現在の課題は新薬開発に応じてくれる製薬会社を見つけること

中川原章氏中川原「現在はさらに、7つの候補の化合物から選別をかけています。7つのうち、2つの候補がとても有望なのです。低濃度で効果を得られ、しかも副作用が少ない。その構造を基に、新たな化合物を作ろうと、千葉大学と研究を進めているところです」

こうなると、いよいよTrkBによるがん細胞の増殖を抑える薬、つまり神経芽腫の治療薬の誕生なるかと期待が高まる。だが、その目標達成に向けてはまだまだ高い“壁”があるようだ。中川原氏は、その“壁”について率直にこう説明する。

中川原「実は、この成果を薬にしていくところが難しいのです。複数の製薬会社からコンタクトがあり、それなりに興味を示してくださってはいます。けれども、小児がんであるということで、なかなか製薬会社も踏み切れないようなのです」

小児がんは、子どもの死因第1位の病気ではある。だが、がん患者全体に占める割合は1パーセント弱。高い比率とは言えない。新薬の対象となる患者数の規模が小さいと、多大な資金を投じて開発・販売しても利益を出すことが難しい。このため、製薬会社は新薬開発に二の足を踏んでしまうというのが実情のようだ。

中川原「製薬会社からは、かなり詳細なデータを求められます。そのデータを出すための研究には資金が必要なのですが、『データを出したら資金を出す』と言われる。 データというのは、例えば、候補化合物が体内でどのように代謝されていくかとか、たどり着いた体内部位で毒性はないか、また血液の中でどのような動態を示すかといったもの。こうしたデータをマウスの実験などで出し、動物実験の段階で安全性を確認した上で、ようやく人を対象とした臨床試験の段階へ進んでいくことができます。その臨床試験に入る前の段階で、資金難という“壁”に直面しているのです。

海外を含め製薬会社は小児がんに対して理解はしています。けれども、採算ベースに合わないものには、企業として資金を投じるのは難しい。神経芽腫にかぎらず、希少がん、希少疾病に共通の課題であり悩みです」

伝統と先端の組み合わせで、がんの治療法確立を目指す

中川原章氏

360度佐賀平野を見渡す好生館屋上のヘリポートにて

若干ではあるが、新薬の誕生に向けて明るい光もいくつか見え始めてはいる。 1つは、国の外郭機関などが、「ファイト!小児がんプロジェクト」の成果に関心を示していることだ。2015年に入り、医薬品などの創出に貢献することを目指す医薬基盤研究所が、TrkBの働きを阻害する薬の開発に興味を示し、中川原氏は現状をプレゼンテーションした。また、官民共同出資の投資ファンドである産業革新機構も、この新薬開発に関心を示しているという。フランスのある非営利組織からもアプローチがあった。

中川原「日本では神経芽腫の治療薬を研究しているのは私どものグループぐらいなものですから、そうしたさまざまな人や組織との情報の交換、賛同、協働、連携を大切にして、何とか新薬創出を実現したいと思っています」

2015年6月、中川原氏は、同じ佐賀県の鳥栖市にある、佐賀県重粒子線がん治療センター「サガハイマット」の理事長にも就任した。加速器で得られる重粒子線というビームをがんの部位に照射して治療するのが重粒子線治療だ。

中川原「好生館は日本でも特に伝統ある医療機関。対してサガハイマットは最先端の医療機関です。そこでは、小児がんに多い骨軟部腫瘍などの希少がんに対する研究プロジェクトも立ち上げようとしています」

少年の日に誓った「がんに仇討ちをする」という志。その目的のために、新薬を創ること、重粒子線による治療法を確立すること。手段は1つでも多いほうが良い。すい臓がんのように、治療が難しいがんに対して、2つを併用した治療法も効果的だと中川原氏は見ている。

今から166年前の1849(嘉永2)年、佐賀の地で日本初の天然痘予防の種痘が試みられ、全国へと広まっていった。今もう1度、日本の近代医療の発祥地から、世界に貢献できるがん治療の手法を確立していきたい。そんな思いが一層強くなる。 「最先端の治療技術を、ここ佐賀から出していきたい」と、中川原氏は力を込めた。  

TEXT: 漆原 次郎  

中川原 章

なかがわら・あきら

中川原 章     佐賀県医療センター好生館 理事長、佐賀県国際重粒子線がん治療財団「サガハイマット」理事長

1947年、佐賀県生まれ。
1972年、九州大学医学部を卒業後、外科に入局。医学生時代に自然退縮する小児がん「神経芽腫」を知り、その解明と治療法確立をライフワークと決めた。臨床医を務める中で、がん研究の重要性を強く認識し、1990年、米国ワシントン大学小児血液腫瘍科に留学。1993年ペンシルバニア大学フィラデルフィア小児病院での研究を経て、1995年より千葉県がんセンター研究所所長、2004年より千葉大学医学薬学府連携大学院・教授、2009年千葉県がんセンターのセンター長。2014年より郷里・佐賀県にて佐賀県医療センター「好生館」理事長に就任。2015年6月より佐賀県国際重粒子線がん治療財団「サガハイマット」理事長も兼務。国際神経芽腫学会理事長、日本小児がん学会会長などを歴任。2000年、国際神経芽腫学会Audrey Evans賞、2008年、高松宮妃癌研究基金・学術賞、2013年、日本対がん協会賞など受賞歴も多数。


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