授乳服から始まる働き方改革 ―― 「子連れ出勤」が、母も子も職場も、みんなハッピーにした

 

「授乳服」は環境、「子連れ出勤」はメディア。
そう語るのは、授乳服の製造販売を行う有限会社モーハウス社長の光畑由佳氏。「キャリアか、出産か」「保育園に預けるか、退職か」そんな二者択一の考え方とは一線を画す1つの解決策として、「授乳服を着て子連れ出勤」という働き方を自社で実践し、成果を上げている。この「子連れ出勤」が働き方改革の選択肢の1つであり、少子化対策についても1つのカギになるかもしれないと、今、企業や行政からの見学や視察が絶えない。
自分自身の子育て経験を出発点として授乳服ビジネスを立ち上げ、同時に子育て中の社員が自然に仕事を続けられるよう「子連れ出勤」を実施してみたら、母も子も、職場の同僚たちも、そして会社の業績も、みんなハッピーになった、と笑顔で語る光畑氏にお話を伺った。

母乳育児と外出とは相容れない社会だった

―― そもそも授乳服のビジネスを始められたのは、どういういきさつからでしょうか。

光畑 今から20年ほど前、茨城県つくば市の自宅から3歳の長女と生後1カ月の次女を連れて、東京・立川の友人宅へ出かけた時のことです。高速バスで東京駅まで行き、そこから中央線に乗り継ぎました。ところが吉祥寺を過ぎたあたりから、次女がぐずりだしたのです。いくらあやしても、おなかをすかせた乳飲み子は泣きやまず、その声は車内に響きわたります。今思えば、電車から降りて目立たない場所を探して授乳すれば良かったのですが、パニックになった私は泣きやませる最終手段として、おっぱいを与えることしか思い付きませんでした。胸元を隠すようにしながら与えたのですが、当然、車内の戸惑ったような、あるいは興味本位の視線を浴び、私は身の置き場もありませんでした。
その時以来です。母乳保育のメリットを社会全体であれだけ奨励しているのに、母子で外出することすらままならない社会って、どこかおかしいのではないかと思ったのは……。

光畑さん

――今では、女性専用車両もありますが、当時はまだありませんでしたね。

光畑 20年前は、母乳で子育てしている女性の心の中に、子連れで外出することに対してガラスの壁、つまり我慢すべきだという自己規制の意識があったのだと思います。今だったら、ツイッターなどのSNSで情報発信し、社会に呼び掛けて世の中を変えることもできるのでしょうが、そういうツールもない時代でした。私自身、「女性専用車両をつくってください」とか「出歩きやすい環境を」と、世の中に働きかけて何かを変えようなどという意識はなく、自分に何ができないかなとあれこれ考えました。そして、思い付いたのが授乳服なのです。

最初に試作品を着た時は、まさに羽が生えたような開放感がありました。当初は、外出先でも胸元をはだけることなく簡単に授乳でき、かつ赤ちゃんもストレスなくおっぱいが飲める便利なツール(道具)を作りたいと思っただけでしたが、着た瞬間、これは単なるツールではない、と思ったのです。これこそ出産で自分の周りにガラスの壁を感じていた女性自身が、勇気と自信を取り戻し社会に出て行く後押しをしてくれるものだと感じたのです。

「産むことが楽しみ」と思えるような環境を

――授乳服によって得られる環境は、母子ともに大きなメリットがありそうですね。

光畑 授乳によるスキンシップは、母と子の双方にとって、とても大事です。最近は、哺乳瓶を赤ちゃんに持たせて自分はスマホをいじっているお母さんを見かけます。その一方で、「スキンシップが大切」と言って、わざわざお金を払って赤ちゃんをマッサージする「ベビーマッサージ教室」に通ったりしている。奇妙ですよね。授乳時間を大切にすれば、それらが同時にできるのに。
せっかく母乳が良く出ている人でも、飲ませないでいると母乳の出は悪くなると言われています。でも、授乳服を着れば、外出先でも周りに遠慮せずいつでも授乳できるので、母乳の分泌も良くなります。赤ちゃんはおっぱいを飲みながら、じっとお母さんの顔を見て日々成長します。お母さんは、赤ちゃんが自分の胸で安心してぐいぐいお乳を吸ってくれる姿を見て愛おしく思い、ますます母性が育っていきます。おっぱいを与える行為って、ミルクを準備する手間も省けて効率的かつ経済的な上に、そういうことを1度にできるすごいことなのです。

