1つの町という領域にはこだわらない
地方創生「高畠モデル」の要点―その①

各地域・地方が、それぞれの特徴を活かした自律的で持続的な社会をかたちづくり、魅力あふれる地方のあり方を築くこと。これが「地方創生」の指す意味とされている。「熱中小学校」では、農村地域の廃校という場を活用し、人と人とをつなぎ、人々の成長を促そうとしている点で、地方創生の1つの事例としてさまざまな方面から注目されている。

150917_hotta_11

堀田 「これから始まるプロジェクトであって、まだ成功したわけではないので、大きなことは言えませんよ」

そう言いつつも、堀田氏自身を含め、プロジェクト関係者には「熱中小学校を地方創生の“高畠モデル”にしたい」という意欲が強い。「地方創生」が言葉とは裏腹に、なかなかうまくいっていないという厳しい現実があるため、成功モデルとなって風穴を開けたいという思いがあるのだろう。
「高畠モデル」の本質とはどのようなものか。堀田氏の話を総合すると、3つほど要点を上げられそうだ。

1つ目は「1つの町という領域にこだわらない」こと。「熱中小学校」は高畠町にあるが、高畠町だけで展開するプロジェクトという発想はない。

堀田 「確かに高畠町という1つの自治体が計画しているプロジェクトですが、町という領域にはこだわっていません。今回、お隣の南陽市の会社の社長である佐藤さんが高畠町での事業の発起人となりました。これまでの自治体の常識からすると、隣の市町村の企業の社長が「我が町」のプロジェクトを進めるといったことは例外的でした。自治体ごとの縦割り社会があったのです。しかし、高畠町の役場の人たちは、そうしたことにとらわれることなく、提案に対して反応がすごく早くて熱心でした。そこがこのプロジェクト実現に大きな推進力となりました」

8月の「サマーオープンキャンパス」で3Dプリンターの講義をした古川教授の山形大学工学部も、高畠町の隣にある米沢市にある。主体自治体や熱中小学校の所在地は高畠町ではあるが、山形県や東京都など、より広い地域からこのプロジェクトに賛同する人たちが集い、盛り上げている。

利用できるものはすべて利用する
地方創生「高畠モデル」の要点―その②

2つ目は「利用できるものはすべて利用する」という精神だ。

堀田 「人の力を可能なかぎり利用するということです。“他力創発”と呼んでいます。他力創発とは、他人の特異で得意な能力や感性に出会い、その力を利用することで、個々の要素からは予測もできないような効果や運動を迅速に創り上げて行くことを意味する造語です。うち(オフィス・コロボックル)のスローガンにもなっています」

例えば、「熱中小学校」という校名を記した、横240cm、縦60cmの大きな扁額は、オフィス・コロボックルが懇意にしている大阪の楽颯(たのしそう)という和風酒場の女将、久川智子さんに書いてもらったもの。また、「熱中小学校」のロゴデザインは、富山大学芸術文化学部名誉教授の前田一樹氏(図工教諭担当)のご厚意による。プロモーション動画も、熱中小学校放送室担当の、㈱ヒューマンセントリックス中村寛治社長に制作してもらった。

堀田 「いずれもボランティア、無償の行為です。高畠町が確保した予算はありますが、お金が潤沢にあるわけではありません。専門のプロの方々も、面白がって積極的にボランティアをやっていただいています」

150917_hotta_12

もちろん、単に人をタダで使うということではない。自分も人に使ってもらうという精神があるからこそ、「利用できるものはすべて利用」が成立する。

堀田 「私は若い人と付き合うことが大事と思って付き合ってきましたが、そんな私を、高畠町や佐藤さんに使っていただいています」

堀田氏も、「用務員」の役を心から楽しんで、使われているようだ。

今の時代のつながりかたを重視
地方創生「高畠モデル」の要点―その③

3つ目は「今の時代に合った人のつながり方を重視する」ことだ。

堀田 「実は、当初は入学生を集めることが課題でした。町には青年会のような組織があって、入学を呼びかけていただくことはできる。しかし、南陽市や米沢市の人たちのことまで詳しく知っているわけではない。そこはソーシャル・ネットワークの時代です。フェイスブックを使って、横串的に入学者を集めていきました」

インターネットで「熱中小学校」と検索すると、トップの高畠町のホームページや熱中小学校の公式サイトに前後して出てくるのがフェイスブックのページだ。2015年4月9日の初投稿以来、日記のように頻繁に活動状況が写真や動画付きで掲載されている。「いいね!」と言った人の数は1200人にのぼる。
プロジェクトを告知するツールの1つとして、フェイスブックなどのSNS(ソーシャル・ネットワーク・システム)を開設・利用するのは今や定番とはなってはいるが、「熱中小学校」の場合、フェイスブックがプロジェクトの軸に添えられていることが伺える。

