被災地に、途上国に。 一過性の支援ではなく、地域に根付く産業を起こしたい

ネイルサロンを立ち上げたカンボジア女性と
将来本格的な美容学校設立を目標に挑戦

被災地に、途上国に。 一過性の支援ではなく、地域に根付く産業を起こしたい

カンボジアとの関わりも紹介しておこう。
それは2012年の春、JICAの仕事で社会起業家の調査をするために同国を訪れていたときの話だ。首都プノンペンに2カ月滞在し、ジェルネイルが伸びてしまった渡邉さんはネイルサロンを探す。店を切り盛りしていたのが当時24歳のケム・ケムラさんだった。

ケムラさんはもともと日本への留学経験があり、東日本大震災が起きた当時は、医療系の仕事の研修で東京に滞在していた。生まれてこの方、経験したこともない恐怖に衝撃を受けたケムラさんは、将来は起業したいという思いを前倒しして、母国に帰ってネイルサロンを開く。サロンを開業して10カ月ほど経った頃、渡邉さんが来店したのだ。

渡邉 ケムラは最初、起業をしようと思ってはいたけれど、何をやるかは決めていなかったそうです。ある日、マーケットに行った折に、机をひとつ置いてネイルケアをしている人が目に入ったのです。1回で1ドルくらいの収入です。もしちゃんとしたビルに店を構えて美容サロンをやれば5ドルとか、デザインによっては10ドルになるはず。早速、同世代の女の子の意見も参考に、これまでせっせと貯めてきた貯金をはたいてネイルサロンを開いたのだそうです。

被災地に、途上国に。 一過性の支援ではなく、地域に根付く産業を起こしたい

ケム・ケムラさん(右) ケムラさん(左から2人目)とサロンのスタッフたち

「カンボジアで女性の就労機会を増やしたい」というケムラさんの熱意に渡邉さんは共感した。何度かサロンに通ううちに「何か一緒にやろう」という話になる。ケムラさんは総合美容をやりたいが、カンボジアでは美容師の技術は国家資格もないし、教えてくれる人もいなくて困っているという。それではと、渡邉さんが日本からボランティアの美容師を派遣するサポートが始まった。将来は本格的な美容学校を開きたいと計画している。

渡邉 いまは3階建てのビルの1階にサロンがあり、その上のフロアで美容教室を開いています。本当はお金のない女性たちに手に職を付けてほしいのですが、そういった人たちは私たちの教室に入るお金がありません。そのためサロンで働きながら勉強していくという方法を取っています。でも、これではなかなか人を増やすことができない。現在スタッフは13人ほど。なんとかこの段階を突破したいと考えています。

被災地と途上国は似ているところがある
企業の論理ではなく、地元に寄り添った産業を

被災地に足を運び、途上国の女性起業家と仕事をともにして、さまざまな現実が見えてきた。そこには共通点があるという。

被災地に、途上国に。 一過性の支援ではなく、地域に根付く産業を起こしたい

渡邉 途上国も被災地も、その地域らしさ、地域の人間関係、あるいは文化、場合によっては自然がまだまだ残っている地域だと思います。そこで経済を考えたとき、いろいろなことが課題になってきます。

外から大きな資本が入り、途上国や被災地に工場を造る。何千人という雇用が生まれるため、資本が投下された土地の人々は喜ぶだろう。しかし安い労働力がほかに見つかれば、工場は撤退し、新たな土地へと移動する。こうなると悲惨だ。カンボジアでは多くの女性労働者たちがこうして職を失い、身売りに走るしかないというケースが実際にあるのだという。

渡邉 被災地に民間企業が入ってできることがあると言われています。もちろんそれは、とても必要なことだと思っています。ただ、そのときに経済至上主義の大企業が地域らしさを奪って、何年後かに誰もいなくなった、というのではかえって悲惨なことになってしまいます。そういう意味で、被災地と途上国は似ていると思います。

