細胞からつくる「培養肉」がスタンダードになる日――SF世界を現実にするバイオベンチャー

普段、何気なく食べている野菜や肉、穀物が食卓からなくなる日を想像したことがあるだろうか。地球の土地や資源には限りがあり、人口増加などを背景に需要と供給のバランスが崩れれば、食糧の確保が人類の課題となる可能性がある。

現在でも、「資源が尽きた」未来の地球環境を想像し、SF世界に出てくるような人間の食事を再現した「ディストピア飯」と呼ばれるものがインターネットで話題になることがある。代表的なイメージとしては、錠剤やブロック状の「食べ物」が、無機質なプレートの容器に区分けされている姿だろう。そこに、肉らしきものなどが盛りつけられていることがあるが、それは動物の肉ではなく「培養肉」という設定だ。

実は現実世界で、培養肉の開発が進んでいる。2013年、イギリスで牛の細胞から培養してできた培養肉のパテを挟んだハンバーガーの試食会が行われた。培養肉をつくったのは、オランダ・マーストリヒト大学のマーク・ポスト博士。そのバーガー1個の値段は、研究費を含めると約3500万円だった。

以来、多くの企業がこの分野に参入している。日本のバイオベンチャーである株式会社インテグリカルチャーもそのひとつだ。代表の羽生雄毅氏に、細胞から培養してつくる食糧の実用化に向けた課題と、培養肉がどのような課題を解決できる可能性を秘めているのか、また、バイオテクノロジーの発達によって起こりうる未来について話を聞いた。

「オタク」の力を活かして開発

――高校2年生を終えて、オックスフォード大学に留学しました

羽生 父が自衛官から国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に転職したことで、中学2年生のときにパキスタンのインターナショナルスクールに転校しました。卒業後はアメリカの大学に進学しようと考えていましたが、高校2年生のとき(2001年)にオックスフォード大学のサマースクールに参加したところ、既に同大学へ願書を出す条件を満たしていることがわかりました。その後9・11のテロが起こったことで、アメリカの大学に入学するための試験を受けることができなくなってしまいました。でも、オックスフォードであれば願書を出せば入学できるかもしれないということで、緊急避難で滞在していた日本のホテルの部屋で急遽、願書を書きました。

その後、一時的にパキスタンに戻りましたが、高校は爆弾テロの巻き添えになっていました。2002年の5月ごろにはパキスタンとインドの緊張が高まり、軍隊が国境にも並び始めたため、再度、緊急避難の必要があってパキスタンを離れました。結局、戦火を逃れるために1年早く大学に入学しました。それ以外に選択肢がなかったんです。

――培養肉をつくろうと思ったのは、何がきっかけだったんですか?

羽生 培養肉のアイデア自体は19世紀からあり、SF作品などでは定番で、「ドラえもん」や「ジャングル大帝」にも登場しています。小学校の教科書にも生き物が細胞からできていると書いてあったので、細胞から肉がつくれるということは幼い頃から知っていました。でも、実際に培養肉をつくろうと決めたのは2014年くらいのことです。それまでは宇宙船やスマートシティーのシステムなど、とにかくSFの世界を実現したいと思っていました。つくりたいものがいろいろあるなかで、自分の専門が生物・有機寄りの化学だったこと、世の中的に話題であること、また、重要にも関わらず研究を進めている人がいなかったので、培養肉の道を選びました。

まずはムーブメントをつくるため、培養肉の開発に取り組む「Shojinmeat Project」を立ち上げ、人を集めることから始めました。

イベントやコミックマーケット(通称コミケ)、ニコニコ動画などで宣伝したので、集まったのは若い人たちばかりです。現在、中学生の参加メンバーもいます。「Shojinmeat Project」では、好きなもので繋がっていく「アキバカルチャー」の影響が大きく、「オタク」ゆえの目利きやコンテンツ制作力、そして仲間意識が発揮されています。

さまざまな人が集まっていますが、情熱のない人はフェードアウトしていき、本当に何かをやるという熱意を持った人だけが残る。同人サークルのようなものですが、培養肉については「Shojinmeat Project」で開発を行い、インテグリカルチャーはビジネスのための手段という位置付けです。

コミックマーケットで販売した同人誌。

コミックマーケットで販売した同人誌。

自宅でもできる!? 培養肉の作り方

――培養肉はどのようにつくるのでしょうか? また、どんな味や食感なのでしょうか?

