日本企業に求められるものは、トータルに戦略を構想する組織力

――立本先生は「日本企業がうまくパートナーシップを築けないのは、日本企業の事業部制に一因がある」と述べておられます。

立本博文氏立本 オープン標準が設定される領域は、たいてい複数の事業部が関与しますが、日本企業の場合は事業部間の利害調整ができていないことが多いのです。例えば部品と完成品の2つの事業部がある場合、完成品はショーウインドウだと位置づけ、実際は部品の販売で稼ぐといった戦略が大切です。逆に、部品事業は中核事業ではないと位置づけ、どんどん社外に部品の作り方を教えて完成品事業を拡大する、というような戦略もあり得ます。いずれにしても、トータルに戦略を構想する組織力が必要です。

米国のある大手半導体メーカーの例では、完成品のパソコン本体では稼がず、パソコン内部にあるCPU(中央演算処理装置)の開発販売に利益を集中させるというビジネス・モデルを構築しています。パソコンを作りやすくすることに努めたので、未経験の台湾企業などがどんどん市場に参入してきました。利益率の低いパソコンは他企業に任せ、自社は利益率の高いCPUに特化して成功したのです。日本企業にはこういう全社戦略はなかなか見られません。

クロスライセンスのための10,000件の特許より、絶対使える100件を

――そうした米国企業によるオープン・イノベーションから、どんな点を学ぶべきでしょうか。

立本 先進国と新興国の企業がパートナーシップを築くときのやり方はとても参考になります。オープン・イノベーションは、「自社でやらないことを決める」というのが重要です。日本企業は部品まで全部自社で作ってしまいますが、彼らは「自社で製造はしない」と明快なので、製造が得意な中国・台湾企業は参加する意欲が湧くのです。

ただし、「自社でやらないこと」を決めただけで、パートナー企業が一生懸命、活動してくれるのかは分かりません。パートナー企業が真剣になるような環境を作ることが必要です。この意味で、米国企業の方が、新興国企業の置かれた条件を良く理解していると思います。

例えば、アジア企業には、技術蓄積は浅いが、資金力が大きい企業があります。またアジアの各国政府も、成長産業の企業の投資に対して、優遇する政策をとっています。こういう環境に置かれたアジア企業にとっては、技術開発による差別化競争よりも、投資競争による生産拡大の方が望ましいわけです。

特許戦略も欧米企業に学ぶべき点です。特許は技術力を競争力に反映させる手段です。ですから、先進国企業がアジア企業とパートナーシップを築く際には、特許戦略は最も有効な手段となります。欧米企業の先進国企業型の特許戦略には学ぶところが多いと思います。

先進国企業型の特許戦略の要は、特許の排他的使用権を利用した「差し止め」にあります。一方、キャッチアップ企業型の特許戦略は、特許数を頼りとして「クロスライセンス」に持ち込むことです。クロスライセンスに持ち込めれば、圧倒的な低コストで、競争に勝っていけるからです。

多くの日本企業は、いまだにキャッチアップ型の特許戦略をとっています。もともと日本企業の特許戦略は、欧米企業に支払うロイヤリティーを少なくすることが目的でした。特許数を増やして、クロスライセンスとして活用することに意味がありました。しかし、日本企業は既に多大な技術開発投資を行っている先進国企業であり、先進国型の特許戦略をとる必要があります。

現在の日本企業は、先進国型に変わるターニング・ポイントにいます。そのため、先進国型企業の特徴と、キャッチアップ型企業の特徴が混在しており、戦略の一貫性欠如を引き起こしています。さまざまな部分で見直しが必要になるでしょう。

例えば、日本企業は旺盛に研究開発をしているため、特許の数は多いのですが、国内だけで出願しているケースが大半です。これも、外国企業とクロスライセンスに持ち込むことが目的だったためです。しかし、特許は各国の国内法であり、特許権を行使したい国で特許取得しない限り、権利行使できません。日本国内だけで特許権を取得することは、海外での権利行使の点から言えば全く意味がありません。むしろ逆に、海外に技術情報を漏出させる結果を招いています。

今後の日本企業にとっては、先進国型の特許戦略が重要となります。つまり、特許数よりも相手を差し止めるための特許をしっかり持つことが大切です。クロスライセンスのための10,000件の特許より、絶対使える100件を持つことが重要です。

