「まだ分からないよね?」から始める情報リテラシー ――想像力のスイッチを入れ、フェイクニュースを見極めよう

テレビなどでよく「人里に野生のサルが出没し、農作物を食い荒らして困っている」とか、「タケノコ取りに出かけた村人が山でクマに襲われた」といったニュースを見聞きすることがある。
元TBSキャスターで白鷗大学客員教授の下村健一氏の体験談が興味深い。ニュースキャスター時代のある日、こうしたニュースを伝えていたところ、中継の都合でコマーシャルに移るまでの時間が10秒ほど余ってしまった。スタジオで中継を受けていた下村氏は、とっさにアドリブで「でも今頃、サル界のニュース番組では、『サル里に人が出た』と言っているかもしれませんね」と話し、空白の時間を埋めた。「こうした逆の視点をポンと加えると、単なる害獣レポートのニュースが野生動物と人間の共生といったテーマへと広がる」と下村氏は指摘する。ニュースを受け取ったり、SNSなどで自ら発信したりするとき、無自覚なままに溢れかえる情報に身をさらし、一面的な見方に左右されているのが現代の私たちだ。さらに子どももその波の中にいる。
そういった状況を憂慮し、主として小中学生を対象に「メディアリテラシー」を高めるための授業を行っている下村氏に、子どもだけでなく大人にとっても役立つメディアリテラシー、情報との向き合い方について伺った。

ニュースを見ただけで、結論を急がないで

2017年7月に上梓された下村氏のしかけ絵本『窓をひろげて考えよう~体験!メディアリテラシー』(かもがわ出版)では、ニュースに触れたときの視点の広げ方について、具体例がたくさん紹介されている。各ページ中央の(スマホ画面サイズの)小穴から次ページの絵の一部分が見えていて、ページをめくって全体像が現れるとその印象がガラッと変わる、というトリック構成だ。対象は絵本世代よりも上の小学校高学年から中学生くらいを想定しており、大人が手にとっても大いに刺激を受ける充実した内容となっている。

しかけ絵本『窓をひろげて考えよう~体験!メディアリテラシー』

しかけ絵本『窓をひろげて考えよう~体験!メディアリテラシー』

下村 「次の社会を作る人たちのために、という思いでこの絵本を作りました。今、加速度的に情報ツールが開発されて、おびただしい数の情報が私たちの周りを飛び交う状況です。にもかかわらずツール先行で、その使い方の学習がまったく追いついていない。今は混乱期です」

確かに現在は、子どもも大人も朝から晩まで情報漬けの毎日を送っている。テレビやインターネットを介して飛び込んでくるニュースは、地球規模のものから仲間うちの連絡事項まで、多様で膨大な量にのぼる。そして、その中には虚実の見分けがつきにくいような情報も紛れている。9月中旬に東京都大田区の清明学園中学校で3年生向けに行われたメディアリテラシーの特別授業でも、下村氏は時事的なニュースを交えながら、情報に触れるときに意識しておきたいことを中心に伝えていた。

下村 「ニュースの中にはいくつもの落とし穴があります。1つ目が、送り手の勘違いなど、悪意なく伝えられる “誤報”。そして2つ目は、歯切れの良い意見や巧みな言葉でいかにも事実のように語られる“虚報”です。特に2016年頃から嘘をあたかも事実のように伝えるフェイクニュースの存在が、大統領選の結果をも左右すると言われるほど、世界中で大きな問題となっています。
さらには、“事実”であっても一面的だったり、偏っていたり。このようにいろいろな情報が交錯している中で、1つの情報にはいろいろな見え方があることをぜひ知っておいてください。皆さんが情報に触れるときには、他の見え方もないかな? 他の情報源はないかな? と探してみてください。まさに今、目の前にある窓を広げて、情報をいろいろな角度から考えることが大切です。