羽生 たとえば、牛のひき肉をつくりたいなら、牛の筋芽細胞を培養液の中で増やし、それを固めていきます。ただし、脂肪細胞が入っていないので、旨味はありません。また、血液もないので、白い肉ができます。旨味や赤色の肉をつくるなら、それらの成分も加える必要があります。ただし、私たちもこれまで、牛や豚の肉の培養は行ったことがなく、主に鶏肉で実験を行っています。

細胞を保存している試験管。これを培養して「肉」をつくりだすという。

細胞を保存している試験管。これを培養して「肉」をつくりだすという。

また、培養肉をつくるだけなら、大きな実験施設は必要ありません。実際、高校生が家で肉を培養する方法を書いてコミケに出しました。僕も自宅の台所でアニメに出てくる架空の食品を培養肉でつくる動画を撮影し、「ニコニコ超会議2017」で発表しました。特許は取りますが、研究もコンテンツのひとつと認識していて、発表の場は論文やオフィシャルリリースだけではつまらないと思ったからです。

そのときは、高価な培養液の代わりに、成分がそれほど変わらない清涼飲料水や卵黄を使い、自作の家庭用培養器で細胞を増やし、細胞組織が目に見えるほどの大きさになってから調理して食べてみました。変な味もせず、普通に食べられました。培養液として清涼飲料水などを使ったことを学会で発表したら、衝撃をもって受け止められました。

さらに、小説のタイトルから連想して始めた「君の肝臓を食べたい」というプロジェクトでは、鶏の肝臓細胞から世界初の「培養フォアグラ」を生成し、みんなで試食会をしました。本物のフォアグラはガチョウやアヒルですが、今回は鶏で、鉄分を加えていないものでしたが、旨味と甘みがあり、食感は本物と同じレベルだと感じました。ただ、フォアグラをみんな食べたことがなかったので、比較しようのないところもあるんですが……(笑)。

――動物だけではなくて、人間の細胞も培養していますか?

羽生 人間の細胞も試しています。それは食べるためではなく、再生医療に繋がるからです。研究が進めば、交通事故で体の一部の筋肉を損失してしまっても、その部分を再生することができるようになります。事実、培養で食糧をつくるということは、再生医療の分野とかなり重なるところが多いんです。つくれるものが食糧に留まらないところから、僕らは培養を「なまものづくり」と呼んでいます。

アニメは最強の科学コミュニケーション

――培養肉は、どのように世の中へ受け入れられていくと思いますか?

羽生 遺伝子組み換え食品に起こったのと同じように、倫理、感情、文化、宗教などの観点で、さまざまな反応があると思います。だから、「Shojinmeat Project」には、生命倫理やスペキュラティブデザイン(未来のストーリーを描き、テクノロジーによって社会や人がどう変化していくか、新しい視点を提示すること)を研究するメンバーたちもいます。遺伝子組み換え食品の二の舞にならないように、むしろ、そちらのほうの研究がメーンといえるくらいに、重要な位置を占めています。

羽生さん

たとえば、仏教には「精進料理」があります。殺生が戒められているため、肉などの動物性の食材、そして性欲など煩悩を刺激するということで五葷(ごくん=ネギやにんにくなどネギ科・ネギ属などの野菜)が原則不使用となっています。しかし、寄進されたものは無駄なく使うという考えから、寄進されたら肉であっても食べる。「殺生の戒め」は戒律のひとつですが、戒律より中庸(偏ることなく常に変わらないこと。過不足なく調和がとれていること)を優先するからです。そのため、「殺生していないから培養肉は精進料理」とはならず、培養肉は肉に似せた「もどき料理」の一種とされます。

僕らの開発チームは「Shojinmeat Project」ですが、これは「環境破壊という無益な殺生を止めるために、絶えず努力する」というメッセージを込めて名付けました。

――受け入れられていく過程で、具体的にどんな問題が起こりうると思いますか?

羽生 小説投稿サイトに掲載されている『フォルカスの倫理的な死』という短編小説には、培養肉が一般化した世界が描かれています。最初は熱心な動物保護運動家からしか支持を得られなかった培養肉が、顧客が増えて生産が大規模化し、従来の肉より安くなると形勢は逆転し、多数派になる。そして、多数派になったとき倫理が変わり、動物の肉を食べることに抵抗が生まれる。

これはあくまで小説の中の話ですが、実際に培養肉が普及すると、エイズコピー薬のときと同じようなことが起こると思います。欧米の巨大製薬会社がエイズの治療薬を開発し特許を取りましたが、アフリカなどの貧しい国では高価なその薬を買うことはできなかった。そこで、貧しい国では安価なコピー薬の輸入を認める法律ができて、コピー薬が出回りました。特許を持つ欧米の製薬会社は、これを特許権の侵害として訴訟を起こしましたが、人道的な問題があると国際的な批判を浴び、最終的に訴訟を取り下げることになりました。

