この記事はIBM THINK Watsonに掲載された記事を転載したものです。
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CTO久世のクロス・ワトソン——建築 x Watson

取材・文:五味明子、写真:永山昌克

もし、AIの技術により、街が人間と会話ができたなら、どんなに楽しいこと、新しいことが起こるだろう–並の想像力の持ち主にはこんな発想はどこからも出てこないはずだ。そんな一見、夢物語のような世界を“メディアアート”という視点から具現化する方法を模索し、社会にあらたな可能性を提示し続けているクリエイティブ集団が、ライゾマティクスだ。

2006年の会社設立以来、広告・宣伝、ミュージアム、舞台作品などのプロデュースを通し、徐々にメディアアートを世界に拡げてきた同社は、ミラノ万博や東京オリンピックの招致活動などでもその実力は高い評価を受けてきた。渋谷ヒカリエのアーバンコアやKDDIのCMなど、ふと気がつけばわれわれは、彼らの手がけたメディアアートに日常的に触れている。

そのライゾマティクスを創業以来牽引するのが、建築家出身の齋藤精一代表取締役社長だ。現在、街と人間の対話を可能にする「CityOS」を構想中の齋藤氏に、街が意思をもちはじめたとき、人々の生活はどのように変わっていくのか、そして街の頭脳の一部として機能するAIは人々にとってどんな存在として位置づけられるのか。——メディアアートの第一人者が描く街とITの関係性について、日本IBMのCTOであり、コグニティブ・コンピューティングの専門家でもある久世和資が迫った。

「メディアアート」で社会にインパクトを

久世CTO:実は、齋藤さんとの対談のお話をいただいたことをきっかけに“メディアアート”というものを知りました。

齋藤氏:そうですよね(笑)。——ライゾマティクスは昨年(2016年)設立10周年を迎えましたが、いまだに「何をしている会社なんですか」「メディアアートってなんですか」と聞かれます。

メディアアートという文脈でライゾマティクスの活動を語れるようになったのはわりと最近のことで、最初は広告案件やWebサイト作成をメインの仕事としていました。ただ、真鍋(真鍋大度氏―ライゾマティクスの共同創業者で日本を代表するトップクリエイター)と一緒に会社を作ったときから「誰もやったことがない実験的な表現に挑戦し続けていきたい」という思いで、その成果を社会に還元するというミッションのもとに事業を展開しています。

最初、僕らの作品について多くの人から「面白いけど、何の役に立つのかわからない」という感想をいただきました。それが少しずつ、実験的な立ち位置からビジネスとして社会に浸透していく。——とくに最近はテクノロジーの進化で、実験から現実化までのスピードが速くなっている感触はあります。

久世CTO:たしかに貴社が手がけたKDDIのCMを拝見すると、昔はこんなシーン——手元のスマホから街をジャックするなんて誰も想像ができなかったですね。

しかし、コンピューティングパワーがケタ違いに大きくなった現在となっては、こういうことが起こってもおかしくないと感じます。

齋藤氏:このCMについて言えば「半分ウソで、半分ホント」という世界を描いています。今は誰でもスマホをもっていて、いろいろなシステムがコンピュータの制御を受けている。それをジャックしてしまえば、街そのものを操ることだって可能になるかもしれない。でも、さすがに現実はそこまで至っていないですよね。

ただ、可能性として十分にあり得ることをエンターテイメントとして見せながら、世の中にインパクトを与え、社会が進化していくきっかけになればいい、それがメディアアートの役割だと思っています。そういう意味ではメディアアートはエンターテイメントアカデミック、ビジネスの世界の間に入って、言語が異なる世界をつなぐプロトコルであると言ってもいいかもしれません。

