社会実装するための実験場にできたらと思っています。日常生活で人々が触れることができるのは、既に普及したものや実装されたものです。生まれたばかりの新しい技術や、これから普及させたい技術に触れる場所は多くはありません。どちらが良いという問題ではなく、現在米国で暮らしていて私が日本との差を感じるのは、米国は社会実装を実現するまでのハードルが低いことです。日本は、プライバシーやセキュリティーを順守する姿勢や体制がしっかりしていて、これは大変素晴らしいことですが、何か新しいことを実施しようとすると制約が多く時間がかかります。
「それは自己責任で実施してください」という米国流との大きな違いですね。
何か新しい技術のプロトタイプがあった時に、実証実験を行うためには、施設側の協力が不可欠です。その意味で私が館長に就任する日本科学未来館では、研究者の方々との協業を通して多くの新しい技術の実験をしたいと思っています。
実は、混雑している館内でも人を避けて走行するロボットなど、既に多くの実験が日本科学未来館で行われています。この施策をより一層進めていきたいと思っています。

浅川智恵子さん

浅川さんは、子どもの頃からオリンピックの選手を夢見る活発な少女でした。ところが、小学5年生の時にプールでの不慮の事故から徐々に視力が弱まり、中学生の頃には両眼の視力を失ったのです。点字を勉強し、大学では英文科を専攻しましたが、卒業後にもっと別の専門知識を身につける必要を感じ、情報処理を学ぶ専門学校に進みました。コンピューターの技術を習得後は、日本IBMの学生研究員に応募し英語とコンピューター技術を生かして、英語の点訳システムの研究を開始しています。1985年に日本IBMに入社し、研究者として先端技術を活用し、視覚障がい者としての課題解決に取り組んできました。
そして1997年にWEBページ上の文字情報を読み上げるソフトウェア「ホームページリーダー」を製品化しました。その日のニュースなど、それまでは点訳を待たないと読むことができず、そもそも点訳すらされなかった膨大な情報へのアクセスを、インターネットを通じて可能にしたのです。この技術は視覚障がい者のみならず、運転中のドライバーや高齢者などパソコンを操作できない方でも、世界中の人とつながり、多くの情報を得ることを可能にしました。
また、音声で情報を提示する技術は多くの言語に対応し、その後測位やセンサ技術と融合し、スマートフォンを利用して視覚障がい者の歩行を支援する音声ナビゲーション・システムなどに発展していきました。

大学3年生(21歳)の時、カナダ・バンフのスキー場にて。

大学3年生(21歳)の時、カナダ・バンフのスキー場にて。
インストラクターと一緒にさっそうと滑る浅川さんの姿に、誰も彼女が目にハンディキャップのある人だとは気づいていなかったようだと、インストラクターが後に語った。
浅川さんはスキーや水泳のほかスキューバ・ダイビングなどもこなす。「もし失明していなかったら、体育大学に進みたいと思っていました」と語る。

視覚障がい者や高齢者を、インターネットの世界に

――これまでのご自身の研究・開発の成果を振り返って、どのように感じていらっしゃいますか。

浅川 私とチームの協業の成果だと思っています。研究し、実験し、実証し、論文を書き、特許を取り、そしてその技術を社会に実装する。これは地道で集中力が必要なことですけれど、私たちは社会にイノベーションを起こすべく取り組んできました。イノベーションを起こさなければ次に進めません。しかし、重要なことはそのイノベーションが社会に普及して初めて価値が出るということです。イノベーションと普及は常にペアであるという信念に基づいて、科学技術の社会実装を目標に研究してきました。
これまでの成果を振り返ると、私が開発に携わった点字データを電子図書館として視覚障がい者と共有する「てんやく広場」が、名称は変わりながらも続いて、多くの人の役に立っていることを誇りに思います。

ホームページリーダーは、製品化することもでき、世界中の多くの方から感謝の言葉をいただきました。世の中に貢献することができた1つの大きな成果だと思っています。製品化にはいたりませんでしたが、その後もオープンソースや開発ツールを数多く制作し普及させ、また私たちの書いた論文が多くの研究者や開発者に参照・引用され、関連技術の開発に影響を及ぼすことができたのではと自負しています。 

スマートフォンを活用し、屋外・屋内の区別なく目的地までの経路を詳細に案内する高精度な音声ナビゲーション・システムも、日本では清水建設さんと協業し社会実装を行っています。米国では、カーネギー・メロン大学が中心となりスタートアップ・ビジネスが立ち上がっています。ピッツバーグ空港では、視覚障がい者のスマートフォンに現在地を知らせる機器(ビーコン)の設置・保守も含めて空港で予算化され運営されています。
嬉しいのは、一緒に苦労してやり遂げてくれる若い研究者が育ってきていることです。自らの意思で難しい研究・開発に次々と飛び込んできてくれます。

