4.5×8.5mの部屋は、紫色の床とカーテンで覆われている。家具などは一切ない。この殺風景な空間に1組の男女がいる。ヘッドマウントディスプレイを着け、片手でランプを持ち、もう一方の手は2人が離れないように同じリングを握りしめている。そろりそろりとおぼつかない足取りで、部屋の中をさまよっている。

女性が突然悲鳴を上げてうずくまりかけ、男性も身をよじっている。声を掛け合いながらなんとかまた歩き出すのだが、再び悲鳴が聞こえた――。

2人はいま、仮想世界(VR)と現実世界を融合した「複合現実(MR)」技術で作られた世界初のお化け屋敷の中にいる。古い洋館の薄暗い空間を進むと、目をそむけたくなるような化け物や、身の毛のよだつ生物に次々と遭遇し、耐えがたい恐怖を味わっているのだ。
今年10月、東京・台場にお化け屋敷「マジックリアリティ・コリドール」がオープンした。仕掛けたのは、2011年創業のベンチャー企業「ティフォン」だ。最新の技術を駆使し、恐怖のお化け屋敷を企画・デザインした同社CEOの深澤 研氏に、お化け屋敷の世界観や、MR技術の未来について話を聞いた。

VRに現実を合成すると「没入感」が増す

――「マジックリアリティ:コリドール」を体験させていただきました。ヘッドマウントディスプレイを装着した瞬間に仮想世界に入るのですが、現実世界と同じように一緒に入った相手が隣にいて、お化け屋敷の中に一緒に入り会話を交わしながら行動しました。現実と仮想の境目がくっきりしていないので、「ここは偽物の世界」という思考が働かず、恐怖心を強く感じました。

深澤 VRでは視界が100%仮想世界だけになり、自分がその世界にいるかのような「没入感」を感じることが最大の魅力です。我々はさらなる「圧倒的な没入感」を実現するために、MRという仮想世界と現実を融合させる要素を加え、一緒にいる人の姿や自分の姿が仮想世界の中でもそのまま見える技術を開発し、「マジックリアリティ」と名付けました。

――どういう仕組みなのですか。

深澤 ヘッドマウントディスプレイに搭載されたカメラを用いて撮影した映像からクロマキー処理(映像の一部を透明化して別の映像を合成する技術)で、同伴者や自分の姿を切り出し、仮想世界の映像上にリアルタイムで合成しています。

――MR体験中に一緒に入った人とぶつかってしまったのですが、「あっ」と相手が驚いた声はヘッドマウントを通じて聞こえるので、現実の声とは違う「仮想世界の声」で、こっちを見ている相手の姿も仮想世界のものなんですよね。肩の衝撃だけは現実世界のものなのですが……。体験前に「恐怖が限界に達したら、その場で座り込んで」と言われました。実際に耐えられない人はいるのですか。

深澤 お化け屋敷ですから、そもそも怖さを求めていらっしゃるお客様が多いので、リタイアはそれほど多くはありません。ただ、以前、赤坂サカス(東京都港区)で試験的に同コンテンツを展示したときは、たまたま見つけて入ってきたお客様が多かったので、リタイア率は1割を超えました。

その場に座り込むのが、「リタイア希望」のサイン。ペアの場合はどちらか一方でもリタイアすると、その場で体験終了となる。

「怖さ」抑えてストーリー性を重視した

――これから恐怖を味わいたい方のために詳細は触れませんが、例えば「化け物」がたくさん登場するシーンでは思わず声を上げてしまいました。その一方で、恐怖に支配されつつも、その独特の姿や、洋館内の作り自体に見入ってしまう瞬間もありました。

深澤 ホラーの度合いは、ある程度のところで抑えています。怖くしようと思えばいくらでもできるのですが、例えば虫のシーンで代わりに何万匹ものゴキブリが身体中を這い回りかじってくるような表現にして、さらに触感も加えたら、さすがに耐えられない人が多くなってしまうと思います。

――確かに、そこまでリアルな触感でなくとも、人の指で触れられたら……。ちょっと想像したくないですね。

深澤 私たちは、「テクノロジー」と「アート」の両輪に同時に意識を向けることを大切にしています。コリドールには「かつて館の主人であった夫妻にある悲劇が起こったことが原因で屋敷が異界と繋がってしまい……」などというストーリーを設定していますが、その世界をいかに作りこむかに腐心しました。

――ストーリー性を重視したんですね。

深澤 はい。怖さを味わってもらうこと以上に、私たちが作った世界観に没入してほしいという思いがあったからです。そのため、ルートに沿って進むというシステムも、ある登場人物が描いた魔法陣の上を進んで行くというように世界観に沿った形にしていますし、洋館の美しさやクリーチャー(創作した生き物)の設定や動き、音響など細部までこだわって作っています。
恐怖のあまり本当にパニックになったり、リタイアする人が続出してしまうと、せっかく作った世界を見たり感じたりしてもらえません。そのバランスをどうとるかが大切だと考えています。
ただ、今後は怖さという点でも、例えば風を当てたり床を振動させたりするなど、さらに臨場感を高める工夫をしていきたいと思っています。心拍数などのデータをリアルタイムで計測することも可能なので、体験者の心理状態を測定し、余裕がある人にはより恐ろしい展開に、怖がりすぎている人にはその逆、というように演出を変化させても面白いと思います。