この意味でも、日本企業は新しい組織力をつける必要があります。日本の企業は知財部門を中央研究所に置くことが多いのですが、やはり本社に置いてそのへんをしっかり管理することが大切です。

台湾のエレクトロニクス産業が大躍進したきっかけ

――日本のエレクトロニクス産業の企業も台湾企業と協力関係にあったはずですが。

立本博文氏立本 日本企業が台湾企業にアプローチして喜ばれたのは事実ですが、そのやり方は車メーカーと同じように自社系列を作ろうとしたのです。付き合う企業を限定し、熱心に生産指導をしました。そうすれば技術力も信頼性も高まります。高い技術力という点で、台湾企業からはいまだに日本企業は尊敬されています。

しかし、一方で、そのような技術指導は、技術流出を引き起こしました。生産技術はどんどん台湾企業に移転して行ったのです。そして、台湾企業は日本企業とだけ付き合うのではなく、米国企業とも付き合いました。これは企業行動として当然です。

私は、日本企業の高い製造技術は重要な戦略カードだと思いますし、海外企業に生産委託することも悪い戦略ではなかったと思います。問題は、このような戦略が生産という限られた視点だけで行われたことだと思います。

もし、台湾企業に生産委託をするのであれば、同時に3つのことをするべきだったと思います。1つは、販売チャネル戦略やブランド戦略など、販売面の戦略をもっと考えるべきだった。何らかの市場の囲い込みに成功できれば、生産委託による技術流出は問題ではなくなります。

2つ目は、生産委託する先を特定の台湾企業のみに限るのではなく、もっと別の企業にもどんどんと生産技術指導をして、生産の競争をさせるべきだったと思います。この意味で言えば、日本企業が生産技術を持っている価値は、自社で生産することではなくて、「生産技術を教えられること」や「相手の生産能力を評価できること」になります。

3つ目は、差別化できる製品技術もしくはサービスを開発し投入することだったと思います。後知恵かもしれませんが、「高級品を思わせるような洗練されたデザイン」や、「ユーザー・データを丸ごとインターネットに保管するクラウド技術」は、そういう差別化要素でした。

残念なことは、当時、このような技術を日本企業は持っていたということです。洗練されたデザインを実現するアルミの削り出し技術もありましたし、巨大なデータを安価に保管するストレージ技術も日本企業は持っていました。ですからやろうと思えばできたと思います。

一方、米国はオープン・イノベーション型で台湾企業にアプローチしました。そもそも、新しい企業が出たり消えたりする台湾のような新興国では、オープン標準でやることに、整合性があったと思います。

ただし、このオープン・イノベーションを熱心に進めたのは、米国の完成品企業ではなく、主に部品企業でした。オープン・イノベーションは、「自社でやらないことをやってもらう」という方法論です。部品企業は、自社で完成品を作らない代わりに、自社の部品を使った完成品の作り方をオープン標準にした、というわけです。

台湾のエレクトロニクス産業は、これをきっかけに大躍進をします。台湾で生産されたノートパソコンは、1990年代の終わりには世界需要の90%以上になりました。同時に、米国の部品企業も大きな利益を享受することができたのです。

今振り返ってみると、日本企業は台湾企業への生産委託を行うに当たり、新しい系列取引の方法論を考えるべきだったのだと思います。新しい企業が出たり消えたりする台湾のような新興国では、日本国内の従来的な系列取引の方法論は、有効ではありません。

しかし、多くの日本企業は、台湾企業への生産委託を、単なる生産戦略の一部と考えていました。これが、後に、日本のエレクトロニクス企業の凋落につながったと思います。こうしてみると、日本企業にとっての真の問題は、局所最適に陥りやすい組織的性質であるといえるかもしれません。

text:木代泰之

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立本博文氏

たつもと・ひろふみ
立本 博文

筑波大学大学院 ビジネス科学研究科 准教授
1974年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程中退後、2004年 東京大学ものづくり経営研究センター助教、2009年-2011年 兵庫県立大学経営学部准教授、2010年MIT Sloan School of Management 客員研究員(2011年まで)。2012年より現職。
組織学会、国際ビジネス研究学会、多国籍企業学会、研究技術計画学会他に所属。国際ビジネス研究学会編集員。論文に「オープン・イノベーションとビジネス・エコシステム:新しい企業共同誕生の影響について」(『組織科学』45(2), 60-73,2011)他多数。


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※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。


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