モノづくりをする上で欠かせない「テクノロジーの無駄遣い」

久世CTO:お話を聞いていると、やはりAIを含め、テクノロジーの進化がメディアアートにも密接に絡んでいるのがよくわかります。

齋藤氏:おっしゃるとおりです。10年前、ライゾマティクスを設立したときにはできなかったことが、今はできるようになっている。それはやはりテクノロジーの進化があったからです。もう少し踏み込んで言えば「テクノロジーの無駄遣いができるようになった」と表現したほうが的確かもしれないですね。「あんなことをやってみたい」がずっと手軽にできるようになった。僕はこの“テクノロジーの無駄遣い”という感覚は、モノづくりをする上で非常に重要だと思っています。

久世CTO:具体的にはどんな“無駄遣い”の成果があったんでしょうか。

齋藤氏:最近の例では、世界で初めてとなるAI搭載の全自動衣類折りたたみ機「ランドロイド」を生み出したセブンドリーマーズのディレクションです。同社はずっとBtoBでカーボンファイバーを扱ってきましたが、BtoCにも進出したいとのことで、試作機の段階からクリエイティブパートナーとしてサポートしてきました。ランドロイドはCESなどの展示会でも大好評で、セブンドリーマーズはこれによって多くの資金を調達することができたのです。誰にも思いつかないような商品を、クライアントとともに世の中に送り出していく。これができるのも“無駄遣い”の経験が生きているからだと思っています。

実は、ライゾマティクスは2016年、10周年を迎えたのを機に、より高度で専門性の高い要求に応えられるように「リサーチ」「アーキテクチャー」「デザイン」の3部門を軸とした組織体制に一新したんです。今お話したセブンドリーマーズのサポートは、デザイン部門による仕事です。

これら3つの部門は全員がマルチタスクを意識して、相互に関わりながら仕事をしています。このような組織体制にしたのは外部から見たときに、われわれがやっていることを見えやすくしたいという意図があり、“無駄遣い”の下地はどの部門も共通です。

久世CTO:それは非常に素晴らしいですね。正直、私はIBMもそうしていきたいと思う部分が個人的にあって「システム部」「デザイン部」のように組織をきっちり分けてしまうのは、開発者に「自分が何を作っているのかわからなくなる」という思いを抱かせてしまうのではないかと危惧しています。研究部門と、それをアウトプットして世に問う部門、この2つが分断されていると、一体感が出ないのではないかと。

齋藤氏:僕は企業に就職をした経験がないのですが、そういう人間の目から大きな企業を見ると「もっと、個人の能力を量子化して見たほうがいいのでは」と思うことが多いですね。人間の能力をクオンタム(量子的)に見るというか、ある特徴や適性だけに縛られてひとつのことしかさせないのはもったいない気がします。もっとバイアスがない状態で、色々なことをやらせてみたほうがいいんじゃないかな。そういう意味ではAIの力を借りて社員一人一人が能力を存分に発揮できる仕事を割り当てるというのはありだと思います。

久世CTO:たしかに、人間はどうしても判断にバイアスがかかります。AIのほうがフェアに判断できることは多いのだと私も思います。特に、能力などを論理的に評価する場合にも有効かもしれません。

「人間とAIが共存する街をつくりたい」ライゾマ齋藤氏の思い

齋藤氏:今回、久世さんとお話する機会をいただいたので、ぜひ以前から日本IBMと一緒にやりたいと思っていたプロジェクトについてお話させてもらえないでしょうか。

久世CTO:もちろんです。ぜひお聞かせください。

齋藤氏:「街を変えていきたい」。——これは僕がライゾマティクスを設立してからずっとあたためてきた思いです。従来の街づくりではなく、街を「ゆっくりと動いている生物」と捉えて街を変えていく、それもできるだけオンデマンドに近い形で変えていければと考えています。テクノロジーの力を借りれば、そのスピードはより早くなるんじゃないかと。

久世CTO:それは、街をテクノロジーで制御するということでしょうか。

齋藤氏:いえ、そうではなく、街に意思をもたせて、自分自身の意思で変えさせていく、というイメージでしょうか。僕は大学で建築学を専攻し、一度は建築の道を志したんですが、途中でやめてしまいました。その理由は「建築はスピード感がないから」です。ニューヨークの建築事務所にいたとき、エレベータの機械室を5cmずらすことになったんですが、たった5cm動かすだけでものすごい量の図面書き直し作業が発生して、気が狂うかと思いました。