2020年2月6日、アルプスアルパイン株式会社、オムロン株式会社、清水建設株式会社、日本アイ・ビー・エム株式会社、三菱自動車工業株式会社の5社によって、「一般社団法人次世代移動支援技術開発コンソーシアム」の設立が発表されました。視覚障がい者の実社会におけるアクセシビリティと生活の質向上を目的として、AIを活用した移動やコミュニケーション支援のための統合技術ソリューション「AIスーツケース」の開発と、社会実装に向けた実証実験とデモンストレーションが実施されます。
コンソーシアム設立のきっかけとなったのは浅川さんのチームが開発した視覚障がい者のためのスーツケース型誘導ロボットです。
「AIスーツケース」は、周りの状況を認識し、歩行者や障害物の情報を音声で伝えます。またさまざまなセンサーの情報から、位置情報を把握し、階段、エレベーター、入り口のドアなどへ誘導をします。

AIスーツケース

AIスーツケース

詳しくは、こちらの動画をご覧ください。(https://caamp.jp/technology/ より)

視覚障がい者も楽しく町歩きできる未来へ

――開発中の「AIスーツケース」の実証実験が昨年夏に実施される予定でしたが、新型コロナウィルスの影響で延期になりました。今後どのような形で実験を行っていかれる予定ですか。

浅川 昨年、東京でオリンピック・パラリンピックが開催される予定だったので、当初は来日したパラアスリートにAIスーツケースを使ってもらえたらと思っていました。ところが新型コロナの影響で、実証実験自体も延期することになりました。
こうした状況下も前向きに捉え、実証実験が延期されて生まれた時間で、これまでプランになかった新たな機能を追加開発しようということになりました。それは、まさにコロナ禍のニューノーマルへの対応です。
1つ目は、IBMが開発したソーシャル・ディスタンスを確保する機能です。通路で1.5メートルから2メートル以内に人が近づいてきた場合、AIスーツケースが回り道する機能や適切な距離をとってレジの行列に並ぶ機能を搭載しました。視覚障がい者がソーシャル・ディスタンスを保つための改良です。
2つ目は、オムロンさんが開発したマスクの有無を認識する技術です。視覚障がい者は、道行く人がマスクをしているかどうか分かりません。安全安心に歩行できるよう、混雑している所ではマスクをしていない人がいたら遠ざかるようにしたいですよね。
このように、コロナの影響で実証実験の実施スケジュールは遅れてしまいましたが、その時間を利用して機能拡張を行いました。
現在も密を避け、大々的ではないですが、感染防止策を徹底した上でショッピングモールなどで行っています。

――実験では、どのような点を確認するのですか。

浅川 人の往来が多い所でぶつからずに歩行できるのか、急な角を曲がることができるのか、安全安心に階段やエスカレーター、エレベーターを利用できるのかなどを確認します。
また店頭の店員がAIスーツケースを受け入れて接客してくれるかなど、施設管理者側の理解や協力可否も確認事項です。レストランや交通機関で盲導犬が受け入れられたように、AIを搭載したロボット・スーツケースが社会に受け入れられるのか、その確認も重要な観点となります。

――AIスーツケースには、浅川さんのどのような思いが込められているのでしょうか。

浅川 目が見えなくなって困ったことが2つあります。1つは、情報へのアクセス。もう1つがモビリティー(移動)です。
情報へのアクセスは、コンピューターやインターネットの普及によって徐々に改善されました。ホームページリーダーも普及し、今では大きな変化をもたらすことができました。
移動、モビリティーに関しては、スマートフォンの普及によって徐々に変わってきていますが、まだまだです。もちろんナビゲーション・システムができたことによって、目的地まで誘導ができるようになり進化はしています。ただ、私たちは、杖を使って歩いている時も、盲導犬に補助してもらっている時も、常に自分がどこにいるかを頭の中の地図で意識し続けなければなりません。障害物も自分で認識しなければなりませんが、時にそれは難しいことがあります。杖は地面しか触れないので、何も無いと思って進んでトラックの荷台に顔をぶつけてしまうなんてこともあります。どこにいても、出発点から何歩歩いて角をいくつ曲がったから、今ここにいると頭の中の地図を常に意識しています。
もっと気楽に町歩きがしたいですよね。お買い物だって周りの雰囲気を楽しみたいじゃないですか。あら、おいしそうな匂いがしているわ、ここは賑やかだわ、行列ができている、なんの行列かしら?視力のある人が楽しんでいる町歩きやショッピングをいつかできるようになりたい、そんな夢をAIスーツケースに込めました。

