障がい者が健常者を超える日 ~ 義足テクノロジーの最先端

遠藤謙(えんどう・けん)

1978年、静岡県出身。慶應義塾大学大学院修士課程修了後、2005年よりマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボバイオメカニクスグループにて人間の身体能力の解析や、下腿義足の開発に従事。2012年博士課程取得。現在はソニーコンピュータサイエンス研究所でアソシエイトリサーチャーとしてロボット技術を用いた身体能力の拡張に関する研究に従事するかたわら、Xiborg代表として競技用義足や介護用補助具などを開発。また、途上国向け義肢装具の開発や普及、途上国向けものづくりビジネスのワークショップやコンテストを主催するSee-D代表も努める。2012 年には、MITが発行する科学雑誌『Technology Review』が選ぶ「35歳以下のイノベーター35人」に選ばれた。

野田隼平(のだ・じゅんぺい)

1978年、大阪府出身。 2008年12月、列車事故に遭い左足を股関節から切断。 リハビリ中に陸上競技を始め、2011年春には公式レース出場を果たす。2015年6月現在、自己ベストは国際パラリンピック委員会の公認記録で100m23秒30、世界ランク31位。200mは49秒18で24位。システムエンジニアとして、日本IBMに在職。ブログに『それいけ股義足』

パラリンピアンがオリンピアンを上回る日も近い!?

——遠藤さんは、ロボット義足の研究やインドでの義足開発といった活動と並行して、元陸上のオリンピック選手である為末大さんらと株式会社Xiborg(サイボーグ)という会社を立ち上げ、競技用義足の研究開発に取り組んでいますね。具体的にはどのような活動をされているのでしょう?

遠藤 まずは競技用の義足の研究開発です。競技用義足は、カーボンファイバーのシートを何枚も重ねてつくるのですが、これはシートの種類や密度によって柔らかさやバネのしなり具合いが変わってきたり、あるいは、負荷が大きすぎると割れやすくなったりするんです。この素材を使って、軽くて十分にしなりがあり、なおかつ折れにくい義足をいかにつくっていくかがテーマです。

150804_5それと、義足の製作と同時に重要なのが、選手育成です。最終的には「記録を出して勝つ」ことが目標ですから。これについては、為末さんが「日本のパラリンピアンの選手はひと昔前の走り方をしている」と口グセのように言うんです。これはつまり、義足のランナーを指導できる人材が日本にはほとんどいないということで、事実、ほとんどの選手が自己流の練習をしています。

今、Xiborgには3人の障がい者のアスリートが所属しています。全員が男子下腿義足の短距離選手なんですが、鹿児島の鹿屋体育大学でモーションキャプチャーで計測したところ、そのうち2人は同じ義足を使っているのにもかかわらず、全然違う走り方をしているのがわかりました。もちろん、体重も体型も違う。だからそれぞれ、個々人に合った義足をつくり、練習についても入念に調整していく必要があるのです。現時点はXiborg社製の義足を使用した選手はまだ大会には出られていないという状況ですが、今年の秋の大会には間に合わせて、何らかの成果が得られればと考えています。

——野田さんはアスリートとして、ご自分の競技における義足についてはどう捉えていますか。

150804_6野田 まず義足以前に、まだまだ競技のクラス分けがされていないと思います。自分のような股関節離断(左脚を股関節から切断)の障がい者は、普段の生活では杖をついている人が多くて、ましてや股義足で走っているランナーなんて世界を見回してもほとんどいません。実際、自分が走る種目のT42(股関節離断を含む大腿切断)では、他の選手と比べてもタイム的にはまったく歯が立たないのが現状です。パラリンピックでも「股関節離断」というクラスはまだありません。以前、世界ランキングの対象となるための認定(国際クラス分け)を受けるためにアラブ首長国連邦で開催された国際大会に初めて出たときも、各国の選手団から「君の足はどうなっているんだ? なんで走れるんだ?」と質問攻めにあったくらい。ましてや国内の大会では見たことがありません。

では「なんでそこまでしてやるの?」と聞かれたら「走ってみたかったから」と答えるしかありません。もちろん下半身を使わなくていいスポーツもいっぱいありますが、どうしても陸上をやってみたかったのです。そもそも、股義足で走るということ自体、インパクトがあるじゃないですか。

——ということは競技人口1人!