レスポンスが遅すぎる建築の世界は自分には向かない、そう考えて、広告の世界に入ったんです。しかし、学生時代に建築を理論的に考えるモフォロジー(morphology、変形学)を研究していたことから「もしも建築物が生きていたら何をするだろうか、もしも街が生きていたら何を話すだろうか」ということをずっと考えていたんです。建築を離れてからも、その思いはずっとありました。

久世CTO:なるほど。テクノロジーが飛躍的に発展した今だからこそ、街と対話するというプロジェクトを再び見直してみたいというわけですね。対話ならコグニティブなWatsonがとても活躍できそうです。

齋藤氏:そうなんです。たとえばWatsonの性格分析機能(Personality Insights)を、街の性格分析に応用したりすると面白いんじゃないかとか、いろいろアイデアがあります。例えばあるビルに対する意見をリアルタイムにマッピングしたり「ここの自動販売機はほとんど使われていないから、撤去したほうがいい」といった指示を迅速に反映したり。街のあらゆる部分にAIを機能させることが、今ならできる気がします。2020年には東京オリンピックが開催されますが、大会の盛り上がりとともに街全体が人々の感情を受けてぱーっと明るくなるとか。街に感情表現させることも不可能じゃない。こうした街づくりをぜひ日本IBMとコラボレーションしたいと思っています。

久世CTO:私も以前、自宅近くの坂でひったくりに遭ったことがあるのですが、事件前からいつも「このあたりはもっと街灯を明るくしたほうがいい」と思っていたんですね。そういうニーズをリアルタイムに街が汲み取ることができれば、AIネイティブな街が誕生しそうですね。非常に興味深いです。

齋藤氏:僕はどちらかというと“City AI”よりも“CityOS”を想定していて、それも街ごとにいろんなOSがあってもいいと思っているんです。たとえば“渋谷OS”とか。

以前、これに近い取り組みで、街がしゃべるプロジェクト「六本木アートナイト2015における《ROPPONGI DATA OF MIND》」を実験的に取り組んだことがあるのですが、残念ながらそのプロジェクトではオノマトペ的な表現が限界でした。でも今なら、より人間に寄り添ったリアクションが可能になると期待しています。

久世CTO:ところでなぜ齋藤さんは“CityOS”の実現に強く興味をひかれるようになったんでしょうか。学生時代に学ばれていたというモフォロジーがやはり大きな理由ですか?

齋藤氏:街という存在は非常に図体が大きく重たいもので、どこかひとつ変えようとするだけでもお金と政治が動く——。そういう先入観は今も根強いです。しかし、これは建築だけの話ではなく、そろそろ日本はそういうモノづくりのアプローチ、つまり大金をかけて何かを作り上げて、終わったら簡単に捨ててしまうというやり方は改めるべきだとつねづね思ってきました。街づくりも、お金をかける部分はあってしかるべきだけど、それとは別に、未来予測をしながらバックキャスト的な発想で作り上げていくスタイルも求められているのではないかと。

久世CTO:そもそも日本は歴史的に、きちんとした都市計画のもとに街を作り上げていくという発想が希薄でしたからね。おっしゃる通り、その場限りで箱モノを作り、その後は使いみちがなくて放置、というケースが多すぎて、オリンピックが近づいている現在、日本全体が考えなくてはいけない課題だと私も思います。

ただしAIによって街の変化のスピードを速くするには、より多くのリアルタイムデータが必要になります。そうしたデータを収集する際のコンセンサスをどうするか、これはIBMにとっても大きな課題のひとつです。大量のデータは必要ですが、セキュリティーやコンプライアンスは絶対にクリアしなければならない。データを収集するための規制はないほうがいいという意見もあり、実際のところ、規制が強すぎると収集データにバイアスがかかるという問題もあるのですが、やはりわれわれIBMとしては“正しいやり方”を貫く必要があります。