浅川智恵子さん

――AIスーツケースは、どのような形で利用が広がっていけばいいとお考えですか。

浅川 美術館や空港、ショッピングモールなど当面は決められた場所かもしれません。そこでAIスーツケースを貸し出してもらう。その中だけは自由に移動を楽しめる、というところまでは早いうちに実現できればいいですね。一気にどこでも散歩というよりは、できるところから始めて、ユーザーの理解、社会の理解を得て徐々に広めていければと考えています。

――来年館長に就任されたら、AIスーツケースは日本科学未来館に展示されますか。

浅川 もちろんそのつもりです(笑)!
視覚障がいの方にも、そうではない方にもぜひ体験していただきたいです。親子で来場された時にお子さんがAIスーツケースを見て、「こうした技術があれば、目の見えない人もこんなことができるんだね」とダイバーシティに対する理解も広がると期待しています。
同僚の研究員のお子さんがAIスーツケースを紹介する動画を見て、「お母さんの会社のことよく知らなかったけど、すごいことをやっているんだね」と褒められた、という話を聞いて嬉しくなりました。テクノロジーを使えば視覚に障害のある方が社会参画できる、ということが小さなお子さんでも理解できるのです。
病院でも利用できたらと思っています。大きな病院だと診療科によって離れていることがありますよね。外科に行って、次にレントゲン室に行ってくださいと言われることもあります。どう行っていいか迷ってしまいます。

――それは高齢者も同じですね。初めての場所だったら多くの人が迷ってしまいます。

浅川 ニューノーマルの時代においては、ロボットの役割が大きくなるのではないでしょうか。患者さんは病院のロビーに座っていて、ロボットが代わりに診療受付して戻ってくるというようなこともできますね。
科学や技術で障がい者が直面している課題を解決しようとする時、視覚障がい者のニーズが最も解決困難な場合が多いのではと思うのです。それに応えられる技術は、さまざまなものに応用できると思っています。
2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)では、高齢者も利用できるモビリティー・ロボットが紹介できるといいですね。万博の人気パビリオンはどこも長蛇の列ですから、並んで待っているだけでも疲れます。そんな時荷物が入れられるスーツケースから椅子が出てくるのであれば、持ち歩くにも便利です。

あきらめなければ道は開ける、不可能は可能になる

――最後に読者の皆さんへのメッセージをお願いします。

浅川 私のモットーは、「あきらめなければ道は開ける」「不可能は可能になる」です。私の人生を振り返って、目が見えなくなっても、あきらめずに進んできたことによって道は開けました。
目が見えなくなって、もうあなたにはこの道しかないと決められるのが嫌でした。目が見えなくてもこんなことができる、というようなことをやりたいと夢を描きました。でも、そのためにどうすればいいか全く分かりませんでした。大学では英語を勉強したけれど、コンピューター技術者は目が見えなくてもできると知り、専門学校に通いました。漠然とした自分の夢が実際に近づいてきたと感じました。
若い頃は、何になりたいのか、何ができるのか具体的には分からないかもしれません。宇宙飛行士になりたいとか、漠然とした夢でもいいのです。夢を持つことが重要。今の自分から遠い存在でも構わないのです。
ひょっとしたら、もっと身近なところに将来の目標が隠れているかもしれません。おばあちゃんと一緒にいて、おばあちゃんがペットボトルのふたを開けられなかったら、簡単に開けられる道具を考えてみるのもいい、開けやすい別の容器がないか探してもいい。そこから新しい何かが始まります。
ゲームをしていて、お母さんから「ブルーライトは目に悪いから、やりすぎに注意して」と言われたら、「ブルーライトって何? それがどういう作用をするから目に悪いの?」と調べてもいい。スマートフォンでも簡単に調べられますよね。研究は調べることから始まります。調べて自分のアイデアが既に他の誰かが実現していたら、そのアイデアは新しくない。でも一生懸命調べたことは、きっと後で何かの役に立ちます。もし調べ尽くして自分のアイデアがどこにもなかったら、それは突き進めてください。また、既にあったアイデアも視点を変えてみてください。見方を変えるとものすごいものになる可能性があります。
あの高校に入りたい、あの大学に合格したいは、夢ではありません。手段です。受験や入試を目標にしないでください。夢はその先にあります。

これは、大人も同じです。年齢を重ねると夢や目標で自分を励まさなくなり、それを自分の子ども世代に託してしまいがちです。
日本は超高齢社会です。これから60代の自分、70代の自分、80代の自分とその年代ごとに夢を持ちましょう。高齢になって記憶力が落ちた、視力が落ちてきた、と嘆くのではなく、課題の当事者になることで次の目標やアイデアが出てくるのではないでしょうか。可能性はいくつになってもどんどん広がっています。
私もまだまだこれからです。次の夢の実現に向けて挑戦を続けます。

TEXT:栗原 進、PHOTO:倉橋 正

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