古びた洋館を舞台に、MR体験者は足元にある魔法陣を目印にして歩を進める

古びた洋館を舞台に、MR体験者は足元にある魔法陣を目印にして歩を進める

洋館の至る所に「化け物」が巣食う。中には襲いかかってくるものもーー。

洋館の至る所に「化け物」が巣食う。中には襲いかかってくるものもーー。

深澤代表が話す「ストーリー性」も、恐怖感をあおる要素の1つだ。

深澤代表が話す「ストーリー性」も、恐怖感をあおる要素の1つだ。

エンジニアである前にアートの素養を持つ深澤氏は、生み出すコンテンツの世界観を重視するため、企画段階の絵コンテ制作も自身が手がける。

エンジニアである前にアートの素養を持つ深澤氏は、生み出すコンテンツの世界観を重視するため、企画段階の絵コンテ制作も自身が手がける。

予想外だったアプリの大ヒット

――深澤さんは2011年にティフォンを創業されていますが、顔写真を加工してゾンビ風に変身させるアプリ「ゾンビブース」がシリーズ累計3500万ダウンロードを超える大ヒットになりました。

深澤 実は反響は予想外で、単純に自分にとって面白いと思って開発しただけで広告宣伝もしませんでした。知人から「1000万ダウンロードってすごいんじゃないの?」と言われ、初めて成果に気づいたほどです。インドやブラジルなど、想定していなかった国でも反響があった点は面白かったですね。
14年に米国・サンフランシスコにいたとき、ディズニー社がアクセラレーター(起業支援)プログラムを募集しているという話を友人から聞いて応募した際も、ゾンビブースの今後のプランをプレゼンしたところ、大変興味を持っていただき採択に至りました。1000社以上の応募のうち採択されたのは10社、アジアから選ばれたのは私たちだけでした。
ディズニーとゾンビは、イメージがかけ離れている印象がありますが、技術的にはどんなキャラクターにも変身できるアプリなので、面白い活用の仕方のイメージを抱いてもらえたのかもしれません。

ホーンテッドマンションをつくりたかった

――コリドールを体験して、ホラーの中にも美しさや面白さを追求している印象を受けました。そもそも、こうした仕事を始めるようになったきっかけは何ですか。

深澤 4歳のとき、東京ディズニーランドのアトラクション「ホーンテッドマンション」を体験したことが大きなきっかけです。ただ怖いだけではなく、美しい情景や奇妙で楽しげな音楽などが組み合わさり、ファンタジックな世界観を作り上げていることに強く惹かれました。このトリックはどのような技術なのか、いつか自分もこんな世界がつくれたらいいなと、自然に思いました。
それと、なぜか人を怖がらせることが大好きだったんです。階段の上で父を待ち伏せして突然現れて驚かせるところから始まって、亡霊の顔の仮面を作って窓の外の木に吊るしておいたり、ドアを開くとコウモリ型のダンボールが飛んでくるようにしたりするなど、仕掛けをどんどん「進化」させていきました。父がまた本気で驚くので(笑)、当時はそれを純粋に楽しんでいました。

――4歳にしてですか。「楽しかったからまたホーンテッドマンションに連れてきて」とねだる4歳児はたくさんいるでしょうが、世界観に感動して「ホーンテッドマンションの世界観をつくりたい」と思う子どもはなかなかいないと思います。

深澤 家族の影響があるのかもしれません。母が美術大学出身で彫金や鍛金などをしていて、祖父も自分で一本の木を削って立派な木刀を作ったりと、我が家では自分で何かを作るという光景が普通のことでした。私は特に絵を描くことが好きで、アートの世界にも興味がありました。
幼少期に頭蓋骨の魅力にはまってしまい、小学校に入ってからは授業中にもかかわらずノートに頭蓋骨の絵ばかり描いていました。そのせいか、周囲とのコミュニケーションもあまり得意ではありませんでした。

――現在の話しぶりからは、そのようには思えません。

深澤 学校の教室では、一人で絵ばかり描いていたので、クラスメートからは「暗い」と思われていたと思います。ただ、母はそんな自分を常に肯定してくれていて、誕生日プレゼントに頭蓋骨の石膏像を買ってきてくれたので、よくそれをモチーフに絵を描いていました。そのうち、怖い映画なども見るようになり、頭蓋骨だけではなくゾンビの魅力にもはまってしまいました。自分でもなぜ頭蓋骨が好きなのか、本当の理由は分からないのですが、なぜか好きでした。
ホーンテッドマンションのすごさも徐々に学びました。50年近く前だったにも関わらず、プロジェクションマッピングや、空間上に物体をホログラムのように映す「ペッパーズ・ゴースト」と呼ばれる19世紀のテクニックなど、新しい技術と古い技術を融合させてあの世界観をつくり上げていたんですね。そうしたアトラクションの企画や設計をする人たちを、ディズニーの造語で「イマジニア」と呼ぶことを知り、強いあこがれを抱きました。自分もいつか、技術を身につけてアトラクションや「テーマパーク」をつくろうと心に決めました。
余談ですが、私どもの社名「ティフォン」の由来は、ギリシア神話に登場する怪物「ティフォン(テュポーンとも呼ばれる)」と、お菓子の「シフォン」を組み合わせた造語で、神話的な非日常の恐ろしさに、日常の中のスイートな要素を融合させたイメージを表現しています。