培養肉では、その製造技術の特許を持つ国が、技術がないため動物を殺し続ける国を非難することになるかもしれません。そのとき、持たない国が特許を侵害して培養肉を得ることを、特許を持つ国は受け入れられるのか、という課題に直面することになると思います。

そうしたことも含め、僕らは「なまものづくり」が一般的に普及したら、どういう世の中になるかを描くライトノベルを書こうとしています。そして、それをアニメ化したいと思っている。アジアの若い世代にリーチするには、アニメは最強のメディアですし、最強の科学コミュニケーションでもあると思うからです。ちょうど「鉄腕アトム」がそうだったように。「アトム」を観ることで、ロボットのいる世界がどんなものなのか、そこにどんな課題が潜んでいるのか、多くの人が理解できました。

ライトノベルにも登場させる予定だというオリジナルキャラクター

ライトノベルにも登場させる予定だというオリジナルキャラクター

火星にプラントを建て循環システムで培養

――培養肉の開発は、いまどのような段階にありますか?

羽生 特別な成分の細胞を培養してつくるサプリメントは、2019年には市場に出せると思います。培養フォアグラも2021年ごろには1キログラム当たり4000円で販売できると思うので、2020年の東京オリンピックでは試食会を行いたいと思っています。

2025年には、デザイナー・ミートの販売も考えています。デザイナー・ミートというのは、たとえば、豚と牛の細胞レベルのあいびき肉とか、赤身の部分は牛肉で脂肪部分は魚の脂身になっているヘルシーな肉とか、アレルゲン抜きの肉とか、特定の栄養を増強した肉というように、最初から成分をデザインした肉のことです。また、ルービックキューブのような肉をつくるアイデアもあります。キューブの一つひとつが豚肉、牛肉、鶏肉、となっていて、自分でガチャガチャと組み替えて、好みの組み合わせにしたところでスライスしてフライパンで焼いて食べるような肉です。デザイナー・ミートは、もしかしたら2025年より早く実現するかもしれません。ただ、スーパーマーケットに並ぶような価格の一般的な肉ができるまでは、さらに時間がかかりそうです。

――培養肉を実現することで、どんな問題を解決できますか?

羽生 人口が13億人を超える中国では、食肉は自給できていますが、家畜の飼料の自給率はかなり低く、アメリカの大豆の4割、ブラジルの5割、アルゼンチンの7割を中国一国だけで輸入している状態です。アマゾンでは、森の木を伐採し火をかけて切り開き、大豆を育てている。でも、大豆を育てると土地が痩せてしまうため、そこで今度は放牧を始める。家畜が草を食べ尽くすとそこは荒れ地になってしまうため、また次の森を切り開く。そうして、家畜の飼料をつくるために森林破壊がどんどん進んでいます。グーグルアースで見ると、赤土が出ている面積の広さに驚くと思います。

羽生さん

一方、貧困層は肉を食べられないため、たんぱく源を海産物に依存していますが、海産物も有限です。中国だけでなく、インドやアフリカも近い将来、同じように家畜の飼料を外国から輸入することになるでしょう。培養肉なら、家畜も飼料も広大な牧場も必要ないため、こうした環境負荷の問題を解決することができます。

――「Shojinmeat Project」とインテグリカルチャーが目指すところは?

羽生 僕らは、単に肉をつくる技術ではなく、さまざまな細胞を大規模に培養する「汎用大規模細胞培養技術」を開発しています。いまは、低コスト化と大型化という問題に取り組んでいます。細胞は2日で2倍に増えます。タンクに100トンあれば、2日後には200トンになるということです。将来的には、藻類から培養液をつくり、それで肉などを培養し、培養後の廃液で藻類を育てるという循環型のシステムを考えています。少ない資源で食糧をつくれるようになるので、場所は地球でなくても構いません。火星にプラントを建てたいですね。

TEXT:桑原利佳(POWER NEWS)

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羽生雄毅(はにゅう・ゆうき)

1985年生まれ。栄光学園中学2年のとき、パキスタンのイスラマバード・インターナショナルスクールへ転校。高校2年を修了し2002年、オックスフォード大学セイント・キャサリンズカレッジに入学。化学を専攻。10年、同学博士課程修了。その後、モスクワ国立大学への短期留学。東北大学での産学官連携研究員、東芝研究開発センターでの大型蓄電池の研究開発を経て、15年にインテグリカルチャー株式会社を設立。日本初の人工培養肉プロジェクト「Shojinmeat Project」を立ち上げる。著書に『OTAKUエリート 2020年にはアキバカルチャーが世界のビジネス常識になる』がある