私たちは授乳ショー®も開催していますが、参加してくださる女性たちは「いいな、おしゃれだな」とか、「授乳服っぽくないので、授乳期を過ぎてもずっと着られるのが、コスパ的にも気に入りました」と言ってくださいます。「産むことが楽しみになりました」と言ってくださる妊娠中の方もいて、こういう意見は、少子化対策にもつながるのではないかと思い嬉しくなります。

――考えてみると、おっぱいって、とても優秀なのですよね。

光畑 実は母乳は環境にも良くて、SDGS(持続可能な開発目標)そのものだと思います。粉ミルクと違って、輸送コストもかからなければ、お湯を沸かす電力もいらない。CO2を出しません。ミルク代がかからないわけですから、家計にもやさしい。もっと見直されていいと思います。

私自身が3人の子育てをしてきて、多くの新しいもの、便利だと言われるものをいろいろ購入しましたが、そのほとんどを使いませんでした。そして、私が最も欲しかったもの、「赤ちゃんを98%泣きやませる道具」は売っていませんでした。もし売っていたら、10万円出しても買ったはずですが、売っていません。どこかにないかと探した時に、自分の身体にあると気付いたのです。いろいろなものを試した結果、一番面白くて、一番効率が良くて、一番優秀なものが、おっぱい、つまり自分の身体でした。

妊娠・出産と引き換えに、失ったり、我慢したりするものは何もない

――外出先での授乳や子どもを職場に連れて行くことは、しばしば議論になります。

光畑 例えば、男性に目線をそらさなきゃと思わせたり、不妊治療中の女性をつらい気持ちにさせてしまうこともありえます。また、産みたくても産めなかった人もいれば、母乳があまり出ない人もいる。出産後は働きたくても働けなかった人もいる。それは自分で選んだ道ではなくて、みんな、それぞれ事情があります。私は、そういう人たちの気持ちを、「ザワザワ」させたくはありません。
結局、できるだけ周囲の方々にイヤな思いをさせないように考えたのが、この授乳服です。いかにも「今授乳しています」というデザインではなく、あくまでさりげなくて周囲に気付かれにくい、赤ちゃんが安心して胸に顔をうずめているように見える姿が私の理想です。

――働く女性にとって、子どもを産むことと引き換えに、何かを失うのではという不安や心配から出産をためらう人は多いと思います。

光畑 「仕事か子育てか」「保育園に預けて働くか、働かないか」という二者択一ではなく、両方を選べるのが、モーハウスで実践している「子連れ出勤」です。A案でもB案でもない、もっと高みにある、今はやりの言葉で言えば「アウフヘーベン」です(笑)。問題を積極的に受け入れて克服し、よりよい状態へと解決して行くことが大事。これまでは子どもを誰かに預けずに出勤するという手段はなかったので、保育所不足が大きな社会問題になっていますが、「子連れ出勤」はそれを解決する新しい選択肢の1つだと思っています。

授乳服を着ていれば、いつでもどこでも授乳できるので出産前と変わらず出勤でき、仕事中も赤ちゃんが自分の視界の範囲にいるため安心です。保育園を探し回る苦労もなくなりますし、保育料もかかりません。雇用側が「子連れ出勤」を決断すれば、その期間は時差通勤やパートタイム勤務など、相互に話し合って臨機応変に契約を結ぶことで解決します。出産と引き換えに失うものは何もないのです。

