芸術とは、常に枠を広げ変革していくこと。そして、時代に提言しつつ、革新的に創造していくこと。

時代をどう生き、何を発信したかによって芸術家の真価が問われる

――「優れた芸術作品はその時代を表現している」とのことですが、古今の例を挙げて説明していただけますか。

芸術とは、常に枠を広げ変革していくこと。そして、時代に提言しつつ、革新的に創造していくこと。

千住 例えばルノワール。彼はプロイセン・フランス戦争の時代に青年期を過ごし、晩年には悲惨な第1次世界大戦を経験しました。そんな戦争の時代に生きていたら、何を描こうとするでしょうか。暗く落ち込んでいる人々に暖かさや明るさ、心の安らぎを届けたい、平和な情景を描きたいと思うでしょう。2人の姉妹が寄り添ってピアノを練習する風景、庭に降り注ぐ太陽の光の下で水浴びをする若い女性。ルノアールが描いたそんな絵を見れば、ルノアールも自分もみな同じ人間なのだと感じます。

戦争で親族や友人たちを失い、ナチスの弾圧を受けながら何よりも明るい絵を、そして夜の満天の星を描いたのはパウル・クレーでした。

紀元前のアルタミラ洞窟に壁画を描いた人も同じです。ウシの群れが駆け抜ける迫力とリアリティーに圧倒されます。絵画の出発点と到達点がここにあります。

厳格なキリスト教が支配した中世ヨーロッパでは、貿易によって富が集中する都市にさまざまな情報や思想が集まりました。世界の広さを知る人々が現れ、ルネッサンスが生まれました。ボッティチェリは楽しみや悦びの感情を、身の危険を感じながら「ヴィーナスの誕生」で表現しました。それ以前は、人はアダムとイブが犯した罪を背負いながら生きており、人間の裸体は誘惑の根源であると考えていたので、そのような絵は描けなかったのです。

厳しい状況の時代をどう生き、何を発信したかによって芸術家の真価が問われ、民族や時代を越えて、人々の心を打つのです。

日本文化には世界性がある

――日本文化の特徴として「世界性」を挙げておられますが、これはどういう意味なのでしょうか。

千住 「わび」と「さび」から説明しましょう。「わび」とは、本来「こんなおもてなししかできず、ごめんなさい」と詫びる心であり、空間に対する尊敬の概念です。「さび」とは時間が経って古び、さびていく時間に対する尊敬の心です。なぜ、日本ではこうした空間や時間に対する尊敬の概念が培われてきたのでしょうか。

日本には古来、西の世界から実にいろいろな文化が伝わってきました。あるものはギリシャやローマから、ガンダーラや中国からというように伝わって来て、東の果ての日本に溜まっていった。地理的にもそこから先は太平洋で行き止まりですし、大陸の国々と違い、周囲から攻め込まれて粉々に破壊されることもなかったので、日本には仏像が世界で一番多く集まり保存されていると言われています。

こうして多様性に満ちたとてつもなく遠い異国のもの、古いものが日本に存在している。その空間や時間に対する日本人の尊敬の念は、同時に世界中の人が共有できる価値観です。日本文化とは、かつて世界のさまざまな国の人たちが愛し尊び親しんでいた文化が日本に伝来し、日本独自の文化と調和し醸成され発展してきたものです。日本の中に世界があり、世界の中に日本がある。つまり日本の文化とどこかで繋がるものが世界中にある。だから日本文化には世界性があるのです。それが日本文化の極めて特異なところであり、歴史的にも地理的条件でもそうなる必然性があった。日本の茶道や華道が世界の人々の心に通じるのもそのためです。

私の「滝」や「崖」の絵に対し、海外の人も自分たちのルーツがそこにあるように感じてくれます。それは日本の美術の中に、世界の人々の心や原風景が凝縮されているからです。

私は日本人としてではなく「人間」として発信しています。日本人として発信するなら日本人にしか分かりません。そうではなく、いかに人間としての共通項を発信するかが重要なのです。例えばバッハはドイツ人として作曲したのではありません。モーツアルトもオーストリア人として作曲したのではありません。人間として音楽を発信しているからこそ、民族、国籍や時代を越えて理解でき、人々の心を打つ。私も教え子たちに、できるだけあらゆる境界を越えて発信するように指導しています。それができるかどうかが、世界で通用するかどうかの分かれ目になります。

日本的発想は世界平和創造のメッセージとなる

――世界では宗教対立や民族紛争などの争いごとが絶えません。千住さんは「日本的発想は、混迷する時代の世界に発信するにふさわしい平和創造のメッセージ」と強調されていますが、その心はどこにあるのでしょうか。

芸術とは、常に枠を広げ変革していくこと。そして、時代に提言しつつ、革新的に創造していくこと。

千住 日本には「和」の精神があります。和風スパゲティやカツカレーに見るように、ある約束事に基づいて多様性が調和を奏でている。それが和の発想です。日本文化は異質なもの、多様なものを巧みに調和していく力を備えているのです。

