「はやぶさ」の研究者、宇宙の起源に迫る「賢い探査ロボット」を作る ――宇宙人工知能・ロボティクスに挑む日本の宇宙開発の底力

宇宙に行くコンピューターは、わずか200メガヘルツ

久保田さん

――久保田先生は探査ローバの開発だけでなく、探査機の航法誘導技術も研究されています。これはどのような技術なのでしょうか。

久保田 探査機が目的の天体に自律的に着陸するよう誘導する技術です。地上からコマンドを送らなくても、探査機は自分でアンテナを地球に向け、太陽電池に太陽光があたるように姿勢を制御します。もし異変が起きれば地球に警告を発します。目指す天体の高度500メートルまで近づいたら、自分の判断で着陸態勢に入ります。野球ボールぐらいの大きさのターゲットマーカー(着陸目標物)をその天体の地表に落とし、その反射光が絶えず画像の中心に来るように探査機をコントロールしながらゆっくり着陸します。

探査機はそういった一連の制御をあらかじめ決めた手順に従って実行します。深宇宙になるほど電波の往復に時間がかかり地球からのコマンドを待てないので、宇宙人工知能を賢くする必要があります。

――宇宙の強い放射線や激しい温度変化という環境下で、コンピューターやロボットを正常に動かして無事帰還させるのは至難の業だと思います。どんな点に苦労があるのでしょうか。

久保田 宇宙で使うコンピューターは能力に限界があります。普通のコンピューターでは放射線に耐えられないし、発生した熱は空気の対流がないので溜まってしまいます。そのため、宇宙には処理速度の遅いコンピューターしか持って行けません。私たちが使うコンピューターの処理性能は200メガヘルツ程度です。今は市販のパソコンでもギガヘルツですから、1~2桁遅い。メモリーは放射線に弱いため容量に限りがあり、放射線対策として鉛で覆うと重くなります。

しかし、科学者の要求に応えるにはたくさんのデータが必要なので、処理速度が少しでも速く、軽くて丈夫なコンピューターの開発を進めています。データ圧縮についても工夫しています。科学者がやりたいことを、工学者としてどう実現するかが私たちの腕の見せ所です。

一方、米国はロケットも探査機も大きいので、それほど細かいことを追求しません。2012年に火星に着陸した探査ロボット「Curiosity」は重さが900kgもあり、多くのセンサーを備えています。

ところが、私たちの探査ロボットは、リソースの制約から重量は最大でも100kg程度です。同じ探査をやるには、ロボットもコンピューターもソフトウエアも、匠の精神で知恵を絞って工夫を凝らさなければいけません。むしろそういう制約があるから必死で知恵を絞り高性能化するとも言えます。私たちの強みを生かして、ライバルであるNASAよりいい仕事をやりたいですね。

「はやぶさ」の帰還が持つ歴史的な意義と今後の方向性

――2010年の「はやぶさ」帰還は国民を感動させ、日本の科学技術水準の高さを世界に示しました。この壮挙が持つ歴史的な意義について、先生のご見解をお聞かせください。

久保田さん

久保田 「はやぶさ」は地球圏外の天体に軟着陸し、そこで採取した物を持って帰還した世界初の探査機です。往復60億kmを飛んで帰還し、オーストラリアの目指した地点にピンポイントでカプセルを降ろしました。その技術は世界中を驚かせ賞賛を浴びました。これは、今後日本が月や火星などの太陽系探査を展開する上で礎になる成果です。多くの困難を乗り越えて最後まで頑張る私たち日本人の不屈の精神を「はやぶさ」が示してくれたと思います。

学術的にも価値ある成果が得られました。重力と体積から「イトカワ」の密度を計算すると、空隙率は60%で内部はスカスカの天体だと分かりました。昔から、宇宙のガスや塵が集まって天体ができたという「がれき寄せ集め説」があるのですが、その実在を証明したのです。

太陽系ができたのは46億年前で、そのころはとても熱かったと言われますが、サンプルを分析したら「イトカワ」は45.7億年前にでき、当時800~900度の熱があったことが分かり、理論が証明されました。わずか0.1ミリの大きさのサンプルを輪切りにして、そこまで突き止める日本の分析技術は本当にすごいと思います。