光畑さん

光畑氏が着用しているのも、実は授乳服。着心地が良くて手放せないとのこと。

「子連れ出勤」は昔からあった古くて新しい働き方

――モーハウスで「子連れ出勤」を始められたいきさつを、紹介していただけますか。

光畑 「子連れ出勤」は、新しいようでいて、実は日本社会に昔からある働き方のスタイルです。江戸時代の浮世絵などを見ると、商店の片隅に赤ちゃんが寝ていたり、母親が赤ちゃんを抱っこしたりおんぶしたりしながら仕事をしています。農村では近年まで、若い夫婦が畑で農作業をしている傍らで、籠に入れられた赤ちゃんがすやすや眠っている光景がよく見られたものです。
ところが、第2次世界大戦後の復興期から高度経済成長期を経て、地方から都市へと人口の集中化が進みました。企業では「モーレツ社員」と言う言葉も生まれたほど、社会全体が長時間労働をよしとする男性中心社会になって、職と住は分断されるようになりました。
今、母親が仕事をしながら仕事ができる古くて新しいスタイル、つまり子連れ出勤を世の中にご提案することで、「子育てと職場は別物」という戦後の固定観念を変えることができるのではないかと思っています。

子連れ出勤に興味を持って見学や視察に来られる企業や行政の方は、子どもが職場にいたら、さぞうるさいだろうと思われていたようですが、意外にも静かなことに驚いていらっしゃいます。確かに、時々声は聞こえますが、決して想像するような阿鼻叫喚の世界ではありません。なぜなら赤ちゃんが泣く必要がないからです。母親の姿がすぐそこにあって、欲しい時に、すぐにおっぱいをもらえるから安心している。そして、こういう環境にいることで、赤ちゃん自身にも、社会性が芽生えるのです。

職場でのびのびと過ごす子ども

最近、「子どもがかわいいと思わない」とか「子ども嫌い」という若者が増えていると聞きます。泣きわめいて、人見知りばかりする子どもを見ていたら、そう思うかもしれません。
けれど、こういう環境にいれば、穏やかで人懐こい子どもに育っていきます。そういう子どもの成長を見たり、お母さんが席を外している時にちょっと子どもをあやしたりしていると、そのうち「ああ、子どもってかわいいな」「自分も結婚して子どもを育ててみたいな」と思うようで、若い社員たちにとっても、良い影響が生まれてきています。

今、保育士不足が問題になっていますが、私は1歳になるまでは子連れ出勤をしたらいいのではないかと思っています。というのは、国の定める基準でも1歳までは、赤ちゃん3人に保育士さんが2人必要ですが、1歳を超えると6人を見ることができるのです。子連れ出勤ができれば、保育士不足も改善できるし、お母さんたちは保育料を払う必要もない。その上、お迎え時間を気にせずに、かわいい時期のわが子を仕事を続けながら自分の手で育てることができます。

光畑さん

洋服1枚からできる働き方改革

――子連れ出勤は、中小企業ほど取り入れやすいとおっしゃっていますね。

光畑 とにかく初期投資が簡単です。大企業の企業内保育所のように、子どものための専用の施設も保育スタッフも必要ありません。小さなお布団が1~2枚あれば完成。企業としてはほとんどお金がかかりません。
よく、「地方だからできることでしょ」と言われますが、モーハウスは東京・青山にも出店しており、社員にもお客様にも好評です。

企業が女性社員の活躍を促進するポイントは3つあると言われます。「環境」「参画」そして「リーダーシップ」です。このうち、「リーダーシップ」はトップ1人が決断すればいいこと。「環境」も、子連れ出勤の場合、赤ちゃんが眠ったりおむつ替えをしたりする小さなお布団と、それを敷く小さなスペースをお部屋の隅に確保するくらいで、あとはママが人目を気にせずいつでもどこでも授乳できる授乳服だけです。
実際やってみて、一番難しかったのは「参画」でした。子連れ出勤してみたいというスタッフがいるかどうかです。弊社も、青山に新店舗をオープンしたり、ショッピングモールに出店したりする際には、スタッフは反対しました。電車通勤が大変、モールは独立店舗と違って他の店との関係があり、普通の社会環境に近いから難しいというのがその理由でした。だからこそ、そこでもできることを立証したくて、私はやっています。
実際にやってみて、まさに「案ずるより産むがやすし」でした。時差出勤で電車のすいている時間帯を利用し、通勤に1時間以上かけて通っている社員もいますし、赤ちゃんを連れて地方に出張する社員もいます。彼女たちは「授乳服と抱っこヒモがあれば平気!」と言っています。