ここで、簡単な実験をしてみましょう。天井に向かって人差し指を立てて、見上げながら頭上で時計回りに回します。次に、そのまま水平に回しながら人差し指を胸もとまで下ろして来てもう一度見ると、いつの間にか反時計回りになっていませんか。今、皆さんは『下の立場からものを見る』ことと『上の立場からものを見る』ことを両方経験したのです」

下村健一氏

この指回し実験は、「1つの事実にもいろいろな見え方がある」「立場によって見え方が違う」ということを実感するのに役立ちそうだ。そして、「もしも手元に情報源が1つしかなかったら、そのときこそ、想像力のスイッチを入れて、立場を替えて考える練習を頭の中でやってみよう」と下村氏は強調する。人里に野生のサルたちが現れたというニュースに触れたら、サル里に住宅地が現れた、というように立場を入れ替える見方をしてみよう、ということだ。

情報を受け取るときの4つの疑問

下村氏のメディアリテラシー授業では、情報を受け取るときに次の4つのギモン(疑問)をつぶやこう、と指導する。

  1. まだ分からないよね?
  2. 事実かな、意見・印象かな?
  3. 他の見え方もないかな?
  4. 隠れてるものはないかな?

まず出発点として、すべてのベースとなる疑問、「まだ分からないよね?」をつぶやいてみることが大切であるという。そこには、新しい情報に出合ったら「結論を即断するな」というメッセージが込められている。2つめは、「事実かな、意見・印象かな?」とつぶやいてみる。つまり事実と印象を混同して鵜呑みにするなということ。
3つめは、「他の見え方もないかな?」と考える。受け取った情報を、1つの見方だけせずに、別の角度から見ること(立場や重心や順序を替えること)が大切であるということだ。
4つめは、「隠れてるものはないかな?」とつぶやいてみる。スポットライトが当たっている、目に見える範疇だけ見るのではなく、周囲の暗がり、あるいは全体をよく見ようということだ。
その上で、最初のつぶやきに戻って、「まだ分からないよね?」と続報に対して窓を開いたままにしておく。このようにして結論を固定せず、情報を簡単に決めつけないことが大切であると説く。

下村健一氏 下村健一氏

下村 「4つの中でも繰り返し心がけてほしいのが、『まだ分からないよね?』という疑問の言葉です。メディアリテラシーの授業では、情報を鵜呑みにしている子どもたちに、まずは立ち止まってこの4つのキーワードを思い出してほしい、と伝えています。

さらに今や、情報の受信者という立場だけでなく、発信者としての立場も自覚することが大切で、SNSなどを通じて自ら情報を発する際の4つのジモン(自問)が必須です。

  • 明確さ: 私は何を伝えたいの?
  • 正確さ: キメつけてないかな?
  • 優しさ : キズつけてないかな?
  • 易しさ : これで伝わるのかな?

ネットで情報を発信することの影響力については、よく生徒達にこのように話します。
『普段は君たちのLINEをのぞく人は誰もいない。内輪の水鉄砲のうち合いで遊んでいるにすぎない。しかし一度何かのツボにはまると、水鉄砲を発射した後でその水が急に大陸間弾道ミサイルになって、地球の向こうまで飛んで行ってしまうことがある。引き金を引いた後だから、もはやどうにもならない。ネットに公開した情報は、そのように唐突に変化、拡大して、取り返しのつかない破壊力を持つ兵器となってしまうことがあるんだよ』と言うと、皆『怖い!』と気付きます。この、『普段は誰も見ていない』という彼らの実感から出発して説くことが大切です」

これらの4つのギモンやジモンはそのまま、大人がニュースに触れるときにも有効だろう。1994年にオウム真理教がひき起こした松本サリン事件では、当初、第1通報者を犯人に決めつけたような報道表現が数多くなされた。そんな中で、下村氏がキャスターを務めた番組では「犯人は、まだ分からない」という報道姿勢を貫いていた。そのことで、視聴者からいろいろな抗議の声が寄せられたという。