中学2年生の時、母が買ってくれた頭蓋骨の石膏像をモチーフに描いた作品。感性豊かな家族の存在が、深澤氏の創造性を育んだ。

中学2年生の時、母が買ってくれた頭蓋骨の石膏像をモチーフに描いた作品。感性豊かな家族の存在が、深澤氏の創造性を育んだ。

ベンチャー体験で「人に任せる」を知った

――幼少期の貴重な原体験があったのですね。どのように実現しようと考えていたのですか。

深澤 小学生のころ、「万能の天才」という言葉に惹かれレオナルド・ダ・ヴィンチに憧れていたこともあり、自分も多くの能力を身につけて、総合芸術をひとりで実現したいと考えていました。大学でも、ひとつの専門を学ぶというよりも、プログラミングやCG、現代思想などを幅広く学べる新設の学部に入りました。
卒業後に、「社会勉強のつもりで」と入った一般企業を退社してから、フリーランスで3DCGのアニメーションなどを作り始めたのですが、2008年に参加したベンチャー企業での経験が自分の考え方を変える転機になりました。

――何が変わったのですか。

深澤 そのベンチャー企業で出会ったエンジニアたちはとても優秀で、プログラミングの能力では自分はまったくかないませんでした。一緒に仕事をしていくうちに、「1人ですべてを抱えるより、自分の強みを生かしつつ、その他の分野は自分より優秀な人に任せたほうがはるかにいいものがつくれる」ということを実感しました。自分の強みは、テクノロジーを活用しながら世界観やビジョンを作るディレクションです。ならば違う才能を持った人たちを集めて、会社として万能な存在を目指す方が成功するはずだと、ひとつの形が見えてきたのです。
ゾンビブースも、そんな信頼する仕事相手と一緒に開発したアプリです。大きな反響をいただいたことで、やはりこの考え方が正しいのだと自信がつきました。

一生記憶に刻まれる「体験」をつくりたい

――コリドールにも、そうした経験が生かされているのですね。深澤さん自身の強みである世界観の構築のため、日ごろから意識していることはありますか。

深澤 世界が特別に感じられるような瞬間に、心の動きを観察するようにしています。そうした瞬間に出会う確率を上げるために偶然性を大事にしています。20代前半で最初の会社を辞めた後、行く先も決めず、気の向くままにヨーロッパを周遊しました。飛行機でたまたま画家と隣合わせになって、意気投合してベルリンのスタジオに泊まらせてもらったこともありました。そうした旅の中で多くのインスピレーションを得ることができました。
今も旅行に行く時は、あえて計画を作りません。調べすぎると確認作業に近づいてしまい、予想外の驚きなど特別な出会いからは遠ざかる気がします。その日その時、自分の心がどう動いたかに着目して、何か特別な動きを感じたらメモをしておきます。心の動きは、喜びとか悲しみとか単純にラベリングできるものではなく、言葉にならない自分の感情の動きを拾い上げるようにしています。

――MR技術を今後どのように発展させていきたいとお考えですか。

深澤 MRに人工知能(AI)を組み合わせようと考えています。デバイスの進化が必要ですが、MRの空間にいる架空のキャラクターと、AIを活用したコミュニケーションが取れたら面白いですよね。コミュニケーションの具体的な形は構想段階ですが、さまざまなアイデアが浮かんでいて、それを練っている最中です。

――デバイス次第で、様々な新しいエンターテインメントが実現できそうですね。

深澤 デバイスがメガネのようになるなど、手軽になれば、どんな場所にいても日常をファンタジーの世界に変化させることができます。
なによりも消費されるエンターテインメントではなく、その世界を体験することでいままで感じたことがない感情や驚きが生まれる、私にとってのホーンテッドマンションのように、その人の心に刻まれるような体験を作っていきたいと考えています。

TEXT:國府田英之(POWERNEWS)

深澤 研(ふかざわ・けん)

1979年生まれ。2002年に横浜国立大学教育人間科学部を卒業。サン・マイクロシステムズを退職後、画家・映像作家としての活動を始め、海外の映画祭での作品上映や個展などを行う。2011年にティフォン株式会社を設立。アプリ「ゾンビブース」は累計で4000万超のダウンロードを記録した。2017年10月に東京・台場の「ダイバーシティ東京プラザ」内に次世代アトラクション「ティフォニウム」を開設し、MRお化け屋敷「マジックリアリティ・コリドール」を展開している。