この記事はIBM THINK Watsonに掲載された記事を転載したものです。
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2017年の5月29日〜6月18日、蜷川有紀展「薔薇の神曲」が開催された。画家・女優である蜷川有紀氏が、イタリアの詩人ダンテの名作『神曲』をテーマに、1年半の歳月をかけて完成させた高さ3メートル×幅6メートルもの大作「薔薇のインフェルノ」をはじめ、数多くの作品が展示された。

初日となる5月29日には展覧会の会場となった東京・汐留のパークホテル東京において、レセプションパーティーが行われた。会場では蜷川さんの作品テーマに沿いながら、協賛企業である旭酒造株式会社の「獺祭」を使ったオリジナル料理が提供された。獺祭を使用し、かつ蜷川氏の作品をイメージさせるレシピ――。この難題に挑んだのが、IBMのシェフ・ワトソンだった。

今回、「獺祭」と「シェフ・ワトソン」のコラボによって注目を集めた本展覧会の仕掛け人、ソニー・デジタルエンタテインメント社長の福田淳氏に、イベントやマーケティングにおける「シェフ・ワトソン」の効果について話を聞いた。

「体験型」のアート展示とは?

——そもそも、このアート展を企画されたきっかけは?

ソニー・デジタルエンタテインメント社長の福田淳氏

福田 21世紀になって、日々の生活に満たされている日本人の購買ニーズも変化を見せています。いまだテレビの影響力は大きいものの、CMを流すだけで多くの人が物を買ってくれる時代は既に過去の出来事です。代わりに台頭したのがソーシャルマーケティングですが、既存のソーシャルマーケティング全般を見ると、うまくいっているとは言い難い部分があります。

そうした中で広告を出し、イベントで何か仕掛けを考えている企業・活動者は、ある“場”をつくり、そこで来場者にエクスペリエンス(体験)を提供していく——。そんな仕掛けが求められています。そこで、ただのアート展示ではない“体験型”のアート展示にしたいと考えたことから、本企画がスタートしました。

展覧会の目的というのは、絵画を買ってもらうことにあります。蜷川さんの作品テーマや絵画を購入するというステータスから、ターゲットは大人です。具体的には、ソーシャルメディア上でフォロワーの多いセレブ——。その中でも特に、文化的素養があって遊び心がある方を中心に来場していただくことを考えて、パーティーを企画しました。実際、想定120名のところ、450名の方に来場いただき、企画としては大成功といえると思います。

料理長も驚く、シェフ・ワトソンが提案する意外な組み合わせ

——パーティーの中で来場者に振る舞われたのが、シェフ・ワトソンを使った料理3品でした。実際、どんな料理が振る舞われたのですか?

福田 3品あり、メインとなる1品目は「獺祭ボロネーゼ 薔薇のインフェルノ」です。野菜のビーツを使い、蜷川さんの作品「薔薇のインフェルノ」をイメージして真っ赤に色づけされたパスタになりました。シェフ・ワトソンは食材にフランスの内臓系ソーセージ「アンドウィユ」を提案してくれましたが、日本では入手困難なため、それに近い内臓系食材を使用しています。

真っ赤に色付けされたパスタ「獺祭ボロネーゼ 薔薇のインフェルノ」

2品目の「獺祭の煉獄ロースト」はダンテ神曲第2部「煉獄編」を、3品目の「獺祭ライスミルクフラン 天国のデザート」はダンテ神曲第3部「天国編」を象徴する一品です。それぞれ、シェフ・ワトソンは意外な食材として「スイカ」「ライスミルク」を提案してくれました。

——人気の日本酒「獺祭」を製造している旭酒造株式会社を協賛企業とし、料理にも獺祭が使用されていますが、イベントとしてその狙いは?

福田 蜷川さんの世界観は薔薇をテーマにしていることもあり、非常にフェミニンなんです。彼女に今までの作品づくりについてお伺いしていたら、事実、女性ファンがほとんどで、今回はいかに男性にも楽しんでいただくかをサブテーマにしました。そこで、男性にも人気で知名度もある「獺祭」の旭酒造さんにお声がけし、シェフ・ワトソンとのコラボ企画として獺祭を提供していただくことになりました。

料理だけでなく、パーティー会場でも振る舞われた旭酒造の日本酒「獺祭」

——シェフ・ワトソンが考案したレシピについて、関係者の反応は?

