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 ついにハーンが「京都旅行記」と題した作品を書いたのは、一八九五年秋の京都訪問の後のことである。ロチの「聖なる都・京都」をアメリカで翻訳した日から数えて、八年半の歳月が流れている。ロチの京都に肩を並べる作品を書くのにようやく機が熟したと考えたのであろうか。その間に京都訪問を重ね、ロチに対する評価も大きく変わったハーンが、かつてロチが描き、自分が英訳したことのある京都を正面切って扱う―ハーンがロチを意識したのは明らかである。それが表れている幾つかの点を考えてみよう。

 一読してまず気がつくのは、京都の過去の長い歴史にとらわれず、現在を中心に描写、考察する方針を貫いていることである。鎌倉の場合に、由緒ある古都としてのイメージに執着しすぎたことの反省によるのであろう。今回は古都としての存在をあえて無視しているようにさえ思えるほどで、ここに私は、ロチから離れようとするハーンの意図の一端を感じる。ハーンは、この訪問を伝える私的な書簡には「聖なる京都」といった表現を用いているにもかかわらず、作品としての「京都旅行記」にはそのような言葉は一切見られない。そもそも平安奠都(てんと)千百年記念祭見物の旅なのだが、幾世紀もの歴史を物語る大行列を前にしても、ハーンの目は、各時代の衣裳をつけて練り歩く、生身の人間に、あるいは沿道で見守る人々に注がれているのである。

 既に多くの人によって述べられてきた対象を扱う場合には自分自身の見聞を中心にするほかはない、と判断するに至ったせいであろう、ハーンの京都には名所旧蹟について書かれることが少ない。行かなかったわけではなく、清水でおみくじをひいたりしたことが書簡にはあるが、作品中には全く述べられていないのだ。

 それでは「京都旅行記」はロチの「聖なる都・京都」とは無縁の存在なのかといえば、決してそうではない。おもしろいことに両者には幾つか共通の題材があり、ハーンはそれらについて、ロチとは異なる扱いをしてみせる。その典型的な例が、冒頭の、京都へ向かう列車での光景であろう。「聖なる都・京都」では、居眠りしていたロチが、乗り合わせた老婦人に「京都ですよ」と起こされ、急いで下車すると、たちまち車引きに取り囲まれる、という図になっており、最初からいかにも物憂げな西洋人が一人の異質な存在として京都に降り立つという印象が強い。こうして巧みに自分の世界へと読者を導くロチの手際はさすがである。ハーンの場合にはロチと対照的に、大勢の楽しげな乗客に混じっての旅である。日本と接するにあたっての、ロチとの姿勢の違いが象徴的に表れているばかりでなく、ハーンが車内で見た人々の様子―楽しむ術を知る国民であるという考察は、一編の中心テーマと直接結びつくことになるのである。

 ロチの描く京都を覆っていたのは憂うつと死の影であった。書き手であるロチの気分はすべてに反映され、通りの提灯についても、

 提灯は巨大な灰色の気球で、羽ばたいて向こうへ飛んで行く蝙蝠(こうもり)の後ろ姿が黒々と描かれている。このように奇妙な祭りの飾りは、街を少しも賑やかにしていない。かえって、これらすべての灰色のもの―花の代わりに夜の獣が描かれた、果てしない提灯の列は、招かれた人が夜にならないとやって来ない、死の大祭典の支度を思わせる。

というような、不気味な一節を生まずにはおかない。それに対してハーンは、通りごとに異なる揃いの提灯の趣向を子細に観察して、日本の庶民生活における楽しみの考察へ発展させるという具合である。

 「京都旅行記」の基調をよく表している一節をここに引いてみょう。

 日本の祭の夜を構成するあらゆる物がたちまちにして消え去ることは、実は記憶の喜びをかえって増してくれる。なぜなら、走馬灯のように目に映った光景は、次第に色あせるということがなく、従ってその記憶も、憂うつな影を帯びる恐れが全くないからである。

 「憂うつ」こそ、日本を描く時にロチの最も好んだイメージの一つであったが、「京都旅行記」のハーンはあっさりとこれを否定し、代わって、喜び、楽しみという、反対の概念を中心テーマに据えたのである。そして、強調されているのは異国情緒ではなく、むしろ万人共通の感情や人間の心理である。ここに至って、ロチとの決別は誰の目にも明らかであろう。

 ハーンはロチについて、「異国風物においてのみ他者を凌ぐ人である」と述べたことがある。従って、名人ロチとの競合を避けようとする心理も働いたに違いない。それに加えて、日本人の心に迫ろうとする意欲を、ハーンは十分に持っていた。旅行記といえども、「異国風」な要素を強調するだけでは満足できなくなっていたのである。

 本来、異国趣味に惹かれるところのあるハーンは、ロチが「日本ではすべてが異様でちぐはぐである」と述べつつ、まさにその点で、つまり、珍しい、見慣れぬ、神秘的な異国という印象で見事なまでに統一した、その文章を愛した。そして日本での第一作Glimpses of Un-familiar Japan(『知られぬ日本の面影』)におさめられた鎌倉のスケッチがロチ譲りのイメージを踏まえてまとめられた一編であることは、既に見た通りである。

 しかしながら、ロチよりも深く、暖かく日本人を見つめるハーンのまなざしが、いつまでもハーンをそこにとどめておくはずはなかった。紀行文の場合も「京都旅行記」に表れているように、ハーンの関心を中心として一編が収束するようになる。「京都旅行記」は、普通の意味での紀行文を期待して読み始めた読者に、やや意外の念を抱かせるであろう。旅によって触発された様々の考察の産物であって、印象記ではなく、エッセイに近づいている。そしてそれは、「京都旅行記」で明確になり、その後「大阪にて」などに引き継がれていく、独特の方法である。異国情緒に依存せず、抽象的なテーマで統一をはかるようになるのである。

 鎌倉のスケッチから京都のスケッチに至るまでの長い道程で、ハーンはエキゾチックな憧れの日本像を失ったかもしれないが、代わりに手に入れたものも確かにあった。

 「京都旅行記」は、まるでハーンが自分自身に言い聞かせるかのような、含蓄のある、美しい一節で結ばれている。

 人や自然を喜びをもって眺めるためには、主観的であれ客観的であれ、対象を幻想を通して見なければならない。それらが我々にどう見えるかは、我々自身の内にある道徳的状況いかんによるのである。……誕生から死に至るまで、美しい心の霞―とりわけ、平凡な事物を金に変える、この東洋の陽光のような、愛という霞を通して常にものを見ている人こそ、最も幸せな人である。


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