第一通報者が潔白主張会見をする背後で、着々と次の地下鉄サリン 事件の準備をする真犯人たち (絵本『窓をひろげて考えよう』より)

第一通報者が潔白主張会見をする背後で、着々と次の地下鉄サリン事件の準備をする真犯人たち (絵本『窓をひろげて考えよう』より)

下村 「下村はなぜ殺人者の肩を持つのか、犠牲になった遺族の気持ちも考えろ、といった非難が相次ぎました。こうした人々は皆、義憤に駆られ、正義感に燃えていたのです。僕自身はあの事件より前から”正義の味方”にだけはなるな、と自分や周囲に言っていました。自分は正義の味方だなんて思った瞬間に、自分が一番偉いと思い込んで真実を見誤ってしまいます」

無限大の構えでいこう

松本サリン事件当時のこうした経緯を振り返り、下村氏は結論を急ぐ世間を「みんなきっちりした線で輪郭を描きたがっている。自らを規定して、カチカチのキチキチに決めたがる」と評する。「疑問、好奇心、可能性の余地を残し、もっと柔軟にとらえようよ」という呼びかけが、メディアリテラシーの授業の中心にある。

下村 「森羅万象は無限大です。その中から、さまざまに切り取った一部分を伝えているのが情報やニュースです。だから、私たちはもっと無限大の構えで情報を見よう、ということです。大人たちも、結論を急ぐ必要なんかまったくない。たいていの人は、物事の白黒を判定する裁判長ではないのだから、『だいたいこんな感じだよね』という態度で情報に接していても、生きていくのに何の支障もない。むしろ、決めつけてしまうと、違う切り口で見ることも、他の情報を受け取ることもできなくなり、実害が多すぎるのです」

下村 「今、ネットはどんどん情報のパーソナル化が進み、おせっかいにも『あなたの好きな情報はこれでしょう?』と提示してきます。そうやってセグメント化された情報に、1人ひとりが囲い込まれ追い詰められているように感じます。

自分のスマホやPCに、自分と似た興味や立場に基づいた、同じような視点を持つ情報ばかりが集まるようになってしまい、他の視点を持つ情報をなかなか目にしなくなる、といったことはないでしょうか。
最近はスマホやPCだけでニュースを見ている大人が多いようですが、そうすると社会はどんどん分断され狭くなっていきます。それを避けるために、僕は例えばTwitterで自分とは考えが違う人をフォローしたり、意識的に『やだね』を『いいね!』したりするといったことを勧めています。そうすれば、異なる視点が自動的に流れ込んで来ますから。
自分にとって心地よいサイトを閲覧してばかりいると、その心地よさの先に怖さがあるということを、ちゃんと皆が自覚しなければいけないと考えています。別に脅すわけじゃなくて、前述の“しかけ絵本”でも伝えているように、そもそも窓を広げてさまざまな景色を眺める方が、新しい発見があって面白いのですから!」

下村健一氏

フェイクニュース対策の基礎は、ただ1つ。「想像力のスイッチを入れる」だけ

自分にとって心地よいサイトのニュースや歯切れのよい意見という意味では、フェイクニュースはその最たるものではないだろうか。自分がそうしたニュースの拡散に、無意識のうちに加担してしまう危険性とは誰しも無縁ではない。

下村 「今は情報の信憑性、信頼性を、『いいね!』の数が多いかどうかで測ってしまう人が増えつつあります。そのような状況の中で、テレビ番組や新聞各紙を見比べましょうとか、トリプルチェックをしましょうなどと模範的に諭しても通用しません。
僕の授業では、何も調べなくていいから、自分で想像して、と伝えています。想像力のスイッチを入れるだけ。そのスイッチの入れ方が、前述の4つのギモン・ジモンというメソッドです。それが一番基礎的な眼力ですから。まずは想像力のスイッチを入れることができるようになって、興味が湧いたら次に自分で調べる段階に進めばいい。僕は、フェイクニュースには『そこそこ振り回されない』程度になればいいと言っています。完璧に真実を見極めろなどと求めると、『自分には無理』『今は無理』と、諦めや後回しを誘発するだけですから。ただ、柔軟な子どもと違って大人たちは、急に想像力と言われても、戸惑うかもしれない。でも大人には、経験がある。過去の経験をフル動員して『ああそういえば』と似たようなパターンを思い出すことができ、隠れているものを想像することができるのです」