福田 実はパーティーで提供する料理を決める際、パークホテル東京の料理長・小島健氏の下、プロの料理人が考えたレシピと、シェフ・ワトソンの考えたレシピから料理を作り、関係者で食べ比べを行いました。すると、3品中2品で「シェフ・ワトソンの料理のほうがおいしい」という結果が出ました。特に「獺祭の煉獄ロースト」は、シェフ・ワトソンの提案によってスイカソースが使われましたが、小島料理長も「こんな組み合わせ、到底思いつかない」と話していたのが印象的でした。

肉にスイカのソースという意外な組み合わせで提供された「獺祭の煉獄ロースト」

「人間の叡知を入れる必要がある」点が、シェフ・ワトソンの面白いところ

——料理を創作していく過程、そのすべてが順調でしたか?

福田 実は、大きな失敗もあったんです。デザートの「獺祭ライスミルクフラン」のシェフ・ワトソンオリジナルレシピは、正直、最初はまずくて食べられないほどでした(笑)。実はシェフ・ワトソンが提案してくれた海外のライスミルクは、日本のものと成分がまったく違いました。今回、日本製のライスミルクを使用してしまったため、加熱する過程で成分が変化したようなんです。結果として、味も悪くなってしまいました。

そのため、フランには獺祭を使い、ソースには獺祭の原材料・山田錦の米粉から生まれたライスミルクをかけ、「シェフ・ワトソン×料理長」のアレンジメニューに変更することで、非常においしい料理に仕上がりました。

——シェフ・ワトソンも万全ではない?

福田 今回の件に限っていえば、ライスミルクの成分が外国と日本で異なっていたことが大きな原因です。そうした地域属性も、シェフ・ワトソンの機能として後々改良されていくのかもしれません。ただ、「結果的に人間の叡知を入れる必要がある」という点が、シェフ・ワトソンの面白いところです。

昨年、スタンフォード大学のジェリー・カプラン氏が、「19世紀と21世紀の農業従事者を比較すると80%から2%へと大幅に減少している一方で、穀物の取れ高は何百倍にもなっている」と発言していました。もちろん、産業革命の賜物ですが、続けて「これをもって、機械が人間の仕事を奪ったと言うのだろうか」と投げかけていました。

AIの場合もそうした議論が頻出していますが、僕はおそらく、人間はAIにテーマを与えることが大きな仕事になるだろうと考えています。より人間のクリエイティビティーを引き出す存在としてAIを活用していく。それが今回「ライスミルク」の件にもよく表れていると思います。特にシェフ・ワトソンは食材の成分から考え、固定観念にとらわれない自由な発想で提案してくれるので、小島料理長も「とてもエキサイティングな経験だった」と喜んでいました。

シェフ・ワトソンでWatsonにキャラクター性が生まれた

——今回の件で、Watsonに対する福田さんの印象も変わりましたか?

福田 今まで「AI」や「人工知能」と聞くだけでは、自分としてもどう扱っていいかわかりませんでした。その点、最初に「シェフ・ワトソン」という名前を聞いたときに、初めてWatsonにキャラクター性を感じ、身近な存在として認知できるようになりました。特に私の仕事では、この「キャラクター性」がとても重要な要素です。

——AIが社会で実装されつつある中、人間の「AIとの付き合い方」も試されています

福田 AIを一つのアプリケーションと捉えると、最初のうちは既存のサービスと競合するかもしれません。AirbnbにしてもUberにしても、タクシー業界やホテル業界から疎まれることもあるかもしれません——。しかし、移動すること、泊まること自体は必要とされ続け、どんなに業界が抵抗しても新しいサービスは次々に生まれていきます。だから、AIに限らず、ドローンにしてもVRにしても、5年もすれば自然に普及していくでしょう。ただ、それをもっとドライブさせるため、私の立場としては今回のようなイベント企画やコンテンツに、AIやテクノロジーを活用していくことが重要だと考えています。