野田 うーん、そうですね(笑)。比べる対象もいないので、クラスも、競技用の股義足もこれからですね。

——2020年の東京パラリンピックには、どのような期待を持っていますか?

遠藤 もちろん、Xiborgの選手がメダリストになるよう努力していますが、もう少し大きな視点も持つべきでしょう。仮に、今度の五輪で健常者に勝るほどのスピードを持つパラリンピアンが登場したとします。そこで「果たして彼は障がい者にカテゴライズすべきか?」という議論が沸き起こる最初の機会であってほしいと思います。そうなれば、「障がい者は健常者に比べて身体機能的に劣っている」という常識自体が覆される。「パラリンピック選手は羨ましいなぁ」とか「障がい者ランナーはずるいなぁ」という考え方だって生まれるかもしれない。

——パラリンピアンがオリンピアンを上回る日がきっと来る、と。

150804_7遠藤 可能性は十分あると思います。ヒュー・ハー教授の理論でいえば「障がい者というのは技術が未熟だから障がい者なのであって、体をサポートする技術が十分であればもはや障がい者とは呼べない」という考え方なんです。もっというなら、障害の度合いが高ければ高いほど、テクノロジーが介入しうる余地もそれだけ大きいということ。将来的には野田さんがいちばん早いランナーになっている可能性だってあり得なくはないわけです。

野田 さすがに、この価値観を聞いたときは仰天しましたけどね(笑)。いろいろな新しい技術が自分の体を通して世に出て行くことに関しては、常にワクワクしています。2020年は、価値観が覆る金字塔的なパラリンピックであって欲しいですね。

遠藤 野田さんには「股義足専門のクラスをつくって、俺が金メダル取る!」くらいのことは宣言してもらいたいですね(笑)。

義足を生み出し続けるために、コアな技術を医療に転用

——SonyCSLで は、義足の開発以外の事業も取り組まれているようですね。

遠藤 もともとロボットが好きで「義足ってかっこいいなぁ」と思ってXiborgをつくったんですが、義足の技術を他にも使えないかと思いました。そのため、義足の技術をもとにした介護のリハビリやスポーツのパフォーマンス向上に結びつくような技術開発も考えています。具体的には、装具(アシスト器具)の開発ですね。

——HALというアシストロボットの、福祉向けタイプのものが有名ですが、そのようなものでしょうか。

150804_8遠藤  自分たちが手がけているのはもう少し安価なタイプです。最初のプロトタイプはそれこそ義足の余った部品を使ってつくりました。ただ、この分野もまだまだ黎明期なので、理学療法士の方々のノウハウもまだ蓄積されておらず、データベース化もされていない状況です。そういう要素も見据えたビジネスモデルを提案しながら、技術を少しでもビジネスに転化できればと思っています。

——義足同様、非常に価値のある事業だと思います。

遠藤 MITのエリック・フォン・ヒッペル教授が提唱している「リードユーザー」という概念があります。「エクストリームな環境で使っているユーザーから、汎用性の高い一般的なものへ落とし込む」という考え方です。たとえばF1自体は大して儲からないけれど、F1のコアな技術に牽引されて、乗用車の技術も高くなるというような意味合いです。ロボット工学で培った義足のコアな技術を医療やスポーツの現場で応用しながら、まずはリードユーザーをつくっていき、徐々に汎用化させる。そうした段階を経ながら、義足開発のプラットフォームを整備していければと思っています。

——そういえば、お2人は競技用義足に関してはまだコラボレーションされていないんですよね。ぜひ、実現してください。

150804_9野田 そうですね。競技をやっているとしょっちゅう義足が壊れるんですけど、自分は既に廃版になった股関節の部品を使っているんです。股義足の難しさは、一部の部品だけ取り替えるのが難しくて、替えるとなるとソケット部分から替えなきゃならない。まずは、そういう面倒くささを改善してほしいなと。遠藤さんならきっとできますよ(笑)。

遠藤 これまでお互い「一緒に何かやろう」と言ってはいるのですが、なかなかタイミングが合わなくて。ぜひ、取り組みたい課題ですね!

Text:宗像幸彦

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