この問題の解決にも関係しますが、「生活音による行動分析」という研究分野があります。家の階段を降りる足音、冷蔵庫に向 かう足取り、冷蔵庫の開閉音、そうした“音”だけを収集して「今日はいつもより冷蔵庫を閉める音に勢いがない」「いつもと違った時間に頻繁に冷蔵庫に向 かっている」「足取りがいつもよりゆっくり」といったことがわかるようになると、サンプル家庭のプライバシーを守りながら、健康状態と食事の関連など今までには見えなかった因果関係が見えてくると期待しています。

齋藤氏:久世さんが今おっしゃった“因果関係”というワードは、AIにおける重要なキーワードだと僕は思います。ライゾマティクスという社名は「リゾーム(rhizome)」から由来しています。簡単に説明すると、AとBという一見無関係なもの同士が、実はある因果関係で結ばれている、という考え方を意味しています。この因果関係は複雑な場合も多いのですが、AIならば速く、正確に因果関係を解き明かすことができるはずです。

CityOSを実現するためには、一見どうでもいいような、ニッチな因果関係をたくさん拾い上げる必要がある。交差点で停まったクルマに対して「こういうクルマを運転している人は、奥さんの誕生日にバラを買うタイプ」みたいな因果関係をCityOSのAIが瞬時に判定できるようになれば、人の行動も街のあり方も、今までとはずいぶん変わってくるのではないでしょうか。

もうひとつ、僕がAIに期待しているのは「共振性」の発見です。最近、歳を取ったせいか、ねぶた祭りなどの日本伝統の祭りを見ていると感動して涙があふれるようになりました。

なぜねぶた祭りが強い感動を与えるかと考えると、たくさんの人々が同じ方向を向いて、同じ強度で、同じことをしているとき、非常に強い共振性が生まれるからなんですね。そしてある瞬間、すべての動きがぴたりと同調したときに最大のエネルギーが生み出されます。多数のバイオリズムが同じ波長で重なり合うことで生まれる膨大なエネルギー、この共振性の発生をAIが数値化し分析できるようになると、たとえば市民の合意形成や市街地の動線管理などにも効率的に応用できるのではないかと思っています。

久世CTO:非常に面白い街のあり方ですね。ただ、AIはきっちりとした因果関係を見つけ出すのは得意ですが、あいまいな因果関係というか、直感的に「もしかしたらAとBはこう繋がっているんじゃないか」と想定するのは、人間のほうが優れていると思います。人間とAIがうまく共存していけば、CityOSもより賢く成長していきそうですね。

齋藤氏:これからの子供たちは“AIネイティブ”な世代として、AIと共存して生きていくことが当たり前になっていくはずです。ただ、僕は逆に、AIが生活の中に入ってくればくるほど、人は、より人間的な原風景への回帰、たとえて言うなら“小津安二郎的な社会”へと戻っていくようなイメージを持ちます。

先ほども触れましたが、きっとこれからの子どもたちは、AIができることを理解して上手に使いこなすようになるにつれて、ひとつの専門性を特化させていくよりも“クオンタム指向”が強くなるんじゃないかと。バイオも、ロボティクスも、アートもある程度理解できる、そういうマルチな子どもたちが増えてくると思っています。

そうなると、たぶんこれまでよりも自由な発想でモノづくり、街づくりが可能になるはずで、だからこそより、人間でなければできないことを探し始めるんじゃないでしょうか。AIは世間で言われているほど、人間の可能性を奪いはしないと思っています。

久世CTO:齋藤さんから本日いただいたアイデアは、IBMがご一緒できそうなことも多くて本当にわくわくしました。AIはエンジンだけを発展させても意味がなく、やはり人間に寄り添うアプローチが重要なのだと、今日のお話であらためて思いを強くしました。CityOSへの取り組み、ぜひ一緒に何かやっていきたいですね。本日は今まで知らなかったメディアアートを通してAIの新たな可能性を探ることができ、非常に有意義でした。ありがとうございました。

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