渡邉さんはひるまずに被災地に飛び込み、事業を立ち上げた。地方で事業開発をする上で、地元の人だけでなく、よそ者が入る重要性はとても高いという。必要な3要素は「よそ者」「バカ者」「若者」だ。よそ者は外から人材を含めて資本を運んでくるだろう。よそ者を受け入れるちょっと変わった人がバカ者だ。新たなチャレンジに、躊躇せず飛びこむパワーがあり、事業を長く続けていくためには、若者が必要だ。

渡邉 被災地と途上国の大きな違いは、被災地には若者が少ないことです。ただ、いないわけではありません。地域で生まれ育った若者が戻ってこられるような環境、帰ってきたいと思えるようなカッコイイ、やりがいのある仕事を作ることが大事だと思います。

苦労して立ち上げた椿油の事業は、2014年秋冬までに、累計約1万3000個を販売した。販路も拡大しており、確実に前に進んではいる。しかし、現在は「椿油」という原材料を出荷している状態で、地元に多くの雇用を生み出すという本来の目標には達していない。まだまだやらなければならないことはたくさんあるのだ。

渡邉 岩手に自前の工場を造りたいという思いはありますが、すぐには難しい。そこで今年は椿の花を固めて、ピアスやネックレスといったジュエリーを作るという新たな取り組みの準備を始めています。どうなるかは分かりませんが、これなら手作業ですから、地元ですべてができます。油の量が限られるからこそ、花や葉っぱなど、種以外の部分も使えるようにしていきたいと思っています。

椿の種を採取し、椿油を精油する作業は、現在の規模だと11月から3月までのいわば季節労働。オフシーズンにどう仕事を作るかも大きな課題だ。
そこで、気仙沼に藍染めをする文化があることから、藍染めの原料となるタデを試験的に植え、気仙沼と陸前高田の女性たちを集めて椿油のオフシーズンの仕事にできないかという案を試すことにした。試行錯誤を繰り返す日々である。

被災地に、途上国に。 一過性の支援ではなく、地域に根付く産業を起こしたい

豊かさとは、幸せとは──。途上国に、被災地に寄り添ってきた渡邉さんに、11歳の少女の頃感じた疑問の答えは出たのだろうか。 

渡邉 答えはまだ見つかりません。ただ漠然と、「経済や財務」だけを追い求めてはダメなんだろうなと思っています。事業を起こすときに、経済・財務の資本だけでなく、文化的資本、自然資本、社会的関係性資本など、さまざまな資本のバランスがとれていたら良いのかなと考えたりしています。ファイナンシャルな資本だけに目が向けられると、どうしても社会全体がアンバランスになってしまうような気がしています。人々に心の病が多いのも、大きな資本によってバランスが崩れてしまったのが原因かもしれません。お金も手に入れながら、さまざまな資本がどのようにバランスをとって社会に影響を与えながら事業をつくり出していくのか。その方法はまだ分かりませんが、いろいろな立場で力を尽くしていきたいと考えています。

東北で、アジアで、渡邉さんの奮闘は続く。

text:渋谷 淳

渡邉さやか

わたなべ・さやか
渡邉さやか

一般社団法人re:terra 代表理事、株式会社re:terra代表取締役、NPO法人soket理事、NPO法人ミラツク理事、一般社団法人Women Help Women理事
長野県出身。国際基督教大学卒業、東京大学大学院修士。
国際協力に関心を持ち、大学・大学院は国際関係論を専攻。
ビジネスを通じた社会課題の解決の必要性を感じ、2007年にIBMビジネスコンサルティングサービス(現IBM)に入社。
新規事業策定や業務改善などのプロジェクトに携わりながら、社内で環境や社会に関する「Green&Beyond」コミュニティリードを経験、プロボノ事業立ち上げにも参画。
また社外では、NPO法人soketを2010年設立、米国NPO法人コペルニクの日本支部立ち上げに従事。2011年6月退職。現在、re:terra代表。NPO法人soket理事、一般社団法人Women Help Women理事。2013、2014年日経ソーシャルイニシアチブ大賞ファイナリスト。
2015年The Entrepreneur Japan Awardファイナリスト。
被災地での産業活性化プロジェクトや、(特に中小企業の)途上国・新興国進出支援、カンボジアでの事業立ち上げなど幅広く活動。


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※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。


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