堀田 「いまの時代に合致することを追求して面白くやっていけば、人は集まってくるのだと思います」

当初の計画では第1期生の入学者数を定員40人と考えていたが、今や倍の80人にまで達しようとしている。

「熱中」の場を他の地域にも

8月1日~2日の「サマーオープンスクール」のほか、5月23日にも「熱中小学校オープンキャンパス」を開催した。出席した内閣官房の地方創生総括官である山崎史郎氏も「地方創生は(若い)人の創生」と題する特別招待講演をし、プロジェクトへの期待を寄せている。

そして、いよいよ2015年10月3日の土曜日、「熱中小学校」開校を迎える。開校後は、隔週の土曜午後に70分の授業が2コマまたは3コマ開かれ、半年間授業を受けることで「1学年修了」となり、計3年間で「6学年修了」つまり卒業となる。

150917_hotta_13

堀田 「旧時沢小学校では廃校までの24年間、今の校舎を使っていました。だから、熱中小学校は25年間は廃校させないぞと30代の校長先生や教頭先生、体育の先生に言っています」

堀田氏には、実はさらに“その先”の視野もある。熱中小学校のような、大人が出会い学べる場づくりを、他の地区に展開させようとしているのだ。
皮切りは、北海道帯広市。飲食店が入居する古いビル最上階のロフト空間を利用して、「十勝熱中アカデミー」という場を設けようと準備している。さらに、福島県会津若松市では、1850(嘉永3)年創業の蔵元「末廣」にある木造スペースを使って、地元講師や東京その他にいる熱中小学校の教諭などに講義をしてもらうことを目論んでいる。

堀田 「高畠町から始めますが、こうした「熱中」の場所を展開していくのが夢ですね。廃校にこだわらず、思い出の詰まった施設と地元の人材をつなぐ展開がいいと思います。学校については、全国で学生数が大きく減って廃校の危機にある現役の高等学校に先生を送って、魅力的な学校になって生徒数の維持の支援が少しでもでできればと思います。高等学校の消滅は小学校以上に若者の喪失感がありますから。でも、目標は設定しません。必要な人、型破りで新しいことに挑戦する人が向こうから歩いてきて、高畠町のようなご縁があれば継続していきます。

面白いと思った人は
自分からやってくる時代

安倍内閣の主要な政策キーワードとなっている地方創生。2014年には「まち・ひと・しごと創生推進本部」が設置され、9月に特命担当大臣も新設された。だが、現時点では、名実ともに新しいモデルといえるほどの成功した事例はあまり知られていない。成功モデルが出てこない背景には、地方が抱える共通の課題があるのだろうか。

堀田 「“地方再生人”との呼び声の高い木下斉さんが、地方は真面目な人々によってつぶされる、ということを記事で書いていました。確かにお役所の仕事は、国の政策が決まり、一斉に予算目指して計画を立て、とにかくお金を取りに行く。そして、KPIをきちんとこなしているか、予算をちゃんと消化しているかといったことに気が行って、現状を維持して行くことが仕事になってしまっている気がしています。高畠町の場合は、早く、安く、できることをとにかく早くやってしまおうという気概が感じられ、例外なんだと思います」

自分たちの仕事が及ぶ対象や地域の中で、与えられた責任をこなすという考え方からの脱却が重要なのかもしれない。「熱中小学校」のコンセプトについても、堀田氏は「こうしなければならない」というようなマストの要件を重視することは、あえてしていないように見える。

堀田 「自分たちが、目的を頭で設定してあるべき姿のようなものを探す時代では、もうなくなったのだと思います。入学生にこうしなさいとか、教諭の教え方はこうあるべきとか、そういうことを言わなくても、本当にこの場に面白さを感じてくれる人たちは、向こうからやって来ますからね。そして、さらに自分でもう1歩を進めたい、少しでも変わりたい、7歳の目でもう一度世界を見てみたいという思いの人たちを支援できればと思っています」

地域というくくり、形式主義、責務遂行の義務感。従来あったそうした“あるべき姿”への自縛から脱するような活動が結実したとき、新たな地方創生のモデルが生まれてくるのかもしれない。産声を上げる「熱中小学校」は、今そこに向かって歩き出そうとしている。

TEXT: 漆原次郎

堀田 一芙

ほった・かずふ
堀田 一芙 オフィス・コロボックル 創設者、(株)内田洋行顧問

1947年生まれ。1969年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本IBM㈱入社。1976年、米インディアナ大学大学院経営学部修士課程卒業。日本IBMにおいてPC販売事業部長、パーソナルシステム事業部長、常務取締役ソフトウエア事業部長などを務める。その後、富士ソフト㈱副社長などを歴任。2011年に、震災を機に専門分野の知恵を提供し合って解決する「場」の提供などを目指す「オフィス・コロボックル」を東京赤坂に設立。福島県会津若松市や三島町にも協力拠点を構える。趣味は、奥会津のマタギの友人直伝の‘日本ミツバチ飼育’、横浜の自宅での蜂蜜製造。
■熱中小学校(動画): https://www.youtube.com/watch?v=XTj-jppTgQE


Sponsor Content Presented ByIBM

※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。


12