――今後の日本の宇宙開発について、方向性をお聞かせいただけますか。

久保田 今後の宇宙開発は、リソースなどの制約の中で、イプシロンロケット、H-ⅡA、H-Ⅲで打ち上げるものがメインになります。2020年代に「Solar-Sail」(ソーラー電力セイル)、「LiteBIRD」(宇宙のインフレーション理論を実証)、「SOLAR-C」(太陽観測衛星)、「ATHENA」(X線天文衛星)などが検討されています。

こうした一連のプロジェクトにおいても、「はやぶさ」の技術や不屈の精神が生きてくると思います。

異分野の人が知恵を出し合う「探査ハブ」で一緒にイノベーションを起こす

――将来の宇宙開発では、自ら学習するコグニティブ・コンピューティング*のようなテクノロジーの活躍が期待されるでしょうか。宇宙開発はどのように変化していくのでしょうか。

久保田 コンピューター自身による「学習」はぜひやりたいテーマです。今のところ人工知能に学習させる計画はありませんが、10~20年後は違うでしょう。初めて行く天体は重力や地形、表面などの様子が分からないので、人間が地球で考えたローバを送り込んでも最適かどうか分かりません。

そこで、動きながら環境に適応して形を変える可変構造型ローバを研究しています。凸凹の激しい地形だったら車輪を使わない足型ロボットになり、斜面なら柔軟車輪型に、狭い所なら幅を狭く変えるロボットに形を変える。複数のロボットが組み合わさった可変型のロボットがあってもいいでしょう。それには「学習」が重要なキーワードになります。

また人間が天体に行くとなると、人がやりたいことを学習して先にやってくれる賢いシステムとか、例えば宇宙飛行士の表情を読んで気分に合った音楽や絵を見せてくれるロボットも必要になるでしょう。

そのためには宇宙とは異なる分野の人、全く新しい発想をする人が欠かせません。JAXAは2015年4月に地上技術の人と宇宙技術の人が知恵を出し合う「探査ハブ」を作りました。一緒にイノベーションを起こすのが目的です。

――宇宙開発には巨額の予算を付けるアメリカや中国、ロシアだけでなく、インドやサウジアラビアなどの新興国も乗り出しています。激しくなる国際競争の中で、日本が果たす役割や目的はどうあるべきでしょうか。

久保田 日本は「かぐや」「はやぶさ」という、ニッチだけれど非常に重要な世界最先端のミッションをやってきました。これからも月や火星などで前人未踏の探査をやって、日本ならではの技術の継承や人材育成を進めることが大切です。

そうした自力開発の一方で、欧米が巨費をかけている計画に観測機器を載せてもらうといった国際協力を進め、バランスを取ることが必要です。こちら側に実績があれば向こうから話が来ます。その点、「はやぶさ」で日本の科学技術の水準の高さを世界にアピールできたのはとても良かった。高分解能のセンサーやコンパクトな観測装置は日本ならではの技術で、高い評価を得ています。

これからの宇宙開発はみんながワクワクするような国民参加型ミッションにしていきたい

――今後は、国の財政もますます厳しくなると予想されますが、そうした中で宇宙開発をしっかり推進していくには国民の支持を得ることが欠かせないと思います。それには何が必要でしょうか。

久保田さん

久保田 「はやぶさ」は多くのトラブルに見舞われましたが、運用室の様子をWEBカメラで実況中継しました。すべてをオープンにすることで国民の理解や支持が得られたと思います。映画にもなり、国民の宇宙への関心を高めてくれました。

これからの宇宙計画は、今以上にみんながワクワクするような国民参加型ミッションにして、税金が有効に使われていることを知ってもらうことが大切だと思っています。

「探査ハブ」では、いままで宇宙に関わってこなかった企業との連携を積極的に進めています。例えばドローンは電源の性能が課題ですが、宇宙も同じなので協力し合えるはずです。

*: コグニティブ・コンピューティング:あらゆる情報や経験から学習し、コンピューター自らが大量のデータ解析から瞬時に仮説を生成して人間の意志決定を支援する技術。

テキスト: 木代泰之

久保田 孝

くぼた・たかし

久保田 孝 宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所教授

1960年、埼玉県生まれ。1991年東京大学大学院工学系研究科 電気工学専攻博士課程修了、工学博士。その後、富士通研究所研究員を経て、1993年文部省宇宙科学研究所入所。現在、JAXA宇宙科学研究所教授、宇宙科学プログラムディレクタ、東京大学大学院工学系研究科教授併任。1997年~1998年、米国NASAジェット推進研究所客員科学者。
はやぶさプロジェクトの航法誘導担当。


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