子連れの職場風景

――育児休業法が10月に改正されて、最長2年までとなりました。でも職場復帰できるか心配になるお母さんも多いですよね。

光畑 育休をとることに不安や心配を抱えている人は多いと思います。保育所不足の影響もあり、今は育休期間中に時々職場に出て来て仕事をしても給付金はもらえると制度が改善されています。これは福音です。職場復帰のトレーニングになりますし、本人は自分が復帰した時の居場所が確保されていることを確認し安心できます。完全に職場復帰するまでは、例えばテレワークをするとか、時々出勤するとか、いろいろなチョイスがあります。
企業にとっても、育休明けに即戦力となる社員をつなぎとめることができるのですから、双方にメリットがあります。
育休中に出勤する時も、授乳服さえあれば、その都度子どもの預け先を探す心配もありません。まさに、「洋服1枚でできる働き方改革」なんです。ぜひそうやって育休明けには自信を持って職場復帰してほしいと思います。

余談ですが、ある企業は産休・育休に入る前の社員に、「赤ちゃんを産んだら、また元気に職場に戻ってきてね」と社長から授乳服をプレゼントしているそうです。これは社員の心をつかむステキな思いやりですよね。子連れ出勤をしない場合でも、休んでいる間にお母さんは赤ちゃんと外出できるので社会性を保てますし、安心して職場復帰ができるので、メンタルヘルス的にとてもいいアイデアだと思いました。

――社会とつながっているという意識が、本当の意味での働き方改革につながるかもしれませんね。

光畑 そうです。社会とつながっている、社会性を保つことはとても重要だと思います。有名な徳島県の「葉っぱビジネス」のおばあちゃんたちって、とっても元気ですよね。働いていると、経済的にも自立できるしやりがいもあって、認知症になるヒマがない。コルセットと一緒なんです。サポートすればするほど弱くなります。できるだけ外に出て、仕事をすることが大切だと思います。

だからこそ、企業の方に申し上げたいのです。よほど条件のいい会社でない限り、かつてのモーレツ社員のように24時間働く社員を雇用することは、今後できません。少子高齢社会では介護や育児、あるいは事故や病気療養など、さまざまな事情を抱えた社員が増えていきます。
そういうことを考えれば、出産後の女性社員は非常に重要な人財であり、末永く働いてもらうことは、個人にとっても企業にとっても、そして日本全体にとっても大きなメリットがあります。
子育て中の女性でワークシェアリングのような雇用形態を今のうちに経験しておけば、今後さまざまなタイプの人たちを雇用する時の練習になり、企業の明るい未来につなげることができます。 

私は、おっぱいは母親にとって「効率のいいツール」、授乳服はそれをさりげなく使える「環境」、そして「子連れ出勤」はメディアであり、トリガーだと思っています。どの企業も子連れ出勤をすべきだということではなく、「社会の固定概念を打ち破るための1つの提案であり、働き方改革に対する選択肢の1つ」と捉えていただければと思います。

TEXT:深井久美

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みつはた・ゆか 光畑由佳 有限会社モーハウス 代表取締役

倉敷生まれ。お茶の水女子大学被服学科を卒業後、株式会社パルコでの美術企画、建築関係の編集者を経て、授乳服の製作を開始。お産・おっぱいをサポートする「モーハウス」の活動を始め、「子連れ出勤」を古くて新しいワークスタイルとして、青山ショップやショッピングモール内のつくばショップで実践している。 2014年北京、2016年ペルーで開かれた「APEC女性と経済フォーラム」で、日本代表の1人としてスピーカーをつとめた。子連れスタイルで子育てと社会を結びつけ、多様な生き方や育て方、働き方を提案する「子連れスタイル推進協会」代表理事。内閣府「暮らしの質」向上委員会委員、経済産業省「中小企業経営審議会」臨時委員。著書に、「働くママが日本を救う!~子連れ出勤という就業スタイル~」(マイコミ新書)。 日本IBM有識者会議「伊豆会議」のメンバー。