フェイクニュースのパンデミックを防ぐワクチン

清明学園中学校で下村氏によるメディアリテラシーの授業を9年前に企画し、毎年実施している植田祥子先生(社会科教諭)は、次のように語る。

植田 「下村先生にメディアリテラシーの特別授業をしていただくようになって9年になりますが、毎年大好評です。生徒たちはじっくり考え、帰宅してからも家族と話し合うなどしているようで、保護者からお礼の手紙をいただいたこともあります。生徒たちがいつの時点でこの授業を思い出すかは1人ひとり違うでしょうが、今すぐでなくても、社会人になったとき、親になったときなど、彼らが情報の洪水の中でいつかふと思い出してくれたら、と願っています」

メディアリテラシーの授業の後に生徒たちから来る感想の中には「うちの親に教えたところ、親も興味を持ってくれました」というものもあるという。下村氏は子どもを通じて、保護者が情報への接し方を見直すことにも大きな期待を寄せている。

下村 「光村図書の小学校国語5年の教科書に、僕が作った教材『想像力のスイッチを入れよう』が掲載されていることには、非常に大きな意義を感じています。光村図書の教材は高い全国シェアを持つので、第1期の採用期間4年間だけでも、少なく見積もってもざっと200万人の子どもに読まれます。200万人が家で「いや、お父さん、その内容だけでは『まだ分からないよね?』、『他の見え方もあるんじゃないかな?』」と言ってくれたら、ちょっと社会の安定感が増すのではないか、というふうに期待しています」 

下村氏の『想像力のスイッチを入れよう』が掲載されている 光村図書の小学校国語5年の教科書

下村氏の『想像力のスイッチを入れよう』が掲載されている光村図書の小学校国語5年の教科書

メディアリテラシー講座にかける思いを「フェイクニュースのパンデミックを防ぐワクチン」に例えながら、下村氏は今後の自分の役割について語ってくれた。

下村 「僕は、自分を井戸の掘り方を教える係だと思っています。尊敬する池上彰さんが、今まさに喉の渇きを訴える人々に飲みやすい水(情報)を配るという非常に大切な仕事をしておられるとしたら、僕は役割分担として、人々が次は自分で水(情報)を得られるように井戸掘りを教える支援を続けていきたい。そんなふうに考えています」

下村健一氏

TEXT:伊川恵里子

【関連記事】

下村健一 (しもむら・けんいち) 
白鷗大学客員教授、ジャーナリスト、元TBSキャスター

1960年、東京都生まれ。東京大学法学部政治コース卒業。1985年TBSに入社、報道局アナウンス班に所属。現場取材、リポーター、キャスターとして「スペースJ」「ビッグモーニング」などで活躍。1999年TBSを依願退社。以後TBSテレビ「筑紫哲也 NEWS23」「みのもんたのサタデーずばッと」等に出演を続ける一方、市民グループや学生、子どもたちなどのメディア制作を支援する市民メディア・アドバイザーとして活動。2010年から2013年、内閣広報室の中枢で民主・自民3政権の総理官邸の情報発信を担う。東京大学客員助教授、慶應義塾大学特別招聘教授、関西大学特任教授を歴任の後、現職。また、全国の小中学生にメディアリテラシーの授業を行う他、教科書の執筆から企業研修まで、幅広い年代のメディア・情報教育に携わる。
著書に『10代からの情報キャッチボール入門』(岩波書店)、『想像力のスイッチを入れよう』(講談社)など。日本IBM有識者会議「天城会議」メンバー。