開発援助コンサルタントとして
バングラデシュとパキスタンで起業

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ここで高垣さんの足跡に少し触れておこう。米スタンフォード大の短期留学、慶應大学、を経て米シスコシステムズ社に入社。そこで、かねて希望していた途上国の開発援助をする仕事に就く。勤務した約10年間の大半は、発展途上国に必要不可欠なネットワーク技術者教育環境構築、IT技術者育成の推進などを担当した。担当していた約70カ国のうち、最貧途上国十数カ国も含め、そのほとんどに赴いた。その間、生活現場の厳しさを垣間みる機会は多々あった。また一方で、国の発展を願って厳しい環境にも負けず努力する多くの人たちに出会った。

高垣 「当時の上司に教わったことは、とにかく現場に赴くこと。そして1人の人間の人生を変えられる立場にいる責任の重さ。それ故に自分のできることを1分1秒でも怠ると、その1人の人生を変えうる機会を奪うことになる。この教えはいまでも私の行動のベースになっています」

同社では1週間で数カ国を回るようなハードスケジュールの出張も多かった。行く先々でVIP待遇を受け、ミーティングをしてレセプションに出席し、握手をして写真を撮って次の目的地にすぐ移動というサイクルに、やがてもの足りなさを感じるようになる。06年に会社を辞め、開発援助の仕事に携わるために、世界最貧国のバングラデシュに渡った。

開発援助コンサルタント会社を同国で起業し、やがて業績を伸ばして行った。その成果を買われて、米国国際開発庁の教育プログラムの専門家としてパキスタンに赴任する。ここで2社目の開発援助会社を立ち上げた。

高垣 「今の仕事の内容は、主に政府系開発援助機関の開発援助プロジェクトの計画策定、実施と評価です。技術指導なども含まれます。教育、衛生教育、雇用創出・民間セクター開発、女性自立支援などの分野に取り組んでいます。例を挙げるとスイス開発庁の衛生教育プロジェクト、米国国務省のインパクト・アセスメントなどです。開発援助を通したこれらの経験が蓄積されて、いずれ人のために役立つ何かをやりたいという思いが私のどこかにあったのかもしれません。そして偶然が重なり、ペーパーミラクルズを始めることになりました」

半信半疑の女性たちに、
ビーズ作りのトレーニングを開始

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話を戻そう。再びシェルターを訪れた高垣さんは、傷害を負ったパキスタン女性たちを前に、自らが考えた事業について説明した。1カ月前にひょこっと現れた日本人が、また現れたと思ったら、「ペーパービーズ革命を起こそう」と夢のような話を始めるのだから、彼女たちも驚いたことだろう。それでも話を聞く姿勢は熱心だった。

パキスタンでは、女性の就職は比較的難しく、障がい者となればさらに難しくなる。これまでに彼女たちは幾度となく仕事を求め活動したが、そのたびに挫折を繰り返して来た経緯がある。高垣さんの話は半信半疑とはいえ、魅力的に映った。彼女たちはトレーニングへの参加を決意した。

高垣 「これが最後のチャンスという切羽詰まった思いで参加した人もいれば、中にはなんだかよく分からないけど暇つぶしになる、くらいの感覚で参加した人もいたと思います。サフィアからは後に、『最初は絵里が何をやろうとしているかよく分からなかった。だけど絵里の熱意と誠意が伝わってきたので、ぜひやってみようと思った』と言われました」

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最初のトレーニングの様子。右から4人目が高垣さん。左端がサフィアさん。

初回のトレーニングの光景は忘れられないものとなった。最初にシェルターを訪れたとき、部屋の隅で、独りで泣いている女性がいた。幼いころにひどい虐待を受け、それがトラウマとなり、極めて情緒が不安定だった。トレーニングを始めるにあたり、入居者の意思確認を行おうとすると、シェルターの職員が「彼女には声をかけなくていい。あまりにも情緒不安定で参加は無理」と言われた。それが癪に障った高垣さんは「本人に必ず、意思確認だけはして」と強く念を押した。その結果、彼女はトレーニングにやって来た。

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出来上ったビーズを嬉しそうに見るブシュラさん。

おしゃべりをしながら楽しそうにビーズ作りをする他のメンバーをよそに、ブシュラというその女性はやはり独り黙々と作業を続けていた。
ところが、しばらくすると驚くべきことが起きる。一言も言葉を発していなかった彼女が、突然「できた~!」と大声で叫んだのだ。今まで泣いてばかりで、意思表示すらほとんどできない彼女の表情が、信じられないほどキラキラと輝いていた。

高垣 「あの瞬間ですね。何が何でも、成功させねばと思ったのは。あの喜びを経験させて、期待を持たせて、うまくいかなかったら辞める、なんてことは絶対に許されないと強く思いました。やがて彼女は他のメンバーにも心を開くようになりました。今では笑うようになり、失われていた自尊心も取り戻しました。紙を丸める単純な作業で、ここまで変わるとは驚きでした」

サフィアは念願かなって小学校の先生に

週に数度のトレーニングを2カ月ほど積み、その年の12月、イスラマバード市内の高級ホテル、マリオットホテルで展示即売会を開く。話を聞きつけたマリオットのゼネラル・マネジャーが場所を無料で貸してくれたのだ。高垣さんはシェルターの人たちが作ったビーズを徹夜でネックレスやイヤリングに加工した。これが大成功。売り切れ続出で、最後は「リザーブド」の札が付いた商品ばかりが展示されるほどだった。

高垣 「エコ商品への関心が高い外国人が主なお客様でしたが、展示会の成功で、本当の意味でビジネスとしてやっていけるのではないか、という自信を得ました。展示会の模様が全国紙に取り上げられ、活動内容は急速に知れ渡り、多くの方々が共鳴し、手伝いたいと、次から次へと現れるようになりました。彼女たちですか?自らの手で丹念に作ったビーズがきれいなアクセサリーへと変化を遂げ、大好評だったことに大喜びし、俄然やる気になり、勢いにさらに拍車がかかりました」

ちなみに前出のサフィアさんはペーパービーズ作りで収入を得るようになり、今では先生になるという夢を実現させ、避難所近くの小学校で講師を務めながら、市内で常勤の教員になることを目指している。市内までタクシーで通い、1人で乗り降りする彼女にとって、ペーパービーズ作りは夢を叶えるための資金作りともなっている。

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