この発想を最初に言い出したのは聖徳太子の「和を以て貴しとなす」です。日本画で言えば、白と黒の絵は2色のバランスを考え、20色で描く絵なら20の色を調和させます。和服は着物や帯や帯留めなど異質なものを用いて着こなします。
日本文化は調和を重んじる形で成立し、宗教でさえ異質なものを暮らしの中に取り入れています。日本文化に通底しているのは「多様性を受け入れ、それらをうまく調和させていく」という発想なのです。

世界の異なる価値観や宗教などを持った民族や国々が、何とか折り合いを付けて調和させる。白黒をはっきりさせるために戦うばかりではなく、豊かなグレーゾーンを模索する。良い意味での「曖昧さ」こそが、戦後70年、日本を平和に保ってきた力ではないでしょうか。だからこそ混迷する世界にふさわしい平和創造のメッセージなのです。

クールジャパンとクラシックジャパン

――日本のアニメ文化などがクールジャパンとして注目されていますが、この現象をどのように評価されていますか。

千住 クールジャパンは、元々は「メイド・イン・USA」です。マンガやアニメ、野球などのアメリカ文化が戦後、日本という「改造工場」に送り込まれ、それがチューンアップされて本国のアメリカを見事に超えた。それがクール(かっこいい)と呼ばれたのです。最初にそう言われたのはイチローであり、松井秀喜選手でした。

しかしクールジャパンの定義が曖昧なために、今やそこにラーメンまで入ってきて、訳が分からなくなっています。アニメやラーメンもいいですが、やはり日本に来る観光客が興味を持っているのは、京都・奈良であり、歌舞伎、能、人形浄瑠璃、茶の湯などであって、これらはクールジャパンではなく、クラシックジャパンです。観光客の大部分はそちらに関心を持っていると思われます。

ところが、その長い歴史や伝統を持つ日本文化をリセットしてしまって、日本にたった70年の戦後の歴史しかないかのようにフォーカスしたものに、これが日本文化だとアピールしているのがクールジャパンです。今のブームは多分にビジネスライクであり、私には何か作為的な感じがします。

――その一方で、AKB48を「五感でリアリティーを感じさせる新たな動き。新しいクラシックジャパンになる」と評価されていますね。

千住 「握手できるスター」「そこに会いに行けば、すぐ目の前で毎日会えるアイドル」、というのは、これまで存在しませんでした。そういう新しいスタイルを、秋元康さんという天才クリエーターが作り出した。昔、スターは女優・原節子のように雲の上の存在でしたが、今はわざわざ握手会などを企画し、握手してくれるし声もかけてくれる。バーチャルなアイドルと違い、その人と握手をしたら暖かいぬくもりを感じ、相手も自分と同じ人間なのだと再確認できる。AKBの「総選挙」では自分が投じる1票がアイドルの順位を決めます。
ネット社会で人間同士のコミュニケーションが希薄になっている時代に、若者たちのリアルな存在としてのコミュニケーションを復活させる意味があり、ネット社会が生みだした偏りを修正する可能性がある点に注目しています。秋元氏がそこまで考えていたかどうか分かりませんが、天才的な閃きがあったと思います。

作品に人々が求めるメッセージを込める

――千住さんは「藝術学舎」の学舎長として後進を指導されています。将来を担う若い世代に伝えたいことは何でしょうか。 

千住 今日の私は多くの人たちに支えられて存在しています。自分の能力や努力だけでやって来られたわけではありません。私を世に出してくれたのは建築家やグラフィック・デザイナーの方々で、絵をカレンダーなどに使っていただいた。今度は私が次の世代にアドバイスする立場です。そう思って藝術学舎では、あとひと押しで世の中に出られそうな才能ある若い画家たちを、全力で応援し教えています。

人々が必要とする芸術には、必ずその中に人々が求めるメッセージが入っています。ルノワールは愛が必要だと考え、ピカソは人間性を復活させたいと考えた。時を越えて普遍的に貫かなくてはいけないものは大事にしつつ、時代が求めているものを、ピンポイントのように鋭く冷静に突き、発信していくことが大切だと教えています。

TEXT: 木代泰之

千住 博

せんじゅ・ひろし
千住 博  日本画家、京都造形芸術大学 教授

1958年、東京都生まれ。1982年、東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業。1987年、同大学院後期博士課程修了。1993年、拠点をニューヨークに移す。1995年、ヴェネツィア・ビエンナーレ絵画部門名誉賞を受賞(東洋人初)。2007~2012年、京都造形芸術大学学長。2011年、軽井沢千住博美術館開館。2013年、大徳寺聚光院襖絵を完成。日本画の制作以外にも、舞台美術から駅や空港のアートディレクションまで幅広く活躍。
作品:「ウォーターフォール」「クリフ」など多数。
著書:『芸術の核心』『日本画を描く悦び』『芸術とは何か』など多数。


■2016年度の日本アイ・ビー・エム株式会社のカレンダーは、千住博氏の作品の中から珠玉の12点を厳選し構成している。

芸術とは、常に枠を広げ変革していくこと。そして、時代に提言しつつ、革新的に創造していくこと。

芸術とは、常に枠を広げ変革していくこと。そして、時代に提言しつつ、革新的に創造していくこと。


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