この記事はIBM THINK Watsonに掲載された記事を転載したものです。
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ものづくりの国、日本。そして、それを支える匠。近年、現場の技術やノウハウの継承に、人工知能の応用がひろがっている。それを先導しているのがIBMだ。現在同社は、これまで匠の知恵や経験を生かしながら人工知能を活用する次世代の工場を運営。IBMではこの工場をコグニティブ・ファクトリーと呼んでいる。

なぜ、この時代に「匠」?

まず、なぜこの時代に「匠」という熟練者の技術が必要なのだろうか。「匠」を次世代に継承する必要性を、IBMの北山浩透氏はこう話す。

資源に乏しい日本は、資源を輸入し、生産現場の人を育て、 高品質な製品を輸出することで豊かな国を築き上げてきま した。GDPの約20%を占める製造業は、次世代に受け継がれるべき基幹産業です。一方で、日本の生産者人口は、2010 年から2025年までに約1,000万人減少することが予測されており、工場の効率化や「匠」と呼ばれる熟練者の技術を次世代に継承していくことが重要であると言えます。

 

科学技術が目まぐるしく進歩するいま、なぜ日本の「匠」の技術は伝承すべきなのか。その理由については、同じくIBMの寺門正人氏(GBS事業IoTサービス担当理事パートナー)の言葉を引用してみよう。

日本の製造業にはマーケティングでは負けてきたものの、製品の品質では世界に負けないという自負があります。日本は、製品づくりに関連する多くの部門の知識や技術、ノウハウをすり合わせながら、製品を良くして、世界に勝ってきたわけです。顧客ニーズの把握の仕方は改善しつつも、こうした日本が元来得意なやり方、強みを生かすやり方で、世界的な競争に勝っていくこともますます重要になると考えます。

コグニティブ・ファクトリーとは

しかし、工場の効率化と生身の「匠」を育てることの両立はなかなか難しい。さらにいくら熟練されたとはいっても人間の判断にはミスがつきものであるし、人間同士のコミュニケーションは齟齬が生じやすいものであろう。そこで登場するのが、コグニティブ・ファクトリーである。コグニティブ・ファクトリーに関しては寺門氏の説明が詳しい。

これまでも様々なデータを処理して、工場は自動化されてきました。しかし、最近ではもっと複雑でかつ大量のデータを扱うことができるようになってきています。それらにも様々な情報が入っているので、適切に扱えれば、工場運営をさらに高度化することができます。特に技術者の知識は文書に書き貯められているので、それを人工知能、つまりコグニティブ・システムで解析するようにできれば、人の頭の中に眠っていたノウハウが整理され誰にでも使えるようになります。ベテラン技術者の知恵や経験を生かしてさらに高度な工場運営を進めていく。これが人工知能を活用した次世代の工場運営の方法、つまりコグニティブ・ファクトリーなのです。

 

具体的にコグニティブはどのように工場で活躍するのだろうか。少々長いが北山氏がわかりやすい説明をしているので紹介する。

“たとえば自動車工場で、車のドアは鉄板をプレス機で叩いて作るのですが、長年の経験で匠は、装置の状況を音や油圧機の油の臭いなどを五感で感じ取ります。そこで、加速度センサーをプレス機に付けてスピードを測れば、調子が悪い時は違う動きをすることが分かります。同じように、油の状態は油圧センサーで分かります。匠が五感で分かることを、センサーとコンピュータで代替するという取り組みを進めれば、たとえば、ある項目の数値が一定の値を超えた場合や数値間の相関関係が崩れた場合、30分後には油圧機が壊れたり、より大きな故障につながるというような予測をコンピュータができるようになります。様々なセンサーからデータを次々に集め、それらをコンピュータが学習していくことで、考える精度を高めていくことができます。”

またプレス機の故障を予測した後は、マニュアルに記載されている問題対応手順をIBM Watsonのような人工知能が読み解き、作業者に伝えられるようになります。それがコグニティブです。Watsonがすべての文書を理解して、その成果として様々なケースの予測やチェックポイントを伝えられるようになります。

人が出す優しい味と科学技術

ここまで、コグニティブ・ファクトリーについて見てきたが、いわゆる「匠の技」が、本当に人工知能に代替されるのかという疑問をもつ方も多いだろう。と言う筆者もその1人である。効率化のための導入に対しては全く否定的ではない。

しかし、例えば、匠の作る陶磁器一つ考えても、それは、芸術かのような完成度を保ちながらも、それぞれが他の製品とは全く異なり個性的で偶然的なものである。それが日本の「もの」の、「優しさ」や「繊細さ」と言われ「味」と表現されてきた。そしてもっと言えば、このような「繊細さ」が日本の「ものづくり」を支えてきた精神かもしれない。

人工知能は、その「繊細さ」という精神とこれからどう向き合っていくのだろうか。

 

*本文中の北山浩透氏と寺門正人氏の発言は「コグニティブ・ファクトリー「匠」の技能を継承する工場プラットフォームの実現|IBM ProVISION 90号 技術解説3」から引用しました。

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