慶賀の見たオランダの日々 六番 動物園図

討論
蘭学の受容とアダプテーション

日本から西洋への情報

金子 先生方がお話しになったことは多岐にわたっていますので、まとめるということは非常に難しいのですが、要するに江戸時代オランダという窓口から入ってくるモノと人とを通して日本はともかくもヨーロッパの新しい異質の文明に触れていくことができた。そのことをどう評価するかということだと思います。時間が短かかったので補足したい問題をお持ちの方もおありでしょう。角山先生はいかがですか。

角山 先ほどはちょうどオランダが世界一の通商国家になっていった時期について重点的にお話しました。それが18世紀になりますと、流れが大きく変わります。当時の日蘭の交易は、今日の輸出入という概念とは違います。いわば一種の朝貢貿易でして、オランダが長崎で貿易を許してもらうために、幕府にいろいろ貢ぎ物あるいはお土産を持って来る。やがてこちらの方も持って来てほしいものについて注文を出すということで、一部は献上品ですが、一部は金を払って購入したものでした。すなわち日本人の西洋文明への知的好奇心の高まりとともに、単に将軍や大名の趣味・愛玩を越えて、実用的・学術的知的情報の輸入に努めたことが特色であります。そうした状況の背後には、蘭学の興隆という新しい知的状況が歴史を変えつつあったことに注目する必要があると思います。このことをひとつ補っておきたいと思います。

 もう1つは、さきほどほとんど触れなかったのですが、日本から出て行った文物には何があったか、ということです。初期の金銀については述べたとおりですが、家康の朱印状によって正式の日蘭通商が始まった1609年の翌年、ヨーロッパに初めてお茶が出されているのです。これは日本のお茶で、平戸から積み出されました。その後も、日本に来たオランダ東インド会社の人たちを通じて、時々ヨーロッパへお茶の情報が流れます。特にまとまった情報はケンペルのそれです。ケンペルの『日本誌』には、中国や日本における茶の歴史、茶の木や葉の形など植物学的な情報、製造法、その用い方などが書かれている……。18世紀中ごろのスウェーデンの植物学者リンネでさえも、お茶の木を見たことがなかったのですね。また、イギリスは結局お茶が国民的飲料になります。ですから、増大する需要に対応してお茶をイギリスの植民地のどこかで作りたいと思った。しかし、ケンペル以外、茶についての情報をもたなかったのです。一方、フランスの『百科全書』にも茶の記述がありますが、それはケンペルの情報をもとにしているのです。これは日本のヨーロッパに対する知的情報の輸出の1つといっていいでしょう

 文化としてのお茶の輸出に伴って、東洋産の陶磁器がヨーロッパで大いにもてはやされます。ヨーロッパに入ったのは中国の景徳鎮の陶磁器が主流ですが、それに加えて日本の有田焼、伊万里焼なども出てゆきます。これがまず17世紀末のオランダのデルフト焼に影響を与えるわけです。さらに18世紀になると、ドイツのマイセン、イギリスのウェジウッド、あるいはフランスのセーブルというふうに発展していくのです。日本からヨーロッパへ出た文物の大きなものの1つでしょう。

吉田(光) ケンペルの情報にはもう1つ重要なものがありました。紙のことです。それまでヨーロッパの紙はみんなリネンなど、ボロ布を原料としていました。ところが日本の紙の紹介によりまして、植物繊維から直接紙ができるのだということを知るのです。紙の原料が植物のパルプになり、より量産化されるきっかけを作ったのです。

角山 知的情報の交流の中で、もう1つ重要なのは地図ですね。18世紀末ごろになりますと、例えばキャプテン・クックがオーストラリア、ニュージーランド辺りを調査して、世界の地図は大体明らかになります。しかし、日本に関してはほとんどブランクでした。ですからヨーロッパ人は日本の地図が欲しかったのです。とりわけオランダとしては日本と貿易しているという特権を利用して、日本人が調査した地図を欲しがりました。もっとも初期においては日本も正確な日本地図は持ちませんでした。しかし、18世紀末以降になると、伊能忠敬とか最上徳内、間宮林蔵などがかなり詳細な正確な地図を作ります。これをどうしても手に入れたかったというのが、あのシーボルト事件のポイントになっているわけです。

金子 1662年にイギリスで発足したロイヤル・ソサイエティの中の研究委員会の1つがモグサをとりあげていますね。日本の鍼とか灸には非常な関心を持ったようです。これは時期から見て、モンタヌスやケンペル以前にイギリスの商人たちを経て入った情報だと思います。せっかく文化輸出の話になっているときに、また輸入型の話にひきもどして恐縮ですが、さきほどレメリンクさんが、蘭学の影響と近代化についてひとあじ違った発言をされたので、これについて討論を少し行ないましょう。蘭学の貢献度をどう評価するか……。伊東先生いかがでしょう。

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